利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「うちのお客様は、実はもう半分しか見えていない」というお話

「うちのお客様は、実はもう半分しか見えていない」というお話

「必要で来た人」と「望んで来た人」—あなたは見分けていますか

「新しいメニューを出しても、いつものお客様しか来ないんだよね」
「うちの店は平日は混むのに、土日はさっぱり」

こんな声を、経営者の方からよく耳にします。
実はこの悩みの奥には、ある共通した「見えていないもの」が隠れていることが多いのです。
それは、お客様が「なぜ自分の店に来ているのか」という理由の違いです。

「必要だから来た人」と「望んで来た人」は別の生き物

少し想像してみてください。ある人が急に雨に降られて、コンビニで傘を買ったとします。
この人は「傘が欲しかった」わけではありません。
「濡れたくない」という差し迫った事情があって、たまたま目の前にあった傘を買っただけです。

一方で、別の人がお気に入りのブランドの新作の傘を、わざわざお店まで見に行って選んで買うこともあります。
こちらは「この傘が欲しい」という気持ちが先にあります。

同じ「傘を買う」という行動でも、動機はまったく違います。
前者のような、状況に迫られて生まれる要求のことを、ここでは「差し迫った必要」と呼ぶことにします。
後者のような、心から望んで生まれる要求は「本当の望み」と呼んでおきましょう。

なぜ、この二つはこれほど混同されてしまうのか

不思議なことに、経営者の多くは、この二つの違いを頭では理解しています。
それでも実際の商売になると、なぜか混ざり合ったまま扱われてしまいます。
それには、いくつか理由があるように思います。

一つには、私たちがお客様を「何を買ったか」で分類する癖があることが挙げられます。
眼鏡を買った人は「眼鏡のお客様」、食事をした人は「食事のお客様」というように、購入した商品やサービスの種類でまとめて考えてしまうのです。
しかし、同じ商品を買った人の中にも、「今すぐ必要だったから買った人」と、「前から欲しくて買った人」が混在しています。
買った物だけを見ていては、この違いに気づきようがありません。

もう一つには、「差し迫った必要」で来店されたお客様は、たいてい滞在時間が短く、会話も事務的になりがちだという事情があります。
忙しい現場では、そうしたお客様に対して、じっくりと好みや興味を尋ねる余裕がなかなか生まれません。
結果として、そのお客様が本当は何を望んでいるのかを知る機会そのものが失われてしまうのです。

そしてもう一つ、これが一番大きいのですが、「差し迫った必要」で来られたお客様には、もう用事は済んだのだから、それ以上こちらから何かを提案するのは失礼ではないか、という遠慮の気持ちが働くことがあります。
しかし、この遠慮こそが、お客様の本当の望みに気づく機会を、自ら手放してしまっている原因になっていることも少なくないのではないでしょうか。

こうして、「差し迫った必要」に応えることと、「本当の望み」を知ることが、いつの間にか別々の商売であるかのように扱われるようになっていきます。
これが、多くの経営者が「うちのお客様は、こういう層だから」と思い込んでしまう背景にあるのではないかと考えられます。

さらに言えば、こうした思い込みは、一度できあがってしまうと、なかなか崩れにくいという性質を持っています。
人は、自分が長年やってきたやり方を正しいものとして受け止めたくなるものです。
「うちのお客様はこういう層だ」という見方も、繰り返し確認されるうちに、次第に「事実」であるかのように感じられてきます。
しかし実際には、それは一度も検証されたことのない、単なる思い込みであることも少なくありません。
だからこそ、あらためて「本当にそうだろうか」と問い直してみる価値があるのではないでしょうか。

なぜ「差し迫った必要」で来たお客様は、放っておかれがちなのか

考えてみますと、多くの商売は、まず「差し迫った必要」に応える形でお客様を集めています。

たとえば、体調が悪くて駆け込む病院、通勤の途中でどうしても寄る駅前のパン屋、締め切りが迫って頼む印刷屋。
これらは、お客様に「今、これがないと困る」という事情があるからこそ、忙しくなります。

ところが、この「差し迫った必要」で来てくださったお客様は、目的を果たすとすぐに帰ってしまいます。
そして経営者の側も、「この人はこの用事のためだけに来た人だから」と、それ以上の関わりを持とうとしないことが多いのです。

しかし、少し立ち止まって考えてみますと、これはとてももったいないことではないでしょうか。
なぜなら、「差し迫った必要」があってお店に来てくださったということは、少なくとも一度は、あなたの商品やサービス、あなたのお店の雰囲気に触れているということだからです。
何もない場所から新しいお客様を探すのに比べれば、はるかに近い距離にいる方々なのです。

眼鏡店を営む高橋さんの気づき

ここで、ある眼鏡店を営む高橋さん(仮名)の話をご紹介します。

高橋さんのお店は、駅前の商店街にある、従業員5名ほどの小さな眼鏡店です。
お客様の多くは、「急に視力が落ちた」「レンズが欠けてしまった」といった、まさに「差し迫った必要」があって来店される方でした。
月の来店客はおよそ150名ほどで、そのほとんどが視力測定と眼鏡の調整を目的とした方々だったといいます。

高橋さんは長年、こうしたお客様に新しい眼鏡を作って、その場限りの関係で終わらせていました。
「うちは実用品のお店だから、ファッションで眼鏡を選ぶような人は、別のお店に行くものだ」と、どこかで思い込んでいたそうです。

ところがあるとき、常連のお客様との何気ない会話で、ふと気づいたことがありました。
そのお客様は、普段使いの眼鏡は高橋さんの店で作っているのに、休日に使うサングラスや、少し洒落たデザインの眼鏡は、わざわざ隣町の専門店まで足を運んで買っていたのです。
「本当は近くで済ませたいんですけどね」というその一言が、高橋さんの心に残りました。

「うちで買ってくれてもよかったのに」と高橋さんは驚きました。
同時に、「もしかしたら、他のお客様にも同じことが起きているのではないか」と考えるようになったのです。

そこで高橋さんは、視力測定にいらしたお客様に、簡単なアンケートをお願いすることにしました。
趣味や、休日の過ごし方、興味のあるデザインの傾向などを尋ねる、A5用紙一枚ほどの簡単なものです。
あわせて、連絡先も記入していただけるようお願いしました。
最初は「書いてもらえるだろうか」と半信半疑だったそうですが、実際にお願いしてみると、来店されたお客様のおよそ6割ほどが記入に応じてくださったといいます。

そして数ヶ月に一度、季節の新作フレームや、少し特別なサングラスの案内状を、お客様一人ひとりの好みに合わせてお送りするようにしたのです。
最初の案内状を送った際、反応があったのは案内を送った方のうち1割に満たない程度だったそうですが、それでも、これまで一度も休日用の眼鏡を店で買ったことのなかった方々からの来店だったことに、高橋さんは大きな手応えを感じました。
半年ほど続けたところ、案内状をきっかけに来店される方は少しずつ増え、休日用フレームの売上は、以前の1.5倍ほどになったといいます。

「いつも視力のことでお世話になっている高橋さんが、私の好みに合いそうな品を教えてくれる」。
そう感じたお客様の中から、少しずつ、休日用の一本を求めて再び来店される方が増えていきました。

高橋さんは、こう振り返っています。
「視力測定は、あくまで入口だったんです。本当に大切なのは、その後、お客様が本当は何を望んでいるかを知ろうとすることだったんですね」

面白いのは、高橋さんが当初もっとも心配していたのが、「案内状を送ることで、うるさく思われないか」ということだった点です。
しかし実際にお客様から返ってきた反応は、むしろ逆でした。「わざわざ自分の好みに合わせて選んでくれたことが嬉しかった」という声を、何人ものお客様からいただいたそうです。
高橋さんは、「必要に応じて店に来ているだけの人」と自分が思い込んでいたお客様が、実は自分のことを覚えていてくれる店員に、ちょっとした気遣いを向けてもらえることを、ひそかに望んでいたのかもしれない、と感じるようになったといいます。

なぜ、わかっていても手が伸びないのか

このお話をすると、多くの経営者の方が「なるほど」とうなずかれます。
しかし実際に行動に移す方は、それほど多くありません。

理由を尋ねると、決まってこのような言葉が返ってきます。

「うちに来るお客様と、そういう特別な商品を求めるお客様は、そもそも層が違うから」

たしかに、一見するとそう思えるかもしれません。
しかし、ここで一つ質問をさせてください。

もしあなたが、少し特別な新商品を一週間以内に十人の方へご案内しなければならないとします。
ただし、声をかけられるのは次のどちらかの百人だけだとしたら、あなたはどちらを選びますか。

一つは、これまで一度もあなたのお店を利用したことのない百人。
もう一つは、別の理由で、すでに何度もあなたのお店を訪れている百人です。

こうして問われますと、多くの方が後者を選ばれます。
理由を尋ねると、「まったく知らない人よりも、すでに信頼関係がある人の方が、話を聞いてもらいやすいから」とおっしゃいます。

興味深いのは、この質問をされる前と後とで、経営者の方の中で何が変わったのか、ということです。
質問される前は、「客層」という、いわば属性の違いでお客様を捉えていました。
ところが、いざ十人に売らなければならないという具体的な状況に置かれると、頭の中の物差しが「属性」から「関係の深さ」へと、自然に切り替わるのです。
実際に商売をする場面を想像した途端、これまで見えていなかった「関係性」という物差しが、無意識のうちに顔を出してくるのではないでしょうか。

つまり、頭では「客層が違う」と思っていても、実際にはすでに関係のできているお客様の方が、次の一歩を踏み出しやすいということを、多くの経営者の方は経験的にご存知なのです。
それでも普段の判断でそちらに気づけないのは、「差し迫った必要で来た人」と「本当の望みを持つ人」を、無意識のうちに別の分類として扱ってしまう癖が、思考の中に根強く残っているからではないかと考えられます。
この質問は、その癖を一度外に出して、あらためて見つめ直すきっかけになっているのかもしれません。

もう一つ興味深いのは、普段の経営判断では「うまくいくかどうかわからない」という不安が先に立ち、なかなか行動に踏み出せないことが多いのに対して、この質問のように「必ず十人には売らなければならない」という前提を置かれると、迷っている余裕そのものがなくなる、という点です。
人は、選択肢が多いと迷いますが、条件が絞られると、かえって本音に近い判断がしやすくなることがあります。
日々の経営判断においても、こうした「もし条件が限られていたら、自分は何を選ぶか」という問いを、あえて自分に投げかけてみることが、思い込みを外す一つのきっかけになるのではないでしょうか。

まずは、小さな一歩から

もちろん、いきなり大がかりな仕組みを作る必要はありません。

まずは、「差し迫った必要」で来てくださったお客様に、簡単な一言を添えてみることから始めてみるのも一つです。
「実は、こんな商品もご用意しているんですよ」という、ちょっとした声かけだけでも構いません。

あるいは、高橋さんのように、簡単なアンケートで連絡先や好みを教えていただき、後日あらためてご案内する、という形も良いでしょう。
大切なのは、完璧な仕組みを作ることよりも、「今、目の前にいるお客様は、本当は何を望んでいるのだろうか」と、少し想像してみることではないかと思います。

日々の忙しさの中では、目の前の用事をこなすことで精一杯になりがちです。
しかし、あなたのお店にはすでに、「差し迫った必要」をきっかけに出会った、たくさんのお客様がいらっしゃいます。
その方々の中に、まだ気づかれていない「本当の望み」が眠っているのだとしたら、それはとても心強いことではないでしょうか。

新しいお客様を一から探すのには、時間もお金もかかります。
広告を出しても、必ず振り向いてもらえるとは限りません。
それに比べれば、すでに一度あなたの店に足を運んでくださった方に、あらためて声をかけてみることは、決して大きな投資を必要としません。
必要なのは、少しの勇気と、お客様を見つめ直す、ほんの少しの時間だけです。

高橋さんのお店も、最初から大きな成果があったわけではありません。
アンケートを始めた最初の月は、書いてくださる方も、案内状に反応してくださる方も、決して多くはなかったそうです。
それでも、少しずつ積み重ねていくうちに、「差し迫った必要」で来ていたはずのお客様の中から、「本当は、こういうものを探していたんです」という声が、一つ、また一つと聞こえてくるようになりました。
その積み重ねこそが、今の高橋さんのお店を支えているのではないでしょうか。

今日いらしたお客様に、どんな一言を添えられるか。
まずはそんな小さなところから、考えてみてはいかがでしょうか。

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