「なぜ」から「なに」へ:部下の本音を引き出すコーチング
思い当たりませんか?—「なぜ」が生む”壁”
売上が伸びない部下に、こんな言葉をかけたことはありませんか。
「なぜ、今月もこの数字なんだ?」
「なぜ、もっと早く報告しなかったんだ?」
「なぜ、あのお客さんを逃したんだ?」
言っている側としては、原因を一緒に考えたい、改善につなげたいという気持ちのはずです。
ところが、相手の反応はどうでしょう。
うつむいて黙り込む、当たり障りのない言い訳を並べる、「すみません、気をつけます」と繰り返すだけ。
そんな場面を経験したことがある経営者は、少なくないと思います。
実はこれ、あなたの問いかけ方に問題があるわけではなく、「なぜ」という言葉そのものが持つ性質が原因です。
「なぜ」が人を防御モードにする—その心理的背景
人間は幼いころから、「なぜ」という言葉をほとんど”叱られるとき”に聞かされてきました。
「なぜ、こんな点数なの?」
「なぜ、約束を守らなかったの?」
「なぜ、そんなことをしたの?」
良いことをして褒められるとき、「なぜ頑張れたの?」とは聞きません。
「なぜ」は、何十年もかけて”責められる前置き”として体に染み込んでいるのです。
だから大人になっても、「なぜ」と問われた瞬間に、脳と体は自動的に”防御態勢”に入ります。
まるで急に雨が降りだしたとき、とっさに傘を開くように。
論理的に状況を分析しようとするのではなく、まず「これ以上攻撃されないようにしよう」という反応が先に来てしまうのです。
その結果、出てくるのは正直な分析ではなく、「自分を守るための言葉」です。
「市場が悪くて……」「競合が強くて……」「お客さんのタイミングが……」—耳には届きますが、本質的な原因には近づけません。
これは部下が怠けているわけでも、信頼していないわけでもありません。
「なぜ」という言葉が引き起こす、ごく自然な人間の反応なのです。
コーチングが教える魔法の言い換え—「なぜ」を「なに」に変える
ビジネスの世界では近年、「コーチング」と呼ばれる対話手法が注目されています。
コーチングとは、相手の中にある答えや可能性を引き出すための対話スキルです。
スポーツのコーチが選手に指示を出すのではなく、選手自身が気づき、成長できるよう問いかける—そのイメージに近いと考えてください。
このコーチングが提案するシンプルな工夫があります。それが、「なぜ」を「なに」に置き換えるという方法です。
たとえばこうです。
「なぜ目標を達成できなかったんだ?」
↓
「なにが具体的に目標達成の障害になったと思う?」
たった一言の違いですが、受け手の反応は大きく変わります。
「なぜ」は”あなたに責任がある”という空気を生み出しますが、「なに」は”一緒に原因を探しましょう”という空気をつくります。
防衛壁を築く必要がなくなった相手は、客観的に状況を振り返ることができます。
「あのときアポが集中して、フォローが後回しになっていました」「商品の説明資料が古くて、お客さんの疑問に答えられなかったと思います」—こうした本音に近い言葉が引き出されやすくなるのです。
実際の場面で使ってみる—事例で確認しましょう
地方で小さな整骨院を経営しているAさんの話をご紹介します。
スタッフは受付1名、施術者3名の計4名。新規患者の予約数がここ数ヶ月伸び悩んでいました。
以前のAさんは、受付スタッフにこう聞いていました。
「なんで新規の予約が増えないの? もっとちゃんと対応してくれないと困る」。
スタッフは「すみません、精一杯やっています」と言うだけで、話が前に進みません。
Aさんも何を改善すればいいかわからず、毎月同じやりとりが繰り返されていました。
あるとき、Aさんはコーチングの勉強会で「なぜ」を「なに」に変える話を聞きました。
次の月の面談で、意識して言い方を変えてみたのです。
「最近、新規の予約がなかなか増えないんだけど、具体的になにが引っかかっていると思う?」
すると受付スタッフから、こんな言葉が返ってきました。
「電話での問い合わせはあるんですけど、料金や施術内容を聞かれたとき、私が詳しく説明できなくて、そのまま終わってしまうことが多いんです」。
Aさんは初めて、現場の実態を具体的に知ることができました。
翌週には、よくある質問をまとめたメモを受付に置き、スタッフが自信を持って案内できる体制を整えました。
その翌月から、新規予約の数は少しずつ回復しはじめたといいます。
変わったのは、Aさんの問いかけの”たった一文字”でした。
「なに」質問をもっと活用するために——応用のヒント
「なぜ」を「なに」に変える発想は、部下への問いかけだけでなく、さまざまな場面に応用できます。
たとえば、自分自身への問いかけにも使えます。
「なぜ自分はうまくいかないんだろう」と考え続けても、自己嫌悪が深まるだけで答えは出にくいものです。
一方、「今月うまくいかなかったのは、なにが原因だったか?」と問い直すと、具体的な行動レベルで改善策が見えてきます。
また、お客様との対話にも使えます。
「なぜ他社を選んだんですか?」ではなく「今回の選択で、なにを一番重視されましたか?」と聞くと、相手は守りに入らず、率直な判断基準を教えてくれることがあります。
さらに、会議やミーティングでの使い方も効果的です。
「なぜそのアイデアはうまくいかないと思うんだ?」ではなく「そのアイデアを進めるうえで、なにが課題になりそう?」と問いかけると、批判ではなく建設的な議論が生まれやすくなります。

まとめ——小さな言葉が、チームの空気を変える
人は「なぜ」と聞かれると、自分を守ろうとします。
「なに」と聞かれると、状況を整理しようとします。
この違いは、心理学的にも裏付けられています。
「なぜ」は感情的な防衛を引き起こし、「なに」は論理的な思考を促すとされているのです。
経営者として、部下やスタッフに本当のことを話してもらいたいなら、まず「話しやすい空気」をつくることが先決です。
そしてその空気をつくるのに、特別な研修も高価なツールも必要ありません。
問いかけのたった一文字を変えるだけで、会話の質は大きく変わります。
今日から一度、意識して試してみてください。
「なぜ」ではなく「なに」—そのひと言が、あなたのチームに新しい対話を生み出すきっかけになるかもしれません。
