会社の存在理由を問い直す
はじめに:根本的な問いかけ
「うちの会社は、何のために存在しているのだろう?」
日々の業務に追われていると、こうした根本的な問いを考える時間はなかなか取れないものです。
売上を上げること、利益を出すこと、従業員の給料を払うこと—目の前の課題をこなすだけで精一杯、という経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、世界的な企業を築き上げた創業者たちは、この「会社の存在理由」という問いに真剣に向き合ってきました。
今回ご紹介するのは、アメリカのヒューレット・パッカード(HP)社の共同創業者、デービッド・パッカードが1960年に語った言葉です。
60年以上前の話ですが、その内容は現代の中小企業経営にも深く通じるものがあります。
背景:急成長の中で見失いがちなもの
1960年当時、HPは創業から約20年が経ち、急成長の真っ只中にありました。
3年前に株式を公開し、エレクトロニクス産業の波に乗って業績を伸ばしていたのです。
しかし、パッカードには大きな悩みがありました。
会社が急速に大きくなる中で、「HPらしさ」を次の世代にどう引き継いでいくか、という課題です。
そこで彼は、将来の経営幹部を育てるための研修制度を立ち上げました。
その研修の冒頭で、パッカードはこんな話を切り出したのです。
パッカードのメッセージ:会社は「お金儲け」のためにあるのか
パッカードはまず、こう問いかけました。
「最初に、なぜ会社が存在しているかについて話したい。言い換えれば、なぜわれわれがここにいるのか、ということだ」
そして、こう続けます。
「会社は要するにお金儲けのためにある、と誤解している人が多いと思う。お金儲けというのは、会社が存在していることの”結果”としては重要だ。しかし、われわれはもっと深く考えて、存在している”真の理由”を見つけ出さなければならない」
この言葉の意味を、もう少しかみ砕いて説明してみましょう。
たとえば、八百屋さんを思い浮かべてください。
八百屋さんは野菜を売って利益を得ています。
では、八百屋さんは「お金を稼ぐため」だけに存在しているのでしょうか?
もちろん、利益がなければ店は続けられません。
しかし、八百屋さんが本当に果たしている役割は、「地域の人々に新鮮で安全な野菜を届けること」ではないでしょうか。
お年寄りが歩いて買い物に行ける場所であったり、子どもたちが「これ何?」と野菜に興味を持つきっかけになったり。
利益は、そうした価値を提供し続けるための「燃料」のようなものです。
パッカードが言いたかったのは、まさにこのことでした。
「人々が集まり、会社という組織として存在しているのは、人々が集まれば、一人ではできないことができるようになるからだ。つまり、社会に貢献できるようになるからだ」
利益は「目的」ではなく「手段」
ここで誤解してはいけないのは、パッカードは「利益なんてどうでもいい」と言っているわけではない、ということです。
彼は同時に、「利益を重要な目標として受け入れられない者には、当社の経営陣としての居場所はない」とも明言しています。
利益を軽視する姿勢も、また問題だと考えていたのです。
これは、車に例えるとわかりやすいかもしれません。
車を走らせるにはガソリン(燃料)が必要です。
しかし、車の「目的」は「ガソリンを消費すること」ではありませんよね。
目的地に到達すること、人や荷物を運ぶこと——それが車の存在理由です。
ガソリンは、その目的を達成するために欠かせない「手段」です。
会社における利益も同じです。
利益がなければ会社は存続できません。
しかし、利益は「会社が社会に貢献し続けるための手段」であって、それ自体が最終的な目的ではない。
パッカードはそう考えていました。
事例:未来工業に見る「理念経営」の力
パッカードの考え方は、実は日本の中小企業にも共通するものがあります。
岐阜県に本社を置く「未来工業」という会社をご存じでしょうか。
未来工業は、電気設備の配線器具などを製造するメーカーで、従業員数は約800名。
創業者の山田昭男さんは、「日本一休みが多い会社」「残業禁止」「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)禁止」など、一風変わった経営方針で知られています。
山田さんが大切にしていたのは、「社員が幸せに働けること」でした。
年間休日は約140日、育児休暇は3年まで取得可能。
こうした環境を整えることで、社員一人ひとりが自分の頭で考え、工夫する文化が生まれました。
その結果、未来工業は電気設備資材の分野で国内トップシェアを誇る会社へと成長したのです。
山田さんは生前、こんなことを語っていました。
「会社は社員を幸せにするためにある。社員が幸せなら、お客さんにも良いサービスができる。結果として会社も儲かる」
これは、パッカードの考え方と本質的に同じです。
「何のために会社があるのか」という問いに対する明確な答えを持ち、それを社員と共有していたからこそ、未来工業は独自の強さを築くことができたのでしょう。
「売上至上主義」の落とし穴
一方で、パッカードは「売上や規模の拡大だけを追い求める経営」の危険性についても警鐘を鳴らしていました。
当時、HPのライバル企業の中には、「とにかく売上を伸ばす」「規模を拡大する」ことを最優先にするところもありました。
安い製品を大量に作り、市場シェアを奪う戦略です。
しかし、HPはそうした路線には乗りませんでした。
たとえば1970年代、低価格の電卓や使い捨てのデジタル時計が流行した時期がありました。
市場としては魅力的に見えましたが、HPは参入しないことを決めました。
なぜなら、「技術の進歩に貢献しない成長には意味がない」と考えていたからです。
この判断は、短期的には「売上機会を逃した」ように見えたかもしれません。
しかし長い目で見れば、HPは「高い技術力で社会に貢献する」という軸をぶらさなかったからこそ、世界的な企業として成長することができたのです。
中小企業経営者へのヒント
では、従業員10名前後の中小企業にとって、パッカードの教えはどのように活かせるでしょうか。
自社の「存在理由」を言葉にしてみる
「うちの会社は、誰に、どんな価値を届けているのか?」
この問いに対する答えを、一度じっくり考えてみてください。
最初は漠然としていても構いません。
「地域のお年寄りが安心して暮らせるように」「中小企業の経理担当者の負担を減らすために」—そうした言葉が見つかると、日々の判断に「軸」ができます。
利益の位置づけを整理する
利益を軽視する必要はまったくありません。
むしろ、しっかり利益を出すことは経営者の責任です。
ただ、「利益のためなら何でもする」という姿勢は、長期的には会社を弱くします。
「この仕事は、うちの存在理由に沿っているか?」と自問する習慣を持つことで、無理な値下げ競争や、自社らしくない仕事に巻き込まれることを防げます。
存在理由を社員と共有する
「なぜこの会社で働いているのか」という問いに、社員が自分なりの答えを持てると、仕事への姿勢が変わります。
全員が同じ言葉を暗唱する必要はありません。
社長の想いを伝え、社員それぞれが「自分ごと」として考える機会を作ることが大切です。

まとめ:60年前の言葉が教えてくれること
パッカードが1960年に語った言葉は、決して古びていません。
「会社は、社会に貢献するために存在する」
「利益は、その貢献を続けるための手段である」
この考え方は、規模の大小を問わず、すべての会社に当てはまります。
むしろ、経営者の顔が見える中小企業だからこそ、「何のために存在しているのか」という問いに向き合いやすいとも言えるでしょう。
日々の忙しさに追われると、つい目の前の数字—売上、利益、資金繰り—に意識が集中しがちです。
しかし、時には立ち止まって、「この会社は、何のために存在しているのか」という根本的な問いを思い出してみてください。
その答えが明確であればあるほど、困難な時期にも道を見失わず、社員やお客様との信頼関係も深まっていくはずです。

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