顧客と共に紡ぐナラティブ経営
― ナラティブという考え方をわかりやすく解説 ―
はじめに:なぜ今「ナラティブ」なのか
「うちの会社の強みを、どうやってお客様に伝えればいいだろう?」
多くの経営者が抱えるこの悩みに対して、近年注目されているのが「ナラティブ」という考え方です。
従来、企業は「私たちはこんな素晴らしい会社です」「この商品にはこんな特長があります」という形で、自社の魅力を一方的に伝えてきました。
これは映画やドラマのように、始まりがあって終わりがある「ストーリー」の発想です。
しかし、ナラティブは違います。
お客様や従業員、地域社会など、あなたの会社に関わるすべての人が「登場人物」となり、一緒に物語を紡いでいく―そんな発想です。
少し抽象的に感じるかもしれませんが、身近な例で考えてみましょう。
ストーリーとナラティブ、何が違うのか
両者の違いを、地元の老舗和菓子屋さんを例に説明します。
【ストーリー的な発信】
「当店は創業100年。代々受け継がれてきた製法で、最高の素材だけを使った和菓子をお届けしています」
これは立派なストーリーですが、主役はあくまで「お店」です。
お客様は観客として、その物語を外から眺めている状態です。
【ナラティブ的な発信】
「あなたの人生の節目に、私たちの和菓子がそっと寄り添えたら。お子さんの初節句、ご両親の還暦祝い、大切な方へのお詫び…。お客様一人ひとりの物語の中で、私たちの和菓子が小さな役割を果たせることを願っています」
こちらは、お客様自身が主役です。
和菓子屋さんは、お客様の人生という物語に登場する「脇役」として位置づけられています。
この違いを整理すると、次の3つのポイントにまとめられます。
ナラティブの3つの特徴
登場人物が違う
ストーリーでは、企業やブランドが「主役」です。「私たちの歴史」「私たちの想い」が中心になります。
一方、ナラティブでは、お客様、従業員、取引先、地域の方々など、会社に関わるすべての人が「登場人物」になります。
主役は会社ではなく、むしろ関わる人々一人ひとりです。
たとえるなら、ストーリーは「一人芝居」、ナラティブは「みんなで作る即興劇」のようなものです。
時間軸が違う
ストーリーには「起承転結」があり、必ず終わりがあります。
「創業から現在まで」「商品開発の裏話」など、完結した物語です。
ナラティブには終わりがありません。
現在進行形で、これからも続いていく物語です。
お客様との関係も、一度の購入で終わりではなく、その先もずっと続いていきます。
たとえるなら、ストーリーは「映画」、ナラティブは「終わりのない連続ドラマ」です。
舞台が違う
ストーリーの舞台は、業界や競合との関係性の中にあります。
「同業他社と比べて」「この業界で初めて」といった文脈です。
ナラティブの舞台は、社会全体に広がります。業界の枠を超えて、人々の暮らしや社会の課題と結びついています。
たとえるなら、ストーリーの舞台は「会議室」、ナラティブの舞台は「街全体」です。
実際にナラティブを描くとはどういうことか
ナラティブを描くとは、いわば「脚本」を書くようなものです。
ただし、その脚本には「終わり」がなく、登場人物たちが自由に演じていける余白を残しておくことが大切です。
ここで重要になるのが、「範囲」を決めることです。
つまり、「物語の舞台をどこに設定するか」「誰を登場人物として巻き込むか」を明確にすることです。
事例:小さな町の文房具店の挑戦
ある地方都市で、創業40年の文房具店を営むAさんの話をご紹介します。
大型量販店やネット通販に押され、売上は年々減少。「もう店を閉めようか」と考えていたAさんは、ある発想の転換をしました。
従来の「良い文房具を安く売る店」というストーリーから、「この町で学ぶ子どもたちの成長を応援する店」というナラティブへの転換です。
具体的には、こんな取り組みを始めました。
登場人物を広げた
単なる「お客様」ではなく、地域の小中学校、学習塾、子育て中の保護者、さらには店の従業員(パートの主婦2名)も「物語の登場人物」として位置づけました。
舞台を社会全体に広げた
「文房具業界」ではなく、「子どもたちの学びと成長」という社会的なテーマを舞台に設定しました。
終わりのない物語にした
「入学祝いフェア」のような一過性のイベントではなく、「子どもたちの成長を見守り続ける」という継続的な関わりを目指しました。
Aさんは、地域の学校と連携して「文房具の使い方教室」を開催。
受験シーズンには、お店に来た中学生に応援メッセージを書いてもらう「絵馬コーナー」を設置し、合格発表の時期にはその結果を報告しに来る子どもたちで店が賑わうようになりました。
さらに、パート従業員の田中さん(50代・3人の子育て経験あり)を「子育てアドバイザー」として前面に出し、若いお母さんたちの相談に乗る役割を担ってもらいました。
田中さん自身が「ただのパート」ではなく「地域の子育てを支える仲間」として物語に参加することで、仕事へのやりがいも大きく変わったそうです。
この取り組みの結果、売上は2年で1.5倍に。何より、「あの文房具屋さんがあってよかった」という声が町中から聞こえてくるようになりました。
ナラティブを描く際の3つのヒント
ヒント① 「誰を巻き込むか」を考える
お客様だけでなく、従業員、取引先、地域の方々など、どこまでを「登場人物」にするかを考えましょう。
範囲を広げるほど、物語は豊かになりますが、無理に広げすぎると焦点がぼやけます。
自社の規模や状況に合った範囲を見極めることが大切です。
ヒント② 「社会との接点」を見つける
あなたの事業は、社会のどんな課題やテーマとつながっていますか?
業界の中での競争ではなく、社会全体の中で自社がどんな役割を果たせるかを考えてみてください。
ヒント③ 「終わりのない関係」をイメージする
一度きりの取引ではなく、お客様や関係者と長く続く関係をイメージしましょう。
その関係の中で、どんな物語が生まれていくかを想像してみてください。

まとめ:あなたの会社だけの「物語」を
ナラティブとは、会社が一方的に発信する「うちの物語」ではありません。
お客様や従業員、地域社会と一緒に紡いでいく「みんなの物語」です。
小さな会社だからこそ、一人ひとりのお客様との関係を大切にできます。
大企業にはできない、温かみのあるナラティブを描けるはずです。
「自分たちの物語をどう語るか」ではなく、「関わる人たちと、どんな物語を一緒に作っていくか」。
この視点の転換が、これからの経営に新しい可能性を開いてくれるのではないでしょうか。
まずは、「うちの会社に関わる人たちは誰だろう?」「その人たちと、どんな物語を紡いでいきたいだろう?」と考えることから始めてみてください。
その問いかけ自体が、ナラティブを描く第一歩になります。

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