顧客の心を占める一番手戦略
はじめに:なぜ「一番手」が圧倒的に有利なのか
「良い商品をつくれば売れる」「素晴らしい広告を打てば注目される」─そう信じている経営者の方は少なくありません。
しかし、現代のビジネスにおいて、それだけでは成功が難しくなっています。
私たちは毎日、テレビ、スマートフォン、街中の看板、SNSなど、あらゆる場所から膨大な情報を浴びせられています。
ある調査によれば、現代人が1日に接する広告メッセージは数千件にも上るといわれています。
これだけ多くの情報に囲まれていると、人間の脳は自然と「フィルター」をかけ、ほとんどの情報を無意識のうちに捨ててしまいます。
では、どうすれば自社の商品やサービスを、お客様の記憶に残すことができるのでしょうか。
その答えが「ポジショニング」という考え方です。
これは、お客様の頭の中に、自社だけの「特別な居場所」を確保する戦略のことです。
「最初の人」は忘れられない
ここで一つ、簡単な質問をさせてください。
「世界で最初に大西洋を単独で飛行した人は誰ですか?」
多くの方が「リンドバーグ」と答えられるのではないでしょうか。
では、「二番目に大西洋を単独で飛行した人は?」と聞かれたらどうでしょう。
おそらく、ほとんどの方が答えられないと思います。
実は、二番目に成功したのはバート・ヒンクラーという人物で、リンドバーグより短い時間で、しかも燃料消費も少なく飛行したそうです。
つまり、技術的にはリンドバーグより優れていたかもしれません。
しかし、私たちの記憶に残っているのは「最初の人」であるリンドバーグだけなのです。
ビジネスの世界でも、これと同じことが起きています。
お客様の頭の中には、それぞれの商品カテゴリーに対して「一番手」の席が用意されています。
その席に最初に座った企業やブランドは、圧倒的に有利な立場を手に入れることができます。
なぜなら、人は「最初に知ったもの」を基準にして、後から出てきたものを判断する傾向があるからです。
「二番手」が苦戦する理由
「うちは後発だけど、品質で勝負すれば大丈夫」─そう考える方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、品質は大切です。
しかし、お客様の頭の中にすでに「この分野ならあの会社」という認識ができあがっていると、後から参入する企業は非常に苦しい戦いを強いられます。
たとえば、あなたが「コピー機」と聞いて最初に思い浮かべるメーカーはどこでしょうか。
「宅配便」と聞いて思い浮かべる会社は?
「カップ麺」といえば?
多くの場合、特定のブランドが真っ先に浮かんでくるはずです。
これが「ポジショニングの力」です。
一度その座を獲得した企業は、たとえ競合が同等以上の品質の商品を出してきても、簡単にはその地位を奪われません。
逆に言えば、二番手以降の企業が同じ土俵で戦おうとしても、なかなか勝てないということです。
お客様の頭の中では、すでに「一番手」が基準になっているため、「あの有名なブランドと似たようなもの」という認識にしかならないのです。
身近な事例:なぜヤマト運輸は「宅急便」の代名詞になったのか
ここで、中小企業の経営者の皆さんにも参考になる事例をご紹介します。
1976年、ヤマト運輸は「宅急便」というサービスを始めました。
当時、個人向けの小口配送は「割に合わない」と考えられており、大手運送会社はどこも手を出していませんでした。
郵便局の小包サービスはありましたが、届くまでに何日もかかり、届け先が不在なら持ち帰ってしまうという、決して便利とは言えないものでした。
ヤマト運輸は、この「誰もやっていない領域」に最初に本格参入しました。
翌日届く、届け先が不在でも再配達する、という当時としては画期的なサービスを提供したのです。
その結果どうなったでしょうか。
今では「宅配便」という言葉よりも「宅急便」という言葉の方が一般的に使われるほど、ヤマト運輸はこの分野の代名詞になりました。
後から佐川急便や日本郵便が参入し、サービス内容はほぼ同じになっても、多くの人の頭の中では「宅配といえばクロネコ」というイメージが根強く残っています。
ここで重要なのは、ヤマト運輸が「最高品質のサービス」を目指したのではなく、「誰もやっていないこと」を最初にやったという点です。
もう一つの事例:町の小さな豆腐屋さんの挑戦
大企業の話だけでは実感がわかないかもしれませんので、もう少し身近な例もご紹介します。
ある地方都市に、昔ながらの製法を守る小さな豆腐屋さんがありました。
スーパーで売られている安い豆腐に押され、売上は年々減少していました。「うちの豆腐の方がおいしいのに」と店主は悔しい思いをしていました。
しかし、「おいしい豆腐」という土俵で戦っても、お客様の頭の中では「豆腐は安いもの」という認識がすでにできあがっています。
いくら品質をアピールしても、なかなか響きません。
そこで店主は発想を変えました。
「豆腐」ではなく、「地元の大豆を100%使った、顔の見える豆腐」というポジションを打ち出したのです。
地元の農家と契約し、大豆の栽培から豆腐づくりまでの過程をすべて公開。
「この町でしか買えない、この町の味」として、観光客向けにも販売を始めました。
結果として、この豆腐屋さんは「地産地消の豆腐」という新しいカテゴリーで「一番手」になることができました。
価格競争に巻き込まれることなく、むしろ高い価格でも喜んで買ってもらえるようになったのです。
広告やキャンペーンだけでは「居場所」は作れない
ドラッグストアやスーパーの棚を見てください。
似たような商品がずらりと並んでいます。
これらの商品の多くは、広告を打ったり、割引クーポンを配ったり、ポイントキャンペーンを実施したりしています。
しかし、こうした施策だけでは、お客様の頭の中に「特別な居場所」を作ることはできません。
安売りで一時的にお客様を集めることはできても、キャンペーンが終われば元に戻ってしまいます。
しかも、安さに惹かれて来たお客様は、もっと安い商品が出ればすぐにそちらへ流れてしまいます。
「良い商品を作って、素晴らしい広告を打てば売れる」という考え方は、情報が少なかった時代には通用しました。
しかし、これだけ多くの商品と情報があふれている現代では、もはやそれだけでは不十分なのです。
大切なのは、広告を打つ前に「お客様の頭の中のどこに居場所を作るか」を考えることです。
中小企業だからこそできること
「うちは小さな会社だから、大手には勝てない」と思われるかもしれません。
しかし、ポジショニング戦略においては、むしろ中小企業の方が有利な面もあります。
大企業は、すでに多くの顧客を抱えているため、急に方向転換することができません。
また、幅広い層にアピールしなければならないため、「尖った」ポジションを取りにくいという事情もあります。
一方、中小企業は身軽です。
「この地域で」「このお客様層に」「この分野で」一番になる、という戦略を取りやすいのです。
大きな市場で二番手、三番手になるよりも、小さな市場で一番手になる方が、はるかに有利なポジションを築くことができます。
たとえば、「税理士」という大きなカテゴリーでは埋もれてしまっても、「飲食店専門の税理士」「IT企業に強い税理士」というポジションなら、その分野で一番手になれる可能性があります。

まとめ:お客様の頭の中に「最初に入る」ために
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最後に、今日のポイントを整理させてください。
お客様の頭の中には「一番手の席」がある
どんな商品カテゴリーでも、お客様の記憶に最初に入り込んだブランドが圧倒的に有利です。
二番手以降は、同じ土俵で戦っても苦戦を強いられます。
品質や広告だけでは「居場所」は作れない
「良い商品を作れば売れる」「広告を打てば認知される」という時代は終わりました。
まず考えるべきは、お客様の頭の中のどこに自社の居場所を作るかです。
新しいカテゴリーで一番手になる
既存の市場で二番手を目指すより、新しい切り口で「一番手」になることを考えましょう。
中小企業だからこそ、特定の地域や顧客層に絞った戦略が取りやすいはずです。
発明や発見より「最初に入ること」
画期的な新商品を開発する必要はありません。
大切なのは、お客様の頭の中に「この分野ならこの会社」という認識を、競合よりも先に植え付けることです。
皆さんの会社は、お客様の頭の中でどんな「居場所」を持っていますか?
その居場所は、競合と差別化できていますか?
ぜひ一度、じっくり考えてみてください。

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