顧客との関係構築:マーケティングの進化
〜マーケティングの進化と、中小企業が今すぐできること〜
はじめに:なぜ「良いモノ」だけでは売れなくなったのか
「うちの商品は品質には自信がある。なのに、なぜ売れないんだろう」
そんな悩みを抱える経営者の方は少なくありません。
実は、この問いの答えは「お客様が商品に求めるもの」が時代とともに大きく変わってきたことにあります。
マーケティングの世界的権威であるフィリップ・コトラー氏は、この変化を「マーケティング1.0」から「4.0」という4つの段階で説明しています。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、要するに「お客様が何に価値を感じるか」の移り変わりを整理したものです。
この流れを理解すると、今の時代に何をすればお客様に選ばれるのかが見えてきます。
第一段階:「あれば嬉しい」時代(マーケティング1.0)
まずは、日本の高度経済成長期を思い出してください。
当時の冷蔵庫といえば、氷屋さんから大きな氷の塊を買ってきて、木製の箱に入れて食べ物を冷やすものでした。
氷が溶けてしまえば、また買いに行かなければなりません。
そこに登場したのが電気冷蔵庫です。24時間365日、勝手に冷やし続けてくれる。
これだけで、当時の人々にとっては「夢のような商品」でした。
「三種の神器」という言葉をご存じでしょうか。
冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビのことです。
生活に「足りないもの」を埋めてくれる商品は、それだけで飛ぶように売れました。
この時代のマーケティングは、とてもシンプルでした。
「この商品があれば、こんなに生活が便利になりますよ」と伝えるだけで十分だったのです。
いわば「商品が主役」の時代です。
第二段階:「私に合ったものが欲しい」時代(マーケティング2.0)
ところが、大量生産によって商品が行き渡ると、状況は一変します。
経済的に豊かになったお客様は、だんだんと「わがまま」になっていきます。
「みんなと同じものじゃなくて、自分にぴったりのものが欲しい」と考えるようになるのです。
たとえば冷蔵庫ひとつとっても、自宅でお酒を楽しむ人は「氷を自動で作ってくれる機能」を重視します。
一方、花粉症に悩む人にとっては、冷蔵庫よりも高性能な空気清浄機のほうが切実に必要かもしれません。
こうなると、「大衆」という大きな塊に向けて同じメッセージを発信しても響きません。
「お酒好きの人」「花粉症の人」「子育て世帯」というように、お客様をグループ分けして、それぞれに合った提案をする必要が出てきました。
これが「お客様が主役」の時代です。
お客様のニーズを細かく分析し、それに応える商品やサービスを届けることが求められるようになりました。
第三段階:「共感できる会社から買いたい」時代(マーケティング3.0)
社会がさらに成熟すると、お客様の目はもう一段階厳しくなります。
「使い勝手が良いだけでは物足りない。その会社が何を大切にしているのか、どんな姿勢でビジネスをしているのかが気になる」
こう考える人が増えてきたのです。
たとえば、環境問題に真剣に取り組んでいる会社の商品を選びたい。
地域の雇用を守っている会社を応援したい。
そんな「共感」が購買の決め手になる時代です。
企業の側も、単に商品の機能を宣伝するだけでなく、「私たちはこういう想いでビジネスをしています」「こんな社会を実現したいと考えています」というメッセージを発信するようになりました。
これは「ミッション(使命)が主役」の時代と言えます。
お客様は、自分が共感できる会社の商品を選ぶことで、その会社の活動を「応援」しているのです。
第四段階:「一緒に参加したい」時代(マーケティング4.0)
そして今、マーケティングはさらに次の段階へ進んでいます。
お客様は、もはや「共感する」だけでは満足しません。
「自分もその活動に参加したい」「一緒に価値を作りたい」と考えるようになっているのです。
コトラー氏はこれを「経験価値」や「共創価値」という言葉で表現しています。
難しく聞こえますが、要するに「買って終わり」ではなく、「買うことで自分も何かに貢献している実感が欲しい」ということです。
商品やサービスの「機能」だけでは、もうお客様の心は動きません。
「この商品を選ぶことで、自分らしい生き方ができる」「この会社と一緒に、より良い社会を作っている」という感覚が求められています。
事例:ヤッホーブルーイングの「ファンと一緒に歩む」経営
この「共創」を見事に実践している日本企業の例として、長野県のクラフトビールメーカー「ヤッホーブルーイング」をご紹介します。
「よなよなエール」というビールで知られる会社です。
ヤッホーブルーイングは、単にビールを売るだけではありません。
「ビールに味を!人生に幸せを!」という理念のもと、お客様を「ファン」と呼び、一緒に楽しむ文化を大切にしています。
たとえば、毎年開催される「超宴(ちょううたげ)」というイベント。
これは単なる販促イベントではなく、ファン同士が交流し、社員と一緒にビールを楽しむ場です。
参加者は「お客様」ではなく「仲間」として迎えられます。
また、新商品の開発にファンの声を積極的に取り入れたり、SNSでファンと日常的にやり取りしたりと、「一方通行」ではない関係づくりを徹底しています。
結果として、ファンは「よなよなエールを買う」という行為を通じて、この会社のコミュニティの一員になっている感覚を得られます。
ただビールを飲むだけでなく、「自分もこのブランドの物語の一部だ」という実感があるのです。
これこそが、マーケティング4.0が示す「共創価値」の姿です。
中小企業だからこそできること
「うちは大企業じゃないから、そんな大がかりなことはできない」
そう思われたかもしれません。
しかし、実はこの「共創」の考え方は、中小企業や個人事業にこそ相性が良いのです。
なぜなら、お客様との距離が近いからです。
大企業では、お客様一人ひとりの顔を見ることは難しいでしょう。
しかし、従業員10名前後の会社であれば、常連のお客様の名前も、好みも、困りごとも把握できます。
たとえば、こんなことから始められます。
お客様の声を「見える化」する
お客様からいただいた感想や要望を、店頭やSNSで紹介する。
「〇〇様のご意見をもとに、こんな改善をしました」と伝えることで、お客様は「自分の声が届いている」と実感できます。
舞台裏を共有する
商品ができるまでの過程や、日々の仕事の様子を発信する。
完成品だけでなく「プロセス」を見せることで、お客様は応援したくなります。
小さなコミュニティを作る
常連のお客様同士が交流できる場を設ける。
LINEグループでも、年に一度の感謝イベントでも構いません。
「この店のファン」というつながりが生まれます。

まとめ:選ばれる会社になるために
マーケティングの進化を振り返ると、お客様が求めるものは次のように変わってきました。
1.0:生活を便利にしてくれる「商品」
2.0:自分に合った「商品」
3.0:共感できる「会社の姿勢」
4.0:一緒に参加できる「体験と関係性」
今の時代、お客様は単なる「買う人」ではありません。
あなたの会社の理念に共感し、一緒に歩んでくれる「仲間」になりたいと思っています。
大切なのは、完璧な仕組みを作ることではありません。
まずは「お客様と一緒に価値を作っていこう」という姿勢を持つこと。
そして、その想いを日々の行動で少しずつ形にしていくことです。
商品やサービスの品質はもちろん大切です。
しかしそれに加えて、「この会社と関わっていると、自分も良い方向に変われる気がする」—そんな感覚をお客様に届けられたとき、あなたの会社は本当の意味で「選ばれる存在」になるのではないでしょうか。

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