利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

数字や正しさだけでは、人の心は動かない

数字や正しさだけでは、人の心は動かない

「正しい説明」なのに、なぜか伝わらない ― 社長の想いを物語にして届けるということ

説明すればするほど、心が離れていく気がする

商品の良さも、価格の理由も、きちんと説明しているはずなのに、なぜかお客様の反応が薄い。
従業員に会社の方向性を伝えても、頭では分かってもらえているようで、なんとなく他人事のような空気が残る。

そんなモヤモヤを抱えたことのある経営者は、少なくないのではないでしょうか。

従業員10名前後の会社では、社長自身が商品の説明も、採用の面接も、時にはクレーム対応まで一人でこなしていることが多いものです。
日々の資金繰りや現場対応に追われる中で、「自社の魅力をどう伝えるか」などとじっくり考える余裕は、なかなか持てないものだと思います。
だからこそ、伝えることに一生懸命になればなるほど、正しさや理屈を積み重ねてしまいがちです。

けれども、人が実際に「この会社を選ぼう」「この人と一緒に働こう」と心を動かすときは、案外そうした理屈の部分ではないところで決まっているのかもしれません。
今日は、そのことについて少し考えてみたいと思います。

人は「正しさ」よりも「気持ち」で動いている

心理学の研究では、人の判断や行動は、大きく二つの働きによって支えられていると言われています。
ひとつは、瞬間的に「良い」「嫌だ」と感じる、直感的な働きです。
もうひとつは、時間をかけて筋道を立てて考える、論理的な働きです。

この分野の研究で、2002年にノーベル経済学賞を受賞した学者がいます。
その研究によれば、人間は思っている以上に、直感的な働きのほうを頼りにして日々の行動を決めているのだそうです。
どれほど理知的で冷静な人であっても、四六時中、筋道立てて考えてから行動しているわけではない、ということです。

これは経営においても、とても示唆に富む話だと考えられます。
たとえば、価格の妥当性や機能の優位性を、どれほど丁寧に説明しても、それだけでは人の心はなかなか動きません。
むしろ、その説明を聞く前の段階で、「なんとなく信頼できそう」「この人は誠実そうだ」という直感的な印象のほうが、判断を大きく左右しているのではないでしょうか。

そして、その直感的な部分に働きかけるのは、正確なデータや論理ではなく、多くの場合「物語」だと言われています。
誰かの体験や、そこに至るまでの経緯を聞くと、人はつい引き込まれてしまう。
そうした経験は、誰にでも心当たりがあるはずです。
海外の大きな選挙戦でも、政策の細かな数字よりも、その人自身の歩みや目指す社会の姿を語ることで、多くの支持を集めた例が知られています。

見せてこなかった裏側にこそ、人を引き込む力がある

もうひとつ、近年よく語られるようになった考え方があります。
それは、これまで表に出してこなかった、商品ができるまでの過程や、社長自身の迷いや試行錯誤を、あえて周囲に見せていくという発想です。

多くの会社は、完成した商品や、整った実績だけを見せようとします。
しかし人は、完成されたものよりも、そこに至るまでの過程―迷い、失敗、それでも諦めずに工夫を重ねた様子―に、より強く心を動かされる傾向があるようです。
舞台裏を見せてもらうと、人はその物語に自分も関わっているような感覚を持ち、応援したくなる。
そうした心の動きが、口コミや紹介という形で、静かに会社を支えてくれることがあります。

これは特別な会社だけの話ではありません。
むしろ、日々の仕事そのものに物語を持っている、従業員10名前後の会社にこそ向いている考え方だと言えるのではないでしょうか。

ある畳店の、小さな気づき

ここで、ひとつの架空の事例を挙げてみたいと思います。

ある地方都市で、祖父の代から続く畳店を営む三代目社長、安田さん(仮名・40代)がいます。職人と事務スタッフを合わせて、従業員は9名ほどです。

近年は、フローリングへの張り替えや、リフォーム業者がまとめて請け負う畳替えパッケージに押され、価格だけを比べられると太刀打ちできない場面が増えていました。
安田さんは、い草の品質や職人の技術の高さを説明資料にまとめ、丁寧に伝えようとしてきましたが、反応は今ひとつだったといいます。

ある日、長年の常連客から、亡くなったおじいさんが座っていた居間の畳を、張り替えてほしいという依頼が入りました。
作業に入った若手の職人・今井さん(仮名・20代)が、その家族から「この部屋で孫が生まれた日も、この畳の上だった」という話を聞きながら作業を進めました。
今井さんは、その様子をスマートフォンで撮影し、会社のSNSに「ある家族の畳と、その思い出」という短い文章とともに投稿してみたのです。

すると、思いがけないほど多くの反応がありました。
それをきっかけに安田さんは、見積もりの説明だけでなく、なぜそのい草を選ぶのか、張り替えの工程でどんな手間をかけているのかといったことを、SNSや会話の中で少しずつ伝えるようにしていきました。

すると、単純な価格比較で他社に流れていくお客様が減り、「安田さんのところに頼みたい」と、指名で問い合わせをしてくれる方が増えていったといいます。
決して大きな宣伝をしたわけではありません。
ただ、これまで見せてこなかった仕事の過程と、そこに関わる小さな物語を、少しずつ外に出していっただけなのです。

決算書の一行だけでは見えない、物語の効果

税理士として決算書を拝見していると、興味深いことに気づくことがあります。

損益計算書の「売上高」という一行だけを見ていても、なぜ同じような商品を扱う同業者の間で、これほど利益の残り方に差が出るのか、分かりにくいことが少なくありません。
しかし、その内訳をよく見ていくと、新規のお客様を集めるためにかけている広告費が、じわじわと減っている会社があります。
その代わりに、既存のお客様からの紹介によって新しい契約が生まれている、という変化が起きているのです。

これは、数字の世界だけを追いかけていては、なかなか気づけない現実です。
広告費という「支出」を減らしながら、紹介という目に見えにくい形で「収益」を支えているのは、多くの場合、その会社が語ってきた物語や、丁寧に見せてきた仕事の過程だと考えられます。
派手な数字の変化ではなく、内訳の静かな変化として表れるからこそ、見過ごされやすいのかもしれません。

まずは、ひとつの物語を語ることから

正しい説明をすることは、もちろん大切です。
しかし、それだけでは人の心の、いちばん深いところまでは届きにくいのかもしれません。

とはいえ、いきなり会社全体の物語を作り上げようとする必要はないと思います。
まずは、直近であったひとつの出来事―お客様とのやり取りや、スタッフが工夫した小さな場面を、ありのままに誰かに話してみることから始めてみるのも一つです。
上手に語ろうとしなくても構いません。
そこに込められた気持ちが伝われば、それで十分だと考えられます。

理屈で説得することに疲れてしまったときこそ、自社の中にある、まだ語られていない小さな物語に、目を向けてみてはいかがでしょうか。
その一歩が、次の一手につながっていくのではないでしょうか。

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