中小企業経営者が知っておきたい「自走する組織」の育て方
はじめに:経営者が本当に悩んでいること
「売上を伸ばすには?」「コストを削減するには?」
経営の教科書には、こうした問いに対する答えがたくさん書かれています。
しかし、10名前後の会社を経営されている方々が日々感じている悩みは、もっと別のところにあるのではないでしょうか。
「あの人とこの人、どうしても意見が合わない」
「何度説明しても、思った通りに動いてくれない」
「みんなバラバラで、チームとしてのまとまりがない」
こうした「人の悩み」こそが、実は経営者を最も苦しめる問題なのです。
売上目標の設定や経費の管理は、ある程度の知識があれば解決できます。
しかし、人と人との間で起こる問題は、マニュアル通りにはいきません。
一つとして同じケースはなく、正解もありません。
それは、人にはそれぞれ違った立場があり、大切にしている価値観があるからです。
なぜ「人の問題」は解決が難しいのか
現実の職場で起こる問題の大半は、実は技術的な問題ではなく、人間関係から生まれる問題です。
例えば、ベテラン社員と若手社員の対立を考えてみましょう。
ベテランは「これまでのやり方を守るべきだ」と考え、若手は「新しい方法を試すべきだ」と主張する。
どちらも間違っていないのに、話し合いは平行線です。
これは単なる意見の違いではなく、それぞれが大切にしている価値観の違いから生まれています。
また、リーダーが「みんなで目標に向かって頑張ろう」と呼びかけても、メンバーの反応は様々です。
ある人は積極的に動き、ある人は様子見をし、ある人は無関心です。
同じ言葉を聞いても、一人ひとりの受け取り方や動機は全く違うのです。
こうした複雑な「人の問題」を根本から解決するには、どうすればよいのでしょうか。
答えは、対話の場をつくることです。
ただの会議や打ち合わせではなく、お互いが本音で語り合える場所。
そこで必要になるのが、相手の話を深く聴き、自分の考えを適切に伝えるコミュニケーションの技術なのです。
「自走する組織」とは何か
さて、ここで「自走する組織」という考え方をご紹介します。
これは、経営者が細かく指示を出さなくても、社員一人ひとりが自分で考え、判断し、行動する組織のことです。
自転車を思い浮かべてみてください。
最初にペダルをこぎ始めるときは力が必要ですが、いったん走り出せば、少しの力で前に進み続けます。
組織も同じです。最初は経営者が引っ張る必要がありますが、社員が自ら動き出せば、組織は自然と前進し続けるのです。
しかし、この「自走する組織」をつくることは、想像以上に難しいテーマです。
実は、「学ぶ文化をつくる」ことや「お互いに共感し合う関係をつくる」ことよりも、ずっと難易度が高いのです。
なぜでしょうか? 理由は2つあります。
1つ目は、成果が見えるまでに時間がかかること
学ぶことや共感することは、個人の幸せに直結します。
「今日学んだことが役に立った」「この人は自分のことを分かってくれる」と、すぐに効果を実感できます。
しかし、自走する組織づくりは違います。
種をまいてから花が咲くまでのように、変化を感じられるまでに時間がかかります。
その間、経営者は「本当にこれでいいのだろうか」と不安になることもあるでしょう。
2つ目は、一人ひとりの障壁が違うこと
ある社員は「失敗が怖くて動けない」、別の社員は「何をすべきか分からない」、また別の社員は「やる気が出ない」。
自走を妨げている原因は、人によって全く違います。
十人十色の心情を理解し、それぞれに合った声かけやサポートが必要です。
これには、手間も時間も、そして豊富なノウハウも必要なのです。
しかし、この難しさを乗り越えた先には、大きな成果が待っています。
これからの時代、この「自走する組織のメカニズム」を会得できるかどうかが、会社の成長と衰退を分ける分かれ道になるでしょう。
自走する組織をつくる3つのポイント
では、具体的にどうすれば自走する組織をつくれるのでしょうか。
経営学者チェスター・バーナードは、そもそも組織が成り立つための条件として、次の3つを挙げています。
1.お互いに意思を伝え合える人がいること
2.その人たちが、行動で貢献しようという意欲を持っていること
3.共通の目的に向かって進もうとしていること
この3つの条件を、自走する組織という視点から見直してみましょう。
ポイント1:対話の「質」と「量」を高める
自走する組織では、たくさんの対話が必要です。
ただし、ここで言う対話とは、単なる情報共有ではありません。
お互いの考えや感情を深く理解し合う、質の高いコミュニケーションのことです。
コツは、行動する単位を小さくすることです。
10人全員で話し合うより、2〜3人のチームで話し合う方が、一人ひとりの声が届きやすくなります。
全員会議は報告の場に留め、実質的な対話は少人数で行う。そんな工夫が有効です。
また、話す技術だけでなく、聴く技術を学ぶことも重要です。
相手の話を遮らず、最後まで聴く。
質問をして理解を深める。
こうした基本的なスキルを、チーム全員で身につけることが、自走する組織の土台になります。
ポイント2:「ミッション・ビジョン・バリュー」を浸透させる
「今月の売上目標は○○円」「経費は前月比○%削減」
こうした数字やルールを伝えることは比較的簡単です。
メールやメモで通達すれば、少なくとも情報は届きます。
しかし、「私たちは何のために存在するのか(ミッション)」「どんな未来を目指すのか(ビジョン)」「大切にしたい価値観は何か(バリュー)」を社員の心に浸透させることは、まったく別次元の難しさです。
なぜなら、これらは数字ではなく、想いだからです。
想いは、一方的に伝えるだけでは届きません。
社員一人ひとりと向き合い、対話を重ね、関係性を深めながら、少しずつ共有していく必要があります。
時間も手間もかかりますが、この創造的なプロセスこそが、自走する組織をつくる核心なのです。
ポイント3:小さな成功体験を積み重ねる
自走を妨げる最大の敵は「どうせ無理だ」という諦めの気持ちです。
これを打ち破るには、小さくてもいいので成功体験を積み重ねることです。
「自分で考えて行動したら、うまくいった」
「提案が採用されて、みんなに喜ばれた」
こうした体験が、自信と積極性を生みます。
経営者の役割は、社員がそうした体験を得られるよう、適切な挑戦の機会を用意し、見守り、励まし続けることです。
実例:指揮者のいないオーケストラ
「自走する組織」の素晴らしい例として、オルフェウス室内管弦楽団があります。
このオーケストラには、なんと指揮者がいません。
通常のオーケストラでは、指揮者が全体をコントロールし、各奏者に指示を出します。
しかしオルフェウスでは、演奏者たち自身が対話を重ね、解釈を話し合い、リーダーを交代しながら演奏を作り上げていきます。
これは、まさに自走する組織の姿です。
トップダウンで指示を出すのではなく、メンバー同士が協力し合い、それぞれの専門性を活かしながら、一つの目標(素晴らしい演奏)に向かって進んでいく。
そのプロセスは、人間的で、臨機応変で、きわめて創造的です。
そして興味深いことに、オルフェウスの演奏は、多くの指揮者付きオーケストラと比べても遜色ない、むしろそれ以上の評価を得ています。
自走する組織が生み出す成果の質の高さを、見事に証明しているのです。
いったん走り出せば、組織は進化し続ける
ここまで読んで、「自走する組織づくりは難しそうだ」と感じられたかもしれません。
確かに、社員を統制して動かす従来型の組織運営より、手間も時間もかかります。
しかし、考えてみてください。
統制型の組織では、経営者が常に指示を出し続けなければなりません。
まるで自転車のペダルをこぎ続けるように、休むことができません。
一方、自走する組織では、いったん社員が動き出せば、組織は生き物のように自ら進化していきます。
なぜなら、社員一人ひとりがやる気に満ち、自分の判断で行動し、絶え間なく変化する環境に適応していくからです。
経営者が見ていないところでも、お客様のために最善を尽くし、問題があれば自分たちで解決策を見つけ出します。
そして、こうした考え方や行動が組織の文化として定着すれば、それは会社の大きな強みになります。
他社は簡単に真似できません。
なぜなら、それはマニュアル化できるものではなく、長い時間をかけて育まれた、その会社だけの独自の文化だからです。
この文化こそが、長期的な繁栄を支える礎となるのです。
まとめ:今日からできる最初の一歩
自走する組織づくりは、一朝一夕にはできません。
しかし、今日からでも始められることがあります。
まずは、対話の場をつくることから始めましょう。
週に一度、30分でもかまいません。
数字の報告ではなく、「今週困ったこと」「こうしたらもっと良くなると思うこと」を自由に話し合う時間を設けてみてください。
最初はぎこちないかもしれませんが、続けることで、少しずつ本音を言い合える関係が育っていきます。
そして、社員の話を、最後まで聴く習慣をつけましょう。
忙しい中でも、社員が話しかけてきたら、手を止めて向き合う。
途中で遮らず、最後まで聴く。「それで?」「どう思った?」と質問する。
こうした小さな積み重ねが、信頼関係を築き、社員の自主性を育てます。
最後に、小さな成功を一緒に喜びましょう。
「よく気づいたね」「助かったよ」「その判断は正しかった」
こうした言葉が、社員の自信になります。
失敗を責めるより、挑戦したことを認める。
そんな文化をつくることが、自走する組織への第一歩です。
変化には時間がかかります。
すぐに目に見える成果が出ないこともあるでしょう。
しかし、種をまかなければ、花は咲きません。
今日まいた小さな種が、半年後、一年後には、きっと大きな花を咲かせているはずです。
あなたの会社が、社員一人ひとりが輝き、自ら走り出す組織になることを願っています。

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