経営理念は、外から借りてくるものではない ― 自分の言葉でしか、社員の心は動かない
「うちの理念、何でしたっけ」と聞かれて困った経験
会社の入口や応接室に、額縁に入った立派な経営理念(会社が何を大切にしているかを一言で示す考え方)を掲げている。
そんな会社は少なくありません。
けれども、いざ社員にその理念を聞いてみると、言葉がうまく出てこない。
社長自身も、久しぶりに読み返してみて「そういえば、こんな文言だったか」と、少し戸惑ってしまう。
そんなことはないでしょうか。
毎年、会社案内やホームページをつくり直すたびに、理念の言い回しをどう整えようかと頭を悩ませてしまう。
そんな経営者の方は、決して少なくないのではないでしょうか。
従業員10名前後の会社では、理念づくりに専任の担当者を置く余裕もなく、社長がひとりで抱え込みがちです。
日々の売上や採用、現場のことで頭がいっぱいの中、理念のことは「大事だとは分かっているけれど、後回しになりがちなテーマ」の代表格ではないでしょうか。
だからこそ、いざ理念を言葉にしようとすると、つい「立派に見える言葉」「他社に見劣りしない言葉」を選んでしまいがちです。
経営セミナーで聞いた印象的な言葉や、同業他社のホームページに載っている格好よい一文を、そのまま自社に当てはめてみる。
もちろん悪気はなく、むしろ真面目に取り組んだ結果として、そうなってしまうのです。
けれども、その結果として出来上がった理念は、いつの間にか「自分の言葉」ではなくなってしまう。
これは、多くの経営者が一度は通る道のように思われます。
なぜ、判断がそこで止まってしまうのか
理念づくりに取り組もうとした経営者が、途中で手が止まってしまう場面には、ある共通点があるように感じます。
それは「立派な言葉を見つけなければならない」という思い込みです。
理念というと、どこか格調高く、社訓のように整った文章でなければならない、というイメージを持たれがちです。
そのため、いざ自分の言葉で書こうとしても「こんな平凡な表現でいいのだろうか」「もっと気の利いた言い回しがあるのではないか」と迷いが生まれ、結局は筆が止まってしまう。
あるいは、外部のコンサルタントに依頼し、整った文言を作ってもらって安心してしまう。こうした流れは、決して珍しいものではありません。
しかし、ここに大きなすれ違いがあります。
理念というものは、他の会社が掲げている立派な言葉を真似ても、外部の専門家が「これが理想の理念です」と示してくれる型に当てはめても、意味を持たないということです。
理念とは、その会社の内側から生まれるものであり、周りの環境や流行によって左右されるものではない。
そう考えられます。たとえるなら、理念は既製服ではなく、体に合わせて仕立てる一着の服のようなものです。
どれほど評判の良いブランドの服でも、寸法が合わなければ結局は着心地が悪く、いつの間にか引き出しの奥にしまい込まれてしまいます。
経営理念も同じで、他社の立派な言葉をそのまま借りてきても、社内の実際の姿に寸法が合っていなければ、誰も袖を通さなくなってしまうのです。
では、その会社に合った理念は、どこから見つければよいのでしょうか。
答えは、遠くの成功事例や経営書の中にあるのではなく、すでに社内で起きている小さな出来事の中に隠れていることが多いように思います。
事例:デイサービスを営む小川さんの気づき
ここで、ひとつの架空の物語をご紹介します。
高齢者向けの通所介護(デイサービス)を営む小川さん(仮名、52歳)は、10年前に事業を立ち上げたとき、知人の紹介で経営コンサルタントに理念づくりを依頼しました。
出来上がったのは「その人らしい人生を、最後まで支える」という、たしかに立派な文言でした。
額に入れて事務所に飾り、開業式でも読み上げました。
けれども小川さんは、心のどこかで「これは自分の言葉ではないな」という違和感を抱えていました。
職員に理念を暗唱してもらう朝礼でも、みな義務的に声を合わせるだけで、表情に力が入っていない。
従業員は送迎を担当する運転手を含めて10名ほどでしたが、理念の話になると、なんとなく空気が重くなる。
そんな状態が何年も続いていました。
小川さん自身も「うちの理念、社員は本当に信じているのだろうか」という疑問を、ずっと胸の奥にしまい込んでいたそうです。
転機になったのは、ある日の午後のことでした。
認知症のある利用者の方が、介護職員の渡辺さん(仮名、30代)に、同じ質問を何度も繰り返していました。
「今日は何日でしたっけ」。
もう五回目です。
それでも渡辺さんは、嫌な顔ひとつせず、まるで初めて聞かれたかのように、穏やかに答えていました。
たまたまその場に居合わせた小川さんは、後で渡辺さんに理由を尋ねてみました。
渡辺さんはこう答えたそうです。
「その一瞬だけでも、あの方が安心して笑顔になれるなら、それでいいと思うんです。昨日のことは忘れてしまっても、今日この瞬間の気持ちは、きっと残りますから」。
この言葉を聞いたとき、小川さんは、自分たちが本当に大切にしてきたことに、ようやく気づいたといいます。
それは「過去の記憶」でも「未来の目標」でもなく、「同じ時間を、何度でも大切にする」という姿勢そのものでした。
額に入っていた立派な文言は、その日のうちに外され、代わりに渡辺さんの言葉が、手書きのまま休憩室に貼られることになりました。
不思議なことに、それからというもの、朝礼で理念を語る社員の声の調子が、少しずつ変わっていったそうです。
新しく入った職員にも、この渡辺さんのエピソードが、口伝えのように語り継がれるようになったといいます。
借り物の理念から、自分の言葉への小さな一歩
この物語からうかがえるのは、理念とは、外から探してきて貼り付けるものではなく、すでに社内で誰かが実際に体現していることに、後から言葉を与える作業だということです。
もし今、自社の理念に「なんとなく借り物のような感覚」があるとしたら、まずは新しい言葉をひねり出そうとするのではなく、社内で最近あった小さな出来事を思い出してみるのも一つではないでしょうか。
お客様に感謝された場面、社員が誰に頼まれたわけでもないのに手を貸していた場面。
あるいは、繁忙期にもかかわらず、誰かが自然に周りを支えていた場面。そうした場面の中にこそ、その会社らしさの種が隠れていることが多いように感じます。
具体的には、まず社員に「最近、仕事をしていて嬉しかった瞬間」を尋ねてみることから始めてみるのも一つです。
大げさな答えでなくてよいのです。「お客様に、ありがとうと言ってもらえた」「後輩が自分から動いてくれるようになった」。
そうした素朴な言葉の中にこそ、その会社が大切にしている価値観が、すでに表れていることが多いように思います。
もうひとつ大切なのは、立派に整った言葉である必要はない、ということです。
むしろ、多少不格好でも、社長自身が心から信じられる言葉のほうが、社員の耳には残ります。
完璧な一文をつくろうとするよりも、社内の誰かが発したひとことを、そのまま理念の種として書き留めておく。
それくらいの気軽さから始めてみるのも一つかもしれません。
理念は、一度にきれいな形で完成させる必要はなく、少しずつ育てていくものだと捉え直してみると、肩の力が抜けるのではないでしょうか。
「うちには、そんなエピソードがない」と感じたときに
こうした話を聞くと、「うちの会社には、渡辺さんのような分かりやすい出来事なんてない」と感じる経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
けれども、それはおそらく、出来事そのものがないのではなく、まだ言葉として拾い上げられていないだけなのではないでしょうか。
日々の忙しさの中では、社員のちょっとした気配りや、お客様からの何気ない一言は、あっという間に通り過ぎてしまいます。
立ち止まって「今の、良かったな」と意識する余裕がなければ、記憶にすら残りません。
だからこそ、意識的に立ち止まる時間をつくることが、理念探しの最初の一歩になるのではないかと思います。
たとえば、月に一度、社員数名と一緒に「この一か月で、お客様や仲間のために良かったと思う場面」を振り返る時間を、十五分だけ設けてみる。
最初は誰も何も言わないかもしれません。
それでも根気よく続けていくうちに、少しずつ具体的なエピソードが出てくるようになります。
そうして集まった言葉の中から、繰り返し出てくる共通点を探してみる。
それこそが、その会社の理念の輪郭になっていくのではないでしょうか。
一度にきれいな一文にまとめようとせず、何か月かかけて、じわじわと言葉を育てていくくらいの気持ちで取り組んでみるのも一つです。
借り物の理念は、いざというときに役に立たない
もうひとつ、理念が自分の言葉になっているかどうかが分かれるのは、経営者が難しい判断を迫られた瞬間です。
たとえば、無理な値引きを求める取引先にどう対応するか。
長年勤めてくれた社員から、条件面での相談を受けたとき、どう答えるか。
こうした場面で、額に入っているだけの立派な理念は、正直なところ何の助けにもなりません。
文言を思い出したところで、「では、今この場でどうするか」という具体的な判断にはつながらないからです。
一方で、自分たちの言葉として根づいた理念があると、不思議なことに判断の軸がぶれにくくなります。
小川さんの事業所であれば、「同じ時間を、何度でも大切にする」という言葉が、利用者への対応だけでなく、社員への接し方や、新しいサービスを始めるかどうかの判断にまで、静かに影響を与えるようになっていったそうです。
理念とは、額縁の中で眠らせておくものではなく、日々の小さな決断の場面で、そっと背中を押してくれる道しるべのようなものだと言えるのではないでしょうか。
数字にもあらわれる、理念の在り方
税理士として決算書を拝見していると、数字だけでは見えてこない違いに気づくことがあります。
理念が借り物のままの会社ほど、毎年のように採用費や求人広告費がかさみ、人の入れ替わりに追われている傾向が見受けられます。
面接では立派な理念を語っているのに、実際に働き始めた社員が「思っていたのと違った」と早期に離れてしまう。
そのたびに、また採用にお金と時間をかけることになる。
この繰り返しは、決算書の販売費及び一般管理費(会社を日々運営するためにかかる経費の区分)の中に、静かに積み重なっていきます。
一方で、理念が社員自身の言葉として根づいている会社は、驚くほど採用にお金をかけずに済んでいることが多いのです。
求人媒体に頼らずとも、既存の社員からの紹介で人が集まってくる。
面接の場でも、社長ではなく現場の社員が、自分の言葉で会社の良さを語ってくれる。
理念というのは、掲げるための飾りではなく、実は人件費や採用費といった、日々の数字にまでじわりと効いてくるものなのかもしれません。
もちろん、理念を変えたからといって、翌月からすぐに数字が変わるわけではありません。
けれども、何年かにわたって決算書を見比べていくと、理念が自分たちの言葉になっている会社ほど、無駄な採用や離職の繰り返しが少なく、結果として利益体質も安定していく傾向があるように感じます。
これは経営理論というよりも、長く決算書に向き合ってきた実感に近いものかもしれません。

まとめ:モヤモヤの正体は、探す場所の違いだった
経営理念について感じてきたモヤモヤは、多くの場合、理念そのものが間違っていたわけではなく、探す場所が違っていただけなのかもしれません。
他社の立派な言葉や、外部の専門家が示す「あるべき理念像」は、参考にはなっても、答えそのものにはならないのです。
従業員10名前後で、日々の忙しさに追われながらも「このままでいいのだろうか」と自問している経営者の方は、決して少なくないはずです。
その自問自体が、すでに理念に向き合っている証拠なのではないでしょうか。
理念は、会社の外にある正解を探し当てるものではなく、すでに社内にある小さな真実に、言葉という形を与えていく作業なのだと考えられます。
今日という日に、社内で起きた小さな出来事をひとつ思い出してみる。
誰かの何気ないひとことを、書き留めておく。
そこから、自分たちだけの言葉が、少しずつ育っていくのではないでしょうか。
完璧な一文を最初から目指す必要はありません。
むしろ、多少ぎこちなくても、社長自身の実感がこもった言葉のほうが、長い目で見れば社員の心に残っていくはずです。
その積み重ねこそが、経営の中で感じてきたモヤモヤを、次の一歩を踏み出すための、確かな力に変えていくのではないでしょうか。

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