利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「あなたのことを見ていますよ」という一言が、チームを変える

「あなたのことを見ていますよ」という一言が、チームを変える

従業員のやる気を引き出す一言の力

はじめに:なぜあの社員は、いまひとつ熱が入らないのだろう

従業員10名前後の会社を経営していると、こんな場面に出くわすことがあると思います。

「頑張ってほしいのに、どうもやる気が感じられない」
「仕事のやり方を丁寧に教えても、すぐに諦めてしまう」
「給料は同業他社と比べても決して低くないのに、自発的に動いてくれない」

このような悩みを、私はこれまで多くの経営者の方から聞いてきました。

報酬の仕組みを整えたり、外部研修に投資したり、目標を数字で明確にしたり—さまざまな手を打ってきたけれど、なかなか変わらない。
そんなもどかしさを抱えている方も多いのではないでしょうか。

実は、人のやる気を引き出す鍵は、思っているよりずっとシンプルなところにあるかもしれません。

今回は、人間の心の仕組みを手がかりに、「チームが自然と動き出す職場」をつくるためのヒントをお伝えしたいと思います。

驚くべき実験が示したこと

少し不思議な話をさせてください。

ある研究で、こんな実験が行われました。
参加者に、難しいジグソーパズルを渡します。
「好きなだけ時間をかけていい」と伝えて、実験者はいったん部屋を出ます。

2分ほど経って戻ってきた実験者は、参加者にある一枚のメモを手渡しました。
「別の部屋で同じパズルに取り組んでいる人が、ヒントを共有したいと言っています」と添えながら。

参加者はそのメモを読み、再びパズルに集中し始めます。
すると、明らかな変化が現れました。
集中力が増し、取り組む時間はそれまでの1.5倍近くに伸び、楽しそうに挑戦を続けるようになったのです。
さらに驚いたことに、そのやる気は2週間後にも持続していました。

ここで種明かしです。

そのメモには、パズルに役立つ情報は一切書かれていませんでした。
内容はほぼ無意味なものだったのです。
にもかかわらず、参加者の行動はこれほど大きく変わりました。

なぜでしょうか。

答えは、「誰かが自分のことを気にかけてくれている」という感覚でした。

人は「つながり」を感じると、力が引き出される

この実験が示しているのは、人間にとって「自分はここにいていい」「誰かに見ていてもらっている」という感覚が、やる気や集中力に大きく関わっているということです。

心理学では、これを「所属感」と呼ぶことがあります。
難しい言葉ですが、要するに「ここに自分の居場所がある」という安心感のことです。

人間は本来、孤独な状態では力を発揮しにくい生き物です。
誰かとつながっていると感じるとき、脳はより活発に働き、困難な課題にも前向きに向き合えるようになります。
これは根性論や精神論ではなく、脳の仕組みとして確かめられていることです。

逆に言えば、どれだけ素晴らしい制度や待遇を整えても、スタッフが「自分のことを誰も気にかけていない」と感じてしまえば、その効果は半減してしまうかもしれません。

現場で起きていること:ある工務店の話

知人の工務店経営者の話をさせてください。職人を含めてスタッフは8名ほどの小さな会社です。

この経営者は、決して手を抜かない誠実な方でした。
道具の管理を徹底し、安全教育もきちんと行い、残業が続くときは手当を払うことも惜しみませんでした。
それでも、なぜか現場の雰囲気が重く、スタッフ同士のやり取りも必要最低限になってきていました。

ある日、長年お世話になっているお客様から、「最近、あなたのところの職人さん、元気がないみたいね」と言われたそうです。

振り返ってみると、経営者がスタッフに声をかけるのは、ほとんど仕事の確認や指示だけでした。
「明日の現場の段取りは?」「あの材料、発注した?」—業務の話はする。
でも、「最近どう?」「あの仕事、大変だったね」という、個人への関心を示す言葉はほとんどなかったのです。

そこでこの経営者は、一つのことを始めました。
朝礼のあと、必ず一人ひとりに短い言葉をかけることです。
内容はごく些細なことで構わない。
「昨日の現場、遠かっただろ。疲れなかったか?」「先月の仕上がり、お客さんが喜んでたよ」—それだけです。

変化は数週間後から少しずつ現れました。
スタッフ同士が自分から声をかけ合うようになり、問題が起きたときも早めに報告が上がるようになり、現場の雰囲気が少し明るくなってきた、と感じるようになったそうです。

「給料も休みも何も変えていないのに」と、この経営者は今でも不思議そうに話してくれます。

中小企業の経営者だからこそ、できることがある

大企業では、社員満足度の調査や定期的な面談制度など、「つながり」を測定・強化するための仕組みが整っています。
でも、従業員10名前後の会社にそれをそのまま持ち込むのは、現実的ではないかもしれません。

ただ、逆に考えてみてください。

大きな会社のトップが、全社員と日常的に言葉を交わすのは、構造的に難しいことです。
でも、小さな会社であれば、経営者が一人ひとりと直接話すことができます。
これは、じつはとても大きな強みではないでしょうか。

制度がなくても、仕組みがなくても、経営者の一言が届く距離にある。
中小企業が持つ、この「近さ」こそが、大企業にはまねできない武器だと私は思っています。

では、何から始めればいいのか

「気にかけている」を伝えるのに、特別なことは必要ありません。
今日からできることを、いくつか挙げてみます。

名前で呼ぶ習慣をつける

「ちょっといい?」ではなく「〇〇さん、ちょっといい?」と名前を呼ぶだけで、受け取る側の感覚はずいぶん違います。
自分が一人の個人として認識されている、という感覚につながるからです。

仕事以外の短い言葉をかける

「最近どうですか?」「体の調子はどうですか?」という、業務と関係のない一言です。
長い会話をしなくても、「気にかけてもらっている」という感覚は十分に伝わると考えられます。

小さな変化に気づいて、言葉にする

「この前の対応、丁寧だったね」「先月の目標、達成してたじゃないですか」—細かいことへの気づきは、「この人は私のことを見ている」というメッセージになります。
見ていてもらえると感じる人は、さらに努力しようとするものです。

仕事の「意味」を添えて伝える

「この作業をお願いしているのは、お客さんにとってここが一番大切だから」というように、個々の仕事が全体にどうつながっているかを伝えるだけで、同じ仕事でも受け取り方が変わることがあります。
自分の仕事に意味を見出せると、取り組む姿勢は変わってくるのではないでしょうか。

なぜ、気にかけることが難しいのか

「そんなこと、頭では分かっているけれど……」と感じた方も多いと思います。

経営者は毎日、お金の管理、取引先との交渉、次の手を考えること—次々と判断を迫られています。
目の前の業務に追われていると、スタッフへの声かけはどうしても後回しになりがちです。

また、「甘やかすことにならないか」「全員に公平に接しなければならないから、特定の人だけ声をかけるのは難しい」という心理的な壁を感じる方もいます。

でも、ここで考えてみてほしいのです。

「気にかける」ことは、特別扱いではありません。
全員に対して「あなたのことを見ていますよ」というメッセージを、それぞれの形で伝えることです。
内容は同じでなくていい。
その人に合った言葉で届けることが、むしろ本来の公平さではないでしょうか。

忙しい中でも、一日に一人だけに一言。
まずはそこから始めてみるのも、一つではないかと思います。

まとめ:経営者の「一言」がチームを育てる

今回お伝えしたことを振り返ります。

人間は、自分のことを誰かが気にかけてくれていると感じるとき、内側からやる気が湧いてきます。
これは感情論ではなく、脳の仕組みとして確かめられていることです。

そして、そのきっかけは、驚くほど小さなことから始まります。
ちょっとした声かけ、名前を呼ぶこと、小さな変化への気づき—それだけで、人は「ここに居場所がある」と感じ、仕事への向き合い方が少しずつ変わっていきます。

報酬を上げる、制度を整える、研修の機会を増やす—もちろん、それらも大切なことです。
でも、その前提として「自分はこのチームの一員として大切にされている」という感覚が根付いていなければ、どんな施策も効果が出にくいかもしれません。

中小企業の経営者には、スタッフ一人ひとりと直接言葉を交わせるという、大企業にはない大きな強みがあります。
毎日の小さな積み重ねが、じわじわと職場の空気を変え、気づけばチーム全体が自然と動き出す—そんな変化を、多くの経営者の方に経験してほしいと願っています。

何か大きなことを変える必要はありません。
まずは明日の朝、一人のスタッフに、業務とは関係のない一言をかけることから始めてみてはいかがでしょうか。

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