利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「誰かのため」が「みんなのため」になる発想法

「誰かのため」が「みんなのため」になる発想法

すべての人に届く商品・サービスのつくり方

はじめに:なぜ今、「みんなが使える」が大切なのか

「うちの商品は○○向けだから」「このサービスは△△な人がターゲットだから」。

事業を営んでいると、こうした発想で商品やサービスを設計することが多いのではないでしょうか。
「ターゲットを絞り込む」ことはマーケティングの基本として教えられてきましたし、実際、限られた経営資源を有効に使うためには理にかなった考え方です。

しかし近年、この「特定の誰かに向けてつくる」という発想だけでは、ビジネスチャンスを逃してしまうケースが増えてきました。

たとえば、ある飲食店が「若い女性向け」としてメニューを構成したとします。
すると、その女性が家族や友人と来店したいと思っても、「お父さんが食べられるものがない」「男性の同僚を誘いにくい」といった理由で、来店そのものを見送られてしまうことがあります。

現代社会では、人々の価値観や生活スタイルがますます多様化しています。
年齢、性別、国籍、宗教、身体的な特徴、食の好み。
一つのグループの中にも、さまざまな背景を持つ人が混在しているのが当たり前になりました。

このような時代に求められているのが、「特定の誰かのため」に考え抜いた工夫を、「結果としてみんなが嬉しい」かたちに昇華させる発想です。
これを「インクルーシブ・マーケティング」と呼びます。

インクルーシブ・マーケティングとは?

「インクルーシブ」という言葉は、「包み込む」「誰も排除しない」という意味を持っています。
つまり、インクルーシブ・マーケティングとは、特定の属性の人だけをターゲットにするのではなく、できるだけ多くの人が「自分も使いたい」「自分も行きたい」と思える商品やサービスを生み出す考え方です。

ここで大切なのは、「万人向けの無難なもの」をつくることとは違うという点です。

むしろ逆で、「特定の誰かが困っていること」「特定の誰かが不便に感じていること」を深く掘り下げて解決策を考え抜く。
そのうえで、その解決策を「その人だけのもの」にとどめず、「実はみんなにとっても便利で、心地よいもの」へと広げていく。
この発想の転換がポイントです。

たとえるなら、駅や建物にあるエレベーターを思い浮かべてください。
エレベーターは、もともと車椅子を使う方や足の不自由な方のために設置されたものです。
しかし今では、ベビーカーを押すお母さん、重いスーツケースを持った旅行者、膝を痛めたお年寄り、そして単に「階段を上るのが面倒」という人まで、誰もが当たり前のように利用しています。

「困っている人のため」に生まれた工夫が、「みんなにとって便利なもの」になった好例です。

事例:キッチン用品メーカーの発想転換

ここで、この考え方を見事に実践した事例をご紹介します。

アメリカに「OXO(オクソー)」というキッチン用品メーカーがあります。
今では世界中で愛用されているブランドですが、その始まりは、ある「困りごと」からでした。

創業者のサム・ファーバー氏の奥様は、関節炎を患っていました。
そのため、一般的なピーラー(野菜の皮むき器)を使うと、細い金属の柄が手に食い込んで痛みを感じてしまいます。
料理が好きな奥様にとって、これは大きな悩みでした。

ファーバー氏は、奥様のために「握りやすいピーラー」の開発に取り組みました。
柔らかいゴム素材で太めのグリップをつくり、力を入れなくても握れるように工夫したのです。

ここまでなら、「関節炎の方向けの特別な製品」で終わっていたかもしれません。

しかし、この製品を一般向けに販売したところ、驚くべきことが起きました。
関節に問題のない人たちからも、「すごく使いやすい!」「手が疲れない!」という声が殺到したのです。

考えてみれば当然のことでした。
握りやすく、力を入れなくても使える道具は、誰にとっても快適なのです。
関節炎の方にとっての「必需品」は、健康な方にとっても「あると嬉しい便利品」だったわけです。

OXOはこの成功をきっかけに、同じ発想でさまざまなキッチン用品を展開。
「誰もが使いやすいデザイン」をブランドの柱に据えて成長を続け、今では世界中のキッチンで愛用される存在になりました。

「特別扱い」ではなく「当たり前」にする

ここでもう一つ、大切な視点があります。

インクルーシブ・マーケティングの本質は、困っている人を「特別扱い」することではありません。
むしろ、その人たちが「普通に」「当たり前に」参加できる環境をつくることです。

たとえば、飲食店で考えてみましょう。

ベジタリアン(菜食主義者)のお客様が来店したとき、「特別メニューをお出ししますね」と対応するのも一つの方法です。
しかし、これでは当のお客様は「自分だけ別扱いされている」と感じてしまうかもしれません。
また、お店側も、特別対応のための手間やコストが発生します。

一方で、最初からメニューの中にベジタリアン対応のおいしい選択肢がいくつか用意されていたらどうでしょう。
ベジタリアンの方も、そうでない方と同じようにメニューを眺めて、自然に自分の食べたいものを選ぶことができます。
「特別」ではなく「当たり前」として、その場に溶け込めるのです。

ニューヨークでは近年、ベジタリアンに対応できないレストランは団体での予約が取りにくくなってきているといいます。
これは、グループの中に一人でも菜食の方がいれば、「みんなが楽しめる店」を選ぶのが当然になってきているからです。

食事の質を高めるだけでは、もはやお客様の心をつかめない時代。
国籍も年齢も性別も宗教も異なるさまざまな人が集まったとき、誰もが「居場所がある」と感じられる空間づくりが、選ばれる理由になるのです。

中小企業・個人事業主にとってのヒント

「でも、うちは大企業じゃないから、そんな大がかりなことはできない」と思われるかもしれません。

しかし実は、インクルーシブ・マーケティングは、中小企業や個人事業主の方にこそ取り組みやすい考え方です。
その理由は二つあります。

一つ目は、「お客様の声が近い」ということ。

大企業では、お客様の声はアンケートや数字を通じて届くことが多いですが、中小企業や個人事業では、お客様と直接顔を合わせる機会が豊富にあります。
「こういうところが使いにくくて」「こんな選択肢があったら嬉しいのに」という生の声を、すぐに商品やサービスに反映できる強みがあります。

二つ目は、「小回りが利く」ということ。

新しいアイデアを試すのに、何重もの稟議を通す必要はありません。
「これは良さそうだ」と思ったら、来週から試してみることだってできます。
うまくいけば続ければいいし、うまくいかなければ修正すればいい。
この身軽さは、大きな武器です。

具体的には、こんな問いかけから始めてみてはいかがでしょうか。
・「今のお客様の中で、ちょっと不便を感じていそうな方はいないだろうか?」
・「その不便を解消する工夫は、他のお客様にとっても嬉しいことではないだろうか?」
・「『○○専用』『○○向け』としている商品やサービスを、もっと広い人に届ける方法はないだろうか?」

たとえば、文字を大きくしたメニュー表は、高齢のお客様だけでなく、薄暗い店内で見づらいと感じていた若いお客様にも喜ばれるかもしれません。
段差をなくした入り口は、車椅子の方だけでなく、ベビーカーを押すご家族や、台車で荷物を運ぶ配達員さんにも助かるはずです。

まとめ:「誰かの不便」は「みんなのチャンス」

インクルーシブ・マーケティングの本質は、決して難しいものではありません。

「特定の誰かが困っていること」に真剣に向き合い、その解決策を考え抜く。
そして、その工夫を「その人だけのもの」に閉じ込めず、「みんなにとっても価値あるもの」として届ける。

この発想の転換ができれば、一つの工夫が、思いもよらない広がりを見せることがあります。

「誰かのための特別な配慮」ではなく、「誰もが自然に参加できる当たり前」をつくる。
それは、お客様にとって心地よい体験を提供するだけでなく、新しいお客様との出会いを生み、ビジネスの可能性を広げることにもつながります。

今日、お店や事務所に来られるお客様の中に、小さな「困りごと」を抱えている方はいませんか?
その「困りごと」の中に、次のビジネスチャンスが眠っているかもしれません。

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

コメント Comments

コメント一覧

コメントはありません。

コメントする

トラックバックURL

https://wakaruto.jp/%e3%80%8c%e8%aa%b0%e3%81%8b%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%80%8d%e3%81%8c%e3%80%8c%e3%81%bf%e3%82%93%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%80%8d%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%82%8b%e7%99%ba%e6%83%b3%e6%b3%95/trackback/

関連記事 Relation Entry