従業員を大切にする経営戦略
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じめに:サービス業の成否は「現場」で決まる
飲食店やサービス業を営む経営者の方であれば、一度は経験があるのではないでしょうか。
「あのお店、料理はおいしいのに、店員さんの対応がちょっと……」という声を聞いたこと。
あるいは逆に、「味は普通だけど、あの店員さんに会いたくてつい通ってしまう」というお客様の存在。
サービス業において、商品やサービスの品質はもちろん大切です。
しかし、それと同じくらい、いえ、それ以上に重要なのが「現場で働く人たちの対応」です。
どれほど素晴らしい商品を用意しても、たった一度の不愛想な対応、たった一言の失礼な言葉が、長年のお客様を永遠に失わせてしまうことがあります。
これは、レストランやカフェに限った話ではありません。
小売店、美容室、整体院、不動産会社……お客様と直接接するあらゆる業種に当てはまることです。
では、現場のスタッフに「心からの笑顔」や「気持ちのこもった対応」をしてもらうには、どうすればよいのでしょうか。
「接客マニュアルを作る」「研修を徹底する」—もちろん、それも大切です。
しかし、世界的なコーヒーチェーン・スターバックスを築き上げたハワード・シュルツ氏は、まったく違うところから始めました。
従業員を「家族」として扱う——スターバックスの原点
シュルツ氏がスターバックスの経営で最初に力を入れたのは、意外にも「従業員との信頼関係づくり」でした。
当時、スターバックスで働く人の3分の2はパートタイムのスタッフ。
大学生や、俳優を目指しながら生計を立てている若者たちでした。
朝5時半から店に立ってくれる人もいます。彼らがいなければ、おいしいコーヒーをお客様に届けることはできません。
シュルツ氏は、こう考えました。
「会社の命運は、現場で働く彼らの手に託されている。であれば、彼らを『いつでも替えがきく存在』として扱っていいはずがない」
そこで、当時のアメリカでは異例ともいえる決断をします。
週20時間以上働くパートタイムスタッフにも、正社員と同じ健康保険を適用したのです。
アメリカでは、医療費が非常に高額です。
健康保険がなければ、ちょっとした病気やケガでも大きな出費になってしまいます。
パートタイムで働く人たちにとって、これは「会社が自分のことを本気で考えてくれている」という、強烈なメッセージになりました。
結果はどうなったか。
優秀な人材が「スターバックスで働きたい」と集まるようになり、離職率は大きく下がりました。
スタッフの目の色が変わり、「どうすればもっとお客様に喜んでもらえるか」「お店をもっと良くするにはどうしたらいいか」と、自ら考え、提案するようになったのです。
さらに1991年、シュルツ氏はもう一つの画期的な制度を導入します。
パートタイムを含むすべての従業員に、自社の株を持てる権利(ストックオプション)を与えたのです。
「ビーン・ストック(Bean Stock)」と名づけられたこの制度は、「従業員も会社のオーナーの一人」という考え方を形にしたものでした。
なぜ、そこまで従業員を大切にするのか
ここで、こんな疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
「パートさんにまで手厚くしたら、人件費がかさんで経営が苦しくなるのでは?」
たしかに、短期的に見ればコストは増えます。
しかしシュルツ氏には、単なる「コスト」以上の、深い想いがありました。
シュルツ氏の父親は、トラック運転手や工場勤務など、さまざまな仕事を転々としながら家族を養いました。
一生懸命働いたにもかかわらず、職場で人間として尊重されることは少なく、仕事に誇りを持てないまま人生を終えたといいます。
その姿を見て育ったシュルツ氏は、「もし自分が何かできる立場になったら、絶対に人を見捨てるようなことはしない」と心に誓っていました。
従業員を大切にする経営は、サービス向上のための「戦略」である以上に、シュルツ氏にとっては「人としての信念」だったのです。
そしてその信念は、スターバックスのある決断にも表れています。
それは「フランチャイズ(加盟店)方式を採用しない」ということ。
フランチャイズとは、本部が看板やノウハウを貸し出し、加盟店のオーナーが各店舗を運営する仕組みです。
本部は少ない資金で店舗数を増やせるため、急成長を目指す企業がよく採用する方法です。
しかしシュルツ氏は、このメリットよりも「デメリット」を恐れました。
フランチャイズにすると、現場で働く人たちとの直接のつながりが薄くなる。
スターバックスが大切にしてきた「従業員との信頼関係」「お客様との絆」が損なわれてしまう—そう考えたのです。
日本企業に見る「従業員第一主義」の実践——未来工業の事例
従業員を大切にする経営は、日本にも優れた実践例があります。
岐阜県に本社を置く「未来工業株式会社」は、電気設備の部材メーカーとして知られていますが、それ以上に「日本一社員を大切にする会社」として有名です。
創業者の山田昭男氏は、独自の経営哲学を貫きました。
まず、残業は原則禁止。
「仕事は就業時間内に終わらせるもの」という考え方です。
年間休日は約140日と、製造業としては異例の多さ。
さらに、育児休暇は最長3年まで取得可能です。
給与面でも、業界平均を上回る水準を維持し、「社員が安心して働ける環境」を徹底的に追求しました。
なぜ、ここまでするのか。山田氏の答えはシンプルでした。
「社員が幸せでなければ、いいアイデアは生まれない。いいアイデアがなければ、会社は成長しない」
実際、未来工業では社員からの改善提案が年間1万件以上も寄せられるといいます。
「どうせ言っても無駄」ではなく、「この会社のために何かしたい」と思える環境があるからこそ、現場から次々とアイデアが生まれるのです。
その結果、未来工業は数多くの特許を取得し、ニッチな市場で圧倒的なシェアを獲得。
「高い人件費」は、「他社には真似できない競争力」として、何倍にもなって返ってきたのです。

まとめ:「人を大切にする」は、きれいごとではなく「経営戦略」
スターバックスのシュルツ氏も、未来工業の山田氏も、「従業員を大切にする」ことを単なる理想論ではなく、会社を強くするための「経営の根幹」として位置づけていました。
従業員を大切にすれば、
・離職率が下がり、採用・教育コストが減る
・スタッフが自発的に考え、行動するようになる
・お客様への対応の質が上がり、リピーターが増える
・社内から改善のアイデアが生まれ、会社が成長する
これは、従業員10名前後の会社であっても、まったく同じことが言えます。
むしろ、少人数の組織だからこそ、一人ひとりの働きぶりが会社の業績に直結します。
「あの人がいるからこのお店に来る」と言われるようなスタッフが一人でもいれば、それは何よりの財産です。
「うちは大企業じゃないから、手厚い福利厚生なんて無理だよ」と思われるかもしれません。
でも、大切なのは制度の豪華さではありません。
「この人のことを本気で考えている」という姿勢が、日々の言葉や行動ににじみ出ているかどうか。
スタッフの話に耳を傾ける。
頑張りをきちんと認める。
困っているときに声をかける—そうした小さな積み重ねが、「この会社のために働きたい」という気持ちを育てます。
経営者として「お客様を大切にしたい」と思うなら、まずは「従業員を大切にする」ことから。
それが、サービスの質を高め、お客様の心をつかむ、いちばんの近道なのかもしれません。

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