社長の判断がぶれないのは、なぜ?―経営の「土台」の話
はじめに ― 「何をすればいいか、分からない」というモヤモヤ
朝から晩まで忙しく動いているのに、なぜか手ごたえがない。
そんな感覚を抱えたことはないでしょうか。
従業員が10名前後の会社を経営していると、社長自身が現場のプレイヤーとして動きながら、同時に会社全体の舵取りも考えなければなりません。
人の採用や配置、値段の決め方、広告の出し方、取引先とのやり取り。
決めるべきことは山のようにあるのに、どれから手をつければよいのか分からないまま、気づけば一日が終わっている。
そんな毎日を過ごしている経営者の方は、決して少なくないはずです。
セミナーに出たり、本を読んだり、SNSで同業者の発信を見たりすると、良さそうなやり方はいくらでも見つかります。
値上げに成功した話、SNS集客がうまくいった話、新しい制度を導入した話。
けれども、いざ自分の会社に当てはめてみると、なぜかしっくりこない。
真似をしてみても、思ったような結果につながらない。
そんなご経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
このモヤモヤの正体は、実は「知識が足りないこと」ではないと私は考えています。
日頃から多くの経営者の方とお話ししていますが、むしろ皆さん、すでに十分な経験と勘をお持ちです。
足りていないのは、判断のたびに立ち返ることのできる、一本の軸なのではないでしょうか。
他社のやり方がそのまま自分の会社に合わないのも、多くの場合、その会社の軸と自分の会社の軸が、そもそも違うからだと考えられます。
今回は、その軸の作り方について、実際によくある話をもとにしながら、一緒に考えてみたいと思います。
すべての判断のもとになる「なぜ」という土台
経営の話をするとき、私たちはつい「何をするか」から考え始めてしまいます。
新しいメニューを出そうか、値上げをしようか、広告をもっと増やそうか。
目の前の課題に対して、具体的な打ち手を探すのは、ある意味で自然な流れです。
ただ、ここで一つ立ち止まって考えていただきたいことがあります。
それは、「何をするか」の前にある、「なぜ自分はこの仕事をしているのか」という問いです。
ここでいう「なぜ」とは、難しい言葉で言えば経営理念や企業理念と呼ばれるものですが、平たく言えば「誰の、どんな悩みを、どんな気持ちで解決したくて、この仕事をしているのか」という、一番奥にある思いのことです。
会社を一本の木にたとえてみると、分かりやすいかもしれません。
枝葉にあたる「何をするか」「どうやるか」は、季節や状況に応じて、伸ばしたり、剪定したり、形を変えたりすることができます。
今年はこの枝を伸ばそう、この枝は思い切って切ろう、といった判断です。
けれども、その枝葉を支えているのは、地中に張った根っこと、太い幹の部分です。
この幹にあたるのが、「なぜこの会社が存在するのか」という、一番奥にある考え方です。
幹がしっかりしていれば、時代の変化に合わせて枝葉の形を変えても、木そのものが揺らぐことはありません。
逆に、幹が定まらないまま枝葉だけを増やそうとすると、どれだけ手をかけても、どこか不安定な木になってしまいます。
目先の流行を次々と取り入れては、また別の流行に飛びつく。
そうした状態が続くと、スタッフも、お客様も、「結局この会社は何を大事にしているのだろう」と、少しずつ分からなくなってしまいます。
このことをよく表している例として、ある大手カフェチェーンの話がしばしば取り上げられます。
この会社は創業のころから、「家庭でも職場でもない、心地よい第三の居場所を提供する」という考え方を大切にしてきました。
かつては、その考え方に基づいて、お店で働くスタッフの髪型や髪の色について、一定の決まりを設けていた時期がありました。
誰にとっても清潔で安心できる空間であることが、居心地のよさにつながる、という判断だったそうです。
けれども時代が進み、一人ひとりの個性を大切にする空気が社会に広がる中で、この会社は同じ考え方を保ったまま、その決まりを見直しました。
働くスタッフがありのままの自分らしくいられることこそが、お客様にとっても居心地のよい空間につながる、という考え方に立ったのです。
つまり、「何をするか」は大きく変わりましたが、「なぜそうするのか」という部分は、実は一度も変わっていません。
むしろ、揺るがない「なぜ」があったからこそ、時代に合わせて「何を」「どうやって」を柔軟に見直すことができた、と考えられます。
「なぜ」は、変化を止めるためのものではなく、むしろ安心して変化するための土台なのではないでしょうか。
ここで一つ、注意しておきたいことがあります。
それは、「安く提供する」「便利にする」「早く仕上げる」といった言葉は、実は「なぜ」ではなく「何を」に近いということです。
これらは、あくまで手段であって、その先に「誰のどんな気持ちを支えたいのか」という思いがあってこそ、初めて意味を持ちます。
もし今、ご自分の会社の「なぜ」を考えてみて、値段やスピードといった言葉しか思い浮かばないようであれば、「その値段の安さは、お客様のどんな安心につながっているのか」というふうに、もう一段掘り下げて考えてみると、本当の軸が見えてくるかもしれません。
ある学習塾の塾長が、迷わなくなった理由
このことは、大きな会社だけの話ではありません。
従業員10名前後の会社でも、同じようなことが起こります。
ここで、ある学習塾の話をご紹介したいと思います。
これは特定の誰かの話ではなく、似たような相談を何度も伺う中で、私の中でひとつの姿として結ばれた、いわば合成された事例だとお考えください。
高橋さん(仮名)は、地元で個別指導の学習塾を営む塾長です。講師を含めて8名ほどのスタッフと一緒に、10年以上、地域の子どもたちに勉強を教えてきました。
数年前、近くに大手の学習塾チェーンが進出してきました。
月謝は高橋さんの塾より安く、テストの点数アップを前面に打ち出した広告を、駅前で大きく展開していました。
生徒数が少しずつ減っていく中で、高橋さんは焦りを感じ、値下げをするべきか、広告をもっと出すべきか、それとも講師の教え方を変えるべきか、あれこれと手を打とうとしていました。
けれども、どれも中途半端になり、スタッフからも「今月はどの方針で動けばいいのですか」と聞かれる場面が増え、かえって現場が混乱してしまったといいます。
そんなとき、高橋さんはふと、自分がこの塾を始めた理由を思い出したそうです。
もともと高橋さんは、テストの点数を上げることよりも、「勉強が苦手だった自分のような子どもが、学ぶことを楽しいと思えるようになってほしい」という思いから、この仕事を始めていました。
ある日の講師ミーティングで、高橋さんはこの思いを、あらためて自分の言葉でスタッフに伝えたそうです。
もっとも、この方針転換には、スタッフの中に戸惑いの声もあったそうです。
あるベテラン講師からは、「点数が上がらなければ、保護者は離れていくのではないか」と心配する声が上がりました。
高橋さんは、その不安を頭ごなしに否定するのではなく、「点数は結果として大事にしつつ、まずは子どもが自分から机に向かいたくなることを目指したい」と、何度も時間をかけて話し合ったといいます。
こうしたやり取りを経て、高橋さんの中で、やるべきことが少しずつ見えてきました。
宿題は、「間違えた問題をやり直す」ことよりも、「今日わかったことを一つ書き出す」ことを大事にする形に変えました。
保護者との面談でも、点数の推移だけでなく、その子が最近どんなことに興味を持ち始めたかを、時間をかけて話すようにしました。
教室の配置も、静かに集中して解く場所と、講師と気軽に話しながら学べる場所とに分け、子どもが安心して質問できる空気をつくりました。
大手チェーンと同じ土俵で、値段や規模を競うことはやめました。
その代わり、「学ぶことが楽しいと思える子を増やす」という一点に、これまで以上に力を注いだのです。
半年ほどたった頃、高橋さんの塾では、辞めていく生徒の数が落ち着き始めました。
保護者からは、「先生と話すようになってから、うちの子が前より楽しそうに勉強の話をするようになった」という声も届くようになったといいます。
売上がすぐに大きく伸びたわけではありません。
けれども、高橋さん自身が迷いなく判断できるようになり、スタッフに方針を聞かれても、はっきりと答えられるようになったことこそが、何よりの変化だったそうです。
数字と現場のあいだにある、小さな現実
私は税理士として、日々、たくさんの会社の決算書を拝見しています。
その中で、一つ感じていることがあります。
それは、決算書の数字は「何にお金を使ったか」を正確に教えてくれますが、「なぜそこにお金を使ったのか」までは、教えてくれないということです。
例えば、同じ「広告宣伝費」という科目でも、その中身は会社によって大きく違います。
値段の安さだけを訴える広告に使われている場合もあれば、その会社が大切にしている考え方を伝えるために使われている場合もあります。
決算書の数字だけを見ていても、その違いは見えてきません。
けれども、同じ会社の決算書を何年も見続けていると、不思議なことに気づきます。
「なぜ」がはっきりしている会社ほど、売上の波はあっても、経費の使い方に一本の筋が通っていることが多いのです。
広告費の使い方も、採用にかけるお金の使い方も、年ごとに大きくぶれることなく、同じ方向を向いています。
逆に、目先の対策を次々と打っている会社ほど、ある年は値引きキャンペーンに、次の年は新しい設備投資に、その次の年はまた別の宣伝手法にと、経費の中身がその都度ばらばらになりやすい、という印象を持っています。
これは、良い悪いという話ではありません。
忙しい毎日の中で、目の前の売上を守るために、その都度できることをしてきた結果でもあるはずです。
ただ、もし今、決算書を見返しながら、「去年と今年で、経費の使い方に一貫性がないな」と感じることがあれば、それは「なぜ」を言葉にする良いタイミングなのかもしれません。
数字を整えることも大切ですが、その数字がどんな思いから生まれたのかを、時々振り返ってみることも、同じくらい大切なのではないでしょうか。
数字は結果を映す鏡ではありますが、その奥にある「なぜ」までは映してくれません。
だからこそ、数字の背景にある考え方を、経営者ご自身が一度言葉にしてみることには、大きな意味があるのではないかと感じています。

まとめ ― まずは一行、書き出してみる
日々の忙しさに追われていると、そもそも自分が何のためにこの仕事を始めたのか、ふと分からなくなる瞬間があるのではないでしょうか。
従業員10名前後の会社を経営していると、社長自身がプレイヤーとして現場を動かしながら、同時に経営者としての判断も求められます。
立ち止まって考える時間そのものが、贅沢に感じられることも多いはずです。
けれども、だからこそ、一度立ち止まって、自分の会社の「なぜ」を言葉にしてみる時間には、大きな価値があると考えられます。
難しく考える必要はありません。
「誰の、どんな困りごとを、どんな気持ちで解決したいのか」を、一行でよいので、紙に書き出してみることから始めてみるのも一つです。
書き出すときのきっかけとして、いくつか自分に問いかけてみるとよいかもしれません。
今の仕事を始める前、自分は何にモヤモヤしていたのか。今、目の前のお客様が本当に喜んでくださるのは、どんな瞬間なのか。
もし明日、この会社がなくなってしまったら、誰が一番困るだろうか。こうした問いに、うまく答えられなくても構いません。
むしろ、すぐには言葉にならないところにこそ、ご自身の「なぜ」の手がかりが隠れていることが多いように感じます。
その一行が、最初から完璧な言葉になる必要はありません。
むしろ、何度も書き直しながら、少しずつ自分の言葉に近づけていくものだと思います。
そうして見つかった「なぜ」は、これから先、値段を決めるときも、人を採用するときも、新しいことに挑戦するときも、迷ったときに立ち返る場所になってくれるはずです。
社長の迷いは、経営がうまくいっていない証拠ではありません。
むしろ、真剣に会社と向き合っているからこそ生まれるものだと、私は感じています。
その迷いを、次の一歩に変えていくお手伝いができれば幸いです。
