利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「伝える」だけでは伝わらない ― チームの心に届く話し方とは

「伝える」だけでは伝わらない ― チームの心に届く話し方とは

従業員の心のブレーキを外す、たった一つの視点

ルールを整えても、なぜかうまくいかないことがある

会社が大きくなってくると、経営者の方はよく「ルールを整えよう」と考えます。
報告のフォーマットを決めたり、会議のやり方を統一したり、指示の出し方に一定のパターンを作ったり。
たしかに、こうした工夫はコミュニケーションのやりとりを整理し、無駄な行き違いを減らしてくれます。

けれども、ルールをどれだけ整えても、それだけでは埋まらない部分があります。
それが、人と人との間で交わされる、生身のコミュニケーションです。
ルールは道具にすぎず、その道具を使ってどう心を通わせるかは、また別の話ではないでしょうか。

実際に、「指示はきちんと出しているのに、従業員がなかなか動いてくれない」という悩みを、私は税理士として多くの経営者からうかがってきました。
指示の内容は決して間違っていないのに、なぜか現場に浸透しない。
そんなとき、見直すべきは指示の中身そのものよりも、その指示がどのように届けられているか、という点かもしれません。

税理士という立場でお会いする経営者の方は、日々の数字の管理だけでなく、人をどう動かすかという悩みを抱えていることがほとんどです。
決算や資金繰りの相談の合間に、「実は従業員のことで悩んでいて」というお話をうかがう機会も少なくありません。
そうした場面で共通しているのは、経営者ご自身は精一杯言葉を尽くしているのに、なぜかそれが従業員の行動につながらない、というもどかしさです。
このもどかしさの正体を紐解いていくと、実は「何を伝えたか」よりも「どう届いたか」のほうに、大きな鍵が隠れていることが多いように感じます。

「短く、簡潔に」が必ずしも正解とは限らない

ビジネス書やセミナーでは、しばしば「話は短く、簡潔にすべきだ」と教えられます。
たしかに、だらだらと長い説明は聞き手の集中力を奪ってしまいますし、要点をまとめる力は大切です。

ただ、ここで少し立ち止まって考えてみたいのは、コミュニケーションは短ければ短いほど効果的になる、というわけではないということです。
話を簡潔にすることと、相手にきちんと届けることは、必ずしも同じ方向を向いているとは限りません。

多くの場面で語られる「伝え方」の工夫は、たいてい「何を話すか」という中身の部分に集中しています。
もちろん中身は大切です。
しかし、どれだけ言葉を選び、話の順序を工夫しても、聞き手が動いてくれないことがあります。
その理由は、話の中身ではなく、聞き手の側にある感情にあると考えられます。

言葉より先に、心にブレーキがかかっていることがある

「どうせ、この人には自分の苦労なんてわからない」
「しょせん、自分が頑張ったところで、何も変わらない」
「やっぱり、自分はこの職場で大事にされていない」

こうした気持ちを抱えている従業員に対しては、どれだけ丁寧に、論理的に話をしても、なかなか言葉が届きません。
中身がどんなに正しくても、受け取る側の心にブレーキがかかっていれば、その言葉は跳ね返されてしまうのです。

これは特別な話ではなく、私たちの日常でもよくあることです。
たとえば、まったく同じ「体に気をつけてね」という一言でも、信頼している家族から言われるのと、あまり親しくない相手から言われるのとでは、受け取る重みがまったく違うはずです。
言葉の中身は同じでも、それを誰から、どんな状況で受け取ったかによって、心への届き方が大きく変わってくるのではないでしょうか。

つまり、従業員に何かを伝えるときに見直すべきなのは、「何を伝えるか」だけではなく、「誰が」「どのような場面で」伝えるか、という部分なのかもしれません。
この「誰が」「どのような場面で」という土台の部分を、ここでは「文脈」と呼んでみたいと思います。
同じ内容の話であっても、この文脈が整っているかどうかで、伝わり方はまったく違ったものになります。

まず「わかろう」とすることから始まる

経営学やリーダーシップ論の名著として世界的に読まれている一冊に、人の行動習慣についてまとめた本があります。
その中で紹介されている考え方のひとつに、「相手を理解する前に、自分を理解してもらおうとしてはいけない」というものがあります。
人はまず自分をわかってほしいと思いがちですが、実際には、自分から相手をわかろうとしたときにはじめて、相手からも理解してもらえるようになる、という考え方です。

昔から、自分を深く理解し、認めてくれた人のためになら、人は力を尽くしたいと思うものだ、という話が語り継がれています。
歴史をひもとくと、自分の能力や人柄を見抜いて重んじてくれた主君のために、命をかけて尽くした家臣の逸話も残っています。
理屈を超えて、「自分をわかってくれる人のために動きたい」というのは、人間の自然な感情のひとつなのだと思います。

チームの中に根づいてしまった「どうせ」「しょせん」「やっぱり」という気持ちを和らげるためには、それぞれの従業員が「自分は理解されている」と感じられることが、何よりも効果的だと考えられます。
逆に言えば、「この人たちは自分のことをわかってくれていない」と感じている従業員とは、どれだけ言葉を尽くしても、なかなか心の通ったやりとりはできません。

同じ指示、同じお願いであっても、「自分のことをわかってくれていない人」から言われるのと、「自分のことをわかってくれている人」から言われるのとでは、受け取る側の感情がまったく異なります。
コミュニケーションにおいては、中身と同じくらい、「誰が伝えるか」が大きな意味を持っているのです。

相手を知るための四つの視点

では、相手に「自分はわかってもらえている」と感じてもらうためには、何を理解すればよいのでしょうか。
そのための手がかりとして、次の四つの視点が参考になります。

一つ目は、その人がこれまでどんな経験を積んできたか、という「経験」です。
二つ目は、その人が物事に対してどう感じ、何を心地よいと思うか、という「感覚」です。
三つ目は、その人が将来どうなりたいか、どんな方向に進みたいか、という「志向」です。
四つ目は、その人が持っている得意分野や強み、つまり「能力」です。

この四つを日頃から意識して従業員と関わっていると、いざ何かを伝えるときに、相手の心に届く言葉を選べるようになります。
同じ内容の話であっても、相手の経験や感覚、志向や能力を踏まえて伝えるかどうかで、届き方は大きく変わってくるのです。

たとえば「経験」であれば、その従業員が以前どんな仕事や役割で成果を出したことがあるか、どんな場面でつまずいた経験があるか、といったことです。
「感覚」は、その人が何をしているときに楽しそうにしているか、逆にどんな場面で表情が曇るか、という日々の観察から見えてきます。
「志向」は、将来どんな仕事をしたいか、どんな立場を目指したいかという、その人なりの方向性です。
「能力」は、資格や実績だけでなく、周囲から自然と頼られていることや、本人も気づいていない得意分野が含まれることもあります。

これらは、特別な面談を設けなくても、日々の何気ない会話や、ちょっとした雑談の中から少しずつ見えてくるものです。
一度に全部を把握しようとせず、少しずつ集めていく感覚で構わないのではないでしょうか。

ある小さなパン屋での気づき

筆者の顧問先に、従業員八名ほどの小さなパン屋を営む中村さんという方がいます。
中村さんはあるとき、レジ担当として働いていた従業員の女性に、商品開発を手がけるベテラン職人の補佐という新しい役割を任せたいと考えました。

はじめ中村さんは、「来月から、商品開発のほうを手伝ってもらえないかな」とだけ伝えようとしていました。
けれども、少し立ち止まって考え直したそうです。
そして、こう伝えることにしました。
「来月から、商品開発のほうを手伝ってもらえないかな。前に、地元のお祭りで季節限定のパンを考えてくれたとき、すごく楽しそうにしていたよね。あのときのアイデア、お客さんにもとても好評だったし、あなたならきっとこの役割を楽しんでもらえると思うんだ」

同じ「手伝ってほしい」という内容でも、その従業員がこれまで積んできた経験や、そのときに見せた表情を踏まえて伝えることで、受け取る側の気持ちはまったく違ったものになったといいます。
実際、その従業員は最初こそ戸惑っていたものの、次第に前向きに新しい役割に取り組むようになったそうです。

もうひとつ、中村さんには別の悩みもありました。
発注の数量をたびたび間違えてしまう若手の従業員がいたのです。
以前であれば、「もっと注意して、丁寧に確認してほしい」とだけ伝えていたところですが、あるとき中村さんは、こんな言葉を添えてみました。
「発注のミスは減らしていってほしいんだけど、あなたは新しい商品のアイデアを考えるのがとても上手だよね。もし将来、店をまとめる立場になりたいなら、丁寧さや正確さも同じくらい大事な力になってくると思うよ」

この従業員は将来、店長のような立場を目指していたそうで、自分の強みを認められたうえで、目指す姿に必要な力として丁寧さを示されたことで、素直に受け止めることができたといいます。
中村さんは、「同じことを言っているつもりでも、相手の背景をひとこと添えるだけで、驚くほど伝わり方が変わるんですね」と話してくれました。

遠回りに見えて、実は一番の近道

こうした関わり方は、一見すると手間がかかるように思えるかもしれません。
用件だけを短く伝えたほうが、その場では効率的に見えるからです。

けれども、相手の心にブレーキがかかったまま何かを伝え続けても、結局はその指示が実行に移されなかったり、同じような行き違いが繰り返されたりします。
そう考えると、一見遠回りに見える「相手を理解しようとする姿勢」こそが、実は物事を前に進めるための一番の近道なのかもしれません。

もちろん、すべての従業員の経験や志向を完璧に把握することは簡単ではありません。
毎日の忙しさの中では、なかなかそこまで手が回らないという経営者の方も多いはずです。

ただ、まずは日々の会話の中で、「この人はどんなことにやりがいを感じるのだろう」「これまでどんな経験をしてきたのだろう」と、少し意識を向けてみることから始めてみるのも一つではないでしょうか。
完璧を目指す必要はなく、小さな気づきの積み重ねが、やがてチーム全体の空気を変えていくはずです。

これは、朝礼や定例の会議、業務マニュアルといった仕組みの整備と、決して矛盾するものではありません。
むしろ、仕組みによって伝達の土台を整えたうえで、そこに人としての理解が加わってはじめて、指示や方針は現場で生きた形になっていくのだと思います。
仕組みだけを整えて満足してしまうと、形は整っていても中身が伴わない、という状態になりかねません。
反対に、仕組みがないまま人間関係だけに頼ってしまうと、伝え漏れや行き違いが起きやすくなります。
両方をバランスよく重ねていくことが、結果としてチームの結束を強めていくのではないでしょうか。

まとめ ― 今日からできる小さな一歩

ルールや仕組みを整えることは、たしかに大切です。
けれども、それだけでは動かない部分に、人と人との感情があります。

何かを伝えるときには、その中身だけでなく、「誰が」「どのような場面で」伝えるかという文脈にも目を向けてみる。
そして、伝える前に、まず相手の経験や感覚、志向や能力を理解しようとしてみる。

こうした小さな心がけの積み重ねが、チームの中に「自分はわかってもらえている」という安心感を育て、結果として、経営者の言葉がまっすぐに従業員の心へと届くようになるのではないでしょうか。
明日、誰かに何かを伝える機会があれば、その一言の前に、相手についてひとつだけ思い出してみる。
そんな小さな一歩から、始めてみてはいかがでしょうか。

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