利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

小さな一言が、職場を変えていく ― 社員が「ここにいたい」と思える会社のつくり方

小さな一言が、職場を変えていく ― 社員が「ここにいたい」と思える会社のつくり方

「ありがとう」を、あと一言だけ増やしてみませんか

毎月、たくさんの経営者の方とお話をしていると、よく耳にする悩みがあります。

「給料も、まわりと比べて悪くはないはずなのに、なぜか社員が長く続かない」
「まじめに働いてくれているのに、どこか元気がなく見える」

設備を新しくしても、休みを取りやすくしても、なぜか職場の空気がぱっと明るくならない。
そんなもどかしさを抱えている方は、決して少なくないのではないでしょうか。

実は、この悩みの奥には、多くの経営者が見落としがちな、けれどとても大切なポイントが隠れています。
今回は、その「見えにくいけれど大きな力」について、一緒に考えてみたいと思います。

なぜ、待遇を良くしても人は離れていくのか

多くの経営者は、社員に長く働いてもらうために、まず「条件」を整えようとします。
給料、休日、労働時間、福利厚生。もちろん、これらはとても大切です。
土台がぐらついていては、安心して働くことはできません。

けれども、条件だけを良くしても、人の心が満たされるとは限らない。
これも、また事実ではないでしょうか。

少し想像してみてください。
あなたが久しぶりに会った友人と食事をしたとします。
お店は立派で、料理もおいしい。
けれど、相手がずっとスマートフォンを見ていて、あなたの話にほとんど反応してくれなかったとしたら、どうでしょう。
どんなに良いお店でも、「もう一度ここに来たい」とは思いにくいはずです。

職場も、これと似たところがあります。
条件という「お店」がどれだけ立派でも、「自分はここで見てもらえている」という実感がなければ、人の心は少しずつ離れていってしまう。
これが、待遇を良くしても社員が定着しない、ひとつの理由だと考えられます。

人は「ここにいてもいいのか」を、いつも確かめている

人には、自分でも気づかないうちに、心の奥でずっと確かめ続けていることがあります。

それは、「自分はここにいてもいい存在なのか」「この人たちは、自分を仲間として見てくれているのか」という問いです。

これは、決して弱さではありません。
太古の昔、人間は群れで暮らすことでしか生き延びられませんでした。
群れから外されることは、生きられなくなることを意味していた。
だからこそ私たちの心には、「自分は受け入れられているか」を敏感に感じ取る仕組みが、今も深く残っているのです。

つまり、社員の一人ひとりは、日々の仕事の中で、無意識にこう感じ取ろうとしています。

「ここは、自分の居場所だろうか」
「この会社は、自分を大切に思ってくれているだろうか」

そして、その問いへの「答え」を、私たちは大きな出来事からではなく、ごく小さな合図から受け取っているのです。

小さな合図が、思いのほか大きな力を持つ理由

ここで言う「合図」とは、大げさなものではありません。

朝、名前を呼んで「おはよう」と声をかけること。
「昨日のあの対応、助かったよ」と一言そえること。
体調を崩していた社員に「もう大丈夫?」とたずねること。

どれも、ほんの数秒のことです。
けれど、こうした小さな合図には、「あなたのことを、ちゃんと見ているよ」というメッセージが込められています。

心理学の世界でも、こうした「あなたはここに属している」という小さなサインが、人の気持ちや行動を大きく変えることが、さまざまな研究で確かめられています。
ほんの短いひと声、たった一枚のメモ。
それだけのことが、受け取った人の心のありようを、思いがけないほど大きく動かすのです。

これは、あなたの職場でも、今日から使えることではないでしょうか。
特別な予算も、大がかりな制度も要りません。
必要なのは、相手を「見ている」というまなざしと、それを言葉にする、ほんの少しの勇気だけです。

【事例1】あるうどん店で起きた、静かな変化

たとえば、こんな小さな飲食店を思い浮かべてみてください。

家族で営むうどん店に、パートの女性が一人いました。
仕事はていねいで、まじめ。
けれど、あるときから少しずつ表情が沈み、遅刻も増えていきました。
店主は「辞めてしまうかもしれない」と感じていたそうです。

そこで店主は、責めるのではなく、まず一つだけ、あることを始めました。
彼女が出勤するたびに、名前を呼んで「今日も来てくれてありがとう」と伝えるようにしたのです。
そして、彼女が気を利かせてお客様に声をかけた場面を見つけると、その場で「今の、すごく良かったよ」と具体的にほめるようにしました。

大きなことは何もしていません。
給料を上げたわけでもない。
けれど数か月後、彼女の表情は見違えるほど明るくなり、遅刻もなくなったといいます。
それどころか、新しく入ったアルバイトの面倒を、自分から見てくれるようになったそうです。

この店主がしたのは、「あなたは、この店にとって必要な人だ」という合図を、くり返し送り続けたことでした。
たったそれだけのことが、一人の社員の心を、そして店全体の空気を変えていったのです。

大切なのは、「一度きり」にしないこと

ここで、ぜひ心に留めておきたいことがあります。

こうした小さな合図は、一度伝えて終わり、では効果が続きにくい、ということです。

これは、家族やパートナーとの関係を思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。
「愛している」という気持ちは、心の中にあるだけでは、相手には届きません。
何度も、言葉や態度にして伝え続けるからこそ、関係はあたたかく保たれていきます。
一度伝えたからもう十分、というわけにはいかないのです。

職場の合図も、まったく同じだと考えられます。
「見ているよ」「ありがとう」「あなたが必要だ」というメッセージは、一回のイベントではなく、毎日、少しずつ送り続けることに意味があります。

たとえるなら、それは小さな焚き火のようなものです。
一度火をつけても、そのままにしておけば、やがて消えてしまう。
消えないように、ときどき薪をくべる。
その手間を惜しまないからこそ、火は消えずに燃え続けます。

職場のあたたかさも、これと同じ。
手間はかかりますが、その手間こそが、居心地の良い職場をつくっていくのではないでしょうか。

【事例2】入社初日の「たった一枚のメモ」

もう一つ、別の場面を考えてみましょう。

ある会社で、新しい社員が入社する日のことです。
以前のこの会社では、初日はどこか慌ただしく、新入社員は誰にも声をかけられないまま、ぽつんと席に座っていることがよくありました。
「早く帰りたい」。
初日にそう感じてしまう人も、少なくなかったといいます。

そこで、ある経営者は、ほんの小さな工夫を取り入れました。
新入社員の机の上に、名前を書いたカードと、手書きのメモを一枚置いておくようにしたのです。
メモにはこう書かれていました。
「入社おめでとう。あなたが来てくれるのを、みんな楽しみにしていました」。

たった一枚のメモです。
けれど、それを読んだ新入社員の多くが、初日から「歓迎されている」と感じ、緊張がほどけたそうです。
「ここでがんばろう」。
そんな気持ちで一日目を終えられるかどうかは、その後の定着にも、静かに影響していきます。

入社したばかりの人ほど、「自分はここにいてもいいのか」という問いに敏感です。
だからこそ、最初の小さな合図が、大きな意味を持つのだと考えられます。

経営者が、一歩を踏み出せない。その気持ちについて

とはいえ、「頭ではわかっていても、なかなかできない」という声も、よくお聞きします。
その気持ちも、とてもよく理解できます。

「今さら照れくさい」
「わざわざ言葉にしなくても、態度で伝わっているはずだ」
「毎日忙しくて、そんな余裕はない」

どれも、正直な思いだと思います。
特に、これまで背中で引っ張ってこられた経営者ほど、言葉にすることに気恥ずかしさを感じるものです。

けれど、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
あなたにとっては「言わなくてもわかるはず」のことでも、相手にとっては、言葉にされなければ伝わらないことが、案外多いのではないでしょうか。

気持ちは、目に見えません。
だからこそ、ときどき言葉や態度という「かたち」にしてあげることで、はじめて相手に届きます。
それは、社員を甘やかすことでも、機嫌を取ることでもありません。
「あなたを、一人の人として見ている」という、対等な敬意の表れなのだと思います。

そして、うれしいことに、これは今日からできることです。
大きな決断も、まとまった時間も要りません。
まずは、明日の朝の「おはよう」を、少していねいにしてみる。
それだけでも、十分な一歩ではないでしょうか。

今日から始められる、小さな習慣

最後に、明日からでも試していただけそうな、ささやかな習慣をいくつかご紹介します。
どれか一つで構いません。
「これならできそう」と思えるものから始めてみるのも、一つの方法です。

名前を呼んで、あいさつをする

「おはよう」だけでなく、「◯◯さん、おはよう」と名前をそえる。
それだけで、「あなたに向けて言っている」という合図になります。

一日に一つ、具体的に「ありがとう」を伝える

「いつもありがとう」ではなく、「さっきの電話対応、丁寧で助かったよ」というように、何が良かったのかを具体的に。
具体的であるほど、「ちゃんと見ていた」という気持ちが伝わります。

小さな変化に気づいて、一声かける

髪を切った、少し疲れて見える、新しい工夫をしていた。
そうした変化に気づいて声をかけることは、「あなたを気にかけている」という、何よりの合図になります。

続けられる「仕組み」にする

気持ちだけに頼ると、忙しさの中で忘れてしまいがちです。
手帳やカレンダーに「今日は誰に一言かけたか」を軽くメモするなど、無理なく続く工夫を添えてみるのも良いかもしれません。

おわりに ― あなたの一言には、力がある

会社を良くしたいと思っても、「何から手をつければいいのかわからない」。
そう感じることは、決して珍しいことではありません。

けれど、今日お伝えしたことは、大きな投資も、難しい理論も必要としません。
あなたが毎日、社員の一人ひとりに送る、ほんの小さな合図。
その積み重ねが、少しずつ、けれど確かに、職場の空気を変えていきます。

社員は、あなたが思っている以上に、あなたの一言を待っています。
そして経営者であるあなたの言葉には、他の誰の言葉よりも、大きな力があります。

まずは明日、一人の社員に、心のこもった一言をかけてみる。
そんな小さな一歩から、始めてみてはいかがでしょうか。
その一言が、あなたの会社の未来を、静かに、あたたかく照らしてくれるはずです。

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

関連記事 Relation Entry