利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「教えない」勇気と「教える」優しさ ― 部下が育つ関わり方とは

「教えない」勇気と「教える」優しさ ― 部下が育つ関わり方とは

答えを渡すほど、部下は育たない ― 中小企業の人材育成、ひとつの視点

「答えを教えたほうが早いのに」という迷い

経営者の方とお話ししていると、こんな相談をよく受けます。

「部下に仕事を任せているのですが、すぐに『どうしたらいいですか』と聞いてきます。教えてあげればその場は解決するのですが、次も同じように聞いてくるんです。かといって、突き放すのも心配で……」

この悩みは、決して珍しいものではありません。
むしろ、部下のことを真剣に考えている経営者ほど、こうした迷いを抱えているように感じます。

従業員十名前後の会社では、社長ご自身が現場のプレーヤーを兼ねていることも多く、日々の業務に追われながら人を育てなければなりません。
大きな会社のように、教育を専門に担当する部署があるわけでもなく、時間も人手も限られたなかで、その場その場で部下と向き合う必要があります。
だからこそ、「今、この場面でどう関わるべきか」という判断が、日々積み重なっていくのだと思います。

答えを教えれば、目の前の仕事は早く片づきます。
けれども、それを続けていると、部下は「困ったら聞けばいい」という姿勢のまま、なかなか自分で考える力を育てられません。
かといって、何も教えずに放っておけば、部下は不安になり、仕事そのものが滞ってしまうこともあります。
さらに、社長ご自身も「結局、自分が全部見ていないと回らない」という状態から抜け出せず、いつまでも忙しさから解放されないという声も、よく耳にします。

この「教えるべきか、教えないべきか」という迷いには、実はひとつの考え方の軸があります。
今日は、その軸について、身近な例を交えながらお話ししたいと思います。

「教える関わり」と「引き出す関わり」、ふたつの向き合い方

人を育てる関わり方には、大きく分けてふたつの方向があると言われています。

ひとつは、知識ややり方をこちらから伝える関わり方です。
マニュアルを見せたり、手順を説明したりするイメージに近いものです。
専門的には「ティーチング」と呼ばれることもありますが、要するに「教える」という、昔から誰もがしてきた関わり方です。

もうひとつは、答えをすぐには渡さず、相手に考えさせ、気づきを引き出す関わり方です。
「あなたはどう思いますか」「どうすればできそうですか」と問いかけながら、相手自身に道を見つけてもらう関わり方です。
こちらは「コーチング」と呼ばれることが多いのですが、これも言い換えれば「一緒に考える」関わり方だと言えるでしょう。

どちらが優れているという話ではありません。
大切なのは、場面に応じて使い分けることではないでしょうか。

たとえるなら、「教える関わり」は地図を渡してあげることに近く、「引き出す関わり」はコンパスだけを渡して、道は自分で見つけてもらうことに近いかもしれません。
地図があれば、迷わず目的地にたどり着けますが、次に違う場所へ行くときには、また新しい地図が必要になります。
一方、コンパスの使い方さえ身につければ、地図のない道でも、自分の力で進んでいけるようになります。
どちらが必要かは、そのときの状況次第だと言えるでしょう。

なぜ、つい「教えたく」なってしまうのか

経営者や上司という立場にいると、部下よりも経験や知識が多いのは当然のことです。
だからこそ、部下が悩んでいる姿を見ると、「教えてあげたほうが早いし、間違いも防げる」と考えるのは、自然な流れだと思います。

特に、経験の浅い部下に「さあ、自分で考えてごらん」とだけ伝えても、そもそも考えるための材料や土台を持っていなければ、なかなか良い発見にはたどり着けません。
土台のない場所に家を建てるのが難しいのと同じで、最低限の知識や経験がなければ、いくら「考えなさい」と言われても、考えようがないのです。

こうした場合には、遠回りに問いかけるよりも、まずはきちんと教えてあげるほうが、部下にとっても親切だと考えられます。
特に、失敗したときの影響が大きい仕事や、間違えると取り返しがつかない仕事を、経験の浅い部下に任せているときは、教える関わり方を中心にしたほうが安心でしょう。

つまり、仕事の重さと、それを担う部下の力量とのバランスを見て、教える比重を決めていくというのが、ひとつの目安になります。
仕事の失敗した際の影響が大きく、それを担当する部下の経験がまだ浅いのであれば、まずはしっかりと教える関わりを中心にする。
反対に、多少の失敗であれば取り返しがつく場面であれば、少しずつ考えさせる関わりを増やしていく。
このように、状況によって配分を変えていくというイメージを持っていただくと、判断しやすくなるのではないでしょうか。

また、教えることそのものが悪いわけではない、という点も強調しておきたいと思います。
基本の型や、業界特有のルールなど、経験でしか身につかないように見えて、実は最初にきちんと教えてもらえば近道になる知識もたくさんあります。
すべてを自分で発見させようとすると、かえって遠回りになり、部下を疲れさせてしまうこともあるのです。

少し時間に余裕があるなら、あえて答えを渡さない

一方で、多少時間に余裕があり、失敗してもすぐに大きな問題にならない場面であれば、あえて答えを渡さず、部下自身に考えてもらうことにも、大きな意味があります。

これは、遠回りのように見えて、実は部下を育てるための近道になっていることが少なくありません。

なぜなら、人から教わった知識は、頭では理解できても、いざというときに使いこなせないことがあるからです。
反対に、自分の足で調べに行き、自分の頭で考えて手に入れた知識は、体にしみ込むように定着し、実際の場面でも自然と使えるようになりやすいのです。

料理を例に考えてみましょう。
レシピをそのまま読んで作った料理と、味見をしながら「もう少し塩気が欲しいかもしれない」と自分で考えて手を加えた料理とでは、次に作るときの上達の早さが違います。
前者はレシピがなければ同じ味を再現できませんが、後者は自分なりの感覚が身についているため、応用が利くようになるのです。
仕事における知識の身につき方も、これによく似ているのではないでしょうか。

ある製造業の社長の気づき

以前、従業員十二名ほどの金属加工業を営む社長から、こんな話を伺ったことがあります。

その会社では、若手の担当者が取引先からの見積もり依頼のたびに、細かい仕様の判断で立ち止まり、そのつど社長に確認していました。
社長としては、早く答えてあげたほうが仕事が進むと考え、毎回丁寧に指示を出していたそうです。

ところが半年ほど経っても、その担当者は同じような場面でまた確認をしてくるばかりで、一向に自分だけで判断できるようになりませんでした。
社長は「これでは、いつまで経っても私がいないと仕事が回らない」と、次第に不安を感じるようになったそうです。

そこであるとき、思い切って関わり方を変えてみたといいます。
担当者から「この仕様、どう判断すればいいでしょうか」と聞かれたときに、すぐに答えを出さず、「過去の見積もり資料を見て、似たような案件がなかったか探してみようか」と、一緒に考える方向に切り替えたのです。

はじめのうちは、担当者も戸惑っていたそうですが、実際に自分で過去の資料をめくり、似た事例を見つけて判断できたときには、表情がぱっと明るくなったといいます。
そして次第に、確認の回数が少しずつ減っていったそうです。

社長はこのとき、「教えることは優しさだと思っていたけれど、答えを渡し続けることが、かえって本人の成長の機会を奪っていたのかもしれない」と感じたと話してくれました。

もちろん、すべての場面でこの方法が正解というわけではありません。
納期が迫っている場面や、失敗が許されない場面では、社長自身がきちんと判断を示すこともあったそうです。
それでも、時間に余裕がある場面を選んで、あえて問いかける関わりを増やしたことが、少しずつ担当者の自立につながっていったといいます。

社長は、この変化についてこうも話していました。
「最初は、自分で問いかけるほうが、教えるより時間がかかって面倒だと感じていました。けれど、半年後を振り返ると、確認の回数が減った分、結果的には自分の時間が増えていたんです」と。
目先の効率だけを見れば、教えるほうが早いのですが、少し先の時間まで見渡してみると、問いかける関わりのほうが、結果として社長自身を楽にしていたというわけです。

さらに、この社長は「聞き方」にも工夫を加えていました。
ただ「自分で考えて」と突き放すのではなく、「困ったら、いつでも声をかけていいからね」というひとことを添えていたそうです。
突き放されたと感じさせず、見守られていると感じてもらうこと。
この安心感があってこそ、担当者も自分で考えることに前向きになれたのではないかと思います。

「どうしたらいいと思う?」というひとことの力

部下から「どうしたらいいかわからないんです」と相談されたとき、すぐに答えを渡す代わりに、こう聞き返してみるのもひとつの方法です。

「それを見つけるために、どんな行動が取れそうですか」

そう問いかけられた部下は、書店や図書館に足を運ぶかもしれませんし、詳しい先輩に相談するかもしれません。
あるいは、インターネットで調べてみるかもしれません。
どの方法を選んでも構わないのです。
大切なのは、自分で情報を探しに行くという経験そのものにあります。

与えられた情報は、頭に残りにくいものです。
けれども、自分で苦労して探しに行った情報は、汗をかいた分だけ、しっかりと記憶に刻まれます。
この違いが、後になって「使える知識」と「使えない知識」との差になっていくのではないでしょうか。

子どもの頃、誰かに答えを教えてもらった問題よりも、自分で悩んで解けた問題のほうが、長く記憶に残っているという経験をお持ちの方も多いのではないかと思います。
仕事における学びも、これと同じ性質を持っているのでしょう。
苦労して見つけた答えは、単なる知識ではなく、その人自身の経験として体に刻まれていきます。

また、自分で調べに行くという行為には、もうひとつ大切な効果があります。
それは、探す過程で、目的の答え以外にも、思いがけない情報に出会えることです。
図書館で目的の本を探しているうちに、隣の棚にあった別の本が目に留まり、そこから新しい発想が生まれる、ということもあるでしょう。
与えられた答えだけを受け取っていては、こうした偶然の出会いは生まれません。
部下が自分で情報を探しに行くという時間は、一見遠回りに見えても、実はその人の視野を広げる貴重な時間になっているのではないでしょうか。

まとめ ― まずは、ひとつの場面から

人を育てるということに、決まった正解はありません。
教えることも、引き出すことも、どちらも部下を思う気持ちから生まれる関わり方です。

ただ、もし今、部下から質問を受けたときに、いつも反射的に答えを渡してしまっているとしたら、一度立ち止まって考えてみる価値はあるかもしれません。
「これは、今すぐ教えるべき場面だろうか。それとも、少し時間をかけて、本人に考えてもらえる場面だろうか」と。

仕事の重さと、部下の力量とを見比べながら、危険度が高く経験の浅い場面では丁寧に教え、時間に余裕があり多少の失敗が許される場面では、あえて問いかけてみる。
そんなふうに、場面ごとに関わり方を選んでいくことが、部下の成長にも、経営者ご自身の安心にもつながっていくのではないでしょうか。

まずは、明日部下から質問を受けたときに、いつもとは違うひとことを返してみる。
そんな小さな一歩から、始めてみるのも良いのではないかと思います。

人を育てるということは、すぐに結果が見える取り組みではありません。
今日、問いかけを増やしてみたからといって、明日から部下が別人のように自分で考え出すわけではないでしょう。
それでも、小さな問いかけの積み重ねは、半年後、一年後には、必ず部下の姿勢に表れてくるのではないかと感じています。

先ほどの製造業の社長も、はじめから確信を持って関わり方を変えたわけではなかったそうです。
「本当にこれでいいのだろうか」と迷いながら、少しずつ試していったといいます。
その迷いこそが、部下のことを真剣に考えている証なのではないでしょうか。

もし今、部下との関わり方に悩んでいらっしゃるとしたら、それは決して悪いことではなく、むしろ良い経営者である証だと、私は思います。
焦らず、ひとつずつ、目の前の部下に合った関わり方を探していかれることを、心から応援しております。

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