利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「増やす」より「絞る」ほうが、会社を強くすることがある

「増やす」より「絞る」ほうが、会社を強くすることがある

お客様の記憶に残る会社は、何をしていないのか

売上がなかなか伸びない。
そんなとき、経営者の頭にまず浮かぶのは「新しい商品やサービスを増やそう」という発想ではないでしょうか。
お客様の顔ぶれを広げたい、取りこぼしている需要を拾いたい。
そう考えるのは、決して不自然なことではありません。
むしろ、経営に真剣であればあるほど、自然に出てくる発想だと思います。

実際、私がこれまでお付き合いしてきた経営者の方々の中にも、「もう一品、何か新しいものを出せば、きっと状況が変わるはずだ」と考えて、新商品や新サービスの企画に頭を悩ませている方は少なくありません。
目の前の数字が伸び悩んでいるとき、何か行動を起こしたくなるのは、経営者として当然の感覚だと思います。
何もせずにじっと数字を見ているよりは、動いたほうが安心できる、という気持ちもよく分かります。

しかし、私がこれまで多くの中小企業の経営者とお話ししてきた中で、実は逆のことが起きているケースを何度も目にしてきました。
商品やサービスの種類を「増やす」ことよりも、思い切って「絞る」ことのほうが、結果として会社を強くすることがあるのです。
これは、頭では分かっていても、実際に自分の会社で決断するのはとても難しいことです。
今日は、あるビール会社の実例を手がかりに、この「絞る」という選択について、じっくり考えてみたいと思います。
読み終えたときに、「うちの会社にも、何か当てはまるかもしれない」と感じていただけたら嬉しく思います。

一つの味を守り続けた、あるビール会社の話

長野県に本社を置くクラフトビールの会社があります。
看板商品として知られる、ある一本のビールがありました。
発売から数年が経った頃、このビールの売上は伸び悩み、会社全体の業績も厳しい時期を迎えていました。

こうした状況になると、多くの会社は「味のバリエーションを増やして、いろいろなお客様の好みに応えよう」という方向に舵を切りがちです。
実際、社内からも「新しい味を出したほうがいいのではないか」という声が上がっていたそうです。

けれども、この会社の社長は、違う道を選びました。
新しい味を次々に出すのではなく、「この味といえばこの会社」というメッセージを、ぶれずに伝え続けることを優先したのです。
売上が厳しい時期であっても、その方針を変えませんでした。

背景には、ある経営書から得た一つの考え方がありました。
それは、一つの看板商品でいろいろな味や種類を出してしまうと、かえってお客様の記憶に残りにくくなる、という考え方です。
人は、たくさんの選択肢を与えられるよりも、「これといえばこれ」というシンプルな印象のほうを、強く覚えているものだからです。

少し想像してみてください。街を歩いていて、何十種類ものパンを扱うパン屋さんと、クロワッサン一筋のパン屋さんがあったとします。
どちらも美味しいのだとしても、後で誰かに「あのお店、良かったよ」と話すとき、思い出しやすいのは、案外「クロワッサンのお店」のほうだったりします。
人の記憶というのは、情報が多すぎると、かえって一つひとつがぼやけてしまう性質があるのです。
お客様の頭の中に、はっきりとした場所を確保できるかどうか。
これが、商品の種類を増やすかどうかを考えるときの、一つの物差しになるのではないでしょうか。

社内では、この考え方が合言葉のように共有されていたといいます。
ただ、それでもなお、なかなか売上が回復しない時期が続くと、社員の中には「本当にこのままで大丈夫なのだろうか」と不安を感じる人もいたそうです。
経営判断というのは、正しい方向であっても、結果がすぐに出ないと、周囲から不安の声が上がるものです。
このあたりの心の揺れは、規模の大小を問わず、多くの経営者が経験することではないでしょうか。

それでも会社は、味の種類を増やす代わりに、製造の工程を見直して品質そのものを高める工夫を続けました。
同時に、通信販売など新しい売り方にも挑戦しました。
「商品の中身」と「届け方」は変えても、「看板商品そのもの」は変えなかったのです。

地道な取り組みは、少しずつ実を結びます。固定のファンが着実に増え、数年後には黒字に転じました。
味の魅力を知って何度も買い続けてくれるお客様が増えるにつれて、売上はさらに伸びていきました。
多くの人がまだ手を出していない、けれども確かに存在する需要を、この会社は着実につかんでいったのです。
ラインアップを広げずに一つの味を守り続けたことが、分かりやすさとなり、それが今の安定した業績につながっている。
そう見ることができるのではないでしょうか。

なぜ経営者は「増やしたくなる」のか

この話を聞くと、「なるほど、絞ったほうがいいんだな」と頭では理解できても、いざ自分の会社のこととなると、なかなか同じようには踏み切れないものです。それには、いくつか理由があると考えられます。

一つは、目の前のお客様を逃したくない、という気持ちです。
「この商品は扱っていないのですか」と聞かれると、つい「では取り扱いましょう」と応じたくなる。
これは、お客様を大切にする気持ちの表れであり、悪いことではありません。
ただ、その積み重ねが、いつのまにか会社の「らしさ」をぼやけさせてしまうことがあります。

もう一つは、同業他社の動きが気になる、という理由です。近くの競合が新しいサービスを始めたと聞くと、「うちも何かしなければ」と焦りを感じる。
これも経営者として自然な反応です。
しかし、他社の後を追いかけて商品を増やし続けると、気づけば「何が売りの会社なのか」が、お客様にとっても、社員にとっても、分かりにくくなってしまいます。

そしてもう一つ、見落とされがちなのが「今までかけてきた手間や思い入れを無駄にしたくない」という気持ちです。
長年続けてきた商品やサービスを縮小したり、やめたりするのは、心理的にとても勇気がいることです。
ここで判断が止まってしまう経営者は、決して少なくありません。

こうした気持ちはどれも、経営者として真剣に会社と向き合っているからこそ生まれるものです。
ですから、「増やしたくなる自分」を責める必要はまったくありません。
大切なのは、その気持ちに気づいたうえで、一度立ち止まって考えてみることではないかと思います。

もう一つ、見過ごされがちな側面として、社員の方々への影響があります。
扱う商品やサービスが次々に増えていくと、社員一人ひとりが覚えなければならないことも、それだけ増えていきます。
お客様への説明が浅くなったり、対応にばらつきが出たりすることもあるでしょう。
反対に、扱うものが絞り込まれていれば、社員は自分の担当する商品について、より深く理解し、自信を持ってお客様に向き合えるようになります。
従業員が10名前後の会社であれば、なおのこと、一人ひとりの負担や理解度は、会社全体の対応品質に直結します。
商品を絞るという判断は、お客様のためだけでなく、実は働く社員のためでもある。
そう捉えることもできるのではないかと思います。

もう一つの物語:ある町の弁当店の場合

ここで、別の業種の例も見てみましょう。
ある地方都市で、家族経営のお弁当店を営む方がいました。
開業当初は、和食のお弁当を中心に、地域のお客様から少しずつ支持を集めていました。

数年が経ち、売上が横ばいになってきた頃、店主は「メニューを増やせばもっとお客様が来てくれるのではないか」と考え、洋食系のお弁当や、丼もの、麺類まで扱うようになりました。
たしかに、選べる種類は増えました。
しかし不思議なことに、売上は思ったほど伸びず、むしろ仕込みの手間や食材の管理に追われる日々が続くようになりました。

あるとき、常連のお客様から「結局、ここは何のお店だったかしら」という一言をもらい、店主ははっとしたそうです。
メニューを増やしたことで、お客様の中で「あのお弁当屋さんといえば、これ」という印象が薄れてしまっていたのです。

そこで店主は、思い切ってメニューを見直しました。
最初にお客様から支持されていた、看板ともいえる和食のお弁当を中心に据え、種類を大きく絞り込んだのです。
仕込みに余裕ができた分、だしの取り方や食材の質にじっくりと手をかけられるようになりました。
結果として、味そのものの評判が高まり、「あのお弁当なら、あのお店」と口コミで広がるようになりました。
売上は、メニューを増やしていた時期よりも、むしろ安定して伸びていったといいます。

この弁当店の話とビール会社の話には、業種も規模も全く違いますが、共通する一つの流れがあるように思います。
それは、「何でもできる便利な店」を目指すよりも、「これが得意な店」として認識してもらうほうが、結果としてお客様の記憶に残り、選ばれ続ける、という流れです。

「絞る」にも、気をつけたいことがある

ここまで、絞ることの良さを中心にお話ししてきました。
ただ、誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、何でもかんでも絞り込めばよい、というわけではありません。
時代やお客様のニーズが大きく変化しているのに、昔ながらの商品だけにこだわり続けてしまうと、変化に取り残されてしまう危険もあります。

大切なのは、「何を絞るか」を見極める視点です。
表面的な商品の見た目や種類を絞り込むとしても、その奥にある「お客様に届けたい価値」そのものまで狭めてしまっては、本末転倒です。
先ほどのビール会社も、味の種類こそ絞り込みましたが、品質を高める工夫や、新しい売り方への挑戦は、むしろ積極的に続けていました。
守るべきものと、変えてもよいものを、きちんと分けて考える。
この視点があってはじめて、「絞る」という選択は、会社を強くする方向に働くのだと思います。

「絞る」ために、まず何から考えればよいか

とはいえ、「今すぐ商品を絞り込みましょう」と言われても、すぐに決断できる経営者は多くないと思います。
長年かけて広げてきたものを縮めるには、それなりの心の準備が必要です。

まずは、今の商品やサービスの中で、「お客様が最初に自分の会社を選んでくれた理由は何だったか」を振り返ってみるのも一つです。
創業当初、あるいは今の看板商品が生まれたきっかけには、必ず何らかの理由があったはずです。
そこに立ち返ってみると、今の商品ラインアップの中で、本当に大切にすべきものが見えてくることがあります。

次に、売上や利益の数字だけでなく、「どの商品について、お客様から一番よく感謝の言葉をもらっているか」を、社員の方々に聞いてみるのも参考になります。
数字には表れにくい、お客様の本音に近い評価が、そこに隠れていることがあります。

そのうえで、すべてを一気にやめる必要はありません。
まずは新しく商品を増やす計画を、いったん保留にしてみる。
あるいは、あまり動きのない商品を一つだけ、思い切って整理してみる。
そうした小さな一歩からで十分ではないかと思います。

また、決断を一人で抱え込まないことも大切です。
日々の売上や経費の数字を眺めているだけでは気づきにくいことも、社員の方やお付き合いのある専門家と一緒に話してみると、思わぬ発見があるものです。
「この商品、実はあまり利益に貢献していないのでは」「この作業に、意外と時間を取られているのでは」といったことは、外から見たほうが気づきやすい場合も多くあります。
数字の裏側にある実態を、誰かと一緒に確認してみる。
これも、絞り込みへの一歩を後押ししてくれるはずです。

「絞る」というのは、何かを切り捨てる後ろ向きな行為ではなく、本当に大切にしたいものに、力と時間を集中させるための、前向きな選択だと捉えることができます。

まとめ:迷ったときこそ、原点に立ち返る

売上が伸び悩むと、つい「何かを足せば解決するのではないか」と考えてしまうのは、経営者として自然なことです。
しかし、ご紹介した二つの物語が示しているのは、足すことよりも、守り続けること、絞り込むことのほうが、会社を強くする場合があるということです。

大切なのは、周りの動きに合わせて商品を増やし続けることではなく、自分たちの会社が本当に大事にしたいものは何かを、繰り返し問い直すことではないでしょうか。
それは決して簡単な作業ではありませんが、税理士として日々多くの経営者の方々とお話ししていると、こうした問い直しを重ねている会社ほど、長い目で見て安定した経営を続けているように感じます。

もし今、新しい商品やサービスを増やそうか迷っている経営者の方がいらっしゃれば、一度立ち止まって、「うちの会社は、何といえば思い出してもらえる会社だろうか」と、考えてみていただければと思います。
その答えの中に、これから進むべき道のヒントが、きっと見つかるはずです。

会社を大きく見せようとしなくても、あれもこれもと手を広げなくても、一つのことをじっくり守り続けているだけで、お客様の記憶に深く残る会社は、確かに存在します。
それは、決して地味な選択ではありません。
むしろ、自分たちの強みをしっかりと見極め、そこに勇気を持って力を注ぐという、とても前向きな経営判断だと思います。

明日からすべてを変える必要はありません。
まずは、今扱っている商品やサービスを一つひとつ眺めてみて、「これは、うちの会社らしさを表しているだろうか」と、自分自身に問いかけてみる。
そんな小さな振り返りから始めてみるのも、一つの方法ではないでしょうか。
その積み重ねの先に、きっと、お客様にも社員にも分かりやすい、芯の通った会社の姿が見えてくるはずです。

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