利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

経営者の「物語」が、いちばんの営業ツールになる

経営者の「物語」が、いちばんの営業ツールになる

実績より心に残るもの―お客様との信頼を育てる自分の歩みの伝え方

「うちの会社は、技術力なら誰にも負けません」「価格でも十分に勝負できます」。
中小企業の経営者の方とお話をしていると、こうした自信の言葉をよく耳にします。
もちろん、技術や価格は大切な武器です。
けれど、実際にお客様が「この会社にお願いしよう」と最後の一歩を踏み出す瞬間を思い返してみると、技術力や価格の比較表だけで決まっていることは、案外少ないのではないでしょうか。

多くの場合、最後の決め手になっているのは、「この人になら、正直に相談できそうだ」という、どこか感覚的な信頼です。
そしてこの信頼は、経営者ご自身がこれまで歩んできた道のり―つまり、うまくいかなかったことも含めた「これまでの歩み」から生まれることが、少なくないように思います。

私自身、税理士として長年にわたり中小企業の経営者の方々とお付き合いをしてきましたが、決算書の数字よりも先に、「この方はどんな道を歩んで、今この場所にいらっしゃるのか」という物語の方が、強く印象に残ることがよくあります。
数字は毎年変わりますが、その方が語る物語は、その方だけの財産として残り続けます。
同じ業種で、同じような規模の会社であっても、経営者お一人おひとりの歩みはまったく異なります。
その違いこそが、他社にはまねのできない、いちばんの個性なのではないでしょうか。

今回は、そんな「自分の歩みを言葉にすること」が、なぜお客様との関係づくりに役立つのか、そしてどこから手をつければよいのかについて、一緒に考えてみたいと思います。

なぜ「うまくいった話」より「悩んだ話」に心が動くのか

人は、自分と似た経験をしてきた相手に対して、心を開きやすいものです。
たとえば、大きな病気を経験した人が、同じ病気で悩む人の話に強く共感するように、経営で苦しんだ経験がある人ほど、他の経営者の苦労話に耳を傾けたくなるのではないでしょうか。
逆に、順風満帆にしか見えない相手の話は、どこか遠く感じられてしまい、「自分とは違う世界の人だ」という壁を作ってしまうこともあるように思います。

さらに興味深いのは、失敗や弱さを打ち明けるという行為そのものが、「あなたを信頼しています」というメッセージになる、という点です。
考えてみれば、初対面の相手にいきなり自分の失敗談を話す人はあまりいません。
ある程度気を許せる相手だからこそ、格好悪い話もできるものです。
つまり、経営者の側から先に自分の弱さや悩みを言葉にすることは、お客様に対して「私はあなたを信頼していますよ」と伝えることでもあり、その姿勢が、お客様の側の警戒心をやわらげ、結果として信頼が返ってくる、という流れが生まれやすいのです。

これは心理学でいう「返報性」に近い働きだと考えられます。
返報性とは、相手から何かを受け取ると、自分も同じようにお返ししたくなる心の動きのことです。
経営者が自分の弱さを先に見せることで、お客様も心を開きやすくなる。そう考えると、実績や強みばかりを並べた自己紹介よりも、悩みながら乗り越えてきた過程を伝える自己紹介の方が、お客様との距離を縮める力を持っているのではないでしょうか。

実際、「創業以来、無事故無違反」「業界歴二十年」といった実績だけを並べた案内文と、「独立当初は仕事が取れず、貯金を切り崩しながら続けていた」という一文が添えられた案内文とでは、お客様の記憶に残る度合いがまったく違います。
前者は安心材料にはなっても、心を動かす力までは持ちにくいのではないでしょうか。

なぜ経営者ほど、自分の物語を語れないのか

ここまで読んで、「頭では分かるけれど、いざ自分の話を書こうとすると手が止まる」と感じた方も多いのではないでしょうか。
実際、長年にわたって経営者の方々とお付き合いをしてきた中で、この「自分の物語を語ること」に苦手意識を持つ方は、決して少なくありません。

その理由の一つは、真面目に経営と向き合ってきた方ほど、「失敗した話をするのは、プロとして恥ずかしいことだ」と感じてしまうためではないでしょうか。長年その道で頑張ってきたからこそ、「今さら苦労話なんて」という気持ちも湧いてくるのだと思います。

もう一つの理由は、自分にとって当たり前になりすぎた経験は、他人にとって価値のある話だとは、なかなか気づきにくいという点です。
毎日向き合っている仕事だからこそ、「こんな話、誰も興味がないだろう」と思い込んでしまいがちです。
ですが実際には、当事者にとっての「当たり前」こそが、外から見ると「なるほど、そうだったのか」と心を動かされる部分であることが、非常に多いのです。

つまり、物語が語れないのは、才能や文章力の問題ではなく、多くの場合「自分の経験の価値に、自分自身が気づいていない」ことが原因だと考えられます。
だからこそ、次に紹介するような具体的な問いかけを手がかりにして、少しずつ掘り起こしていくことが大切になってきます。

自分の歩みをたどる、六つの視点

とはいえ、いきなり「あなたの物語を語ってください」と言われても、何から書けばよいのか戸惑ってしまう方も多いはずです。
そこで、自分の歩みを振り返るときの手がかりとして、六つの視点をご紹介します。

一つ目は、「今の仕事をなぜ始めたのか」という原点です。

特別な使命感である必要はありません。
前の職場でうまくいかなかったことがきっかけだったり、偶然の出会いから始まったものであったりしても構いません。
むしろ、そうした地に足のついたきっかけの方が、共感を呼びやすいものです。

二つ目は、「最初のお客様との出会い」です。

誰が、どんな事情であなたを選んでくれたのか。
まだ実績も少なく、自信も十分ではなかったであろうその頃、なぜその方は自分に仕事を任せてくれたのか。
その一件が、今の仕事のスタイルにどうつながっているかを思い出してみます。

三つ目は、「お客様から教えてもらったこと」です。

長く仕事を続けていれば、お客様の何気ない一言にはっとさせられた経験が、きっと一つや二つあるはずです。
それは、自分では気づいていなかった仕事の意味を、教えてもらった瞬間だったのかもしれません。

四つ目は、「うまくいかなかった経験」です。

判断に迷ったこと、失敗してしまったこと、今だからこそ振り返れる苦い出来事を思い出してみます。
ここが、物語の中でもっとも読み手の心に響く部分になりやすいところです。
あえて格好悪い部分を見せることに、抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、そここそが、お客様との距離を縮める入り口になります。

五つ目は、「その経験をどう乗り越えたか」です。

何がきっかけで、状況が変わり始めたのか。
乗り越えた瞬間の華やかさよりも、乗り越えようともがいていた過程の方が、実は多くの共感を集めるものです。
すぐに解決できなかったこと、遠回りをしたことも、正直に書いてよいのではないでしょうか。

六つ目は、「その経験が今、どう生きているか」です。

当時の自分に声をかけるとしたら、何と言うか。
同じように悩んでいる誰かに、今の自分なら何をしてあげられるか。
ここまでたどり着くと、単なる思い出話ではなく、これから出会うお客様への一つのメッセージとして、物語が自然とまとまっていきます。

事例:ある塗装業のご夫婦の歩み

ここで、外壁塗装業を営むご夫婦の例をご紹介します。
ご主人は職人としての腕には自信があったものの、独立当初は「安さ」だけを売りにして受注を取っていました。
近隣の同業者よりも一円でも安く見積もりを出すことが、当時の唯一の営業戦略だったといいます。

ところが、価格の安さだけで選んでくれたお客様ほど、少しの行き違いでクレームに発展しやすく、心身ともに疲れ果ててしまった時期があったそうです。
安さに惹かれて来てくださったお客様との関係は、より安いところが現れれば、あっさり離れていってしまいます。
ご主人は「このままでは続けられない」と、深く悩んだといいます。

転機になったのは、ある高齢のお客様からの一言でした。
「安いから頼んだんじゃないよ。あなたが、うちの庭にいる犬に、毎回声をかけてくれたから頼んだんだよ」。
この何気ない一言をきっかけに、ご夫婦は「価格ではなく、自分たちがどう向き合ってきたか」を伝える方向に、少しずつ舵を切っていきました。

具体的には、案内資料や現場での自己紹介の中に、独立当初に価格競争で苦しんだ話や、あの一言で気づかされたことを、飾らずに書くようにしたのです。
すると、「同じように価格競争で悩んでいる」という、別の業種の経営者からの共感の声が増え、紹介による受注が目に見えて増えていったといいます。
奥様いわく、「以前は見積もり金額の話しかされなかったお客様から、世間話をされるようになった」とのこと。
技術力そのものは、以前とほとんど変わっていません。変わったのは、伝え方だけだったのです。

物語づくりは、お客様のためだけではない

ここまで、物語を言葉にすることがお客様との信頼づくりに役立つ、という視点でお話ししてきました。
ですが、実はこの作業には、もう一つ見逃せない効果があります。
それは、経営者ご自身が、自分の仕事の意味を改めて確認できる、という効果です。

日々の忙しさの中では、「なぜこの仕事を選んだのか」「何を大切にしてきたのか」といった問いに、じっくり向き合う時間はなかなか取れないものです。
ところが、自分の歩みを言葉にする作業を通じて、当時は気づかなかった自分の判断の意味や、今の仕事につながる一本の筋道が、はっきりと見えてくることがあります。
これは、お客様に向けた発信であると同時に、経営者ご自身にとっての、静かな棚卸しの時間でもあるのではないでしょうか。

まずは、三つの問いから始めてみる

六つの視点をすべて一度に整理しようとすると、負担に感じてしまうかもしれません。
まずは、「なぜこの仕事を始めたのか」「最初のお客様はどんな方だったか」「今までにいちばん悩んだ出来事は何か」という三つの問いだけ、紙に書き出してみるのも一つです。

書き出す際には、格好よくまとめようとしなくて構いません。
むしろ、多少不格好でも、正直な言葉で書かれた文章の方が、読む人の心に残りやすいものです。
書き上げたものを、すぐにホームページや案内資料に載せる必要もありません。
日々のお客様との会話の中で、少しずつ言葉にしてみるだけでも、十分な一歩になります。
名刺交換の場面や、初めてのお客様との打ち合わせの冒頭で、ほんの一言添えてみるだけでも、伝わり方は変わってくるのではないでしょうか。

書いた文章は、誰か信頼できる方に読んでもらうのもよいのではないでしょうか。
自分では当たり前だと思っていた話に、「それ、すごく良い話ですね」と言われて初めて、その価値に気づくことも少なくありません。
まずは自分自身が、自分の歩みを言葉にしてみる。
そこから、お客様に自然と語れる言葉が、少しずつ増えていくのではないでしょうか。

言葉にする場所は、一つに絞る必要もありません。
ホームページの自己紹介欄はもちろん、お客様に定期的にお送りするお便りや、SNSでの発信、初めての面談での自己紹介など、伝える場面はいくつも考えられます。
同じ物語であっても、書く場所によって少しずつ言葉を変えてみると、それぞれの場面に合った、自然な伝わり方が見つかっていくのではないでしょうか。

また、これは経営者ご自身だけでなく、一緒に働くスタッフの方々にも当てはまることです。
それぞれのスタッフが、自分なりの歩みや、仕事へのこだわりを語れるようになると、会社全体としてお客様に伝わる温度が、一段と豊かになっていくのではないでしょうか。

おわりに

技術力や価格は、もちろん大切な土台です。
けれど、最終的にお客様が心を寄せるのは、その土台の上にある「この人の歩んできた道」ではないでしょうか。
悩んだこと、迷ったこと、失敗したことを含めて言葉にすることは、決して弱さをさらけ出すことではなく、お客様との信頼を築くための、静かで確かな一歩なのだと思います。

もしまだ、自分の歩みをきちんと言葉にしたことがないという方がいらっしゃれば、今日ご紹介した三つの問いから、少しずつ書き始めてみてはいかがでしょうか。
きっとその言葉が、これから出会うお客様との、あたたかい対話の入り口になるはずです。

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