なぜ、同じ話でも「売り込み」に聞こえたり聞こえなかったりするのか
「売り込み」と感じられてしまう瞬間
多くの経営者が、一度は同じような壁にぶつかったことがあるのではないでしょうか。
お客様に自社の強みをきちんと伝えたい。
けれど、伝え方を間違えると、「売り込まれている」と受け取られてしまう。
この難しさに、頭を悩ませた経験を持つ方は、決して少なくないと思います。
たとえば、あなたが個別の商談の場で、「うちを選んでいただきたい理由は、この三つです」と、丁寧に説明したとします。
内容そのものは正しく、誠実な気持ちで伝えたつもりでも、相手の心の中では、「都合の良いことばかり並べているのではないか」という警戒心が、静かに働いてしまうことがあります。
これは、話し手の人柄や、説明の巧拙の問題ではないと考えられます。
多くの場合、原因は伝える内容そのものよりも、話をしている「場」にあるのです。
なぜ、一対一だと身構えられてしまうのか
人は誰しも、高い買い物をするときほど、慎重になるものです。
とくに、目に見えない知識やサービスにお金を払う場面では、「本当にこの人を信じてよいのだろうか」という不安が、無意識のうちに強く働きます。
一対一の商談は、どうしても「売る人」と「買うかどうか決める人」という向き合い方になりがちです。
相手は、あなたの話をひとつひとつ、「これは本当だろうか」「自分に都合よく話しているのではないか」と、値踏みしながら聞いていることが多いのです。
どんなに正直に、誠実な気持ちで話していたとしても、その構図そのものが、相手の警戒心を呼び起こしてしまうと考えられます。
たとえば、洋服を仕立てる職人のことを思い浮かべてみてください。
初めて訪れた店で、職人からいきなり「あなたには、この生地がよく似合います」と勧められたら、多くの人は、少し身構えてしまうのではないでしょうか。
ところが、同じ職人が開く「生地の選び方講座」に参加し、なぜその生地が体に合うのか、どのような場面でどんな仕立てが役立つのかを、時間をかけて教わったあとであれば、印象はまったく違うはずです。
むしろ、「この人になら、仕立てをお願いしてみたい」という気持ちが、自然に湧いてくるのではないでしょうか。
売り込まれたと感じるか、教わったと感じるかで、同じ提案でも受け止め方は大きく変わるのです。
場所が変わると、受け取られ方も変わる
不思議なことに、まったく同じ内容を伝えていても、それを話す場面が変わるだけで、相手の受け止め方は大きく変化します。
複数人が集まる講座や勉強会という場では、話し手の立場が少し変わります。
話し手は自然と「教える人」という役割を担うようになり、聞き手のほうも、「学びに来た」という気持ちで、素直に耳を傾けてくれるようになるのです。
同じ「選び方のポイント」を伝えても、商談の場では警戒され、学びの場では熱心にメモを取って聞いてもらえる。
こうした違いが生まれるのは、決して珍しいことではありません。
ここで言う学びの場を、便宜上「勉強会」と呼ぶことにしましょう。
堅苦しく聞こえるかもしれませんが、要するに「複数のお客様候補に、まとまった時間、自社の考え方を伝える機会」のことだと捉えていただければと思います。会議室を借りるような本格的なものでなくても構いません。
サービスには「試食」ができない
もう一つ、勉強会という場が力を持つ理由があります。
それは、形のないサービスは、お客様が事前に体験することができない、という性質に関係しています。
八百屋さんであれば、店先で試食をしてもらうことができます。
実際に味わってから、納得して買っていただけるのです。
ところが、コンサルティングや研修、施術や指導といった、知識や経験を提供する仕事には、こうした「試食」の機会がほとんどありません。
お客様は、実際に契約するまで、その中身を確かめる手立てがないのです。
このような、形のないサービスにおいては、実際の仕事の質そのものよりも、契約する前に抱く「期待の大きさ」が、選ばれるかどうかを大きく左右すると考えられます。
どれほど丁寧で質の高い仕事をしていても、契約前にその価値が伝わらなければ、選んでいただくところまでたどり着けません。
先ほどの仕立て職人の例に戻ってみましょう。
オーダーメイドの服は、出来上がるまで、その着心地を確かめることができません。
だからこそ、注文する側は、生地に触れ、職人の話を聞き、仕立ての工夫を知ることで、「きっと良いものができるはずだ」という期待を膨らませてから、注文に踏み切るのです。
勉強会は、いわばこの「生地に触れる時間」にあたるのではないでしょうか。
だからこそ、勉強会という場を使って、あなたの考え方や仕事の進め方を、ほんの一部でも味わってもらうことに意味が出てきます。
すべてを見せる必要はありません。
ほんの入り口だけでも体験してもらうことで、「この人にもっと相談してみたい」という期待が、自然と膨らんでいくのです。
事例:整体院を営むKさんの取り組み
ここで、ある整体院を営む経営者の話をご紹介したいと思います。
仮にKさんとしましょう。
Kさんは長年、腰やひざの痛みに悩む地域の方々の施術にあたってきました。
技術には自信があったものの、新しいお客様との出会いは、近隣の方からの紹介や、たまたま看板を見て来店される方に限られていました。
ホームページやチラシで技術の高さを訴えても、なかなか新規のお客様には届かなかったといいます。
あるとき、Kさんは地域の公民館を借りて、「腰痛を防ぐための姿勢と体操」という無料の勉強会を開くことにしました。
最初は数名の参加者しか集まりませんでしたが、参加した方々からは、「こんなに分かりやすく教えてもらえるとは思わなかった」「この先生になら、体を任せても安心できそうだ」という声が寄せられるようになりました。
勉強会でKさんが伝えていた内容は、実はこれまでチラシに書いていたこととそれほど変わりません。
ただ、伝える場所が変わっただけで、受け取られ方はまったく違うものになったのです。
個別の施術の場で「体の使い方にはこんな特徴があります」と説明しても、なんとなく聞き流されていたことが、勉強会という場では、身を乗り出すようにして聞いてもらえるようになったのです。
半年ほど続けるうちに、勉強会をきっかけに来店されるお客様が、Kさんの新規顧客の中心になっていきました。
参加者の中には、自分は来られなかったものの、知人に「あの先生の話はとても勉強になるらしい」と伝えてくれる方も現れ、口コミで評判が少しずつ広がっていったといいます。
もう一つの事例:ホームページ制作会社を営むAさん
同じような取り組みは、まったく別の業種でも見られます。
個人でホームページ制作の仕事をしているAさんの話です。
Aさんは、「安くて早い」だけの制作会社と見比べられることに、長らく悩んでいました。
値段だけで比較されると、どうしても大手の格安サービスには勝てません。
せっかく丁寧に作り込んでも、その価値を伝える機会がなかったのです。
そこでAさんは、地域の商工会が主催する会合で、「今すぐできる、ホームページの見直しポイント」という短い講座を担当させてもらうことにしました。
三十分ほどの短い時間でしたが、実際の失敗例や改善例を見せながら話したところ、参加していた経営者の何人かから、「うちのホームページも見てもらえないか」という声がかかるようになったといいます。
Aさんは、講座の中で自社の宣伝をほとんどしませんでした。
それでも、「この人はきちんとした知識を持っている」という印象が伝わり、結果として、価格の話をする前に、信頼していただけるようになったのです。
「先生」という立場が、信頼のブランドになる
KさんとAさん、二つの事例からうかがえるように、勉強会や講座を開くことには、参加者一人ひとりへの働きかけだけでなく、地域全体における印象づくりという側面もあると考えられます。
「あの人は、わざわざ時間をとって、無料で勉強会を開いてくれている」という事実そのものが、「きちんとした知識を持った、信頼できる人だ」という印象につながっていきます。
実際に勉強会へ参加していない人にまで、「あの先生はすごいらしい」という評判が伝わっていくことも、珍しくありません。
これは、日々の営業活動だけでは、なかなか得ることのできない効果ではないでしょうか。
もちろん、勉強会を開いたからといって、すぐに売上が伸びるわけではありません。
ただ、地道に続けていくことで、「相談してみたい」と思ってもらえる土台が、少しずつ育っていくのだと思います。
とくに、経営者同士の付き合いが濃い地域や業界では、この評判の広がり方は、思っている以上に大きな力を持ちます。
取引先の集まりや同業者の会合で、「あの人が開いている勉強会は、実践的で為になる」と話題にのぼるだけで、あなたが直接営業をかけなくても、向こうから声がかかるようになることがあります。
これは、価格を下げて競争するのとは、まったく違う種類の強みだと言えるのではないでしょうか。
まずは、何から始めればよいか
ここまで読んで、「自分にはとても無理だ」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
大がかりな会場を用意したり、大勢の前で話したりすることを想像すると、腰が引けてしまうのも無理はないと思います。
けれども、最初から立派な勉強会を開く必要はありません。
テーマは、ふだんお客様からよく聞かれる質問や、個別相談のたびに繰り返し説明していることを、そのまま使えばよいのではないでしょうか。
何を話せばよいか分からないという方ほど、実は日々の仕事の中に、すでに材料がそろっていることが多いものです。
人数についても、最初は無理に多くを集めようとしなくてよいと考えられます。
近所の数名を招いた小さな集まりでも、オンラインでの短い勉強会でも構いません。
大切なのは、話す内容の量や、会場の規模ではなく、「教える人」としての立場で、お客様候補と向き合う機会をつくることだと思います。
また、勉強会を開いたあとのひと工夫として、参加してくださった方に、後日あらためて声をかけてみることもおすすめです。
「先日はありがとうございました。何か気になることがあれば、いつでもご連絡ください」と、ひとこと添えるだけでも、次につながる関係が生まれやすくなります。
勉強会は、その場限りのものではなく、その後の関係づくりの入り口として捉えていただくとよいのではないでしょうか。
頻度についても、無理をする必要はありません。
毎月では続かないという方は、三か月に一度、季節の変わり目にあわせて開く、という程度から始めても十分だと思います。
続けることの方が、頻度の高さよりも、ずっと大切だと考えられます。
話すことが苦手な方へ
「人前で話すのは、どうしても苦手だ」という方も、きっといらっしゃることと思います。
そうした方は、必ずしも大勢の前で話す形にこだわらなくてもよいのではないでしょうか。
たとえば、四人か五人ほどの小さな輪になって、お茶を飲みながら話す形式にすれば、講演というより、ふだんの会話の延長のような雰囲気で進めることができます。
あるいは、話すことがどうしても難しいという場合には、まとめた資料をお渡しして、質疑応答だけを丁寧に行うという形も考えられます。
大切なのは、形式そのものよりも、「教える人」として、お客様候補と向き合う時間を持つことだと思います。
ご自身に合ったやり方を、少しずつ探っていただければと思います。

おわりに
日々の忙しさの中で、こうした取り組みに時間を割くのは、決して簡単なことではありません。
目の前の仕事をこなすだけで、一日が終わってしまうという方も多いのではないでしょうか。
それでも、小さな一歩を重ねていくことが、これから先の経営を支える力になっていくのだと感じています。
まずは、いつも個別にお伝えしていることを、誰か数名に向けて話してみる。
そんな小さな試みから始めてみるのも、一つの方法ではないでしょうか。
その積み重ねが、やがて、あなたを「先生」として選んでいただける土台になっていくはずです。
焦らず、ご自身のペースで、少しずつ育てていっていただければと思います。
