人は本来、働きたい生き物である ─ 「できる」を増やす、社員育成の考え方
「うちの社員は、どうも自分から動いてくれない」「言われたことしかやらない」—そんなふうに感じたことがある経営者の方は、少なくないのではないでしょうか。
従業員が10名前後の会社では、社長ご自身が現場も経営も一手に引き受けていることが多く、社員一人ひとりの動き方が会社全体の空気を左右します。
人手にゆとりがあるわけではないからこそ、「もっと自分の頭で考えて動いてほしい」という願いは、切実なものだと思います。
ただ、その願いを叶えようとして、実は逆の方向に進んでしまっているケースが、少なくないようです。
良かれと思って続けてきたやり方が、かえって社員の考える力を奪ってしまっている—そんなことが、意外と起こりやすいのです。
規模の大きな会社であれば、多少やる気を欠く社員が一人いても、周りがカバーできるかもしれません。
しかし、10名前後の会社では、一人ひとりの姿勢がそのまま会社の成果に直結します。
社長が一つひとつ指示を出さなければ動かない状態が続けば、経営者ご自身の時間も体力も、際限なく削られていってしまいます。
だからこそ、「社員が自分の頭で考えて動いてくれるかどうか」は、単なる理想論ではなく、会社の存続そのものに関わる、切実なテーマだと言えるのではないでしょうか。
今回は、その原因と、そこから抜け出すためのヒントについて、一緒に考えてみたいと思います。
人は本当に「怠けたい生き物」なのでしょうか
「人間は放っておくとサボる生き物だ」「働くことも勉強することも、本当は嫌なはずだ」—こうした考え方は、世の中に広く根付いています。
厳しい労働環境で苦労された経験がある方ほど、そう感じるのも無理はないかもしれません。
けれども、よく観察してみると、人には「できなかったことが、できるようになる」瞬間に、素直な喜びを感じる性質が備わっているようです。
たとえば、小さな子どもが初めて一人で立ち上がったとき、周りの大人が拍手をしなくても、子ども自身がうれしそうな顔をすることがあります。
誰かに褒められたからうれしいのではなく、「できなかったことが、できた」という事実そのものが、喜びの源になっているように見えます。
これは、人が生まれながらに持っている性質のひとつではないでしょうか。
似たようなことは、大人になってからの趣味の世界でも見られます。
たとえば、料理を始めたばかりの頃は、包丁を握る手もぎこちなく、レシピ通りに進めるだけで精一杯です。
それが半年、一年と続けるうちに、味見をしなくても塩加減がわかるようになり、冷蔵庫にある材料だけで一品作れるようになる。
誰かに強制されたわけでもないのに、多くの人が料理を続けられるのは、この「できるようになっていく感覚」そのものが楽しいからではないでしょうか。
この性質は、大人になっても、そして仕事の場面でも、変わらず働き続けているようです。
うまく話せなかった商談が、少しずつスムーズに進むようになる。
手こずっていた作業が、要領よくできるようになる。
今まで見えていなかった全体の流れが、少しずつつかめるようになる。
そうした小さな変化に気づいたとき、人は誰しも、心のどこかで満足感を覚えるものだと考えられます。
つまり、社員が「やる気がない」ように見えるとしても、それは生まれつき怠け者だからというより、日々の仕事の中で「できるようになる喜び」を感じる機会そのものが、少なくなっているだけなのかもしれません。
喜びを感じる回路は、誰にでも備わっている。
ただ、それが働く場面で使われていないだけ、という見方もできるのではないでしょうか。
仕事に追われる毎日の中では、できていないことばかりに目が向きがちで、できるようになったことに、経営者自身もなかなか気づけていないのかもしれません。
「叱って動かす」やり方が生んでしまうもの
社員に成長してほしいと思うあまり、つい厳しい言葉で叱咤してしまう。
そんな経験がある経営者の方も、いらっしゃるのではないでしょうか。
厳しさによって人を動かす方法は、古くから、体育会系や軍隊式と呼ばれる形で受け継がれてきました。
上からの命令に対して疑問を持たず、とにかく素早く従うことを求めるやり方です。
もともとは、逃げ出す者が後を絶たなかった時代の組織が、力ずくで統率を強めようとした中から生まれ、根づいていったものだと言われています。
理屈より先に、恐怖で従わせる。
そのほうが、命令一つで一斉に動く集団をつくりやすかったからでしょう。
ただ、ここで立ち止まって考えていただきたいことがあります。
恐怖や叱責によって人を動かす方法は、突き詰めると、「自分の頭で考えない人」を育てる方法でもある、ということです。
命令されたことだけを、間違えないように、なんとかこなす。
そこに求められているのは、自発的な工夫や判断ではなく、失敗しないことです。
萎縮した人は、新しいことを試そうとはしません。
試して失敗すれば、また叱られるかもしれないからです。
だとすれば、「叱って動かす」やり方を続けながら、同時に「自分で考えて動く社員がほしい」と願うのは、ある意味で矛盾した組み合わせだと言えるのではないでしょうか。
もし、「なぜうちの社員は指示待ちなんだろう」と感じることがあれば、それは社員の資質の問題である以前に、日々の関わり方が、知らず知らずのうちに「考えないほうが安全だ」というメッセージを送ってしまっている可能性も、考えてみる価値があるように思います。
声を荒げたつもりはなくても、些細なミスのたびに厳しい表情を見せていたり、結果だけを見て評価していたりすると、社員の側は自然と、失敗しないことを最優先に考えるようになっていくものです。
これは、経営者の側に悪意があるかどうかとは、あまり関係がありません。
むしろ、責任感が強く、会社を良くしたいという思いが強い経営者ほど、ミスに敏感に反応してしまう傾向があるように感じます。
しかし、その熱心さが、結果として社員の挑戦する気持ちを縮めてしまっているとしたら、なんとも皮肉なことではないでしょうか。
大切なのは、厳しさを手放すことではなく、厳しさをどこに向けるか、その配分を見直してみることなのかもしれません。
ある美容室オーナーが気づいたこと
筆者が関わらせていただいたお客様の中に、こんな例がありました。
従業員6名の美容室を営むオーナーは、新人スタッフの技術がなかなか上達しないことに、長らく頭を悩ませていました。
ミスをするたびに、その場できつく指摘する。
そうすれば緊張感を持って取り組んでくれるはずだと考えていたそうです。
実際、オーナー自身も若い頃は厳しく育てられてきたため、それが当たり前のやり方だと信じていたといいます。
ところが、指摘を重ねるほど、新人スタッフはハサミを持つ手が固くなり、萎縮していく様子が見て取れました。
言われたこと以外は、怖くて手を出せない。
お客様への提案も、失敗を恐れて消極的になっていく。
そんな状態になっていたのです。
オーナーは「厳しくすればするほど、逆に頼りなくなっていく」と、内心では違和感を覚えていたそうです。
あるとき、そのオーナーは方針を変えてみました。
ミスを指摘する前に、まず「先週より、カットのスピードが上がったね」というように、できるようになったことを具体的に言葉にして伝えるようにしたのです。改善点は、その後に、責めるのではなく一緒に考える形で話す。
そんな順番に変えてみたそうです。
最初のうちは、オーナー自身も「甘くなっているのではないか」と不安を感じたといいます。
すると数か月後、そのスタッフは自分から「こういうやり方も試してみていいですか」と提案してくるようになったといいます。
以前は指示を待つばかりだったのが、休みの日にも自主的に練習をするようになり、後輩への教え方も工夫するようになったそうです。
オーナーは「叱ってやらせていたときより、よほど頼もしくなった」と話しておられました。
この事例が示しているのは、成長を促す近道は、厳しさそのものではなく、「できるようになったこと」に光を当てて伝えることにあるのかもしれない、ということです。
厳しさが不要というわけではなく、伝える順番と比重を見直すだけでも、相手の受け止め方は大きく変わるのではないでしょうか。
恐怖に頼らず、「できる」を引き出すために
とはいえ、「褒めてばかりでは、緩んでしまうのでは」と心配になる経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
ここで大切なのは、甘やかすことと、成長の喜びを実感させることは、まったく別のものだという点です。
曖昧に褒めることと、具体的な変化を言葉にして伝えることとは、似ているようでいて中身がまったく異なります。
まずは、社員が以前よりできるようになったことを、具体的に見つけて言葉にすることから始めてみるのも一つではないでしょうか。
「頑張っているね」といった漠然とした言葉ではなく、「先月まで時間がかかっていたこの作業が、早くなったね」というように、具体的な変化を伝えることが、本人の実感につながりやすいように思います。
漠然とした褒め言葉は、社員の耳を素通りしてしまいがちですが、具体的な事実は、本人の中にしっかりと残るものです。
また、ミスを指摘するときも、頭ごなしに叱るのではなく、「どうすればもっとうまくいくと思う?」と本人に考えさせる問いかけを添えてみる。
そうすることで、社員自身が「次はこうしてみよう」と、自分の頭で工夫する余地が生まれます。答えを与えるのではなく、答えを見つける手伝いをする。
そんな関わり方に少しずつ変えていくことが、遠回りのようでいて、実は一番の近道になるのかもしれません。
もう一つ、試していただきたいことがあります。
それは、大きな目標をいきなり掲げるのではなく、社員が「できた」と感じやすいところまで、目標を小さく分けてあげることです。
たとえば「売上を2倍にしよう」という目標は、多くの社員にとって遠すぎて、実感が持てません。
それよりも、「今週は、新規のお客様に一件多く声をかけてみよう」というように、数日で達成できる大きさまで分解してあげると、社員は「できた」という感覚を、より頻繁に味わえるようになります。
小さな成功体験を意図的に用意してあげることも、経営者にできる大切な工夫の一つではないでしょうか。
また、月に一度でもかまいませんので、社員と一緒に「この一か月でできるようになったこと」を振り返る時間を持ってみるのも良いかもしれません。
忙しい毎日の中では、成長した実感は、意識しなければ流れ去ってしまいます。
振り返る時間をあえて設けることで、社員自身も、そして経営者ご自身も、日々の変化に気づきやすくなるはずです。
日々の業務の中で、こうした関わり方を毎回完璧に実践するのは難しいものです。
ですから、まずは一日一回、誰か一人の「できるようになったこと」を意識して見つけ、言葉にして伝える。
そんな小さな習慣から始めてみるのも一つではないでしょうか。
この小さな積み重ねが、指示待ちではなく、自分で考えて動く社員を育てていくのではないかと考えられます。

まとめ:小さな「できた」を、一緒に喜ぶ会社へ
人は、本来サボりたい生き物なのではなく、「できない」が「できる」に変わる瞬間に喜びを感じる生き物なのかもしれません。
だとすれば、経営者の役割は、社員を厳しく管理することよりも、その小さな「できた」の瞬間を見つけ、一緒に喜ぶことにあるように思います。
すぐにすべてを変える必要はありません。
まずは、今日一日の中で、誰か一人の「できるようになったこと」に目を向けてみる。
それだけでも、会社の空気は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
叱ることをやめる勇気よりも、「できた」を見つける習慣を持つことのほうが、実は、自ら考えて動く社員を育てる、確かな一歩になるのかもしれません。
社員の小さな成長に気づける経営者のもとには、きっと、自分の頭で考え、自分から動いてくれる社員が育っていくはずです。
完璧な仕組みを一度に整えようとする必要はありません。
今日、社員の誰か一人に、「ここができるようになったね」と声をかけてみる。たったそれだけのことからでも、会社は少しずつ、良い方向へ変わっていくのではないでしょうか。
その積み重ねの先に、経営者が本当に望んでいる「自ら考えて動く社員」の姿があるように思います。
