一人が百歩より、百人が一歩ずつ進む組織のつくり方
「もっと会社を良くしたい」「みんなで新しいことに挑戦したい」。
そう思って社員に語りかけても、なぜか反応が薄い。
そんな経験をお持ちの経営者の方は、少なくないのではないでしょうか。
想いは本物なのに、なぜか伝わらない。
実はこれ、話し方や熱意の量の問題ではなく、「伝える順番」に理由があるのかもしれません。
今日はその順番について、じっくり考えてみたいと思います。
「正しい話」ほど、なぜか心に残らない
経営者の方の話を伺っていると、内容そのものはとても筋が通っていることがほとんどです。
市場の変化を的確につかんでいたり、将来を見据えた計画を持っていたりします。
それなのに、社員の心にすとんと落ちていかない。
むしろ「社長は分かっているけど、自分たちとは違う世界の人だ」という距離感を生んでしまうことすらあります。
これは、経営者だけの悩みではありません。
大きな組織を動かす立場の人にも、共通して起きることです。
実は、アメリカのある大統領が、支持率の低迷する中で国民の心を動かした演説の組み立て方に、この距離を縮めるヒントが隠れていると言われています。
その考え方をもとに、ある起業家が自身の著書の中で整理し直したものが、「私・私たち・今」という3段階の物語の順番です。
ここでは分かりやすく「わたし→わたしたち→これから」という言葉で説明していきます。
一人の力ではなく、百人の一歩が組織を変える
もうひとつ、大切な考え方があります。
それは、組織を変えるのは「リーダー一人の圧倒的な行動力」ではなく、「物語を共有した仲間たちの、それぞれ小さな一歩」だという視点です。
社長が一人で百歩前に進んでも、会社全体はなかなか動きません。
むしろ、社員百人がそれぞれ一歩ずつ前に進むほうが、組織全体としては大きな変化になる。
そう考えると、経営者の役割は「先頭に立って引っ張る」ことだけではなく、「みんなが一歩を踏み出したくなる空気をつくる」ことにもあるのではないでしょうか。
そのために欠かせないのが、先ほどの「わたし→わたしたち→これから」という順番です。
もう少し詳しく見ていきましょう。
第一段階「わたし」ー自分の弱さを見せることから始まる
多くの経営者は、社員の前では「しっかりした社長」でいようとします。
もちろんそれ自体は悪いことではありません。
ただ、人が誰かの話に引き込まれるのは、完璧な成功談を聞いたときではなく、「この人も自分と同じように迷ったり、失敗したりしてきたんだ」と感じたときではないでしょうか。
つまり最初の一歩は、立派な経営理念を語ることではなく、経営者自身の「わたし」の物語を、少しだけ素直に見せることから始まると考えられます。
どんな苦労をしてきたのか、何にぶつかって、どう乗り越えようとしてきたのか。
そうした個人的な物語こそが、社員との距離を縮める入口になるのです。
第二段階「わたしたち」ー共通点を見つけて連帯感をつくる
自分の物語を見せたあとに大切になるのが、「実はあなたと私には、共通する部分がある」と気づいてもらうことです。
経営者と社員は、立場も役割も違います。
しかし、たとえば「以前は自分も不安だらけだった」「最初は誰よりも自信がなかった」というような経験は、多くの人が心当たりを持っているのではないでしょうか。
共通点は、大きな理念である必要はありません。
むしろ日常のささやかな悩みや葛藤のほうが、共感を呼びやすいものです。
この共通点をきっかけに、「あなたと私は同じチームなのだ」という感覚が、少しずつ育っていくと考えられます。
第三段階「これから」ー未来への行動を語る
「わたし」で心を開き、「わたしたち」で距離を縮めたあとに、はじめて「これから何を目指すのか」を語る。
この順番が重要です。
多くの場合、経営者はこの「これから」の部分から話を始めてしまいがちです。
しかし、心の準備ができていない相手に将来像だけを伝えても、なかなか自分ごととして受け止めてもらえません。
物語を積み重ねたうえで語られる「これから」だからこそ、社員は「自分もその一部になりたい」と感じやすくなるのではないでしょうか。
事例で考えてみる ー ある金属加工会社の挑戦
ここで、ひとつの架空の事例をもとに考えてみます。従業員12名ほどの金属加工会社を営む岡田さんは、長年下請けの仕事を中心にしてきましたが、取引先の縮小により、自社製品の開発に踏み出そうと考えていました。
最初、岡田さんは朝礼で「これからは自社ブランドをつくる。みんなで頑張ろう」と力強く宣言しました。
しかし社員の反応は淡々としたもので、どこか他人事のような空気が流れていたそうです。
そこで岡田さんは、伝え方を変えてみることにしました。
まず語ったのは、自分がこの会社を継いだときの不安についてでした。
専門知識もなく、取引先からも信頼されず、何度も辞めたいと思ったこと。
そうした「わたし」の物語を、飾らずに話しました。
すると、ベテラン社員の一人が「実は自分も入社したての頃、同じように自信が持てなかった」と話し始めたそうです。
そこから、若手社員も含めて、それぞれが抱えてきた不安や葛藤が少しずつ共有されていきました。
「わたしたち」の共通点が、自然と浮かび上がってきたのです。
その空気ができてから、岡田さんはあらためて「これから自社製品に挑戦したい」という想いを伝えました。
すると以前とは違い、社員から「どんな製品を考えているのか」「自分にできることはあるか」という質問が出てきたといいます。
さらに数週間後、若手の社員が「自分が学生時代にやっていたデザインの知識を、製品の見た目に活かせないか」と自分から提案してきたそうです。
以前の岡田さんであれば、こうした提案が出てくることはなかったかもしれません。
社員が「これは会社の話であると同時に、自分の話でもある」と感じられるようになったからこそ、生まれた行動だと考えられます。
順番を変えただけで、同じ内容の話が、まったく違う受け止められ方をした。
この事例は、物語の組み立て方ひとつで、伝わり方が大きく変わることを示しているのではないでしょうか。
明日からできる、小さな実践
とはいえ、いきなり社員全員の前で自分の弱さをさらけ出すのは、勇気がいるものです。
そこで、もう少し小さな一歩から始めてみるという方法も考えられます。
たとえば、朝礼やミーティングの冒頭で、経営理念や数字の話に入る前に、ほんの一分だけ「実は先日、こんなことで悩んでいた」という個人的な話を挟んでみる。
あるいは、社員との一対一の面談の中で、業務の話に入る前に「自分が今の立場になるまでにどんな失敗をしてきたか」を少し話してみる。
そうした小さな積み重ねが、少しずつ「わたし」の物語を社員に開いていくことにつながるのではないでしょうか。
また、社員の話に耳を傾ける中で、「実は自分にも似たような経験がある」と感じた瞬間があれば、それを見逃さずに伝えてみることも大切です。
その一言が、「わたしたち」という共通点に気づくきっかけになるかもしれません。
社員だけでなく、採用やお客様との関係にも
この「わたし→わたしたち→これから」という順番は、社員に向けた話だけに使えるものではありません。
たとえば採用面接の場面でも、会社の理念や条件をいきなり並べるよりも、経営者自身がなぜこの会社を始めたのか、どんな苦労を乗り越えてきたのかを先に話すことで、応募者との距離がぐっと縮まることがあります。
また、お客様への案内文やホームページの文章、社内報のあいさつ文なども同じです。
実績や強みをアピールする前に、少しだけ自分たちの歩んできた道のりを見せる。
そうすることで、読み手は「この会社は、なんとなく人ごとではない」と感じやすくなるのではないでしょうか。
つまりこの考え方は、特別な場面だけのものではなく、日々のちょっとした言葉の順番として、いろいろな場面に応用できるものだと考えられます。

まずは小さく、自分の物語から始めてみる
大きな改革や立派な経営計画を語る前に、まずは自分自身の物語を、少しだけ社員に開いてみる。
そこから共通点を見つけ、最後に未来を語る。
この順番を意識するだけで、これまでとは違う反応が返ってくるかもしれません。
完璧な演説をする必要はありません。
むしろ、うまく話せなくても、飾らない言葉のほうが伝わることも多いものです。
次の朝礼やミーティングで、ほんの少しだけ、自分の過去の悩みを話してみる。
そんな小さな一歩から始めてみるのも、一つの方法ではないでしょうか。
社員との距離は、正しさでは縮まりません。
共に歩んできた物語の積み重ねによって、少しずつ縮まっていくものだと考えられます。
