利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

売れているのに、なぜか残らない 名物コロッケを守った町のお肉屋さんに学ぶ「儲けの組み合わせ」

売れているのに、なぜか残らない 名物コロッケを守った町のお肉屋さんに学ぶ「儲けの組み合わせ」

看板商品で人を呼び、別の商品で支える お店の「儲けの組み合わせ」を見直してみませんか

「売れているのに、なぜか残らない」というモヤモヤ

お店を経営していると、こんな感覚になることはないでしょうか。

お客様は来てくれている。
レジもそれなりに鳴っている。
それなのに、月末に通帳を見ると、思っていたほどお金が残っていない。

忙しかった月ほど、なぜか手元のお金が増えていない。
そして、そういう月ほど、社長自身がいちばん長く店に立っている。
小さなお店を切り盛りしている方なら、一度は覚えがある光景かもしれません。

このモヤモヤの正体を探っていくと、多くの場合、ひとつの見落としにたどり着きます。
それは、「商品ごとに、どれだけ儲けが残っているか」が、ぼんやりしたままになっていることです。

今回は、この見落としを解きほぐすための考え方をご紹介します。
難しい理論ではありません。
スーパーやハンバーガー店など、身近なお店がふだん当たり前のようにやっていることです。

そして後半では、ある町の精肉店の店主が、迷い、立ち止まり、それでも一歩ずつ判断を重ねていった様子を、少し詳しくお伝えします。
読み終わるころには、「うちの店でも試せそうだ」と感じていただけるのではないかと思います。

商品には、それぞれ「役割」がある

週末のスーパーのチラシを思い浮かべてみてください。
卵や牛乳が、驚くほど安い値段で載っていることがあります。

あの値段で、お店は本当に儲かっているのでしょうか。
実は、ほとんど儲けがないか、場合によっては損をしていることもあると考えられます。

それでもお店が安売りをするのには、理由があります。
安い卵を目当てに来たお客様も、せっかく店まで来たのなら、卵だけ買って帰ることはあまりありません。
野菜や調味料、夕飯のおかずも、ついでにかごに入れていきます。
お店としては、卵で儲けられなくても、店全体の売上から利益が出ればよいわけです。

ドラッグストアで、お菓子や飲み物が安く売られているのも同じ仕組みです。
食料品は「人を呼ぶ」ための商品です。
一方で、医薬品や化粧品は、一つ売れたときに残る儲けが比較的大きい商品です。
こちらが、お店の家計をしっかり支えています。

ここで、一つだけ言葉を確認しておきます。
「売った値段から、その商品の仕入れ値や材料費を引いた残り」のことを、「粗利(あらり)」と呼びます。家賃や人件費を払う前の、いわば「最初に手元に残るお金」です。

商品ごとに、この粗利の大きさはばらばらです。粗利の小さい商品と大きい商品をうまく組み合わせ、店全体で儲けを大きくしていく。
専門的には「マージン・ミックス」と呼ばれます。
マージンは利幅、ミックスは組み合わせという意味です。
この記事では、わかりやすく「儲けの組み合わせ」と呼ぶことにします。

たとえるなら、お店の商品は一つの家族のようなものです。
愛想がよくて、近所の人を家に招き入れるのが得意な人がいる。
その一方で、黙々と働いて家計を支えている人もいる。
全員が同じ働き方をする必要はありません。
それぞれの持ち場があるからこそ、家族全体が回っていくのです。

ハンバーガー店に学ぶ「組み合わせで稼ぐ」考え方

この考え方がよく見えるのが、ハンバーガー店です。
一般的な数字をもとに、ざっくりと見てみます。

100円ほどのハンバーガーは、材料費だけでおよそ60円かかると言われます。
粗利は40円です。
そこから店員さんのお給料や電気代などを差し引くと、最後に残るのは5円ほどにすぎません。
ほとんど儲けのない商品です。

一方、240円ほどのポテトは、材料費が85円くらいです。
粗利は155円で、売値の6割以上が残ります。

ここにドリンクを加えて、430円ほどのセットにしたとします。
すると、セット全体の粗利は250円ほどになり、売値の6割近くが残る計算です。

つまり、ハンバーガーは「お店の入口の扉」の役目を担っています。
扉は広く、低く開けておく。
そして、店に入ってきたお客様に、ポテトやドリンクという「家計を支える働き手」を一緒に選んでもらう。
この流れがあって、はじめてお店全体の儲けが大きくなるのだと考えられます。

ここで大切なのは、安い商品そのものではありません。
「安い商品を目当てに来た人が、次に何を手に取るか」まで設計されていることです。
扉を開けただけでは、お店は成り立ちません。
扉の向こうに、選びたくなるものが用意されているかどうか。
ここが分かれ目ではないでしょうか。

なぜ、多くの社長はここで立ち止まってしまうのか

考え方としては、決して難しくありません。
それでも、実際の経営の場面では、ここで判断が止まってしまうことが少なくありません。
長年、経営者の方々とお話ししてきて、その理由はいくつかあると感じています。

一つ目は、まじめさです。「どの商品でもきちんと儲けを出さなければ」と考える方ほど、安い商品を見ると「損をしている」と感じてしまいます。
その結果、人を呼ぶ役の商品まで値上げして、客足を遠ざけてしまうことがあります。

二つ目は、その逆の怖さです。お店の名物になっている商品ほど、値段に手をつけるのが怖くなります。
「これを値上げしたら、常連さんが離れてしまうのではないか」。その不安はもっともです。
けれど、何も手を打たないまま材料費だけが上がっていくと、名物が少しずつお店の体力を奪っていくことになります。

三つ目は、そもそも商品ごとの儲けが見えていないことです。
これは、社長の努力不足ではありません。
帳簿の仕組みそのものに理由があります。

税理士として多くの帳簿を拝見してきて感じるのは、月ごとの試算表(その月までの売上や経費をまとめた表)では、粗利がお店全体で一つの数字にまとまってしまう、ということです。
どの商品が足を引っ張り、どの商品が支えているのか。
帳簿を眺めるだけでは分かりません。

さらに、小さなお店では、商品を揚げたり包んだりするパートさんの時間は、材料費ではなく「人件費」としてまとめて計上されるのが一般的です。
そのため、手間のかかる商品ほど、帳簿の上では実際よりも儲かっているように見えてしまいます。
数字は正しいのに、現場の手間が映っていない。
社長が「なんとなく苦しい」と感じながら原因をつかめないのは、この見えにくさによるところも大きいのです。

事例:名物コロッケに頼っていた精肉店の話

ここからは、架空の事例でお話しします。
一人の店主が、どこで迷い、どう判断し、お店とお客様がどう変わっていったのか。その流れを順を追って見ていきます。

90円という値段に込められたもの

住宅街の一角に、先代から40年続く精肉店があります。
二代目の西村さん(仮名、40代後半)が、奥様の由美子さん(仮名)とパートさんを含めた9名で切り盛りしています。

名物は、1個90円の手づくりコロッケです。
夕方になると、揚げたてを目当てに小さな行列ができます。
多い日には、夕方だけで300個近くが売れていきます。

このコロッケは、先代のお父様が始めたものでした。
「子どもが、ポケットの小銭で買える値段にしたい」。
それが口ぐせだったそうです。

西村さん自身も、子どものころ、学校帰りに友だちとこのコロッケを頬張っていました。
そして今では、当時の子どもたちが親になり、自分の子どもの手を引いて買いに来てくれます。

西村さんにとって90円という値段は、ただの値札ではありませんでした。
お店と町をつないできた、約束のようなものだったのです。

値上げか、据え置きか 決めきれない日々

ところが、ここ数年で状況は変わりました。

じゃがいもの値段が上がりました。
揚げ油も、ひき肉も上がりました。
毎月届く仕入れの請求書を見るたびに、西村さんの胸は少しずつ重くなっていきます。

売上は、ほとんど変わっていません。
むしろ、行列は以前より長いくらいです。
それなのに、手元に残るお金は年々減っていきました。

ある晩、由美子さんが言いました。
「もう、100円にしたらいいんじゃない。10円上げたって、誰も文句言わないよ」。

西村さんも、頭では分かっていました。
1日300個なら、10円上げるだけで1日3,000円。
ひと月で7万円ほどになります。
数字の上では、それがいちばん早い解決策です。

けれど、どうしても首を縦に振れませんでした。

「100円になったら、子どもが小銭で買えなくなる気がする」。
「行列は、うちの店の看板なんだ。あれがなくなったら、お肉のお客さんまで来なくなるかもしれない」。

数字では正しいと分かっている。
でも、気持ちが追いつかない。
経営者が判断を止めてしまうのは、多くの場合、知識がないからではありません。
大切にしてきたものを手放す怖さがあるからではないでしょうか。

「半年だけ試す」という決め方

何日も堂々めぐりをしたあと、西村さんは一つの決め方をしました。

「値上げは、最後の手段にとっておく。
そのかわり、半年だけ別の方法を試してみる。
半年たって何も変わらなかったら、そのときは迷わず値上げする」。

これは、決断を先延ばしにしたのとは少し違います。
期限を決めて、いったん保留にしたのです。

「値上げするか、しないか」の二択で考えると、どちらを選んでも後悔が残りそうで、人は動けなくなります。
けれど、「いつまでに、何を試して、駄目ならどうするか」まで決めておくと、気持ちがぐっと軽くなります。
逃げ道があるからこそ、思い切って試せるのです。

由美子さんも、「半年なら」とうなずいてくれました。

一週間の「正」の字が教えてくれたこと

では、何を試すのか。西村さんの頭に浮かんだのは、ある日の夕方の光景でした。

行列をさばきながら、ふと気づいたのです。
「この人たち、コロッケだけ買って帰っていないか」。

確かめるために、一週間だけ数えてみることにしました。
といっても、夕方は戦場のような忙しさです。
複雑なことはできません。

そこで、レジ横にメモ用紙を一枚貼りました。
コロッケだけを買って帰ったお客様には左の欄に、ほかのものも買ったお客様には右の欄に、「正」の字を一本ずつ書いていく。
それだけです。

レジを担当するベテランパートの久保さん(仮名、60代)は、最初こそ面倒そうでした。
けれど三日目には、「今日は右の欄が少ないねえ」と、自分から声をかけてくれるようになりました。

一週間後、数えた結果を見て、西村さんは言葉を失いました。
夕方のお客様のおよそ6割が、コロッケだけを買って帰っていたのです。

さらに、数えているうちに、もう一つのことに気づきました。
お肉を買いに来るお客様は、午前中から昼過ぎにかけて来る、年配の方が中心でした。
一方、コロッケのお客様は、夕方4時半から6時ごろに集中する、仕事帰りの人や学生さんたちです。

同じお店にいながら、二つのお客様はほとんど顔を合わせていませんでした。
コロッケは、人を呼ぶ役目は立派に果たしていました。
けれど、その先にある「ついで」が、まったく起きていなかったのです。

帳簿の外に、紙を一枚つくってみた

この結果を受けて、西村さんは月ごとの試算表を見返してみました。
どの商品が、どれだけお店を支えているのかを知りたかったのです。

けれど、先ほどお話ししたとおり、いくら眺めても答えは出てきません。
コロッケのじゃがいもも、精肉の豚肉も、同じ「仕入れ」の欄にまとめて入っています。
毎日何時間も揚げ場に立つパートさんの時間は、「給料」の欄に、ほかの仕事とひとまとめになっています。

そこで西村さんは、帳簿とは別に、主な商品を10個ほど紙に書き出しました。
そして、一つ売れたら手元にいくら残るかを、仕入れ値からざっくり計算して横に書いていきました。
揚げ物のように手間のかかる商品には、小さく印もつけました。

すると、意外な商品が浮かび上がってきました。自家製のたれに漬け込んだ「生姜焼き用の味付け豚肉」です。
たれは先代から受け継いだ味で、漬け込む手間はかかるものの、朝のうちにまとめて仕込めます。
揚げ物のように、つきっきりになる必要もありません。
そして、一つ売れたときに残るお金が、コロッケとは比べものにならないほど大きかったのです。

ところがその商品は、冷蔵ケースのいちばん奥に、家族向けの400グラムのパックで、ひっそりと並んでいました。

何を勧めるか 高いお肉ではなかった理由

「コロッケのお客様に、もう一品買ってもらおう」。
方向は決まりました。
けれど、ここでまた迷いが生まれます。
何を勧めればいいのか、です。

最初に西村さんが考えたのは、利幅の大きい国産牛でした。
夕方の時間に、ケースの前に「本日のおすすめ」と札を立ててみようと思ったのです。

けれど、実際に夕方の行列を眺めながら、西村さんは考え直しました。

会社帰りで、疲れた顔をしている人。
片手に保育園の荷物を抱えている人。
時計を気にしながら並んでいる人。
この人たちが、帰ってから牛肉のかたまりを前に、献立を考えるだろうか。

「この人たちが欲しいのは、肉じゃない。晩ごはんをどうするかという悩みを、少しでも軽くすることなんだ」。

そう気づいてから、候補の見え方が変わりました。

鶏の唐揚げも考えました。
惣菜としては人気が出そうです。
けれど、揚げ場はすでにコロッケで手いっぱいでした。
これ以上揚げ物を増やせば、パートさんの負担が増え、行列も長くなってしまいます。

手ごねのハンバーグも考えました。
ただ、形を整えるのに手間がかかり、夕方までに数をそろえるのは難しそうでした。

その点、味付け豚肉は条件がそろっていました。
朝のうちに仕込んでおけます。
お客様は、帰ってフライパンで焼くだけです。
コロッケと並べれば、それだけで晩ごはんの形になります。
そして、お店にとっても儲けがしっかり残ります。

お客様の困りごとと、お店の都合が重なるところ。
西村さんが選んだのは、そういう商品でした。
「支える役」の商品は、高い商品である必要はないのです。
人を呼ぶ役の商品を買いに来た人の、次の困りごとを解決する商品であることが大切なのではないでしょうか。

二人分にするか、家族分にするか

次に悩んだのは、量でした。

これまでの味付け豚肉は、400グラムの家族向けパックで、880円ほどでした。
一つあたりの売上は大きくなります。
お店としては、このまま売りたいところです。

けれど、夕方の行列には、一人暮らしの学生さんや、共働きの夫婦、子どもが巣立ったご夫婦も多く並んでいました。
880円のパックを見て、「多すぎるし、使い切れないかも」と手を止める姿が目に浮かびました。

西村さんは、200グラムほどの二人分のパックを、480円でつくることにしました。

由美子さんは、少し心配そうでした。
「小さくしたら、売上が減るんじゃない」。

西村さんは、こう答えたそうです。
「880円のパックが冷蔵ケースの奥で眠っているより、480円のパックが毎日手に取られるほうがいい」。

一つあたりの売上ではなく、「手に取ってもらえるかどうか」を優先した判断でした。

冷蔵ケースを買うかどうかの迷い

置き場所も問題でした。

西村さんは、コロッケを受け渡す台のすぐ横に、味付け豚肉を置きたいと考えていました。
行列に並んでいる数分間に、自然と目に入るからです。

ただ、受け渡し台の周りは、揚げ場の熱がこもります。
生のお肉を、そのまま置いておくわけにはいきません。
小さな冷蔵ケースが必要でした。

調べてみると、卓上の冷蔵ショーケースは、中古でも6万円ほどしました。
売れるかどうかも分からない商品のために、6万円を使っていいのか。
西村さんは、ここでまた手が止まりました。

迷った末に、西村さんは紙に簡単な計算を書きました。
二人分のパックが一つ売れると、手元に残るお金はおよそ250円です。
もし1日に8パック売れれば、1日2,000円。
お店を開けている日が月に25日なら、ひと月で5万円ほどになります。

「1日8パック売れれば、2か月かからずに元が取れる。売れなかったとしても、ケースは別の惣菜に使える」。

そう考えたら、決心がつきました。
迷ったときに、「いくらかかるか」だけでなく、「何か月で取り戻せるか」「失敗したら何に使い回せるか」まで考えてみる。
これは、どんな設備や道具を買うときにも使える考え方だと思います。

「押し売りは嫌です」というパートさんの声

もう一つの工夫は、パートさんの一言でした。
商品を渡すときに、味付け豚肉をひと言すすめてもらおうと考えたのです。

ところが、朝の打ち合わせでこの話をすると、久保さんがはっきりと言いました。
「私、押し売りみたいなのは嫌です。
うちのお客さんは、そういう店じゃないから来てくれてるんですよ」。

西村さんは、一瞬言葉に詰まりました。
けれど、久保さんの言うことにも一理あります。
何十年も通ってくれるお客様との関係は、この店のいちばんの財産です。
それを壊してしまっては、元も子もありません。

そこで、話し合って約束を決めました。

すすめるのは、一人のお客様に一回だけ。
断られたら、笑顔で「またどうぞ」と返す。
そして、言葉は西村さんが決めるのではなく、パートさんたちが自分で言いやすい言葉を考える。

最初に試した「ご一緒にいかがですか」は、すぐにやめました。
若いパートの野口さん(仮名、30代)が、「なんだかハンバーガー屋さんみたいで、言っている自分が恥ずかしい」と笑ったからです。

何度か言い方を変えた結果、落ち着いたのはこんな言葉でした。
「晩ごはん、もう一品お困りでしたら、焼くだけのお肉もありますよ」。

すすめるのではなく、困りごとに寄り添う言い方です。
久保さんも、「これなら言える」とうなずいてくれました。

現場の人が自分の言葉で話せるかどうか。
小さなことのようですが、新しい取り組みが続くかどうかは、ここで決まることが多いと感じます。

「今夜のおかずセット」の値引きをどうするか

あわせて、コロッケ2個と味付け豚肉二人分を組み合わせた「今夜のおかずセット」もつくることにしました。

ここで悩んだのは、値引きの幅です。
セットにするなら、安くしないと買ってもらえないのではないか。
けれど、大きく値引きすれば、せっかくの儲けが削られてしまいます。

単品で買えば、コロッケ2個で180円、味付け豚肉が480円で、合わせて660円です。
西村さんは、これを630円にしました。
値引きは、わずか30円です。

西村さんは、こう考えたそうです。
「このセットで売りたいのは、安さじゃない。『今日はこれでいい』と、献立を考えずに済む気楽さなんだ」。

値引きは、お客様が「ちょっと得をした」と感じられる程度でいい。
本当の価値は、別のところにある。
セットの値段には、そんな西村さんの考えが込められていました。

最初の二週間は、ほとんど売れなかった

こうして準備を整え、いよいよ始めました。

ところが、最初の二週間は、ほとんど売れませんでした。
1日に2つか3つ。
売れ残ったパックは、翌日の店頭に回すしかありません。

由美子さんは、閉店後のレジ締めをしながら、ぽつりと言いました。
「やっぱり、値上げしたほうが早かったんじゃない」。

西村さん自身も、正直なところ揺らいでいました。
6万円で買った冷蔵ケースを前に、「失敗したかな」と思った夜もあったそうです。

それでも続けられたのは、最初に「半年は試す」と決めていたからでした。
二週間で結論を出すのは早すぎる。
そう自分に言い聞かせることができたのです。

新しいことを始めると、最初はたいてい思ったように反応がありません。
お客様にとっては、いつもの店に見慣れないものが置かれただけです。
気づいてもらい、試してもらい、気に入ってもらうまでには、どうしても時間がかかります。
最初の反応の薄さは、失敗ではなく、通らなければならない道のりなのかもしれません。

お客様の一言から、流れが変わった

三週間目のことです。毎日のようにコロッケを買いに来る、会社帰りの女性がいました。
その日、彼女は冷蔵ケースをのぞき込み、久保さんに尋ねました。
「これ、本当に焼くだけでいいの」。

久保さんが「たれごと焼いて、最後に少し煮詰めるとおいしいですよ」と答えると、彼女はセットを買っていきました。

翌週、その女性が再び店に来て、こう言ったそうです。
「この前のお肉、主人がすごく喜んでね。献立を考えなくていいのが、本当に助かるの」。

その日から、彼女は週に二回ほどセットを買っていくようになりました。
そして、同じ時間帯に並ぶ人たちが、彼女の買い物かごを見て、「それ、何ですか」と尋ねるようになったのです。

一か月がたつころには、二人分のパックは1日10個前後、多い日には20個近く売れるようになっていました。

お客様からは、こんな声が届くようになりました。
「子どもが、ここの生姜焼きがいちばんって言うの」。
「疲れて帰った日に、コロッケとこれがあれば十分なんです」。

一方で、学生さんたちは相変わらず、コロッケだけを買って帰っていきます。
西村さんは、それでいいと考えました。
コロッケを頬張りながら帰っていく学生さんたちこそ、先代が守りたかった光景だからです。
全員に「ついで」を買ってもらう必要はありません。
必要としている人に、きちんと届けばいいのです。

思いがけない変化もあった

変化は、夕方だけではありませんでした。

午前中に来る年配のお客様が、二人分のパックを買っていくようになったのです。
「夫婦二人だと、大きいパックは余っちゃってね。このくらいがちょうどいいのよ」。

もともと夕方の仕事帰りの人を思い浮かべてつくった小さなパックが、昼間のお客様の困りごとまで解決していました。
お客様のことを具体的に考えてつくったものは、思わぬところで喜ばれることがあるものです。

パートさんたちにも変化がありました。
暑くなってきたある日、野口さんが提案しました。
「この時期は、生姜焼きより、さっぱりした塩だれのほうが売れる気がします」。

久保さんも、雨の日には「今日は雨だから、焼くだけのお肉が出ますよ」と、仕込みの量について助言してくれるようになりました。

「押し売りは嫌です」と言っていた久保さんが、いつの間にか、いちばん熱心にお客様の晩ごはんのことを考えるようになっていたのです。

うまくいかなかったこともあった

もちろん、すべてが順調だったわけではありません。

味付け豚肉が売れ始めたことに気をよくして、西村さんは種類を増やしてみました。
生姜焼き用に加えて、塩だれの鶏肉、みそだれの豚肉、焼肉用の牛肉。
冷蔵ケースはにぎやかになりました。

ところが、売れ行きは思ったほど伸びませんでした。
種類が増えると、お客様は迷います。
行列で並んでいる数分間に、四つの中から選ぶのは意外と大変なのです。
結局、売れ残ったパックを処分する日が続きました。

西村さんは、すぐに種類を絞りました。
いつも置くのは生姜焼き用だけにして、季節によってもう一種類を加える。
二種類までにしたのです。

「お客様の迷いを減らすための商品なのに、自分で迷わせてどうするんだ」。
西村さんは、そう言って苦笑いしていたそうです。

うまくいったことを広げたくなるのは、自然な気持ちです。
けれど、なぜうまくいったのかを見失うと、同じ商品でも力を失ってしまいます。
この店の場合、うまくいった理由は「考えなくて済む」ことでした。
その原点に立ち返れたことが、次の判断を助けたのではないでしょうか。

三か月後に見えていた景色

始めてから三か月ほどたったころ、西村さんは、もう一度レジ横で「正」の字を数えてみました。

コロッケだけを買って帰るお客様は、6割から4割台にまで減っていました。
夕方のお客様一人あたりの買い物の金額は、およそ1.4倍になっていました。

行列の長さは、以前とほとんど変わりません。
コロッケの数も減っていません。
それでも、月末に手元に残るお金は、少しずつ持ち直していました。
6万円の冷蔵ケースは、計算どおり2か月ほどで元を取っていました。

コロッケの値段は、今も90円のままです。

西村さんは、こう振り返っています。
「コロッケを守るためには、コロッケ以外を磨けばよかったんですね」。

そして、こうも話していました。
「もしこの先、じゃがいもがもっと高くなって、どうしても値上げが必要になったとしても、前みたいに怖くはないと思います。どの商品が何の役をしているか、今は分かっていますから」。

この言葉に、今回の取り組みのいちばんの成果が表れているように感じます。
手元に残るお金が増えたことはもちろんです。
けれどそれ以上に、西村さんは、自分のお店を自分の目で見て判断できる手応えを取り戻したのではないでしょうか。

西村さんの迷い方から学べること

西村さんは、決して迷わなかったわけではありません。
値上げで迷い、何を勧めるかで迷い、パックの量で迷い、冷蔵ケースで迷い、パートさんの声に迷いました。何度も立ち止まっています。

けれど、そのたびに、立ち止まったまま終わらせない工夫をしていました。

決めきれないときは、期限を決めて試してみる。
何を売るかで迷ったときは、お店の都合より先に、お客様がその時間に何に困っているかを思い浮かべる。
お金を使うかどうかで迷ったときは、何か月で取り戻せるか、駄目だったら何に使えるかを紙に書いてみる。
現場の反対にあったときは、押し切るのではなく、現場の人が自分の言葉で話せる形を一緒に探す。

どれも、特別な知識が必要なことではありません。
紙とペンと、少しの観察があればできることばかりです。
迷うのは、真剣にお店のことを考えている証拠だと思います。
大切なのは、迷いをなくすことではなく、迷いながらでも一歩を踏み出せる方法を持っておくことなのかもしれません。

自分のお店で試すなら、まずこの三つから

「うちは精肉店じゃないから」と思われた方もいるかもしれません。
けれど、この考え方は、小売店や飲食店に限りません。

たとえば車の整備工場なら、手ごろな値段のオイル交換が「入口の扉」になり、その後の点検や部品交換がお店を支える役になっていることがあります。
整体院であれば、はじめての方向けの体験が入口となり、その後の継続的な施術が支え役になります。
業種は違っても、「人を呼ぶ仕事」と「店を支える仕事」の役割分担は、多くの商売に隠れているのではないでしょうか。

そのうえで、まずは次の三つから始めてみるのも一つです。

一つ目は、よく売れている商品やサービスを10個ほど書き出すことです。
その横に、一つ売れたら手元にいくら残るかを書いてみてください。
正確でなくてかまいません。
仕入れ値や材料費をざっくり引くだけでも、見えてくるものがあるはずです。
西村さんのように、手間のかかる商品には小さく印をつけておくと、帳簿には映らない重さも見えてくると考えられます。

二つ目は、それぞれの商品に「役割」をつけることです。
人を呼ぶ役なのか、店を支える役なのか。
あるいは、どちらの役目も果たしていないのか。
そして、人を呼ぶ役の商品を買いに来た人が、その後に何に困っているのかを思い浮かべてみてください。
支える役の候補は、意外と冷蔵ケースの奥のような、目立たない場所に眠っているかもしれません。

三つ目は、「呼ぶ役」を買った人が、次に「支える役」に手を伸ばしやすくなる工夫を、一つだけつくってみることです。
置き場所でも、量でも、組み合わせでも、一言の声かけでもかまいません。
一度にたくさん変えようとせず、一つだけ試してみる。
期限を決めて、一週間ほど数を数えて確かめてみる。
この小さな繰り返しが、判断に自信を与えてくれるはずです。

一つだけ、気をつけたいことがあります。
支える役の商品は、ただ高く売ればよいわけではありません。
お客様にとって「一緒に買うと便利」「これがあるとうれしい」と感じられるものでなければ、長くは続かないと考えられます。
儲けの組み合わせは、お客様の暮らしに寄り添う組み合わせであってこそ、力を発揮するのです。

まとめ:一つひとつではなく、「全体」で見てみる

経営者の方は、一つひとつの商品に、深い思い入れを持っています。
自分で考え、手をかけて育ててきた商品ですから、当然のことです。
だからこそ、「この商品で損をしてはいけない」「この値段を変えてはいけない」と、一人で抱え込んでしまうことがあります。

けれど、お店の商品は、一人で戦っているわけではありません。
人を呼ぶのが得意な商品もあれば、黙々と家計を支える商品もある。
それぞれが持ち場を守り、支え合うことで、お店全体が元気になっていきます。

もし今、「売れているのに残らない」と感じているなら、それはお店が悪いのではなく、商品の役割分担が少しずれているだけかもしれません。
そして、そのずれは、紙とペンと一週間の観察で、案外見えてくるものです。

大切にしてきた看板商品を守るためにこそ、お店全体の組み合わせを見直してみる。
今日の閉店後、よく売れる商品を10個書き出すところから、始めてみてはいかがでしょうか。
その一枚の紙が、モヤモヤを次の一手に変えるきっかけになるはずです。

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