利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「ないもの」が実は強みになる ― 中小企業経営者のための発想の転換

「ないもの」が実は強みになる ― 中小企業経営者のための発想の転換

弱みだと思っていたものが、実は強みだったという話

「うちには何もない」と感じたことはありませんか

大きな会社を見ていると、つい比べてしまうことがあります。
立派な店舗、豊富な資金、長年かけて築いてきた取引先とのつながり、専門の担当者がそろった組織。
そうしたものを持たない自分の会社を、どこか物足りなく感じてしまう。
夜遅くまで一人で帳簿と向き合いながら、「うちはまだまだだ」とため息をついたことのある経営者の方は、少なくないのではないでしょうか。

実際、税理士として長年、多くの中小企業の経営者の方とお話をしていると、「うちには大手のような設備がない」「うちには専門の担当者がいない」「ホームページ一つ、満足に作れていない」といった言葉を、数えきれないほど耳にしてきました。
ないものを数えれば数えるほど、気持ちが沈んでしまう。そのお気持ちは、とてもよく分かります。

けれども、少し立ち止まって考えてみると、「持っていないこと」が、実は思いがけない強みになっている場合があるのです。
むしろ、規模の大きな会社が持っている「立派なもの」の方が、変化の激しい今の時代には、かえって重荷になっていることさえあります。
今日は、この一見不思議に思える考え方について、身近な例を交えながら、一緒に考えてみたいと思います。

なぜ「持っていないこと」を弱みだと思ってしまうのか

私たちは、何かを比べるとき、つい「持っている量」で判断してしまいがちです。
店舗の数、社員の人数、設備の新しさ、取引先の顔ぶれ。目に見える形になっているものは分かりやすく、比較もしやすいからです。

そのため、大きな競合を前にすると、「あちらは持っていて、うちは持っていない」という引き算の発想になりやすいのだと考えられます。
これは決して不思議なことではなく、経営者であれば誰もが一度は感じる、ごく自然な反応だと言えるでしょう。

しかし、ここで一つ、見落としがちな視点があります。
それは、「すでに持っているもの」が、時として身動きを取りにくくする重荷にもなる、という点です。

たとえば、長年同じ機械を使い続けてきた工場を思い浮かべてみてください。
その機械は確かに、これまで会社を支えてきた大切な財産です。
けれども、もっと効率のよい新しい機械が登場したとき、「せっかく大金をかけて導入したのだから」という思いが、切り替えの決断を鈍らせることがあります。すでに投じてしまったお金や労力があると、たとえそれが今の状況に合わなくなっていても、もったいなくて手放せない。
そういう心理が働くことは、想像に難くないのではないでしょうか。

つまり、大きな会社の「持っているもの」は、強みであると同時に、変化を難しくする足かせにもなり得るのです。
積み上げてきた実績が大きければ大きいほど、方向転換のときに支払う代償も大きくなる。
これは、規模の大きさゆえに抱える、いわば宿命のようなものかもしれません。

税理士という仕事柄、決算書を拝見する機会が多くあるのですが、決算書には、会社が持っている建物や機械、在庫といったものは、金額としてはっきりと記されています。
けれども、「身軽に方向転換できる力」や「新しいことを素直に受け入れられる社風」といったものは、どれだけ会社にとって大切な財産であっても、決算書のどこにも数字としては表れません。
目に見える資産ばかりに気を取られていると、目に見えないこうした財産の存在を、つい見落としてしまうのではないでしょうか。

見方を変えると気づくこと ― 「持たない」身軽さ

ここで発想を少し変えてみましょう。
もし、あなたの会社に、大きな設備や長年の仕組みがまだ整っていないとしたら、それは裏を返せば、「まだ何にも縛られていない」ということでもあります。

守るべき過去の投資がない。変えるのを惜しむような、積み上げてきた仕組みもない。
だからこそ、新しいやり方を、社内の誰の顔色をうかがうこともなく、すぐに試すことができる。
これは、規模の小さな会社だからこそ持てる、身軽さと言えるのではないでしょうか。

たとえば、長く続く老舗の店ほど、昔からのやり方や、常連のお客様との約束事に縛られて、新しい試みに慎重にならざるを得ない場面があります。
一方、開業したばかりの店には、そうしたしがらみがまだありません。
守るものが少ないぶん、思い切った工夫を、気軽に試せる。これもまた、「持たない身軽さ」の一つの表れだと考えられます。

もちろん、これは「何もなくてよかった」と開き直るための話ではありません。
持っていないことを、そのまま強みに変えられるわけではなく、それをどう活かすかを考えて、初めて意味を持つのだと思います。
まずは、自社が「まだ持っていないもの」を一つずつ書き出してみて、その一つひとつが本当に弱みなのか、それとも身軽さの裏返しなのかを見つめ直してみる。そんなところから始めてみるのも一つではないでしょうか。

事例:木村さんの小さな学習塾

ここで、ある学習塾の話をご紹介したいと思います。

木村さんは、地方都市で小さな学習塾を一人で経営していました。
近くには、全国に何十校も展開する大手の学習塾があります。
大手は立派な校舎を持ち、長年かけて作り上げた決まったカリキュラムがあり、テレビや折り込みチラシでの宣伝にも力を入れています。
木村さんは開業した当初、「うちには校舎もカリキュラムも、宣伝にかけるお金もない。太刀打ちできるはずがない」と、ずっと感じていたそうです。
生徒がなかなか集まらない時期には、自分の力不足を責めることもあったといいます。

ところがある時、木村さんは考え方を変えてみることにしました。
大手の塾が長年使ってきた決まったカリキュラムは、確かに実績のある仕組みです。
けれども、それは同時に「簡単には変えられないもの」でもあります。
多くの生徒に同じ授業を届けるために作られた仕組みだからこそ、一人ひとりに合わせて内容を変えることが難しいのです。
ある保護者から、「うちの子だけ進み方が違うのに、みんなと同じ教材を使わされている」という声を聞いたとき、木村さんは、そこに自分の塾の可能性を見出しました。

木村さんには、守るべき決まったカリキュラムがありませんでした。
だからこそ、生徒一人ひとりの得意なところ、苦手なところに合わせて、その場で教え方を変えることができたのです。
これは、大きな仕組みを持たない木村さんだからこそできる、柔軟な指導でした。
少しずつ、「うちの子に合わせて教えてくれる」という評判が、口コミで広がっていったそうです。

さらに木村さんは、新しく塾を手伝ってくれる先生を探すとき、興味深い経験をしました。大手塾で長く教えていたベテランの先生に来てもらったところ、その先生はどうしても、長年慣れ親しんだ大手流の教え方から抜け出せませんでした。
頭では木村さんの方針を理解していても、いざ授業になると、つい昔ながらのやり方に戻ってしまうのです。
一方で、教えることが初めてという若い先生にお願いしたところ、木村さんが考えた新しいやり方を、驚くほどすんなりと受け入れて実践してくれたそうです。

木村さんは、このときこう感じたといいます。
「経験がないことは、これまで教えることが下手だという意味ではなく、古いやり方に染まっていないという意味なのだ」と。
持っていないことは、必ずしも足りないことではなく、まっさらな状態で新しいことを始められる、という強みでもあったのです。

それから数年たった今、木村さんの塾は、生徒の数こそ大手にはかないませんが、「うちの子に合った教え方をしてくれる」という評判で、地域では知られる存在になりました。
木村さんは、当時を振り返ってこう話しています。
「もし最初から立派な校舎と決まったカリキュラムがあったら、きっとそれを守ることに必死になって、今のやり方には辿り着けなかったと思います」。
持っていなかったからこそ、自由に形を作ることができた。
木村さんの言葉には、そんな実感がにじんでいました。

経験がないことが、学びの速さになる

木村さんの塾の例からも分かるように、経験や実績が豊富であることは、多くの場面で確かに頼もしいものです。
しかし、新しいことに挑戦する場面に限っていえば、話は少し違ってきます。

長く同じやり方に慣れてきた人ほど、無意識のうちに、これまでのやり方を基準にして物事を考えてしまいます。
新しい方法を教わっても、頭では理解していても、体がこれまでの癖から抜け出しにくい。
これは、その人の努力が足りないからではなく、長年積み重ねてきた経験そのものが持つ、自然な性質だと考えられます。
長く続けてきたことほど、手放すのが難しいのは、人も会社も同じなのかもしれません。

反対に、まだ何も積み重ねていない人は、比べるための過去を持っていません。
教わったことを、そのまま素直に受け止めることができます。
新しいことを始めるときには、この「まっさらであること」が、思いのほか大きな力になるのではないでしょうか。

これは、社員の育成を考えるときにも、参考になる視点だと思います。新しい取り組みを社内に広めたいとき、経験豊富なベテラン社員に任せることが必ずしも近道とは限りません。
むしろ、まだ固定観念を持たない若手や、これから会社に加わる方に最初に取り組んでもらうほうが、案外すんなりと根づくこともあるのです。
もちろん、経験の浅い方に任せきりにするのではなく、周りが後押しをしながら見守ることも、忘れてはならない大切な点だと思います。

一歩を踏み出すために ― 自社の「ないもの」を見つめ直す

ここまでお話ししてきたことを、実際の経営に活かすには、どうすればよいのでしょうか。
難しく考える必要はなく、まずは紙に一言書き出してみることから始めてみるのも一つではないでしょうか。

「うちの会社に足りないもの」を、思いつくままに挙げてみてください。
次に、その一つひとつについて、こう問いかけてみます。
この「ないもの」は、本当に自分たちを不利にしているのだろうか。
それとも、それがないからこそ、身軽に動ける部分があるのではないだろうか、と。

たとえば、自社に大きな組織がないなら、意思決定の速さという形で、その身軽さが表れているかもしれません。長年のやり方に縛られた社員がいないなら、新しい取り組みを受け入れてもらいやすい土壌が、すでにあるのかもしれません。
こうして一つずつ見つめ直していくと、これまで弱みだと思い込んでいたものの中に、案外多くの可能性が隠れていることに、気づかれるのではないかと思います。

また、この問いかけは、一人で抱え込むよりも、社員の方や、顧問税理士のような外部の立場の人と一緒に考えてみると、より深まりやすいものだと感じています。
日々現場にいると、当たり前になりすぎて気づけないことも、少し離れた立場から見ると、案外はっきりと見えてくるものだからです。
ふだんの数字の話だけでなく、こうした発想の棚卸しについても、身近な専門家に相談してみるのも、一つの方法ではないでしょうか。

まとめ ― 足りないものを数えるより、自由にできることを探してみませんか

会社を経営していると、どうしても「うちには何が足りないか」という目で、自分たちを見てしまいがちです。
大きな会社と比べれば比べるほど、その気持ちは強くなるかもしれません。

けれども、今日お話ししたように、「持っていないこと」は、そのまま弱みだと決めつけるには、少しもったいない面があります。
守るべき過去の投資がないからこそ、新しいことを軽やかに試せる。
積み重ねてきた癖がないからこそ、新しいやり方を素直に受け止められる。
そう考えると、規模の小さな会社にも、大手にはない強みが確かにあるのだと思えてきます。

もちろん、これは楽観的に構えていればよい、という単純な話ではありません。
持っていないものを強みに変えるためには、その身軽さを活かして、実際に一歩を踏み出してみることが欠かせないからです。
まずは、自社が「持っていない」と感じているものを一つ挙げてみて、それが本当に弱みなのか、それとも自由に動ける余地なのか、じっくり考えてみるところから始めてみるのも一つではないでしょうか。

足りないものを数える時間を、少しだけ、自由にできることを探す時間に変えてみる。
それだけで、経営に対する気持ちが、いくらか軽くなるのではないかと思います。

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