利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「素晴らしい工場でした」で終わらせないために ― 他社から本当に学ぶということ

「素晴らしい工場でした」で終わらせないために ― 他社から本当に学ぶということ

視察に何度行っても、会社が変わらない理由

バスを連ねての見学会、その後に何が残るか

話題になっている会社の工場や店舗に、大型バスを何台も連ねて、何十人もの社員が見学に訪れる。
そんな光景を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

同業者団体や商工会の研修として企画されることも多く、参加された経営者の方にお話を伺うと、皆さん一様に「勉強になりました」「刺激を受けました」とおっしゃいます。
実際、その場では驚きや発見があり、心から感心されているのだと思います。

しかし、少し意地悪な質問かもしれませんが、こう伺うことがあります。
「その見学で得たことを、実際に自社の現場で形にできましたか」。
すると、多くの方が言葉に詰まってしまわれます。
見学の記憶は残っていても、それが自社のやり方を変えるところまでは至っていない、というケースが実に多いのです。

これは、見学された経営者の努力が足りないという話では、決してありません。
むしろ、「視察」という仕組みそのものに、学びが浅くなってしまう理由が隠れているのではないか。
私は税理士として長年、中小企業の経営者の方々とお付き合いする中で、そう感じるようになりました。

なぜ、見学だけでは会社は変わらないのか

見学がうまく現場に生きない理由は、いくつか考えられます。

一つは、見学が「感想を持ち帰る場」で終わってしまいやすいことです。
トップ同士、あるいは幹部同士が案内を受け、説明を聞き、質疑応答をして帰る。
この形では、どうしても表面的な情報しか得られません。
工場のレイアウトや設備は目で見て分かりますが、なぜそのやり方にたどり着いたのか、途中でどんな失敗をしたのか、日々どんな小さな工夫を積み重ねているのか。
こうした本当に価値のある部分は、案内される側からは見えにくいものです。

もう一つは、持ち帰った学びを、現場で実行に移す仕組みが自社にないことです。
経営者が「あの会社はこうしていた、うちも取り入れよう」と考えても、実際に手を動かすのは現場の社員の方々です。
トップが感動して帰ってきても、その熱量をそのまま現場に伝えることは簡単ではありません。
伝言ゲームのように、間を通るたびに熱意も具体性も少しずつ薄れていってしまうのです。

そしてもう一つ、意外と見落とされがちなのが、「困ったときに、また相談できる相手がいない」という点です。
見学の日は素晴らしい話を聞けても、後日、自社で似たような課題にぶつかったとき、もうその会社に電話をして詳しく尋ねるような関係にはなっていません。一期一会で終わってしまうのです。

つまり、学びが浅くなる本当の原因は、経営トップ同士の一度きりの交流だけに頼ってしまっていることにあるのではないでしょうか。
組織と組織が本当につながるためには、日々の仕事を実際に担っている現場の方々同士が、気軽に声を掛け合える関係を築くことが欠かせないように思います。

ある印刷会社の挑戦

仮に鈴木さんとしておきましょう。地方都市で印刷会社を営む、社員十二名の経営者です。

鈴木さんの会社は、長年、地域の企業や自治体からチラシやパンフレットの印刷を請け負ってきました。
しかし近年、注文の単価が下がり、納期の要求は厳しくなる一方で、鈴木さんは「このままではじり貧になる」という危機感を強く抱いていました。

そんなとき、業界団体の研修で、生産効率の高さで評判の印刷会社を見学する機会がありました。
鈴木さんも社員数名を連れて参加し、無駄のない作業動線や、機械の稼働率を高める工夫に大いに感心して帰ってきたそうです。
「うちも見習おう」と社員に呼びかけましたが、数か月経っても現場の作業のやり方はほとんど変わりませんでした。
見学先の会社と自社とでは扱う印刷物の種類も、機械の型式も違います。何をどう真似ればよいのか、現場の担当者にはうまく落とし込めなかったのです。

このとき鈴木さんが取られた次の一手が、印象に残っています。
鈴木さんは、見学先の社長と個人的に親しくなっていたこともあり、思い切ってこう提案しました。
「うちの現場担当と、そちらの現場担当とで、一度勉強会をやらせてもらえませんか」。

先方も快く応じてくれ、両社の印刷オペレーターや工程管理を担当する社員が数名ずつ集まり、実際の作業の悩みを持ち寄る勉強会が開かれました。
トップ同士の視察のときとは違い、現場の担当者同士ですから、話される内容もぐっと具体的です。
「この紙質のときの色合わせで苦労している」「機械の段取り替えに時間がかかりすぎる」といった、日々の作業に根差した悩みが次々と共有されました。

さらに鈴木さんが工夫したのは、勉強会のあとに、簡単な懇親の場を設けたことです。
堅苦しい会議室を離れ、居酒屋で軽く一杯やりながら、仕事の話も雑談も交えて話す時間をつくりました。
この場で、両社の現場担当者同士が個人的に連絡先を交換し、「困ったらいつでも連絡してください」という関係ができあがったのです。

数か月後、鈴木さんの会社で、ある印刷機のトラブルが起きました。
原因がなかなか分からず、現場は頭を抱えていたそうです。
そのとき、担当者の一人がふと思い出し、「そういえば、あのとき仲良くなった人に聞いてみよう」と、勉強会で知り合った先方の担当者に電話をかけました。
すると、同じような症状を経験したことがあるとのことで、原因の見当がすぐについたそうです。
結果として、外部の業者に修理を依頼する前に、社内で問題を解決することができました。

鈴木さんはこの出来事を振り返って、こうおっしゃっていました。
「見学に何度行っても得られなかったものが、現場同士のちょっとした付き合いから生まれた。あのとき懇親の場を設けておいて本当によかった」。

現場同士がつながる場を、どうつくるか

鈴木さんの事例から見えてくるのは、他社から本当に学ぶためには、トップ同士の交流だけでなく、現場を担う方々同士が直接つながる機会をつくることが大切だ、ということではないでしょうか。

とはいえ、「他社の現場担当者と勉強会を開きましょう」と言われても、何から始めればよいか分からない、という方も多いと思います。
ここでは、比較的取り組みやすいと考えられる進め方をいくつかご紹介します。

まず考えられるのは、すでにお付き合いのある取引先や、同業者団体で知り合った経営者仲間に、率直に声をかけてみることです。
大がかりな企画を立てる必要はありません。
「うちの現場担当と、そちらの現場担当とで、一度悩みを話し合う場を持ちませんか」と、経営者同士のちょっとした立ち話から始めてみるのも一つです。
案外、相手も同じようなことを考えていた、ということは少なくありません。

次に大切なのは、勉強会そのものよりも、そのあとの時間かもしれません。
鈴木さんの例でも分かるように、堅い会議形式の場だけでは、担当者同士の個人的なつながりまでは生まれにくいものです。
軽い食事や懇親の時間を、あえて用意しておくことが、後々の「ちょっと相談してみよう」という関係につながっていくのだと考えられます。

また、こうした場を一度きりで終わらせないことも大切です。
年に一、二度でも構いませんので、定期的に顔を合わせる機会を続けていくと、担当者同士の信頼関係は少しずつ厚みを増していきます。
人と人との関係は、一度の出会いよりも、繰り返しの積み重ねによって深まっていくものだからです。

最後に、経営者ご自身の役割についても触れておきたいと思います。
現場同士の交流を後押しするのは、あくまで経営者の仕事です。
「あの会社の担当の方と、一度話してみたらどうか」と、経営者が現場の背中を押してあげることで、社員の方も一歩を踏み出しやすくなります。
現場任せにするのではなく、経営者がきっかけをつくり、あとは現場に委ねる。
この役割分担が、うまく機能する交流には欠かせないのではないでしょうか。

まとめ ― 交流を「点」から「線」へ

見学や視察そのものが無意味だというわけでは、決してありません。
他社の取り組みを実際に目にすることは、自社を見つめ直すよいきっかけになります。
ただ、それだけで終わらせてしまうのは、少しもったいないように思うのです。

見学が一度きりの「点」の出来事だとすれば、現場同士の継続的なつながりは、時間をかけて伸びていく「線」だと言えるかもしれません。
線としてのつながりがあれば、困ったときにすぐ相談できる相手ができ、日々の小さな工夫も自然と行き来するようになります。

社員数十名に満たない会社であっても、いえ、そうした規模の会社だからこそ、経営者の一言がきっかけとなって、現場同士の関係を築くことができるのではないでしょうか。
大きな予算も、特別な仕組みも必要ありません。
まずは信頼できる取引先や同業者に、ひと声かけてみることから始めてみるのも一つの方法だと思います。

その小さな一歩が、いつか鈴木さんの会社のように、思わぬ場面で会社を支える力になってくれるかもしれません。

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