利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

ブランドとは「記憶に残る、ほっとする感覚」である

ブランドとは「記憶に残る、ほっとする感覚」である

小さな会社ほど、ブランドで選ばれる

顧問先の経営者の方とお話ししていると、こんな言葉をよく耳にします。
「うちみたいな小さな会社に、ブランドなんて大げさな話は関係ないですよ」と。

そのお気持ち、よくわかります。
ブランドと聞くと、多くの方はメルセデス・ベンツやエルメスのような、高級で憧れの対象になる会社を思い浮かべるのではないでしょうか。
だとすれば、日々の資金繰りや採用、値上げの判断に頭を悩ませている経営者にとって、ブランドは自分たちとは縁遠い、大企業だけの話に思えて当然だと思います。

けれども、製造業から保育園まで、様々な業種の経営者の方と長年お付き合いさせていただく中で、私が感じてきたことがあります。
それは、ブランドとは決して大企業だけのものではない、ということです。

税理士という仕事をしていると、経営者の皆さんの数字の悩みだけでなく、その裏側にある悩みに触れる機会が少なくありません。
値上げをすべきか、店を変えるべきか、この人を採用すべきか。
誰にも相談できないまま、一人で決断を重ねていらっしゃる方をたくさん見てきました。
今日お話しするブランドの話は、そうした日々の判断を少し軽くするヒントになるのではないかと思い、書かせていただくことにしました。

ブランドの正体は「記憶に残る、ほっとする感覚」

結論から申し上げると、ブランドとは、お客様の記憶に残る「ほっとするような感覚」のことだと、私は考えています。
難しい理論ではなく、もっと身近な、誰もが持っている感覚の話です。

有名な話があります。
1975年、アメリカで「ペプシ・チャレンジ」という取り組みが行われました。
目隠しをした状態で、ペプシコーラとコカ・コーラを飲み比べてもらい、おいしいと感じた方に票を入れてもらうという試みです。
結果は、ペプシコーラの勝利でした。
当然、ペプシ社はこの結果を大々的に広告に使いました。

ところが、興味深いのはここからです。
ある大学の研究チームが、今度はラベルを隠さず、両方の商品名をきちんと見せた状態で同じ実験をしたところ、多くの人がコカ・コーラの方をおいしいと答えたのです。
しかも脳の状態を機器で調べてみると、ラベルが見えていないときはさほど反応がなかった脳が、「コカ・コーラ」という文字を目にした瞬間、好みや思い込みに関わる部分を活発に働かせ始めていたそうです。

これが意味するのは、私たちの「好き」という感覚は、味そのものよりも、これまで積み重ねてきた記憶に大きく左右されるということではないでしょうか。
子どもの頃、暑い日に飲んだコーラの、のどがスカッと鳴るあの感覚。
それを何度も味わい直すうちに、ラベルを目にしただけで、そのほっとするような感覚が自然とよみがえるようになる。
ブランドとは、記憶の奥に眠るその感覚を呼び起こす働きそのものであり、ロゴやマークは、感覚を呼び覚ますための小さなきっかけにすぎないのです。

私たちの日常にも、同じ仕組みがある

こう考えると、思い当たる節がある方も多いのではないでしょうか。

子どもの頃、近所の駄菓子屋のおばちゃんが、いつも「今日は何にする?」と笑顔で聞いてくれた記憶があるから、大人になった今でも、似たような小さな店構えを見かけると、なぜか足を止めたくなる。
以前、雨の日に自転車がパンクして困っていたとき、たまたま飛び込んだ自転車店の店主がすぐに直してくれたことがあると、その店の前を通るたびに「何かあったらここに頼めば安心だ」と自然に思うようになる。
出張先や旅先で、地元でいつも通っている理容室や美容室と同じ系列の看板をふと見かけただけで、なぜかほっとする、という方も多いのではないでしょうか。

商店街で長く続く豆腐店では、パックの包装紙に、創業当時から変わらない屋号の焼き印が必ず押されているのだそうです。
常連のお客様は、その焼き印があることで「いつもの、あの味だ」と安心して手に取ることができる。
ところが以前、包装を簡素化しようとその焼き印を省いてみたところ、なじみのお客様から「何だか違う気がする」と戸惑いの声が上がり、慌てて元に戻した、という話を聞いたこともあります。
目立たない小さな印ひとつにも、積み重ねてきた記憶が宿っているということです。

つまりブランドとは、規模の大小に関わらず、「またあの店に行きたい」「あの人にお願いすれば安心だ」という、お客様の記憶に積み重なった、ほっとするような感覚のことなのです。
大企業だけが持っている特別な資産ではなく、お客様と長く関わってきた会社であれば、規模を問わず、すでにその種を蒔いているのではないでしょうか。

これは、店頭でお客様と接する仕事に限った話でもありません。
製造業の顧問先の社長が、以前こんなことをおっしゃっていました。
「取引先が急なトラブルのときに、真っ先にうちへ電話をかけてくる。それは値段の安さじゃなくて、あのとき無理を聞いてくれたという記憶があるからだと思う」と。
保育の現場で働く経営者の方からは、「保護者の方が、お子さんが卒園して何年も経ってから、ふらっと挨拶に立ち寄ってくださる」という話を伺ったこともあります。
業種は違っても、根っこにあるのは同じ、記憶に残るほっとするような感覚なのだと思います。

そして私は、こうした記憶を積み重ねる力は、むしろ小さな会社の方が持っているのではないかと感じています。
大企業は、広告や大量の情報でブランドを作ろうとします。
けれども、目の前のお客様お一人おひとりと直接顔を合わせ、言葉を交わし、困りごとに向き合えるのは、小さな会社ならではの強みです。日々の何気ないやり取りの一つひとつが、実はブランドづくりそのものになっている。
経営者ご自身が気づいていないだけで、すでに多くのお客様の中に、大切な記憶を残していらっしゃるのではないでしょうか。

実を言うと、これは税理士のような士業にとっても他人事ではありません。
決算書の作り方や税金の計算方法は、どの事務所に頼んでも大きくは変わらないでしょう。
それでもお客様が「またこの人に相談したい」と思ってくださるとすれば、それはきっと、専門知識そのものよりも、困ったときに親身に話を聞いてもらえた、という記憶があるからだと思います。
数字を扱う仕事であっても、最後にお客様の心に残るのは、やはり気持ちのやり取りなのだと、日々感じています。

数字には表れない、経営判断の重さ

私は税理士という仕事柄、日々、数字と向き合っています。売上、利益、資金繰り。もちろんそれらはとても大切ですし、これなくして会社は続きません。
けれども、決算書のどこにも「お客様がこの店をどんな気持ちで思い出しているか」という項目はありません。

以前、20年以上、地元で定食屋を営んでいらっしゃる方からご相談を受けたことがあります。
周辺に競合店が増え、そろそろ店を新しくしたい、とのことでした。
設備投資にかかる資金繰りについて、一緒に数字を詰めていく作業を何度か重ねたのですが、ある日その方はふと、手を止めてこうおっしゃいました。
「新しくするのはいいけれど、常連さんが『あれ、前と違うな』と離れていってしまわないか、それが一番怖いんです」。

このとき、私は改めて感じました。
経営者という立場は、こうした答えのない問いを、いつも一人で抱えていらっしゃるのだと。
従業員の方にも、ご家族にも、なかなか打ち明けにくい迷いというものがあります。
設備は古くなれば、いずれ直さなければなりません。
それは経営として当然の判断です。
けれど、古い木のカウンターや、色あせた暖簾に、お客様が長年かけて、ほっとするような感覚を記憶の中に重ねてきていることもある。
どこまで変えて、何を残すか。誰かに正解を教えてもらえるものではなく、その判断の重さは、外からは見えにくいものです。
数字の相談を受けているつもりが、実はその方が本当に抱えていらっしゃったのは、こうした孤独な問いだったのかもしれません。

こういうとき、正解を出すことよりも、まず誰かに話していただくことに意味があるのではないかと、私は思っています。
一人で抱え込んでいる間は、堂々巡りになりがちな問いも、言葉にして誰かと一緒に眺めてみると、案外、進むべき方向が見えてくるものです。

正直に申し上げると、数字だけを見れば、全面的に新しくしてしまった方が、工期も費用も抑えられるという試算になっていました。
古い設備を部分的に残すというのは、業者さんとの調整も増え、決して合理的な選択とは言えません。
それでも私は、その方が語られた「常連さんが離れていかないか」という言葉の重みを、数字の横に置いておきたいと思いました。

結局その方は、厨房設備や衛生面はしっかり刷新しながらも、カウンターと暖簾はあえてそのまま残すことにされました。
オープン後、常連のお客様から「やっぱりここに来ると落ち着くね」と声をかけられたそうで、その電話口の声が、とても嬉しそうだったのを今でも覚えています。売上の数字にも、その後じわじわと表れてきました。

「ブランド」と「憧れブランド」は別のもの

ここで一つ、整理しておきたいことがあります。
世の中で「ブランド」というと、メルセデス・ベンツやシャネルのような「憧れブランド」のことだと思われがちです。
広告に関わる仕事をしている方でも、この二つを混同していることが少なくないと聞きます。

けれども、憧れブランドもまた、その根っこには、記憶に残るほっとするような感覚があります。
特別な日に袖を通した高級品の質感、大切な人から贈られたときの喜び。そうした感覚が積み重なって、「憧れ」という形になっているにすぎません。
順番としては、まずそのほっとするような感覚があり、その延長線上に憧れが生まれる、と考える方が自然ではないでしょうか。

つまり、あなたの会社にとって大切なのは、いきなり憧れの対象を目指すことではありません。
目の前のお客様お一人おひとりの記憶の中に、小さくてもいいので「ほっとするような感覚」を積み重ねていただくこと。
それこそが、ブランドづくりの本当の出発点なのだと、私は考えています。

大きな広告費をかけて、遠くにいる知らないお客様に憧れてもらう必要はありません。
すでに何年も、何十年もお客様と向き合ってこられた経営者の皆さんは、実はもうその出発点を、とうに歩き始めていらっしゃるのではないでしょうか。
日々の挨拶、ちょっとした気配り、困ったときに駆けつける対応。その一つひとつが、誰かの記憶の中に、静かに積み重なっています。

明日からできる、小さな問いかけ

もし今、経営判断の重さに一人で悩んでいらっしゃるなら、数字の話をする前に、一度こう自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。
「うちのお客様は、うちに何を求めて、どんな気持ちで帰っていかれるだろうか」と。

その答えは、決算書のどこにも載っていません。
けれども、日々お客様と接している経営者ご自身の中に、必ずヒントがあるはずです。
難しく考える必要はありません。
次にお客様とお話しする機会があれば、ぜひ聞いてみてください。
「うちの店の、どんなところが好きですか」「なぜ、うちを選んでくださったのですか」と。

きっと、数字だけでは見えてこなかった、あなたの会社の本当の強みが見えてくるはずです。
そしてそれは、これから何を変え、何を残すべきかを考えるときの、確かな道しるべにもなってくれるだろうと思います。

長年一人で判断を積み重ねてこられた経営者の皆さんは、すでに数えきれないほどの「ほっとするような感覚」を、お客様の記憶の中に残してこられたはずです。
どうかそのことに、もっと自信を持っていただきたいと思います。

数字を整えるお手伝いをするのが私の仕事ですが、その数字の向こう側にある、こうした記憶の積み重ねこそが、会社を長く続けていく本当の力になるのだと、私は信じています。
今日の決算の数字に一喜一憂するのも大切ですが、たまには少し立ち止まって、ご自身がお客様の記憶に積み上げてこられた「ほっとするような感覚」の方にも、目を向けてみてください。
きっとそこに、次の一歩を踏み出す勇気が見つかるはずです。

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