なぜあのお店は、価格が高くても選ばれ続けるのか
お客様は、あなたが思う理由で買っているわけではない
税理士として、多くの中小企業の経営者と長年にわたって向き合ってきました。
そのなかで、こんな言葉を何度となく耳にしてきました。
「うちの商品の品質には自信があるのに、なぜか売れない」「同業者と比べても、価格は負けていないはずなのに」と。
こうした悩みを聞くたびに、私が感じることがあります。
多くの経営者は「商品の良し悪し」「価格の高い安い」「立地が良いか悪いか」という軸でお客様の行動を考えがちです。
でも実際には、お客様がものを選ぶとき、その判断の多くは理屈ではなく、もっと感情的な部分から来ていることがあります。
その感情の奥にあるもの、つまり「お客様が言葉にはしていないけれど、心の底で求めているもの」のことを、マーケティングの世界では「インサイト」と呼びます。
少し難しい言葉ですが、簡単に言えば「お客様自身も気づいていない、購買行動の本当の動機」のことです。
この「本音の動機」を見つけることができると、商品づくりも、お客様への伝え方も、サービスの設計も、大きく変わってくるのではないでしょうか。
今日は、その「本音の見つけ方」について、一緒に考えてみたいと思います。
見えているのは「行動」、その裏に隠れているのが「気持ち」
まずは、日常の光景から考えてみましょう。
たとえば、文房具店でノートを選んでいるお客様を想像してください。
機能的にはどれも「紙に文字を書けるノート」で大きな差はないはずなのに、棚の前でかなりの時間をかけて表紙や手触りを確かめながら選んでいます。
なぜでしょうか。
それは、そのお客様にとってノートは「書く道具」というだけではないからです。
「毎日持ち歩くもの」「自分の時間をともにするもの」として、見た目や手触りが「自分らしいかどうか」を感じながら選んでいるのです。
これがインサイトです。
「文字を書きたい」という表面的な理由の裏に、「自分を表現したい」「毎日の時間を豊かに感じたい」という、もっと深い気持ちが潜んでいます。
お客様自身も、なかなか言葉にできない気持ちです。でもその気持ちが、実際の購買行動をあと押ししています。
経営者にとって大切なのは、「何が売れているか」という事実だけでなく、「なぜそれが選ばれているのか」という理由の奥にある「気持ち」を読み解こうとすることではないでしょうか。
同じ「気持ち」は、業界の壁を越えて広がっている
ここからが、経営を考えるうえで特に興味深い話になります。
お客様が持つ「本音の気持ち」は、特定の商品だけに向くわけではありません。
同じ気持ちが、まったく別の分野の商品やサービスにも宿ることがあります。
たとえば、こんな事例があります。
ある地域のネイルサロンが「あなただけのデザインカルテ」というサービスを始めました。
初回の来店時に丁寧なカウンセリングを行い、その方の好みのテイスト・生活シーン・爪の状態などを細かく記録しておいて、次回以降の来店ではそのカルテをもとにデザインを提案するというものです。
価格は周辺の同業店より少し高めに設定されています。
にもかかわらず、リピーターが着実に増え続けています。
なぜこのサービスが選ばれるのでしょうか。
それは「自分のことを、ちゃんと覚えていてくれた」「私のために考えてくれた」という気持ちが生まれるからです。
「担当者が私のことを把握してくれている」という安心感が、価格以上の価値に感じられるのです。
先ほどのノートを選ぶ気持ちと、根っこは同じではないでしょうか。
「自分らしいものを、自分のそばに置きたい」「自分のことをわかってくれるところと関わりたい」という気持ちです。
文房具もネイルサロンも、業種はまったく異なります。でも、お客様の心の奥にある気持ちは同じ一本の糸でつながっています。
「納得して選んだ」という感覚も、業種を超えて響く
もう一つ、別の「気持ち」を見てみましょう。
最近、フィットネスジムの料金プランが多様化していることに気づかれたでしょうか。
かつては「月々定額で使い放題」が主流でしたが、最近は「週2回・ヨガとストレッチのみ」「平日朝のプログラムだけ」など、利用パターンに合わせて自分で選べるプランが増えています。
手間がかかりそうなのに、なぜこうしたプランが支持されるのでしょう。
それは「自分が使う分だけ払っている」という感覚が生まれるからではないでしょうか。
使わないものにお金を払っていないという安心感、自分の生活に合わせて選んでいるという充実感、これが「腑に落ちる体験」につながっています。
この「納得して選ぶ気持ち」は、まったく別の分野にも現れています。
たとえば、お弁当の宅配サービスです。
かつては「日替わり定食コース」のような一括セットが主流でしたが、最近は「主菜を選べる」「アレルギーに対応する食材を除ける」「カロリー調整ができる」といったカスタマイズ型のサービスが人気を集めています。
同じ「お弁当の宅配」でも、「自分で組み合わせた」という体験があるだけで、受け取ったときの満足感が大きく変わります。
たとえ価格が少し割高になっても、「これは自分が選んだ組み合わせだから」という納得感が生まれるのです。
ジムのプランも、お弁当の宅配も、根っこにある気持ちは同じです。
「自分の生活に合ったものを、自分の意思で選んでいる実感」です。
バラバラな「気づき」を、一本の糸でつないでみる
ここまで、いくつかの例を見てきました。
ノートを選ぶ行動、ネイルサロンのカルテサービス、ジムの選べるプラン、お弁当のカスタマイズ。
業種も商品も、バラバラです。
でも、よく見ると、それぞれに共通した「気持ち」が流れています。
「自分らしさを感じたい」「自分のために選んでくれた、と感じたい」「自分で選んでいる実感を持ちたい」。
これが、一本の糸のようにすべてをつなぐ、お客様の「本音の気持ち」です。
経営者として大切なのは、こうした「一見バラバラに見える現象」の底に流れる共通の気持ちを見つけ出すことではないでしょうか。
それができると、「あのジムの発想は、うちのサービスにも使えるのでは」「あのお弁当屋さんのやり方を、うちの業種に置き換えたらどうなるか」という発想が生まれてきます。
業種が違うからこそ、新鮮な視点でヒントをもらえることがあります。
同業他社ばかりを見ていると、どうしても発想が似てきてしまいます。
他の業界の「なぜ売れているか」に注目することで、自分のビジネスを外側から眺める目線が生まれてくるのです。
「なぜだろう」という問いを、日常の習慣にする
では、実際にどうすればよいのでしょうか。
まずは、日々の生活のなかで「なぜこれは選ばれているのだろう」「なぜこのサービスは続いているのだろう」と問いを立てる習慣を、少しずつ育てていくことから始めてみるのも一つです。
答えをすぐに出そうとしなくても構いません。
「おもしろいな」「気になるな」と感じたことを、スマートフォンのメモアプリに書き留めておくだけでも、少しずつ「気づきの引き出し」が増えていきます。
そして、いくつかの気づきがたまってきたとき、それらに共通する「気持ち」を探してみてください。
「あ、これとこれは、実は同じことを言っているかもしれない」と気づく瞬間が、お客様の本音を読み解くヒントになります。
税理士として多くの経営者と話してきた経験から感じるのは、この「気づきをつなげる力」は、特別な才能ではないということです。
日々の観察と、少しの時間をかけた振り返りで、どなたでも育てることができます。
ある工務店を経営されている方が、こんなことを話してくれました。
お客様の家を訪問するたびに、その家の家具の配置や収納の工夫を観察するようにしていると。
「建築とはまったく関係のないインテリアの細部に、お客様が本当に大切にしていることのヒントが隠れている」と言うのです。
その観察眼が、次のリフォーム提案に活きているというわけです。
経営者として、日々の業務のなかでたくさんの情報に触れています。
その情報を「単なる情報」として流してしまうのは、もったいないことかもしれません。
「この気持ちは、うちのビジネスに使えないか」という視点を持つだけで、日常の景色が変わってくるのではないでしょうか。

まとめ ─ お客様の「本音」を探す旅に、今日から出かけよう
「なぜこの商品は売れているのか」「なぜこのサービスは選ばれ続けているのか」という問いは、経営をよくしていくうえで、とても大切な問いです。
でも、その答えは意外と「商品の外側」にあることが多いのです。
まったく別の業種の動き、日常の小さな出来事、お客様のなにげない行動。
そのなかに、共通する「気持ち」が隠れていることがあります。
その「気持ち」を見つけ、自分のビジネスに照らし合わせてみること。
それが、競合他社との違いをつくることでも、新しいサービスを生み出すことでも、大きなヒントになるのではないでしょうか。
難しく考える必要はありません。
「これはおもしろいな」「なぜだろう」という小さな問いから始めてみてください。
その積み重ねが、きっと新しい発見につながっていきます。
あなたのビジネスの次のヒントは、意外なところに、すでに隠れているかもしれません。
