「立派な経営者」を演じなくていい、という話
税理士として、これまでたくさんの中小企業の経営者の方とお話をしてきました。
その中でよく感じるのは、「もっと自分がしっかりしたリーダーにならなければ」と、ご自身を追い込んでいる方が意外と多いということです。
本やセミナーで紹介される「できる経営者像」を目にして、自分にはまだまだ足りないと感じる。
社員の前では堂々としていなければと、無理に強がってしまう。
そんな経験、ありませんでしょうか。
とくに、従業員が十名前後という規模の会社では、社長の一挙手一投足が、そのまま社内の空気を作ってしまいます。
だからこそ、「もっとしっかりしなければ」という気持ちは、規模の大きな会社の経営者以上に強くなりやすいのかもしれません。
けれど、経営の世界では近年、少し違う考え方が広がってきています。
それは、「立派なリーダーらしく振る舞うこと」よりも、「自分らしくあること」のほうが、実は大切なのではないか、という考え方です。
今日は、この考え方についてお話ししたいと思います。
「自分らしい経営」とはどういうことか
この考え方は、2000年代に入ってから、経営学の世界で注目されるようになりました。
提唱したのは、アメリカの大手医療機器メーカーで長く経営トップを務めた人物です。
彼が伝えたかったのは、「誰かの真似をするリーダーシップではなく、自分自身の経験や価値観に根ざしたリーダーシップこそが、本物の強さになる」ということでした。
つまり、「立派な経営者はこうあるべきだ」という型に自分をはめ込むのではなく、これまでの人生で培ってきた考え方や大切にしてきたことを、そのまま経営に生かしていく。
そういう姿勢のことを指しています。
これは、決して「好き勝手にふるまってよい」という意味ではありません。
むしろ逆で、自分の弱さも含めて正直に向き合い、そのうえで自分なりの判断基準を持つ、という意味に近いのではないかと考えられます。
ここは少し誤解されやすいところなので、補足しておきたいと思います。
「自分らしくあること」と「気分のままに振る舞うこと」は、似ているようでまったく別のものです。
気分で判断がころころ変わる社長では、社員は安心して働けません。
そうではなく、「自分は何を大切にしたいのか」という軸をはっきり持ち、その軸に沿って一貫した判断をする。
そのための土台として、自分の経験や価値観を大切にしましょう、という話なのです。
従業員を雇わずに一人で事業をされている方にとっても、この考え方は無縁ではありません。
相談相手が少ない分、つい「もっと事業家らしく振る舞わなければ」と気負ってしまいがちです。
けれど、お客様が最終的に信頼を寄せるのは、型どおりの立派さよりも、その人ならではの誠実さや姿勢であることのほうが、実は多いのではないでしょうか。
なぜ今、この考え方が広がっているのか
背景には、経営とその人の人生を切り離して考えることが、だんだん難しくなってきた、という事情があるように思います。
以前は、「経営者としての顔」と「一人の人間としての顔」は別のものだ、という考え方が一般的でした。
会社では厳しく、家では違う自分でいる。
それも一つのあり方でしょう。
けれど、社員やお客様は、経営者のちょっとした言動から、その人が本当に大切にしているものを敏感に感じ取ります。
頭で覚えた「リーダーらしい振る舞い」は、余裕がなくなった時にどうしても崩れてしまうものです。
だからこそ、付け焼き刃ではない、その人自身の経験に根ざした考え方や姿勢のほうが、結果として周囲からの信頼につながりやすいのではないでしょうか。
この視点に立つと、経営者向けの研修やセミナーだけでリーダーを育てるには限界がある、ということも見えてきます。
研修で「理想の経営者像」を学ぶことは、もちろん無駄ではありません。
けれど、そこで学んだ型を、そのまま自分にあてはめようとすると、かえって苦しくなってしまうことがあります。
本当に自分の力になるのは、研修の内容よりも、自分自身がこれまでの人生でくぐり抜けてきた経験そのものなのかもしれません。
つらい経験こそが、経営者としての土台になる
面白いのは、自分らしい経営を実践されている方の多くが、人生の中で大きな苦労や挫折を経験している、という点です。
順風満帆な人生を歩んできた人よりも、一度信じていたものが揺らぐような経験をした人のほうが、経営者として芯のある判断ができるようになる。
そんな傾向があるように感じます。
これは、私が日々お会いする中小企業の経営者の方々を見ていても、うなずける話です。
少し具体的な例でお話ししてみます。
ある内装工事会社の話
ある経営者の方の事例を、一つご紹介します。
地方で内装工事の会社を営む二代目の経営者に、佐藤さん(仮名)という方がいらっしゃいました。
創業者であるお父様が病気で急に倒れ、佐藤さんは30代半ばで会社を継ぐことになります。
最初の数年は、とにかくお父様のやり方をそのまま真似ることに必死だったそうです。
お父様は、口数少なく、背中で示すタイプの経営者でした。
佐藤さんも同じように振る舞おうとしましたが、うまくいきません。
社員からは「何を考えているか分からない」と言われ、次第に距離ができていきました。
そんな中、長年付き合いのあった大口の取引先が、突然の経営破綻に見舞われます。
売上の三割近くを占めていた取引先でした。
資金繰りは一気に苦しくなり、佐藤さんは銀行を回り、頭を下げ続ける日々を送ることになります。
このとき、佐藤さんを支えたのは、意外にも社員たちでした。
普段あまり本音を話さなかった若手社員が、「一緒に乗り越えましょう」と声をかけてくれたそうです。
その言葉に救われた佐藤さんは、初めて社員たちに、資金繰りの実情や自分の不安な気持ちを、包み隠さず話すことにしました。
すると、それまで距離があった社員たちとの関係が、少しずつ変わっていきました。
経費を見直すアイデアを出してくれる人、新しい取引先を紹介してくれる人。
誰に言われるでもなく、みんなが自分ごととして会社の危機に向き合ってくれたのです。
半年ほどかけて、会社は少しずつ持ち直していきました。
売上が完全に元通りになったわけではありませんが、資金繰りの見通しは立つようになり、何より社内の空気が大きく変わりました。
以前は社長室にこもりがちだった佐藤さんが、現場に顔を出しては社員と雑談をするようになった。
すると、これまで表に出てこなかった現場の困りごとや、お客様からの細かな要望が、自然と佐藤さんの耳に届くようになっていったそうです。
この経験を通して、佐藤さんは気づきます。
「立派な経営者を演じる必要はなかった。むしろ、自分の弱さや不安を正直に伝えたほうが、社員はついてきてくれるのだ」と。
今では佐藤さんは、月に一度、社員全員と経営状況をオープンに話し合う場を設けています。
良いことも悪いことも隠さず共有する。数字が厳しい月は、正直に「厳しい」と伝え、どうすればよいかを一緒に考えてもらう。
この姿勢は、あの危機を乗り越えた経験がなければ、生まれなかったものだと佐藤さんは振り返っています。
お父様のやり方をそのまま真似ようとしていた頃には見えていなかった、佐藤さんならではの経営スタイルが、そこにはできあがっていました。
つらい経験は、後になって意味を持つ
先ほどの考え方を提唱した経営学者たちがよく紹介する話に、あるコンピューター会社の創業者のエピソードがあります。
その人物は、大学を中退したあと、興味本位で受けていた文字のデザインに関する授業がありました。
当時は何の役にも立たないと思っていたその知識が、十年後、自分たちの製品を作るときに大きく生きることになったといいます。
本人は、後にこう語っています。
「先を見通して、点と点をつなぐことはできない。できるのは、後から振り返って、あの経験とこの経験がつながっていた、と気づくことだけだ」と。
佐藤さんの資金繰りの苦労も、渦中にいるときは「なぜ自分だけが」と感じるつらい経験だったはずです。
けれど、後から振り返れば、それが社員との信頼関係を築くきっかけになった。
まさに、点と点がつながった瞬間だったのではないでしょうか。
これは何も、大きな危機を経験した人だけの話ではありません。
例えば、開業したばかりの頃にお客様からきつい叱責を受けた経験。
それがきっかけで接客の仕方を根本から見直した、という個人事業主の方もいらっしゃいます。
当時は落ち込むばかりだったその出来事が、今では「お客様の声を素直に受け止める」という、その方の経営の一番の軸になっているそうです。
経営をしていると、うまくいかないこと、恥ずかしい失敗、誰にも相談できない不安。
そうしたことがどうしても多くなります。
けれど、そうした経験の一つひとつが、実はのちのち、自分だけの経営スタイルを形づくる材料になっているのかもしれません。
今はまだ、その意味が見えていないだけで。
明日から、何を始めればよいか
とはいえ、「つらい経験を今すぐ探しましょう」というのは、少し違う話です。
大切なのは、これまでの経験を振り返り、そこにあった自分なりの気づきを、あらためて言葉にしてみることではないかと思います。
まずは、これまでの経営の中で一番苦しかった出来事を一つ思い出してみる。
それをどうやって乗り越えたのか、誰に助けられたのか、そのとき何を大切にしたのか。
紙に書き出してみるのも一つの方法です。
そして、その気づきを、少しずつ社員に伝えてみる。
完璧な経営者を演じるのではなく、今抱えている悩みや、これまでの失敗談を、正直に話してみる。
それだけでも、社員との関係は、少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
もちろん、いきなり全部をさらけ出す必要はありません。
まずは信頼できる一人の社員に、これまで話したことのなかった本音を打ち明けてみる。
そんな小さな一歩から始めてみるのも良いのではないかと思います。
また、月に一度でもよいので、経営状況を社員と共有する時間をつくってみるのも、一つの方法です。
数字の細かいところまで開示する必要はありません。
「今月はこういう理由で厳しかった」「来月はこんな見通しを持っている」といったことを、ざっくばらんに話すだけでも十分です。
佐藤さんのケースのように、それをきっかけに、社員の側から思いがけないアイデアが出てくることも少なくありません。
そしてもう一つ、大切にしていただきたいのは、「自分らしさ」を一人で見つけようとしないことです。
長年付き合いのある取引先や、顧問税理士のような、社外の立場から会社を見てくれる相手に、これまでの歩みを話してみる。
すると、自分では気づいていなかった「らしさ」を、相手のほうが先に見つけてくれることもあります。

おわりに
「立派なリーダーにならなければ」というプレッシャーは、多くの経営者の方が感じているものだと思います。
私自身も、税理士としてお客様と向き合う中で、そうしたプレッシャーを感じることがあります。
会社の規模が大きくなるほど、経営者は孤独になりやすいとよく言われます。
従業員が十名前後という規模ですと、社長という立場でありながら、現場にも近く、社員一人ひとりの顔がよく見える。
だからこそ、無理に立派な姿を演じるよりも、自分らしい距離感で社員と向き合うことのほうが、うまくいくことも多いのではないかと感じています。
けれど、本当に大切なのは、誰かの真似をすることではなく、自分自身がこれまで歩んできた道のりを、正直に受け止めることなのかもしれません。
うまくいかなかったこと、悔しかったこと、それでも乗り越えてきたこと。
そのすべてが、あなたにしか作れない、あなたらしい経営の土台になっているはずです。
もし今、自分らしい経営のかたちに迷っている方がいらっしゃったら、まずは過去の経験を振り返るところから、始めてみてはいかがでしょうか。
今日うまくいかなかったことも、恥ずかしくて誰にも言えなかった失敗も、いつか振り返ったときに、あなたらしい経営を支える大切な一点になっているかもしれません。
きっとそこに、これからの経営を支えるヒントが眠っているはずです。
