経営者が見落としがちな「人生と仕事」の関係
毎日が忙しすぎて、大事なことを後回しにしていませんか?
朝、事務所に来る。
メールを確認する。
スタッフから報告を受ける。
お客様への対応をする。
請求書を確認する。
気づけば夜。
そんな毎日を送っている経営者の方は、決して少なくないと思います。
私は税理士として、長年にわたって中小企業の経営者の方々とお話ししてきました。
その中で感じることがあります。
多くの経営者の方が、「今日のこと」に全力を尽くしながらも、どこか心の奥に「このままでいいのだろうか」という引っかかりを抱えている、ということです。
今月の売上は足りるか。
来月の支払いは大丈夫か。
あのスタッフとの関係をどうするか。
もちろん、それらはどれも大切なことです。
経営者として、日々の現実に向き合うことは避けられません。
しかし、ふと立ち止まって考えてみてほしいのです。
「毎日のこと」だけを考え続けることが、本当に「会社をよくすること」につながっているでしょうか?
「食う・着る・儲ける」だけの経営になっていないか
ある思想家の言葉があります。
現代人は、食うこと、着ること、儲けること、遊ぶこと―つまり生活の当面のことだけを考えて、それで人生を考えたつもりになっている、と。
これを経営に置き換えると、こうなります。
「売上を上げること、経費を抑えること、利益を出すこと、休暇を取ること―それだけを考えて、経営を考えたつもりになっている。」
もちろん、売上も利益も大切です。
それなくして会社は続きません。
しかし、売上を追いかけるだけでは、「どこに向かっているのか」が見えなくなる瞬間が来ます。
たとえば、こんな経営者の話を聞いたことがあります。
地方で小さな内装工事会社を経営するAさんは、創業から10年、ずっと「仕事を取る、こなす、支払う」の繰り返しでした。
売上はそれなりにありました。
スタッフも増えました。
でも、ある日ふと気づいたのです。
「自分は何のためにこの会社をやっているんだろう」と。
忙しいのに、達成感がない。
利益は出ているのに、前に進んでいる感覚がない。
それは、「当面のこと」だけを考え続けた結果、会社の「向かう先」を考えることを、ずっと後回しにしてきたからではないでしょうか。
「当面のこと」と「先のこと」、両方を考えることが経営
経営において、大切なことは二層構造になっています。
ひとつは「日々の経営」。
売上、コスト、人材、お客様対応。
これは毎日動かし続けなければならない車輪です。
もうひとつは「先の経営」。
自分の会社はどこへ向かっているのか。
何のために存在しているのか。
5年後、10年後にどんな会社でありたいのか。
多くの中小企業の経営者が、前者に追われて後者を考える時間が取れない。
これは、経営者が怠けているのではありません。
それだけ毎日の経営が大変だということです。
私はそのことを、深く理解しているつもりです。
しかし、こんな比喩はどうでしょう。
毎日一生懸命こいでいる自転車があります。
ペダルを止めたら倒れるから、必死にこぎ続けます。
でも、ふと顔を上げると、どこへ向かっているかわからない道を走っていた―そんなことはないでしょうか。
「先の経営」を考えるとは、たまに自転車を止めて、地図を広げて、「今どこにいて、どこへ行きたいのか」を確認する作業です。
それをしないまま走り続けると、どれだけ速くこいでも、ゴールには近づかないかもしれません。
「なぜこの仕事をしているのか」を問い直す意味
「先の経営」を考えるうえで、まず問い直してみてほしいことがあります。
「自分はなぜこの仕事をしているのか?」
これは、哲学的な問いに聞こえるかもしれません。
でも、実はとても実用的な問いです。
なぜなら、この問いへの答えが、会社の方向性を決めるからです。
採用の基準になります。
どんなお客様と付き合うかを決めます。
価格設定の考え方にも影響します。
別の事例をご紹介しましょう。
飲食業を営むBさんは、もともとサラリーマンでしたが、「地元のお年寄りが気軽に集える場所を作りたい」という思いから、小さな定食屋を開きました。
最初の数年は、この思いがそのまま経営の軸になっていました。
価格は抑えめで、ゆっくりできる席の配置、顔なじみのお客様との会話を大切にしていた。
ところが、経営が軌道に乗り始めると、「もっと回転率を上げたい」「単価を上げたい」と考えるようになりました。
それ自体は悪いことではありません。
しかし、いつの間にか「なぜこの店をやっているのか」という出発点が薄れていきました。
席の回転を速めたことで、ゆっくりしたいお客様が来なくなりました。
価格を上げたことで、年金暮らしのお客様が足を遠のかせました。
売上は変わらないのに、以前のような「ありがとう」という声が減っていった。
Bさんは、「当面のこと」を考えていたら、いつの間にか「大切なもの」を手放していたことに気づきました。
「先のこと」を考えるための、小さな一歩
「先の経営」を考えましょう、と言っても、「どうやって?」と思われるかもしれません。
大きな経営計画書を作る必要はありません。
コンサルタントを雇う必要もありません。
まずは、こんなことから始めてみるのも一つではないでしょうか。
月に一度、一人で「経営の時間」を作る
30分でも構いません。
手帳でも、ノートでも、スマホのメモでも。
次の三つの問いに、正直に向き合ってみてください。
①自分の会社は、今どんな状態にあるか?(現状)
②自分はどんな会社にしたいか?(理想)
③今の自分と理想のあいだにある、一番大きな差は何か?(課題)
これだけでいいのです。
答えが出なくてもいい。「わからない」という答えが出たなら、それ自体が大切な発見です。
難しく考える必要はありません。
ただ、「毎日のこと」から少し目を離して、「先のこと」に意識を向ける時間を作る。
それだけで、経営の見え方が変わってくることがあります。
「今日」と「先」の両方を見ている経営者が強い
「先のこと」を考えている経営者は、日々の判断が変わってきます。
たとえば、新しい仕事の依頼が来たとき。
「今月の売上になるかどうか」だけで判断していた人が、「これは自分の会社が目指す方向と合っているか」という視点も加えるようになります。
スタッフの採用でも同じです。
「今すぐ戦力になるか」だけでなく、「この人と一緒に、なりたい会社に近づいていけるか」を考えるようになります。
こうした変化は、一朝一夕には起きません。
しかし、「先を考える習慣」を少しずつ積み重ねることで、じわじわと経営の質が上がっていきます。
長年、多くの経営者を間近で見てきて、感じることがあります。
業績が安定していて、スタッフも定着していて、何より経営者自身が生き生きしている会社には、ある共通点があります。
それは、経営者が「なぜこの会社をやっているのか」を自分の言葉で語れる、ということです。
それは大げさな使命感でなくてもいい。
「地域の人に頼られる存在でいたい」「スタッフに誇りある仕事をさせたい」「自分が好きな技術で、お客様に喜んでもらいたい」―そんなシンプルな思いで十分です。

おわりに―毎日を一生懸命生きているあなたへ
毎日の経営を守ること、それ自体が素晴らしいことです。
売上を作り、スタッフに給料を払い、お客様に価値を届ける。これは、並大抵のことではありません。
ただ、その忙しさの中で、ときどき顔を上げてみてください。
「自分は何のためにこれをやっているのか」「この会社を、どんな場所にしたいのか」―その問いと向き合う時間は、けっして無駄ではありません。
むしろ、そこから経営の新しい景色が見えてくるかもしれません。
「当面のこと」を考えることと、「先のこと」を考えること。
この両方を持てたとき、経営者はより自由になれるのではないかと、私は思っています。
忙しい毎日の中で、少しだけ立ち止まる勇気を持ってみてください。
その時間が、あなたの会社の未来をひらくきっかけになるかもしれません。
