利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

なぜあの社長の言葉は社員に刺さるのか ― 理念を「生きた言葉」に変える一歩

なぜあの社長の言葉は社員に刺さるのか ― 理念を「生きた言葉」に変える一歩

社長の言葉が届くとき、届かないとき ― 「本気」が社員の心を動かす

壁に立派な額装で飾られた経営理念。
朝礼で毎回読み上げられる社訓。
そうしたものを用意していても、なぜか社員の表情が変わらない。
そんなもどかしさを感じたことはないでしょうか。
理念や方針は、間違っていないはずなのに、なぜか社員の心には届かない。
そんな経験を持つ経営者の方は、決して少なくないと思います。
逆に、決して上手な話し方ではないのに、なぜか社員の心にすっと入っていく社長もいます。
その違いは、どこにあるのでしょうか。
今回は、社長の言葉がどうすれば社員に届くのか、その理由と、明日から試せる小さな工夫について、一緒に考えてみたいと思います。

「話しても伝わらない」と感じたことはありませんか

中小企業の経営者の方とお話ししていると、こんな声をよく耳にします。
「うちにも理念はあるんです。でも、社員がそれを覚えているかと言われると、正直自信がありません」。
従業員が10名前後の会社では、社長と社員の距離は決して遠くありません。
毎日顔を合わせ、同じ現場で汗を流している。
それなのに、いちばん伝えたい大切な話ほど、うまく届いていない気がする。
そう感じている経営者の方は、実は少なくないのではないでしょうか。

朝礼で理念を読み上げているのに、社員の視線がどこか上の空になっている。
そんな光景に、心当たりのある方もいらっしゃるかもしれません。
それは、社員の方々が理念そのものに関心がないからではなく、その言葉が「毎日繰り返される決まり文句」になってしまい、意味を持たなくなっているだけ、ということが多いように思います。

これは、経営者としての努力が足りないから起きることではないと考えられます。
むしろ、日々の忙しさの中で、社長自身が「何のためにこの会社をやっているのか」を、じっくり言葉にする時間を持てていないだけ、ということが多いように思います。
目の前の仕事や資金繰り、人手不足への対応に追われるうちに、いちばん大切な話を後回しにしてしまう。
それは決して怠けているわけではなく、日々を回すことに全力を尽くしている証でもあります。
ああ、確かに従業員10名前後の会社の社長は、そういうものだよな、と思わされる場面に、私は何度も立ち会ってきました。

同じ言葉でも、届き方が違う理由

不思議なことに、まったく同じ内容の言葉であっても、誰が、どんな表情で、どんな声で語るかによって、聞き手の受け止め方は大きく変わります。
たとえば「お客様を大切にします」という一文。
額縁の中の印刷された文字として目にするのと、社長本人が言葉に詰まりながら、自分の実体験を交えて語るのとでは、同じ文字であっても、社員の心に残る重みがまったく違うはずです。

これは、経営理念そのものの出来不出来というよりも、その言葉に社長自身がどれだけ本気で向き合っているか、という点に関わっているのではないでしょうか。
きれいに整った言葉よりも、多少たどたどしくても、社長自身の実感がにじむ言葉のほうが、社員の記憶に残りやすい。
そう考えると、理念を語ることに苦手意識を持っている経営者の方にとっても、これは少し気の楽になる話かもしれません。
上手に話す必要はなく、ただ本気であればよいのですから。

とはいえ、社員の前で感情を見せることに、ためらいを覚える経営者の方も多いはずです。
弱さを見せてはいけない、涙を見せるなんてもってのほかだ。
そう思い込んでいる方も少なくないでしょう。
ですが、社員の側から見れば、いつも冷静で完璧に見える社長が、ふと本音をのぞかせる瞬間にこそ、信頼が生まれるのではないでしょうか。
完璧であろうとする姿勢よりも、不格好でも本気である姿のほうが、案外、人の心を動かすものです。

これは、大きな場での発表に限った話ではありません。
日々のちょっとした指示や声かけにも、同じことが言えます。
「これ、お願いします」という一言だけの指示と、「これ、急ぎで申し訳ないんですが、お客様が困っているので助かります」という一言が添えられた指示とでは、受け取る側の気持ちはまったく違うはずです。
理念というと大げさに聞こえますが、実際には、こうした日常の小さな一言の積み重ねの延長線上にあるものだと、私は考えています。

「作られた言葉」と「自分の言葉」の違い

多くの会社の経営理念は、開業時や節目の年に、外部の専門家の手を借りて整えられたものではないでしょうか。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。
むしろ、社長自身の考えを一度きちんと言葉にする、良い機会になります。
ただ、そうして整えられた言葉は、どうしても社長自身の日々の実感から少し離れた、きれいな表現になりがちです。
「誠実」「信頼」「お客様第一」。
どれも大切な言葉ですが、抽象的すぎて、社員一人ひとりの日々の行動とはつながりにくいのです。

一方で、「自分の言葉」とは、社長自身が実際に見て、感じて、悩んだ末にたどり着いた表現のことです。
難しい言い回しである必要はありません。
むしろ、多少荒削りであっても、実体験に裏打ちされた言葉のほうが、聞き手には強く残ります。
整った理念文を用意すること自体は良いことですが、それだけで満足せず、折に触れて自分自身の言葉で語り直してみる。
この往復を続けることが、理念を「生きた言葉」に変えていくのではないかと、私は考えています。

ある町工場の社長が、声を震わせて語った日

ここで、一つの架空の例を挙げてみたいと思います。
ある地方都市で、自動車部品の精密加工を営む町工場がありました。
従業員9名、社長は二代目の高木さん(仮名)、40代前半です。
先代である父親が一代で築いた会社で、事務所の壁には、以前コンサルタントに依頼して作った立派な経営理念が額に入れて飾られていました。
「誠実な仕事で、お客様の信頼に応える」。
よくできた言葉でしたが、正直なところ、社員がそれを口にすることはほとんどありませんでした。

転機は、入社3年目の若手社員、中野さん(仮名、20代)からの退職の申し出でした。
理由を尋ねると、中野さんは静かにこう答えたそうです。
「毎日同じ部品を削っているだけで、これが何の役に立っているのか、分からなくなってしまって」。
高木さんは、その言葉に強い衝撃を受けたといいます。
自分は経営者として、仕事の意味を伝えられていなかったのではないか。
そう思い至ったのです。

その週末、高木さんは全社員を集めて、急きょ話をする場を設けました。
用意していた原稿は読まず、額の中の言葉もあえて口にしませんでした。
代わりに語ったのは、先代である父親が病床で語った一言でした。
「うちが作っている部品は、誰にも見えない場所にあるけれど、そのおかげで事故が減り、家族を乗せた車が無事に走り続けられる。それだけで、この仕事は続ける価値がある」。
この話をするうちに、高木さんの声は次第に震え、最後は言葉に詰まってしまったそうです。
用意していたわけではない、ただ思い出したままを語った言葉でした。

その場にいた社員たちは、驚いたと同時に、初めて社長の本音に触れた気がした、と後に振り返っています。
中野さんは退職を思いとどまり、以後は自分が加工した部品が、どんな車の、どの部分に使われているのかを調べるようになったといいます。
しばらくして、中野さんは自分の作業台に、その部品が使われる車種の写真を小さく貼るようになりました。
他の社員からも、少しずつ改善の提案が出るようになりました。
ある年配の職人は、若手に技術を教える時間を自主的に増やしたそうです。
半年後、高木さんは額の中の言葉を外し、代わりに、あの日語った父親の言葉を、自分の手書きで貼り出したといいます。
派手な出来事ではありません。
けれども、社長自身の言葉で、自分の実感を語ったことが、社内の空気を静かに、しかし確実に変えるきっかけになった。
そんな例として、心に留めていただければと思います。

数字の裏側に見える、小さなつながり

私は税理士として、長年多くの中小企業の決算をお手伝いしてきました。
その中で感じるのは、決算書の数字だけを追っていても見えてこない、ある種のつながりです。
求人広告費や採用にかかる費用、新人教育にかけている時間。
これらの数字は、実は社長の言葉が社員にどれだけ届いているかと、静かにつながっているように感じることがあります。

社長の考えが社員の中にしっかり根づいている会社では、離職が少なく、同じ採用を繰り返す必要がありません。
結果として、求人広告費や教育コストが自然と抑えられている、という傾向を見てきました。
逆に、理念が言葉だけで終わっている会社では、同じポジションの採用を毎年のように繰り返し、そのたびに広告費や教育にかかる時間がかさんでいく。
決算書の上では、どちらも「人件費」や「採用費」という同じ勘定科目に収まってしまいますが、その中身は大きく違います。

面白いのは、こうした違いが、決算書の数字だけを見ていても分からない、ということです。
同業種で、同じくらいの規模の会社を比べても、採用や教育にかかる費用の増減のパターンは、驚くほど異なります。
その差の背景を探っていくと、最終的には「社長の言葉が、日々どれだけ社員に届いているか」という、数字には表れにくい部分に行き着くことが多いのです。
これは経営理論の教科書には載っていない、現場の数字を何年も見続けてきたからこそ気づく、小さな実感です。
理念を語ることは、決して数字と無縁の話ではないのだと、私は考えています。

小さな会社だからこそ、できること

大きな会社であれば、理念を伝えるために、盛大な発表会や研修を企画することもできるでしょう。
けれども、従業員10名前後の会社には、そうした派手な仕掛けは必要ないと考えられます。
むしろ、社長と社員の距離が近いことこそが、いちばんの強みではないでしょうか。

大企業であれば、社長の言葉は幾つもの階層を経て、時間をかけて社員に伝わっていきます。
その過程で、言葉の熱は少しずつ冷めてしまうことも珍しくありません。
一方、10名前後の会社であれば、社長が語った言葉は、その日のうちに全員に届きます。
朝礼の一言、昼休みの何気ない会話、送迎の車の中でのひとこと。
そうした日常の中にこそ、理念を語る機会は転がっているのです。
特別な場を用意できなくても、焦る必要はありません。

明日からできる、小さな一歩

とはいえ、いきなり全社員を集めて、感動的な話をしなければいけない、というわけではありません。
まずは、朝礼や個別の面談の中で、ふだんの指示に一言だけ「なぜそうするのか」を添えてみることから始めてみるのも一つではないでしょうか。
「この作業を丁寧にやってほしい」だけでなく、「これがお客様の安全につながっているから」という一言を加える。
それだけでも、受け取る側の印象は変わってきます。

また、額に入った立派な言葉を無理に使う必要もありません。
むしろ、社長自身の実体験、たとえば創業当時の苦労や、忘れられないお客様とのやり取りなど、自分の言葉で語れる小さなエピソードを一つ持っておくことをおすすめします。
整った理念文よりも、そうした具体的な話のほうが、案外社員の記憶に残るものです。

評価面談のような、一対一で話せる場も良い機会です。業務の評価だけを伝えるのではなく、「あなたのこの仕事が、こういうところで役に立っている」と、具体的な場面を添えて伝えてみる。
数字や評価点だけでは伝わらない、仕事の意味を届けることができるはずです。
また、社内報や連絡ノートのようなものがあれば、そこに社長自身の言葉で、短い一言を添えてみるのも良いでしょう。
長い文章である必要はありません。
短くても、本人の言葉であることが伝われば十分です。
こうした小さな積み重ねが、やがて会社全体の空気を変えていくのではないかと思います。

まとめ:完璧な言葉より、本気の言葉を

経営理念を、立派な文章として仕上げることに力を注ぐ経営者の方は少なくありません。
けれども、大切なのは言葉の巧拙よりも、その言葉にどれだけ本気が込められているか、という点ではないでしょうか。
たどたどしくても構いません。
上手に語れなくても構いません。

全社員の前で話すのが難しければ、まずは一人でも構わないと思います。
信頼している社員一人に、自分がこの仕事を続けている理由を、素直な言葉で話してみる。
それだけでも、社内の空気は少しずつ変わっていくはずです。
決算書の数字は、その変化を後から静かに教えてくれます。
まずは、自分自身の実感を、自分の言葉で、一人の社員に語ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。
その小さな一歩が、やがて会社全体の空気を変えていく力になると、私は信じています。

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