お客様の「本当の顔」は、数字の外側にある
「アンケートを取ったのに、なぜかしっくりこない」その理由
経営をしていると、「お客様が本当は何を求めているのか、もっとちゃんと知りたい」と思う場面が、きっと何度もあるのではないでしょうか。
売上が伸び悩んだとき、新しい商品を考えるとき、あるいは何となく、これまでのやり方に違和感を覚えたとき。
理由をはっきりさせたくて、多くの経営者が最初に手を伸ばすのが、アンケートという方法です。
用紙を配ってみたり、レジの近くに小さな回収箱を置いてみたり。
あるいは、常連のお客様に思い切って直接尋ねてみたり。
ところが、いざ集まった回答を読んでみると、「まあ、そうだろうな」という当たり前の答えばかりで、次にどう動けばいいのか、正直よく分からない。
そんな経験をお持ちの方も、少なくないのではないでしょうか。
私は税理士として、長年、いろいろな業種の経営者の方とお話をしてきました。
その中で感じるのは、多くの方が「数字」や「データ」と呼ばれるものを頼りにしようとする一方で、実はいちばん大切な情報は、もっと近くに、しかも無料で転がっているのではないか、ということです。
それは、お客様の「姿」そのものです。
数字だけでは、理由までは分からない
試算表(月ごとの経営成績をまとめた表のことです)や売上表は、経営にとってとても大切な地図です。
どの商品がよく売れているか、どの時期に売上が伸びるか。
そうした「結果」は、数字を見れば、かなり正確に分かります。
ただ、数字が教えてくれるのは、あくまで「何が起きたか」までです。
「なぜそれが起きたのか」までは、数字だけでは、なかなか見えてきません。
数字は、いわば出来上がった写真のようなものです。
写真を見れば、その瞬間に何があったかは分かります。
けれども、その場でどんな会話があり、どんな表情の移り変わりがあったのかは、写真だけでは分かりません。
それを知るには、その場に居合わせて、動きそのものを見るしかないのです。
たとえば、ある月だけ、ある商品の売上がふっと伸びたとします。
数字の上では「伸びた」という事実しか分かりませんが、実際には、店員のちょっとした声かけが変わっていたり、置き場所を少し変えていたり、あるいは近所で何かのイベントがあったり。
理由は、たいてい現場の中にあると考えられます。
数字は結果を映す鏡のようなもので、その鏡に映る前に、現場では既に何かが起きているのです。
気づいていても、動けないことがある
ここで、もう一つお伝えしたいことがあります。
実は、多くの経営者は、うっすらとであれば「何かがおかしい」と、すでに気づいていることが多いのではないかと思います。
ただ、その気づきを、はっきりした言葉にできず、結局そのまま忙しさに流されてしまう。
そんなことが、よくあるのではないでしょうか。
「気のせいかもしれない」「もう少し様子を見てから」。
そう考えているうちに、気づきは記憶の奥にしまわれてしまいます。
判断が止まってしまう理由は、多くの場合、勇気が足りないからではなく、自分の感じたことに、まだ確信が持てないからではないかと思います。
だからこそ、その感覚を裏づけてくれる、もう一段階の材料が必要になります。
そのための、いちばん手軽な方法が、実は「よく見る」ことなのではないでしょうか。
たとえば、「最近、常連のお客様の顔ぶれが少し変わってきた気がする」と感じることがあったとします。
この感覚を、そのまま頭の中だけに置いておくと、いつまでも「気がする」の域を出ません。
ところが、実際に数日、レジのあたりに立って様子を見てみると、「以前より若い世代が増えている」「来店の時間帯が少し遅くなっている」といった、輪郭のはっきりした事実に変わっていきます。
輪郭がはっきりすれば、次に何をすればいいかも、自然と見えやすくなるものです。
「見る」ことから始まる、商売のヒント
以前、あるマーケティング(お客様に選ばれるための工夫、と言い換えてもよいかもしれません)の考え方に触れる機会がありました。
そこで語られていたのは、こんな話です。
あるカフェの経営者は、アンケートを頼りにするのではなく、お店に来るお客様を、ただじっと観察することを大切にしていました。
どんな身なりで、誰と、どんな時間に来て、何を頼んで、どんな表情で帰っていくのか。
そうした一つひとつの様子から、「この方はきっと、こういう理由でこの時間に来ているのだろう」という仮説を立てていく。
たとえば、電源のそばの席に一人で座り、パソコンを広げているお客様がいたとします。
身なりや持ち物から、営業の合間に立ち寄った方だろうと想像がつく。
ランチどきの混雑を避けて、少し遅い時間に来ているのだとすれば、静かに作業をしたいという気持ちも見えてきます。
当たっているかどうかは、正直、答え合わせのしようがありません。
ただ、こうした想像を重ねていくと、次第に「なぜこの商品が選ばれているのか」「なぜこの時間帯にお客様が増えるのか」という、数字だけでは分からない理由が、少しずつ形になっていくのです。
アンケートが悪いわけではありません。
お客様の声を言葉として受け取れることには、大きな意味があります。
ただ、いちばん多くのことを教えてくれるのは、やはり現場そのものではないか。そんなふうに、私は感じています。
忙しい毎日の中で、「見る」余裕はなかなか持てない
とはいえ、こうお伝えすると、「そんな余裕、うちにはありませんよ」と思われる方も多いのではないでしょうか。
従業員が10名前後の会社や、個人で事業をされている方の場合、経営者自身が現場に立ちながら、営業も、経理も、採用も、ほとんど一人で抱えていることが少なくありません。
お客様をじっくり観察する時間どころか、椅子に座って考え事をする時間さえ、なかなか取れない。
そういう毎日を送っている方が、実はとても多いのではないかと思います。
ですから、「観察しましょう」と言われても、正直、ピンとこないかもしれません。
ただ、何時間も見つめ続ける必要はないのです。
ほんの数分、いつもと違う視点で眺めてみるだけでも、気づきはずいぶん変わってきます。
大切なのは、時間の長さではなく、「今日はいつもと違う目で見てみよう」という、ほんの少しの心構えなのではないでしょうか。
金物店を営む大野さんの気づき
ここで、一つの架空の物語をご紹介します。
大野さん(仮名)は、商店街で金物店を営む、50代の二代目です。
工具やねじ、園芸用品などを扱い、パートを含めて8名ほどのスタッフと一緒にお店を切り盛りしています。
近くに大型のホームセンターができてから、来店するお客様が少しずつ減り、大野さんは悩んでいました。
最初に大野さんが取り組んだのは、やはりアンケートでした。
「どんな商品があれば嬉しいですか」と尋ねてみたものの、返ってくる答えは「安ければいい」「品揃えを増やしてほしい」といった、漠然としたものばかり。
どこから手をつければいいのか、なかなか絞り込めずにいました。
そんなとき、パートの一人が、こんな提案をしました。「聞くだけじゃなくて、しばらくお客様を見てみませんか」。
半信半疑ながら、大野さんとスタッフは、一週間だけ、レジ周りやお店の中でのお客様の様子を、意識して見てみることにしました。
すると、いくつかのことに気づきます。
年配のお客様は、ドライバー(ねじ回しのことです)を手に取ると、必ずといっていいほど握りの部分を確かめていました。
価格よりも、持ちやすさや軽さを気にしている様子がうかがえました。
一方、開店直後の早い時間には、職人と思われるお客様が何人も訪れ、迷わず目当ての棚に向かい、短い時間でさっと買い物を済ませていきます。
会話よりも、スピードを大切にしていることが伝わってきました。
そしてもう一つ、日曜の午後には、自分で何かを直そうとしている様子の若い世代のお客様が、同じ棚の前で長く立ち止まり、声をかけていいものかどうか、迷っているような表情を見せていました。
この観察をきっかけに、大野さんはいくつかの工夫を始めました。
持ちやすさを重視する年配のお客様のために、軽くて握りやすい工具には「持ちやすい」という小さな札を添えるようにしました。
職人のお客様向けには、よく使われる商品を入口近くにまとめ、短時間で買い物を終えられる一角をつくりました。
そして日曜日には、初めて工具を使う方に向けて、簡単な説明カードを棚に置き、気軽に質問できる雰囲気づくりを心がけました。
売上が劇的に変わったわけではありません。
ただ、「ここに来ると、ちゃんと分かってもらえる」と感じてくださるお客様が、少しずつ増えていったそうです。
大野さんは、「アンケートでは出てこなかった答えが、見ているだけで、こんなに見えてくるとは思わなかった」と話していたということです。
大野さんにとって大きかったのは、売上そのものよりも、「自分の店には、まだ手を打てるところが残っている」と分かったことだったのかもしれません。
税理士として感じる、数字の向こうにある現場の顔
私自身、長年、いろいろな経営者の方の試算表や決算書を拝見してきました。
その中で感じるのは、数字の中にも、実は現場の気配のようなものが、かすかに映り込んでいるということです。
たとえば、ある月だけ消耗品費(事務用品や細かな備品にかかる費用のことです)が少し増えていたり、広告費の使い方がいつもと違っていたり。
金額だけを見れば小さな変化ですが、その裏には、たいてい「何かを変えてみよう」とした現場の工夫が隠れています。
数字を見ながら、「この月、何かありましたか」と尋ねてみると、思いがけない話が出てくることが、これまで何度もありました。
ちょっとした値札を作り直しただけだったり、棚の並びを変えてみただけだったり。
金額としては数千円のことでも、その裏には、現場なりの試行錯誤があるのです。
数字は、現場で起きたことの結果を、静かに記録してくれます。
けれども、その理由を教えてくれるのは、数字ではなく、いつも現場そのものなのだと感じています。
だからこそ、数字を見る時間と、現場を見る時間は、どちらか一方ではなく、両方あってはじめて、経営の全体像が見えてくるのではないでしょうか。
面談の場で「この科目、少し動いていますね」とお伝えすると、経営者の方が「ああ、そういえば」と、忘れかけていた現場の出来事を思い出されることも珍しくありません。
数字がきっかけになって、現場の記憶が呼び覚まされる。
そんな瞬間に立ち会えることも、この仕事の、静かな醍醐味の一つだと感じています。
今日からできる、小さな観察の一歩
さて、ここまでお話ししてきたことを、明日からの行動に落とし込むとすれば、どんなことができるでしょうか。
大きな仕組みを作る必要はありません。
まずは一日だけ、あるいは数分だけでもいいので、いつもの作業の手を止めて、お客様の様子を眺めてみる。
そんなところから始めてみるのも一つではないでしょうか。
何を買ったかだけでなく、どんな表情をしていたか、誰と一緒だったか、何かに迷っていなかったか。
そうした小さな気づきをメモに残しておくと、後から見返したときに、思わぬ共通点が見えてくることもあります。
また、スタッフが複数いる場合は、気づいたことをその日のうちに一言共有する時間を作るのもよいかもしれません。
忙しい毎日の中では、気づきはすぐに忘れられてしまいます。
ほんの一言でも、言葉にして残しておくことに、意味があるのではないかと思います。
誰か一人の気づきが、翌日には別のスタッフの気づきと結びついて、思いがけないヒントに育っていくこともあります。
そして、もし可能であれば、試算表や売上表を眺める時間と、現場を眺める時間を、同じ週のうちに両方とも持ってみる。
数字で見えた変化の理由を、現場で確かめにいく。
そんな小さな往復を習慣にしていくことが、次の一手を見つける、いちばん確かな道筋なのかもしれません。

おわりに:モヤモヤは、次の一手のヒント
「お客様のことが、なんとなく分かっていない気がする」。
そのモヤモヤは、経営がうまくいっていない証拠ではなく、むしろ、次の一手に気づくための入り口なのではないかと、私は考えています。
数字は、これまでの歩みを映してくれます。
そして、現場を見ることは、これからの一歩を考えるための、静かなヒントを与えてくれます。
両方を行き来しながら、少しずつ商売の形を整えていく。
そんな歩み方も、決して悪くないのではないでしょうか。
完璧な答えを、一度で見つけようとしなくても大丈夫です。
数字を見て、気になるところを見つけ、現場に出て確かめる。そしてまた数字に戻る。
その繰り返しの中で、経営は少しずつ、確かな形になっていくのではないでしょうか。
まずは今日、ほんの数分だけ、いつもと違う目でお店やお客様を眺めてみる。
そこから、次の一手が、きっと見えてくるはずです。

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