「誰にでも」から「あの人に」へ。月曜の朝の受付を思い浮かべた、小さな花屋さんの話
「誰にでも喜んでもらえます」と言いたくなる、社長の本音
「うちの商品は、どなたにも喜んでいただけると思うんです。」
経営者の方とお話ししていると、こんなお言葉をよく伺います。
自分が心を込めて作ったものです。
長年かけて磨いてきたサービスです。
「この人には向かない」なんて、なかなか言えるものではありません。
その気持ちは、商品への愛情の裏返しではないでしょうか。
それに、お客様の数が限られる小さな会社ほど、一人でも取りこぼしたくない、という不安もあります。
間口を広くしておけば安心、と感じるのは、ごく自然なことです。
社長の机には、営業の相談も、採用の悩みも、そして商品の名前や袋のデザインまで、気づけば全部が集まってきます。
一つひとつをじっくり決める時間は、なかなか取れません。
すると、誰からも文句が出ない「無難な形」に落ち着きやすくなります。
ところが、無難に整えた商品は、売り場で目に留まりにくい、ということが起こります。
みんなに向けた言葉は、誰の心にも引っかからないからです。
今回は、ある小さな花屋さんの(架空の)お話を通して、「誰に届けるか」を決めることが、なぜ売れ行きを変えるのかを考えてみます。
あわせて、従業員10名前後の会社が明日から試せる、小さな一歩もご紹介します。
小さな花屋さんの場合
ここからは、あくまで架空のお話です。
住宅街で花屋を営む、遠藤さん(仮名・40代後半)を想像してみてください。
店舗と配達を合わせて、従業員は10名です。
お店の看板には「お祝いから、お供え、ご自宅用まで、どんなご注文にもお応えします」と書いてありました。
仕入れる花は、季節を問わず100種類ほど。
ご近所の評判も、悪くありません。
それなのに、遠藤さんには、ずっと引っかかっていることがありました。
毎日忙しく働いているのに、月末になると、なぜかお金が手元に残らないのです。
閉店後には、しおれた花をバケツに集めて捨てる時間が、ほぼ毎晩ありました。
「なんとなく、もったいない」。そう感じながらも、原因ははっきりしないままでした。
売上を「お客様ごと」に並べ直してみた
ある月末、遠藤さんは、一年分の売上を、お客様ごとに並べ直してみました。
いつもは「お祝い花はいくら、お供えはいくら」と、商品の種類ごとに見ていたものです。
買ってくださった方ごとに見るのは、初めてでした。
すると、上位に並んでいたのは、駅前の歯科医院、美容室、不動産会社、会社の受付など、毎週のように花を届けている十数軒でした。
合わせると、売上の3割近くを占めていました。
「どんなご注文にも」と広く構えているうちに、いちばん頼りにしていたのは、毎週決まって花を求めてくださる、この十数軒だったのです。
商品の種類ごとに見ていると、お客様の顔は、表の中に溶けてしまいます。
家計簿を、食費、光熱費と費目だけで見ていて、誰にいくら使ったかは見ていないようなものかもしれません。
種類ごとの表は、何が売れたかを教えてくれます。
けれど、誰が繰り返し買ってくださっているかまでは、教えてくれないのです。
最初に思い浮かべたのは、月曜の朝の受付
遠藤さんは、そのうちの一軒、歯科医院の受付を思い浮かべました。
毎週月曜の朝に配達へ伺うと、受付の女性が、花瓶の花を入れ替えているところに出会います。
患者さんを迎える準備で慌ただしい中、しおれた花を片づけ、水を替える。「いつもありがとうございます」と笑顔で迎えてくださるものの、その手元には、少し余裕のなさも見えました。
そんな姿を、何度も見てきたことを思い出したのです。
ここで大切なのは、「歯科医院」「法人のお客様」といった情報ではなく、「月曜の朝、忙しい中で花を替えている一人の女性」まで思い浮かべているところではないでしょうか。
「法人のお客様」と言うだけでは、何人もの顔が混ざって、ぼんやりします。
けれど、一人の女性の月曜の朝が見えると、してあげられることが、急に具体的になります。
映画のワンシーンを思い浮かべるような感覚に近いかもしれません。
もう一つ気づかされるのは、遠藤さんが、その光景を「何度も見てきた」ということです。
大がかりな調査をしたわけではありません。日々の仕事の中で、すでに見ていたものを、初めて「一人の人の一日」として思い出しただけでした。
経営者の皆さまの頭の中にも、同じような光景が、きっとあるのではないでしょうか。
「お任せください」に変えた、届け方と言葉
「あの受付の方が、月曜の朝に少しでも楽になるには、どうしたらいいだろう。」
遠藤さんは、「花を選ぶ手間も、しおれた花の片づけも、お任せください」という「定期便」を作りました。
・週に一度、決まった曜日の午前中に、待合室や受付に合う花を届ける。
・前の週の花はその場で引き取り、花瓶の水替えまで行う。
・料金は月ごとの定額にして、請求は月に一度にまとめる。
いきなり全部のお客様に始めたわけではありません。
まずは、あの歯科医院の一軒だけで、一か月試してみました。
最初から大きく広げると、うまくいかなかったときに戻れなくなります。
一軒なら、合わなければ、やり方を直せばよいのです。
一か月後、受付の方から「月曜の朝が、ずいぶん楽になりました」と言っていただけました。
言葉も変えました。ご案内のチラシの一番上には、「毎週の待合室の花、お任せください」と大きく書きました。
「どんなご注文にも」という言葉は、誰にでも当てはまるぶん、誰の心にも引っかかりません。
けれど「毎週の待合室の花」と書かれていれば、受付の方や院長先生は、自分のことだとすぐに分かります。
雑踏の中で自分の名前を呼ばれると、思わず振り向くのと同じです。
さらに、花瓶の横に、小さなカードを添えました。「今週の花の名前」と「花を長持ちさせる水替えのコツ」、そして花屋の連絡先です。
待合室の花は、黙って立っているだけの店員さんのようなものです。
カード一枚で、その店員さんが、少しだけ話してくれるようになります。
売れ残って捨てた花は、決算書のどこにも載っていません
ここで、税理士として決算書を拝見していて、よく目にする光景をお話しします。
花屋さんのように、日持ちしない品物を扱うお店では、売れ残った商品は、捨てるしかありません。
ところが、決算書の上では、「売れた花」も「捨てた花」も、区別されずに「仕入れ」としてまとめて並ぶことが多いのです。
そのため、社長ご自身が「なんとなく利益が薄い」と感じていても、決算書からは「仕入れ代が売上に占める割合が高い」ということしか分かりません。
どの花が、何本、捨てられているのか。
それは、毎晩バケツを持つ現場にしか見えないのです。
遠藤さんの「月末にお金が残らない」という感覚も、もしかすると、この見えない部分に一因があったのかもしれません。
パン、お惣菜、野菜、お刺身など、日持ちしないものを扱うお店なら、同じことが言えるのではないでしょうか。
まずは、閉店後に捨てたものを、一週間だけざっと数えてみるのも一つです。
数えるだけで、見え方が変わることがあります。
決算書に載らない情報は、現場の目で拾うしかありません。
閉店後の五分間、バケツをのぞいてみるだけでも、手に入るものがあるのではないでしょうか。
一人に絞ったあとに、起きたこと
実は、遠藤さんには迷いがありました。
定期便に力を入れすぎて、店に来てくださる個人のお客様や、お祝い花のご注文が、おろそかになるのではないか。
そんな後ろめたさです。
そこで、定期便の配達は月曜と木曜の午前中だけと決め、それ以外の時間は、これまで通り店頭とご注文に集中することにしました。
最初の数週間は、配達の段取りに戸惑うこともありましたが、曜日と時間を決めたことで、少しずつ流れができていきました。
半年ほどで、定期のお客様は14軒から26軒に増えました。
待合室のカードを見た方から「うちにも届けてもらえないか」と声がかかったのです。
歯科医院だけでなく、美容室や小さな事務所、不動産会社の受付からも。「毎週、花を替えたいけれど、その時間がない」。
悩みは、同じだったのです。
定期便が増えると、毎週必要な花の本数が、前もって分かります。仕入れの見通しが立てやすくなり、閉店後にバケツへ入れる花も、めっきり減りました。
月ごとの売上の波も小さくなり、月末の手元のお金にも、少し余裕が出てきたそうです。
配達を担当するスタッフも、「この曜日は、あの待合室に行く日」と目的がはっきりして、動きやすくなったようです。
店頭のご注文やお祝い花は、これまで通り続いています。
何かを手放したわけではなく、頼っていただける入り口を、一つ増やしただけでした。
何より変わったのは、遠藤さんの判断の速さです。「どんなご注文にも」と広げていたときは、毎日が手探りでした。
「あの受付の方のために」という軸ができてからは、何を仕入れ、いつ届けるかが、すっと決まるようになりました。
一人に絞ると、なぜ伝わるのか
花屋さんの話を振り返ると、届け方も、チラシの言葉も、添えたカードも、すべてが「あの受付の方」の方向を向いています。
だから、言葉に迷いがなく、お客様の心にまっすぐ届いたのだと考えられます。
贈り物選びを思い出してみてください。
「誰にでも喜ばれるもの」を探し始めると、どれも決め手に欠けて、いつまでも決まりません。ところが、「来月、誕生日を迎えるお母さんに」と決まった途端、驚くほどすっと選べたりします。
商売も、同じではないでしょうか。
相手が決まると、言葉も、値段も、届け方も、選びやすくなります。
とはいえ、絞るのは怖いものです。
ここが、経営者の判断が止まりやすいところだと、私は感じています。
「誰に売るか」を決めることは、同時に「誰を今回は選ばないか」を決めることでもあります。
選ぶことよりも、選ばないことのほうが、ずっと勇気がいります。遠藤さんが抱いた後ろめたさも、この勇気の一つの形だったのかもしれません。
誰を選ぶか迷うときは、「毎週のように顔を合わせる人」「顔が思い浮かぶ人」から始めてみてはいかがでしょうか。
遠藤さんも、いちばん頼りにしていたお客様から始めました。
けれども、絞ることは、扉を閉めることではありません。
玄関に、はっきりした看板を一つ掲げることに近いのではないでしょうか。
看板があれば、同じ悩みを抱えた別の人が「これは自分のことだ」と気づいて、入ってきてくれます。
もう一つ、絞ることをためらう理由に、「間違っていたらどうしよう」という不安があります。
ですが、一人に絞るのは、一生の決断ではありません。
試してみて、合わなければ、別の一人で描き直せばよいのです。
小さく試して、直していく。
その繰り返しが、いちばん確かな近道ではないでしょうか。
明日から試せる、小さな三つの一歩
大きな計画は要りません。
まずは、次の三つのうち、一つだけ選んでみてはいかがでしょうか。
「あの人」を一人だけ決めてみる
実在のお客様でも、従業員の方でも、ご自身でも構いません。
その人の朝から夜までの一日を、紙に書き出してみます。
何に困り、どんなときに、ちょっと気が引けるのか。
五分ほどで十分です。
たとえば飲食店なら、「仕事帰りに一人でふらっと寄る、常連のAさん」のような方です。
迷うときは、売上をお客様ごとに並べて、上位の方の顔を眺めてみるのも一つです。
看板や説明の一行に「場面」を入れてみる
「毎週の待合室の花」「出かける前に」「忙しい朝でも」。
商品名でも、サービスの説明でも、ホームページの一行でも構いません。
使う場面が見えると、お客様は自分のこととして受け取りやすくなります。
お客様の手元に残る紙に、一言添えてみる
納品書、レシート、封筒、小さなカード。
手書きの一言や、小さなスタンプ、QRコード(スマートフォンで読み取る四角い模様)など、お金をかけずに始められる方法があります。
まずは100枚だけ試して、反応を見てみましょう。
合わなければ、元に戻せばよいだけです。

まとめ ― 小さな会社だからできる「一人を思い浮かべる」商売
今日の話を、ひとことでまとめてみます。
・一人の顔と一日を思い浮かべることが、すべての出発点になる。
・看板や説明の言葉は、作り手の自慢より、相手の「今」に寄せてみる。
・売り方や届け方まで、その人の一日に合わせて整えてみる。
「誰にでも」と言いたくなる迷いは、商品への愛情と、お客様を大切にしたい気持ちから生まれるものです。
決して悪いことではありません。
ただ、選ばないことに勇気がいる分、一人に絞ったサービスは、思った以上に遠くまで届くことがあります。
そして、従業員10名前後の会社には、大きな会社にはない強みがあります。
お客様の顔と名前が、実際に浮かぶことです。
大きな会社は、数字や統計を通してでしか、お客様を見られません。
皆さまは、目の前の一人から出発できます。
「みなさんに」を、「あの人に」に置き換えてみる。
その小さな試みが、今日の迷いを、明日の一歩に変えてくれるかもしれません。

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