利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

挑戦か、堅実か。迷う社長のための「あとから来たネズミ」の話

挑戦か、堅実か。迷う社長のための「あとから来たネズミ」の話

新しいことに挑みたい人と、今のお客様を守りたい人 ─ 社長のひと言が、二つの気持ちをつなぐとき

はじめに:社長の頭の中には、いつも二つの声がある

「新しい機械を入れてみたいんです」
「今のお客様の対応だけで、もう手いっぱいです」

同じ会社の中で、こんな二つの声が聞こえてくることはないでしょうか。

新しい話も、目の前のクレームも、なぜか同じ日に、社長の机へ一緒に届くものです。

どちらも、会社を思う気持ちから出た言葉です。
だからこそ、社長は簡単に答えを出せません。
どちらかを選べば、どちらかの気持ちが置いていかれてしまいそうだからです。

この文章では、そんなときの考え方のヒントをお届けします。
手がかりは、ある技術系の会社の社長が、社員に向けて語った短いたとえ話です。
命令を一つも出していないのに、社員の動き方が変わったといいます。

小さな会社でも、きっと使えるところがあるのではないでしょうか。

どこの会社にもある「新しいもの好き」と「お客様担当」のすれ違い

まず、元になったお話を紹介します。

技術系の会社では、開発を担当する人と、お客様と日々向き合う管理職とのあいだで、意見がぶつかることが少なくないそうです。

開発の人たちは、常に最先端の技術に挑みたいと考えます。
難しい課題に、時間もお金もかけたい。
その気持ちはとても自然です。
ただ、生まれたばかりの技術は、まだ安定していなかったり、売り方が難しかったりして、すぐには利益につながりにくいものです。

一方、お客様と接している側は、少し違うものを見ています。
お客様は、そんなに頻繁に新しいものへ買い替えたいわけではありません。
二年前に買った物がもう古いと言われたら、がっかりしてしまいます。
だから、今売っている商品をもっと伸ばすために、開発の人たちの力を貸してほしいと願うのです。

これは技術系の会社だけの話ではありません。
従業員10名前後の会社でも、姿を変えて、よく起きています。

・飲食店:新しい料理を考えたい料理人と、いつもの一品を楽しみに来る常連さんを見ているホールスタッフ
・工事や製造の会社:新しい工法や機械を試したい若手と、慣れたやり方で確実に仕上げたいベテラン
・美容室や整体院:新しい施術や機器を取り入れたい人と、今のお客様の予約と対応を守りたい人

大切なのは、どちらが正しいという話ではない、ということです。

新しいものに惹かれる気持ちは、会社の明日をつくる力です。
今のお客様を守る気持ちは、会社の今日の売上と信頼をつくる力です。
車の両輪のように、どちらが欠けても前には進みにくいのではないでしょうか。

なぜ社長の判断は止まってしまうのか

社長が迷うのは、決断力がないからではないと思います。
迷うだけの理由が、きちんとあるからです。

一つ目は、どちらの言い分にも筋が通っていることです。
どちらも間違っていないので、反論のしようがありません。

二つ目は、人の気持ちが見えてしまうことです。
若手の意欲を、つぶしたくない。
ベテランの経験も、軽く見たくない。
社員の顔が浮かぶからこそ、簡単には「こっちにする」と言えません。

三つ目は、怖さが二方向からやってくることです。
「乗り遅れたらどうしよう」という怖さと、「失敗したら取り返せない」という怖さが、同時にあります。

大きな会社であれば、一つの挑戦が失敗しても、ほかの事業で支えられるでしょう。
しかし、小さな会社では、一度の失敗が、資金にも、人手にも、社員の気持ちにも、
すぐに響いてしまいます。転んだときの「傷の深さ」が違うのです。

たとえば、いろいろなキャッシュレス決済が次々に登場した頃、どれを入れるか迷ったお店は多かったと思います。
早く入れた方式が、のちに使われにくくなった。
様子を見て選んだお店は、無駄が少なくて済んだ。
そんな話を耳にしたことがある方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

「あとから来たネズミ」のたとえ話が、現場を動かした

さて、先ほどの技術系の会社の社長は、この悩みにどう向き合ったのでしょうか。
社長は、「これをやってください」と命じる代わりに、ひとつの小さな話をしました。

おおよそ、次のような内容でした。

「早起きは三文の得」ということわざは、誰もが知っています。
けれど、同じくらい本当のことを言っている話が、もうひとつある。
先にチーズへ走ったネズミは、仕掛けに頭を挟まれてしまう。
少し遅れて来たネズミが、ゆっくりチーズを持ち帰る、という話です。

そして社長は、こう続けたそうです。
自分たちは、一番手になって痛い思いをするのは避けたい。
新しい技術への一番乗りは、ほかの会社に任せよう。
限りある力を、どこに使うかを賢く選びたい、と。

社長は、誰にも「新しい技術を追うのをやめなさい」とは言っていません。
それでも、開発の人たちは、新しいものを追う時間を少しずつ減らし、いま売れている商品を支える仕事に、より多くの時間を使うようになったそうです。

なぜ、短い話がこれほど届いたのでしょうか。
私は、三つの理由があると考えています。

① 話の中心が変わった。 「やるか、やらないか」の言い合いから、「どの順番で、どこに力を使うか」という話に移りました。

② 誰も悪者になっていない。 新しいものへの情熱を、否定していません。

③ 頭に絵が浮かぶ。 仕掛けに頭を挟まれる場面を思うと、「それは嫌だな」と自分で感じられます。

命令は「やらされる」気持ちを生みやすいのに対して、たとえ話は「自分で気づく」きっかけになるのではないでしょうか。

なお、この話は「新しいことに挑むな」という意味ではないと、私は受け取っています。
人・時間・お金という限りある力を、どこに置くか。その選び方を、賢く考えようという話だったのではないでしょうか。

町の電器店の社長が、朝礼で話したこと

ここからは、この考え方を小さな会社に置き換えた、架空のお話です。

二人の意見が、ぶつかりそうになった

舞台は、地域に根づいた町の電器店です。社長の松本さん(仮名・40代半ば)は、お父さまから店を継いで10年になります。
社員とパートさんを合わせて、社長も含め10名。エアコンや給湯器、照明の取り付けや修理が中心で、お客様は、長いおつきあいの高齢の方が多い店です。

入社4年目の青木さん(仮名・20代後半)は、家じゅうの家電や照明を、スマートフォンで操作できる暮らし方(スマートホーム)に夢中でした。
「これからは、絶対に来ます。展示コーナーを作りましょう。講習にも行かせてください」。

一方、修理と訪問を長年担当してきた井上さん(仮名・50代)は、首を横に振ります。
「新しい機械は、壊れたとき、使い方がわからないとき、誰が走るんだ。今のお客様の電話だけで、もう手いっぱいだよ」。

夏を前にした忙しい時期の打ち合わせで、二人の間の空気は張りつめました。
青木さんは黙り込み、井上さんは腕を組んだまま。
松本さんは、どちらの気持ちもよくわかりました。
青木さんの言うことは、五年後の店に必要かもしれない。
井上さんの言うことは、今月の売上と、お客様との信頼そのものです。
その夜、松本さんは店に一人残って、なかなか帰れなかったそうです。

決めるのではなく、順番の話をした

翌朝、松本さんは、「どちらにするか」を決めませんでした。
かわりに、朝礼でこんな話をしました。

「うちは小さな店だから、先頭を走るネズミにはなれない。先に走って仕掛けに挟まれたら、立ち直るのが大変だからね。でも、あとから行くネズミになる準備なら、この町で一番早くやりたいと思っている」

そのうえで、二人に役割をお願いしました。

青木さんには「新しいものの見張り役」。
月に一度、ほかの会社や店の新しい取り組みについて、うまくいった話も、つまずいた話も集めて、10分だけみんなに話してもらう。気になる機器は、まず自宅や店の中で試す。
井上さんには「お客様の声の聞き役」。
訪問先で聞いた困りごとや、ぽろっと出たひと言を、ノートに一行ずつ書きとめてもらう。
新しいことに使うのは、時間は週に半日まで、お金はあらかじめ決めた上限まで。

ポイントは、「やる・やらない」ではなく、「いつ・どの順番で」という話に変えたことです。青木さんの意欲も、井上さんの慎重さも、店にとって必要な役割として、席を用意されました。

半年後、二人の話がつながった

三か月ほどたつと、井上さんのノートには、同じような声が並ぶようになりました。

「離れて暮らす娘が、実家のエアコンをちゃんと使っているか心配している」
「暑い日に、母が我慢していないか気になる」

一方、青木さんは、見張りを続けるなかで、離れて暮らす家族が、エアコンや照明の使われ方をスマートフォンで見守れる仕組みに目を留めました。
すでにほかの店や会社で使われ始め、初期の不具合の話も落ち着いてきたものでした。

二人は相談し、まず井上さんの長年の常連さん5軒に、ご家族も交えて説明しました。
設定と説明は青木さん。
何かあれば電話一本で駆けつけるのは井上さん。
半年後には、この見守りを選ぶお宅は十数軒になりました。

井上さんは、こう話したそうです。
「あの子が調べてくれたものなら、お客さんにも胸を張って勧められるよ」。
青木さんも、「ほかの店のつまずきを先に知っていたので、お客様に同じ思いをさせずに済みました」と話しました。

新しい技術への意欲と、今のお客様を守る気持ちが、一つの仕事の中で結びついた瞬間です。

利益は出ているのに、通帳の残高が先に減っていく理由

ここで、税理士として決算書を前に経営者の皆さんとお話ししてきたなかで、何度も出会う場面をお伝えします。

新しい機械や設備を入れた年の決算のとき、こんな言葉をよく聞きます。

「先生、利益は出ているはずなのに、どうして通帳の残高がこんなに減っているんでしょう」

理由の一つは、お金が出ていくタイミングと、決算書に費用として載るタイミングが、ずれることにあります。
金額の大きな機械や設備は、買った年にまるごと費用にするのではなく、使える年数に分けて、少しずつ費用にしていくのが基本です。
お金は今月出ていくのに、決算書の上では、じわじわとしか出てきません。

ですから、決算書だけを見るとそれほど苦しそうに見えないのに、通帳のほうは思った以上に軽くなっている、ということが起こります。

しかも、新しいものは、使いこなせるようになるまで時間がかかります。
その間、売上はまだ増えず、支払いだけが先に走ります。

だからこそ、新しいものにいくらまで使うかは、決算書の利益だけでなく、「通帳から出ていっても、夜ぐっすり眠れる金額かどうか」という目線でも考えてみてはいかがでしょうか。

先ほどの松本さんのように、上限を先に決めておくと、社長の心にも余裕が生まれます。
購入の前に、お試しの貸し出しやレンタル、デモ機といった方法がないか、聞いてみるのも一つです。

「二番手」を、何もしない言い訳にしないために

ここまでお読みになって、「では、新しいことは後回しでいいのか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。

そうではない、と考えています。あとから来たネズミは、ただ待っているのではありません。
先に走るネズミの動きを、じっと見ています。
仕掛けがどこにあるのかを確かめながら、出ていくときを計っているのです。

二番手には、準備が必要です。

・見張る: ほかの会社や店の様子を、こまめに集める
・小さく試す: 自分たちで、ほんの少しだけ使ってみる
・目安を持つ: 「ほかで1年使われて、不具合の話が落ち着いたら」など、動く条件を決めておく

また、先頭を走るほうが合う場面もあります。迷ったときは、次の三つの問いを、そっと自分に投げかけてみるのも一つです。

1.うまくいかなかったとき、資金や人手への傷は、どれくらい深いか。
2.今のお客様は、それを待っているか。
3.すでに試した人の話を、見聞きできるか。

傷が浅く、お客様も待っているなら、少し早めに動いてもよいのかもしれません。
反対に、傷が深く、待っているお客様もいないなら、様子を見る選択が、会社を守ってくれるのではないでしょうか。

明日からできる、小さな一歩

一度に全部やる必要はありません。
できそうなものから、選んでみてください。

二つの声を、紙に書き出してみる。

社内にある「新しいことをやりたい声」と「今のお客様を守りたい声」を、それぞれ書き出します。
頭の中の二つの声が見えるだけでも、少し気持ちが軽くなります。

「やる・やらない」を「いつ・どの順番で」に言い換えてみる。

「まだ早い」ではなく、「どんな条件がそろったら始めようか」と話してみると、意欲を残したまま、話を進められます。

新しいことに使う時間とお金の上限を決めてみる。

週に半日、月にいくらまで、というように、小さく決めておくと、安心して試せます。

自分の言葉で、短い話をひとつ用意してみる。

大きな理論でなくて構いません。身近な出来事で十分です。
朝礼のひと言が、思いがけず現場の向きをそろえることもあります。

おわりに:迷うのは、会社も社員も大切だから

新しいものに挑みたい人と、今のお客様を守りたい人。
その間で迷う社長は、会社のことも、社員のことも、真剣に考えている証拠だと思います。

どちらの気持ちも、会社にとっての宝物です。
社長の役割は、どちらか一方を選ぶことだけではなく、両方が力を発揮できる「順番」と「居場所」を用意することなのかもしれません。

二番手は、逃げではありません。
限りある力を大切に使いながら、長く歩き続けるための、小さな会社の賢さだと考えられます。

今日の朝礼でのひと言が、明日の現場を少しだけ動かすかもしれません。
まずは、身近な一つの出来事から、話してみてはいかがでしょうか。

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

コメント Comments

コメント一覧

コメントはありません。

トラックバックURL

https://wakaruto.jp/%e6%8c%91%e6%88%a6%e3%81%8b%e3%80%81%e5%a0%85%e5%ae%9f%e3%81%8b%e3%80%82%e8%bf%b7%e3%81%86%e7%a4%be%e9%95%b7%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ae%e3%80%8c%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%8b%e3%82%89%e6%9d%a5/trackback/

関連記事 Relation Entry