「どれも正しそう」で決められない社長へ。迷いの正体は情報不足ではありません
夜、決めきれないまま電気を消す日がある
新しい機械を入れるべきか。人をもう一人雇うべきか。
値上げをするべきか、それとも今の価格で踏ん張るべきか。
考えているうちに日付が変わって、結局「また今度考えよう」と電気を消す。
そんな夜が、月に何度かある。
多くの経営者の方から、そういう話をうかがってきました。
不思議なのは、悩んでいる方ほど、情報をきちんと集めているということです。
セミナーにも出る。
本も読む。
同業の社長仲間にも話を聞く。
それでも決まらない。
つまり、足りないのは情報ではないのかもしれません。
集めた選択肢を並べたときに、「どれがうちにとって大事か」を測るものさしが手元にない。
だから、どれも正しそうに見えて、どれも決め手に欠ける。迷いの正体は、そこにあるのではないでしょうか。
「どれも正しそう」が、いちばん動けなくなる
もし目の前に、明らかに間違った選択肢と、明らかに正しい選択肢が並んでいたら、人は迷いません。
迷うのは、どちらもそれなりに正しく見えるときです。
広告を出すのも正しい。
単価を上げるのも正しい。
職人さんの待遇を良くするのも正しい。
全部正しいけれど、全部はできない。
時間もお金も人も限られているからです。
そして、規模の小さな会社ほど、この「全部はできない」が重くのしかかります。
従業員10名前後の会社では、社長は経営者であると同時に、いちばん腕のいい職人であり、いちばん早く電話に出る人でもあります。
日中は現場に立ち、夕方に見積を書き、夜に請求書を作る。
じっくり考える時間そのものが、そもそも確保しにくい。
こういう状況で「何をすべきか」を一つずつ検討していくと、たいてい途中で力尽きます。
検討している最中に、現場から電話がかかってくるからです。
だとすれば、順番を変えてみるという手があります。
選択肢を細かく比べる前に、比べるための「ものさし」を先に作ってしまう。
少し遠回りに見えますが、実はこちらのほうが早いことが多いのです。
高い場所に登ると、道が見える
山の中で道に迷ったとき、地面ばかり見ていても方向は分かりません。
少し高いところに登って、街の明かりがどちらに見えるかを確かめる。
すると、進むべき方向がつかめます。
経営の判断も、これに似ています。
目の前の選択肢をいくら並べ替えても、進む方向は決まりません。
一度視点を上げて、「そもそも、うちの会社は何のためにこの仕事をしているのか」というところまで戻る。
これは、きれいな理念を作りましょう、という話ではありません。
額縁に入れて壁に飾る言葉が欲しいわけではないのです。
そうではなく、「うちがなくなったら、誰がいちばん困るだろうか」「お客さんは、本当は何が解決してほしくて、うちにお金を払っているのだろうか」。
そういう、少し素朴な問いに戻ってみる、ということです。
そして大事なのは、上に登りっぱなしにしないことです。
高いところから方向を確かめたら、また地面に降りてきて、実際に足を動かさなければ前には進みません。
「何のために」までさかのぼったら、「では、明日の朝、誰が、何を、どう変えるのか」というところまで降りてくる。
この、上がって・降りるという往復こそが、考えを深める力になるのだと思います。
上がるだけなら、ただの理想論。
降りるだけなら、ただの思いつき。
両方をつなげたときに、はじめて「次の一手」になるのではないでしょうか。
事例:住宅リフォーム会社の森本さん(架空の例です)
ここで、一つ架空の例を挙げてみます。実在の会社ではありませんが、似た構図はよく見かけます。
森本さんは、住宅リフォーム会社の二代目社長です。
従業員は9名。父親の代から30年続く、地域では知られた会社でした。
数年前から、売上が伸び悩んでいました。
大手のリフォーム会社がテレビCMを流し、ショールームを構え、まとまった工事をどんどん受注していく。
森本さんの会社にも見積依頼は来るのですが、価格で負けることが増えていました。
森本さんは考えました。うちもチラシを増やそうか。
ホームページを作り直そうか。
思い切って価格を下げようか。
安い建材の仕入先を探そうか。
どれも間違ってはいません。
でも、どれも「大手と同じ土俵で、体力の少ないほうが戦う」という形になってしまいます。
決めきれないまま、半年が過ぎました。
その半年は、何もしていなかったわけではありません。
むしろ、ずっと考えていました。
一度だけ、思い切って値下げの見積を出そうとしたことがあります。
大手が提示した金額に合わせれば、この案件は取れる。
パソコンの前で数字を打ち込みながら、途中で手が止まりました。
この金額で受けたら、職人さんの日当を削るか、材料の質を落とすか、どちらかしかない。
どちらも、父の代からやってこなかったことでした。
結局、その見積は出しませんでした。
そして、仕事も取れませんでした。
もう一つ、頭から離れない言葉がありました。
番頭格の職人である田中さん(仮名)から、休憩中にぽつりと言われたのです。
「社長、うちって、これから何屋になるんですかね」。
責めるような口調ではありません。
ただの素朴な疑問でした。
それでも森本さんは、うまく答えられませんでした。
20年この仕事をしてきて、答えられなかった。
そのことが、ずっと引っかかっていたそうです。
あるとき森本さんは、順番を変えてみることにしました。
「何をするか」ではなく、「うちは何のためにこの仕事をしているのか」を、紙に書き出してみたのです。
書きながら、思い出したことがありました。
この会社に多い依頼は、実は大きな全面改装ではありませんでした。
手すりを一本つけてほしい。
段差をなくしてほしい。
お風呂だけ替えたい。
そういう、金額としては小さな工事です。
そして依頼してくるのは、年配のお客様が多い。
話を聞くと、たいてい同じことを言われます。
「この家で、もう少し暮らしたいんです」と。
森本さんは、こう書きました。
「うちの仕事は、住み慣れた家で、あと10年安心して暮らせるようにすること」
家を新しくすることが目的ではない。
その家での暮らしを続けられるようにすることが目的だ。
そう言葉にした瞬間、決まっていなかったことが、いくつも決まり始めました。
たとえば、5万円の手すり工事。それまでは「利益が薄いから、できれば断りたい仕事」でした。
でも、この目的に照らすと、むしろど真ん中の仕事です。
だから、断らない。
それどころか、翌日に見に行く体制を作る。
たとえば、見積書。
それまでは工事の項目と金額だけを並べていました。
これを変えて、「この工事で、暮らしがどう変わるか」を数行添えるようにしました。
「浴室の入口の段差をなくすことで、またぐ動作がなくなります」というように。
たとえば、工事が終わったあと。
半年後に一度、様子をうかがう電話を入れることにしました。
売り込みではなく、使い心地を聞くだけの電話です。
そして、やめたこともあります。
新築の下請け仕事を、少しずつ減らしました。
売上は立つけれど、目的からは遠かったからです。
社員さんにも、この一行を伝えました。
すると現場でも変化が出ました。
ある職人さんが、依頼されていない場所の危ない箇所に気づいて、写真を撮って報告してくるようになったのです。
「言われたことをやる」から「目的に向かって考える」に、少しずつ変わっていきました。
大手と価格で戦うのはやめました。
代わりに、「小さな工事を、すぐに、丁寧に」という一点で選ばれる会社になっていきました。
「何のために」を、明日の行動まで降ろすには
森本さんの例で大事なのは、きれいな言葉を作ったことではありません。
その言葉を、具体的な行動にまで翻訳したことです。
翻訳するときは、こんな順番で考えてみると進みやすいと思います。
一つ目に、「この目的に照らすと、絶対に外せないことは何か」
森本さんの場合は、「小さな工事でも、すぐに見に行く」でした。
ここが崩れると、目的そのものが成り立たなくなる部分です。
二つ目に、「では、やめてもいいことは何か」
実はこちらのほうが大事かもしれません。
新しいことを足すだけでは、現場は疲れていきます。
「これはもうやらない」が決まったとき、はじめて時間と体力が生まれます。
方向が決まったことの本当の効果は、「やること」が増えることではなく、「やらないこと」が決まることではないでしょうか。
三つ目に、「今週、誰が、何をするか」
「丁寧に対応する」では行動になりません。
「小工事の問い合わせは、翌営業日までに現地を見に行く。担当は自分と田中さん」まで書けたら、それは行動です。
大きな計画を立てる必要はありません。
むしろ、一つか二つで十分だと思います。
10名前後の会社では、社長が変わると、会社は驚くほど早く変わります。
だからこそ、変えることは絞ったほうがいい。
数字は、現場の半年後にやってくる
ここで、数字に関わる仕事をしていて感じる、小さな現実を二つお伝えしたいと思います。
一つは、現場の変化と、数字の変化のあいだには時間差がある、ということです。
丁寧な対応を始めた。断らない体制を作った。
社員さんの動きが変わった。
それでも、月次の試算表の数字は、しばらく大きく動きません。
多くの場合、はっきり数字に表れるのは半年から1年ほど先です。
なぜかというと、こういう変化は、まず「お客様の記憶」に貯まるからです。
記憶に貯まったものが、次の相談や口コミという形で戻ってくるまでに、どうしても時間がかかる。
ところが、3か月ほど経つと、多くの社長が不安になります。
「やっぱり効果がなかったのかもしれない」と。
そして、せっかく始めたことをやめてしまう。
これは、本当にもったいないことです。
だからこそ、数字が動くまでのあいだ、別のものを見ておくことをおすすめしたいのです。
たとえば、問い合わせの件数。
既存のお客様からの再依頼の数。
お客様からかけられた言葉のメモ。
こうした「数字になる前の兆し」を月に一度眺めておくと、途中で心が折れにくくなります。
売上は結果ですが、その手前には必ず前触れがあります。
前触れを見ておくと、続ける力が保てるのではないでしょうか。
もう一つ、数字を眺めていて気づくことがあります。
社長がいちばん時間を使っている仕事と、いちばん利益を残している仕事は、意外とずれていることが多い、ということです。
金額の大きな仕事は、どうしても気になります。
打ち合わせも増えますし、段取りにも神経を使います。
ところが後から一件ずつ手元に残った利益を並べてみると、手間のわりに残っていなかった、ということが起こります。
逆に、地味で小さな仕事のほうが、積み重なると立派な柱になっていた、ということも珍しくありません。
これは、社長の感覚が鈍いという話ではありません。
大きな金額に意識が向くのは、人として自然なことです。
ただ、自然なままにしておくと、時間の配り方が「売上の大きさ」に引っ張られてしまいます。
一度でいいので、去年の仕事を一件ずつ紙に並べて、「これに自分の時間をどれくらい使ったか」を思い出してみる。
それだけで、来年の時間の使い方が変わることがあります。
まずは、30分と紙一枚から
大がかりな準備は要りません。まずは、静かな30分と、紙を一枚用意するところから始めてみるのも一つです。
そこに、三つだけ書いてみてください。
一つ目。うちの会社がなくなったら、いちばん困るのは誰だろうか。
二つ目。その人は、本当は何を解決したくて、うちにお金を払っているのだろうか。
三つ目。それを一行で言うと、うちの仕事は「◯◯すること」だろうか。
三つ目は、なかなかきれいに書けないと思います。
それで構いません。
書き直すことに意味があります。
もし余裕があれば、社員さんにも同じことを聞いてみてください。
「うちって、お客さんから何で選ばれてると思う?」と。
現場に立っている人は、社長とは違うものを見ています。
その答えの中に、思ってもみなかった言葉が混じっていることがあります。
森本さんが「あと10年」という言葉にたどり着けたのも、日々の会話の中に答えのかけらが落ちていたからでした。

おわりに
迷いが消えないのは、判断力が足りないからではないと思います。
むしろ、選択肢のどれにも意味を見出せてしまう、誠実さの表れかもしれません。
だからこそ、比べるためのものさしを一つ持つ。
「うちは何のためにこの仕事をしているのか」という一行を持つ。
それがあるだけで、目の前の選択肢は、驚くほど選びやすくなります。
そして、その一行は、上に掲げたままにしないこと。
明日の朝、誰が何をするかというところまで降ろしてくること。
この往復ができたとき、頭の中のモヤモヤは、はじめて「次の一手」に変わっていくのだと思います。
一行は、今日はうまく書けなくてもいいのです。
書こうとした時点で、視野はもう少し高いところに移っています。
そこから見える景色は、きっと昨日とは違うはずです。
