利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

顧客をつくるだけでなく、ファンをつくるために ―中小企業が今日からできること

顧客をつくるだけでなく、ファンをつくるために ―中小企業が今日からできること

「誰に選ばれたいか」を決めると、経営が変わる

はじめに

「今月の売上は、どうだったろうか」多くの経営者にとって、この問いは、月末になると自然と頭に浮かんでくるものではないでしょうか。
売上や利益は、会社を続けていくうえで欠かせない数字です。
従業員への給料も、仕入れの支払いも、この数字がなければ成り立ちません。

けれども、数字だけを追いかけていると、いつの間にか、もっと大切なことを見失ってしまうことがあるように思います。
それは、「誰のために、この会社は存在しているのか」という、経営の一番の土台にある問いです。

たとえば、こんな場面を思い浮かべてみてください。
ある月、たまたま大きな注文が重なって、いつもより売上が伸びたとします。
喜ばしいことですが、その注文が一度きりのものであれば、翌月にはまた振り出しに戻ってしまいます。
反対に、金額としては目立たなくても、毎月欠かさず注文をくださるお客様が何人もいる会社は、多少波はあっても、じわじわと安定していくのではないでしょうか。

今回は、経営を考えるうえで避けて通れない「顧客」というテーマについて、一緒に考えてみたいと思います。

利益の大きさより、大切なお客様をどれだけ持っているか

すぐれた会社は、単にお客様の数を増やすだけでなく、会社を心から応援してくれる「ファン」と呼べるような存在をつくり出しています。
そう考えると、経営の成果をはかる物差しは、その月の売上高だけではないのかもしれません。

むしろ、「この会社でなければ困る」と思ってくださる大切なお客様を、どれだけ持っているか。
そこにこそ、会社の本当の力が表れるのではないでしょうか。
極端に言えば、今月の利益が少し少なくても、そうしたお客様との結びつきさえ保たれていれば、会社は先々まで続いていく力を持っている、とも言えます。
反対に、今月の利益がどれほど大きくても、その場かぎりのお客様ばかりであれば、翌月には売上がゼロになってしまうかもしれません。

これは、規模の大きな会社だけの話ではありません。
従業員が数名から十名ほどの小さな会社であっても、いえ、小さな会社だからこそ、一人ひとりのお客様との結びつきが、経営を支える大きな柱になります。
大企業のように広告に多くの費用をかけられない分、目の前のお客様に深く満足していただくことが、何よりの経営戦略になるのではないでしょうか。

誰に選ばれる会社になるか、を自分たちで決める

かつては、お客様のほうが会社を見つけ、選んでくれる時代でした。
看板を掲げていれば、近くに住む人や通りかかった人が、自然と店に足を運んでくれる。
そんな時代があったのは事実です。

けれども今は、情報があふれ、選択肢も無数にあります。
だからこそ、これからの時代は、会社の側から「どんなお客様に、選ばれたい会社でありたいのか」を、自分たちではっきりさせていく姿勢が求められているように思います。

これは、少し勇気のいることかもしれません。
すべての人に気に入られようとすると、かえって誰の心にも深く届かない、あいまいな商品やサービスになってしまうことがあります。
反対に、「このお客様に、心から満足していただきたい」という対象をはっきりさせると、商品の中身も、伝え方も、価格の付け方も、驚くほど自然に定まっていくものです。

たとえば、印刷業を営むある会社では、これまでどんな小さな注文でも断らずに引き受けてきました。
しかし、少量で納期の短い注文が増えるほど、現場は忙しくなる一方で、利益はなかなか残らない、という悩みを抱えていたそうです。
そこで、思い切って「まとまった部数を、余裕をもった納期でお願いできるお客様」を大切にする方針に転換したところ、現場の負担は軽くなり、むしろ一件あたりの満足度は高まった、という話を耳にしたことがあります。

すべてのお客様に、これまでどおりの対応を続けることが、必ずしも誠実さではないのかもしれません。
本当に大切にしたいお客様に、より深く向き合うための選択として、時には、自社の考え方に合わないお取引をお断りする、という判断も必要になると考えられます。

そして、「どんなお客様に選ばれたいか」がはっきりすると、その先の多くのことが、自然と定まっていきます。
商品やサービスの中身はどうあるべきか。どんな場所や方法で、その情報を届けるのか。値段はいくらに設定するのか。
広告やチラシには、どんな言葉を選ぶのか。
こうしたことは、すべて「誰に届けたいのか」という一点から枝分かれしていくものだからです。
逆に言えば、対象とするお客様がぼんやりしたままでは、商品づくりも、伝え方も、どこかちぐはぐなものになりやすい、とも言えるのではないでしょうか。

買い物には、見えない役割が隠れている

ここで、一つの事例をご紹介します。

浜松市内で小さな洋菓子店を営むAさんという方がいます。
ある日、常連のお母さんが、お子さんの誕生日ケーキを注文しに来店しました。
よく話を聞いてみると、そのお母さんがこの店を知ったきっかけは、ママ友達からの「あそこのケーキ、生地がふわふわで美味しいよ」という何気ない一言だったそうです。

ケーキのデザインを決めたのは、実はお子さん本人でした。
「電車の絵を乗せてほしい」という強い希望があり、お母さんもその気持ちを尊重したいと考えていました。そして最終的にお金を支払うのは、仕事でなかなか店に来られないお父さんです。

このように、一つの買い物の裏側には、きっかけをつくった人、強く希望を伝えた人、最終的に決める人、支払いをする人など、いくつもの役割が重なり合っています。
もしAさんが、「注文に来たお母さんだけ」を意識して接客していたら、お子さんの「電車の絵」という一番大切な願いを、見逃していたかもしれません。

これは、事業者向けの取引でも変わりません。
会社が新しい設備を導入するときも、現場の担当者が使いやすさを重視し、経理の担当者が費用を気にし、最終的には経営者が決裁する、というように、一つの決定の裏側に、いくつもの立場と気持ちが存在しています。
もし営業担当者が、決裁権を持つ経営者にばかり話をして、日々その設備を使う現場の担当者の声に耳を傾けなければ、使い勝手の悪さから、思わぬところで話が止まってしまうかもしれません。

自分たちの商品やサービスを、誰が、どんな気持ちで選んでくれているのか。
その背景にある一人ひとりの役割を想像してみることは、日々の経営の中で、案外見落とされがちな視点ではないでしょうか。
限られた時間と人手の中で、すべての役割の方に同じだけ力を注ぐことは難しいかもしれません。
だからこそ、誰の声が決定に一番大きく影響しているのかを見極め、そこに、より多くの気持ちを向けていく。
それも、小さな会社ならではの工夫の一つだと考えられます。

情報だけでは、お客様の心はつかめない

近年は、多くの会社が、お客様に関する情報を集めることに力を入れています。
来店の回数や、購入した商品、問い合わせの内容など、記録できる情報は数多くあります。

もちろん、こうした情報の積み重ねは、経営の助けになります。
けれども、情報をどれだけ集めても、それだけでお客様の心をつかめるわけではない、というのも事実ではないでしょうか。
数字や記録には表れない、「その場でどう感じたか」という体験こそが、次にまた来ていただけるかどうかを左右するように思います。

たとえば、ある地域の診療所では、来院の履歴や検査の結果を丁寧に記録し、経営の参考にしていました。
しかし、実際に患者さんが「また来たい」と感じるかどうかを決めていたのは、記録された数字ではなく、受付での何気ない声かけや、待ち時間の過ごしやすさといった、記録に残りにくい部分だったそうです。
情報は、経営を支える大切な土台にはなりますが、それだけでお客様の満足をつくり出すことはできない、ということがよく分かる話ではないでしょうか。

昔から伝わる中国のことわざに、「お客様を笑顔にできないなら、店を開いてはいけない」という趣旨の言葉があるそうです。
少し厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、これは今も昔も変わらない、商いの根っこにある考え方なのだと感じます。

情報を集めることと、お客様を実際に喜ばせること。
この両方を大切にして、はじめて経営は前に進んでいくのではないでしょうか。
もし今、自社に何らかの記録や情報が蓄積されているとしたら、それを眺めるだけでなく、「この数字の裏側で、お客様はどんな表情をしていただろうか」と、想像を重ねてみる時間を持ってみるのもよいかもしれません。
数字は、あくまでお客様の姿を映す影のようなものであり、影そのものを追いかけても、本体である人の心には、なかなか近づけないものだからです。

自社にあてはめて、少し考えてみる

ここまで読んでくださった方の中には、「自分の会社ではどうだろう」と考え始めた方もいらっしゃるかもしれません。
難しく考える必要はありません。
たとえば、次のようなことを、ふと立ち止まって考えてみるのも一つです。

いま自社を選んでくださっているお客様は、どんな方々でしょうか。
そのお客様は、自社の何に価値を感じ、何がきっかけで自社を知ってくださったのでしょうか。
そして、自社の強みは、そのお客様の求めているものと、本当にかみ合っているでしょうか。
かみ合っているとすれば、それはなぜでしょうか。
もし、どこかずれを感じるとすれば、それはなぜなのか、考えてみる価値があるかもしれません。

また、これまでのお客様の顔ぶれは、時代とともにどのように変わってきたでしょうか。
年齢層や家族構成、暮らし方の変化によって、これまでとは違うお客様が増えてきた、ということはないでしょうか。
そうした変化は、自社にとって、どのような意味を持つでしょうか。

反対に、今はお付き合いのあるお客様の中にも、これから先は少し距離を置いてもよいお客様がいるかもしれません。
それは、お客様の求めるものが変わったからかもしれませんし、自社の持てる力に限りがあるからかもしれません。
あるいは、他の会社のほうが、そのお客様の役に立てる、ということもあるでしょう。

こうした問いに、すぐに答えを出す必要はありません。
まずは、頭の片隅に置いておくだけでも、日々のお客様との会話や接客の中で、これまでとは違う気づきが生まれてくるのではないかと思います。

小さな一歩から始めてみる

とはいえ、いきなり「対象とするお客様を定義する」と言われても、身構えてしまう方も多いのではないでしょうか。
難しい分析や、立派な資料をつくる必要はありません。

まずは、直近で「ありがたいな」と感じたお客様を、二、三人思い浮かべてみることから始めてみるのも一つです。
その方は、どんなきっかけで自社を知ったのか。
何に満足してくださっているのか。
次に誰かへ自社のことを話すとしたら、どんな言葉で伝えてくださりそうか。
こうしたことを、頭の中で想像してみるだけでも、これまで漠然としていた「顧客」という言葉が、一人の顔を持った存在として、少しずつ輪郭を帯びてくるように思います。

そして、次にお客様と接する機会があれば、いつもより少しだけ、相手の背景にある事情に耳を傾けてみる。
それだけでも、これまで気づかなかった発見があるかもしれません。
大きな仕組みを変えるのは大変でも、目の前の一人との関わり方を少し変えることは、今日からでもできることではないでしょうか。

おわりに

会社の値打ちは、決算書に記された利益の額だけでは測れません。
目には見えにくいけれど、「この会社を選んでよかった」と思ってくださるお客様の存在こそが、これから先も会社を支えていく、何よりの財産になるのではないでしょうか。

日々の忙しさの中では、目の前の業務に追われ、こうした問いにじっくり向き合う時間を取りづらいこともあると思います。
それでも、ふとした合間に、「自分たちは、誰を喜ばせるために働いているのだろう」と、あらためて立ち止まってみる。
その小さな時間の積み重ねが、数年後の会社の姿を、静かに、しかし確実に変えていくのではないかと感じます。

売上の数字を追いかける前に、まずは「誰を、どう喜ばせたいのか」を、あらためて考えてみる。
それが、経営を一歩前に進める、小さくても確かな一歩になるはずです。

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