「気にかけている」が伝わる、小さなお便りの届け方
中小企業の経営者の方々とお話ししていると、「お客様ともっと良い関係を築きたい。
でも、何から手をつければいいのかわからない」というお悩みをよく耳にします。
とくに、従業員が十名前後の小さな会社ほど、広告や販促にかけられる予算は限られており、この悩みは切実なのではないでしょうか。
やりたいことは頭の中にある。
けれど、費用のことを考えると、つい後回しにしてしまう。
そうしているうちに、日々の忙しさに追われて、いつの間にか忘れてしまう。
そんな経験をお持ちの経営者の方も、少なくないと思います。
今回は、「お便り」を通じてお客様との絆を深めていくためのヒントについて、一緒に考えてみたいと思います。
難しい言葉はできるだけ使わず、身近な例を交えながらお話ししていきますので、気軽に読み進めていただければ幸いです。
なぜ「お便り」は、わざわざ届けることに意味があるのか
商売というものは、お客様が店に来て、商品やサービスを受け取り、代金をお支払いいただく。
その繰り返しのように見えます。
ですが、それだけでは「取引」で終わってしまい、なかなか「関係」にまで育っていきません。
取引というのは、その場限りのやりとりのことです。
それに対して関係とは、次にまた会いたいと思ってもらえるような、続いていくつながりのことを指します。
考えてみますと、お客様が実際にお店にいる時間は、一日のうちのほんのわずかです。
月に一度来店される方であれば、お店で過ごす時間は年間でも数時間程度にしかなりません。
残りのほとんどの時間、お客様はお店の外で、まったく別の暮らしを送っておられます。
つまり、経営者にとって本当に大切なのは、お客様が店に「いる」時間よりも、店に「いない」ときにどう思い出してもらえるか、ということではないでしょうか。
この、目に見えない時間にどう寄り添うかが、長く続くお付き合いの土台になっていくのだと考えられます。
たとえるなら、久しく会っていない友人から、ふと届いた一通の便りのようなものかもしれません。
用件があるわけでもないのに、「元気にしていますか」と一言添えられているだけで、なんとなく嬉しく感じる。
そうした経験は、多くの方にあるのではないでしょうか。
お店とお客様の関係も、これと似たところがあるように思います。
ここで大切になってくるのが、「お便り」の届け方です。
お客様が自らお店に足を運んだときに、ついでに受け取るお便りと、お店の側から届けられるお便りとでは、受け取る側の感じ方がまったく違います。
前者は「自分で行った先で、たまたまもらった」という感覚にとどまりますが、後者は「お店の方から、自分のことを気にかけてくれている」という実感につながります。
この差は、小さいようでいて、実はとても大きいのではないでしょうか。
お客様には、深いつながりの方も、浅いつながりの方もいる
もう一つ、考えておきたいことがあります。
それは、お客様との関係には、濃淡があるということです。
たとえるなら、庭の手入れに似ているかもしれません。
庭全体に、毎日同じだけ水をやろうとすると、いくら時間があっても足りません。
けれど、とくに大切に育てている木や、これから花を咲かせようとしている株には、少し多めに水を与える。
そうすることで、限られた時間の中でも、庭全体の様子は少しずつ良くなっていきます。
お客様との関係も、これと似ているのではないでしょうか。
すべてのお客様に、まったく同じだけ心を配ろうとすると、どうしても手が回らなくなってしまいます。
ですが、とくによく来てくださる方、長くお付き合いのある方に、少し多めに心を配る。
そうすることで、無理なく、お店全体の関係性を育てていくことができるように思います。
これは、決して「一部のお客様だけを大切にして、他のお客様をおろそかにする」という話ではありません。
限られた時間や費用の中で、どこから始めれば、いちばん実りが大きいかを考える。
そうした優先順位のつけ方の話だと捉えていただければと思います。
「経費がない」で立ち止まっていませんか
とはいえ、多くの小さな会社にとって、すべてのお客様に定期的にお便りを郵送する、というのは現実的ではありません。
郵送費や印刷費は、一件あたりでは小さくとも、お客様の人数が増えるほど積み重なり、決して軽い負担ではなくなっていきます。
ここで多くの経営者が、「予算がないから、お便りは諦めよう」という判断に至ってしまいます。
私自身、税理士として数多くの経営者の方とお話をする中で、この「予算がない」というところで思考が止まってしまう場面に、何度も出会ってきました。
予算がないという事実そのものは間違っていないのですが、そこで考えることをやめてしまうのは、少しもったいないようにも感じます。
経営者の判断が止まってしまう場所には、いくつかの共通点があるように感じます。
一つは、「やるなら、きちんとしたものを、全員に届けなければならない」という思い込みです。
もう一つは、「中途半端にやるくらいなら、やらないほうがいい」という考え方です。
どちらも、真面目に経営と向き合ってこられた方ほど、陥りやすい考え方なのではないでしょうか。
しかし、少し立ち止まって考えてみますと、必ずしも「全員に、同じように届ける」必要はないのではないでしょうか。
すべてのお客様に平等に力を注ごうとするのではなく、まずは一部のお客様から始めてみる。
そう考えるだけで、閉ざされていたはずの道が、少しずつ開けてくるように思います。
小さく始めて、様子を見ながら育てていく。
それくらいの気持ちで、ちょうどよいのではないかと思います。
ある和菓子店の物語
ここで、実際にあった事例を一つご紹介したいと思います。
三代続く小さな和菓子店を営む田村さん(仮名)は、地域に根づいたお店を大切に守ってきました。
祖父の代から続く店構えと、変わらない味を守り続けることに、誇りを持ってお店を続けてこられた方です。
ところが、近年の環境の変化もあり、以前ほどお客様の来店頻度が保てなくなっていました。
何とかお客様とのつながりを保ちたい。
そう思う一方で、広告や販促にかけられる費用には限りがあり、お便りを郵送することも簡単には決断できずにいました。
そんなとき、田村さんは自分のお店の売上を、あらためて見直してみることにしました。
一年分の売上の記録を、お客様ごとに整理してみたのです。
すると、売上の大部分を支えてくれているのは、実は一部の常連のお客様である、ということに気づきました。
全体のお客様の中で、とくによく来てくださる三割ほどの方が、売上の大きな割合を占めていたのです。
これは田村さんのお店に限った話ではなく、多くのお店で見られる傾向で、よく来てくださる一部のお客様が、お店全体を支えてくださっていることが少なくありません。
この気づきから、田村さんはひとつの決断をします。
すべてのお客様にお便りを送るのではなく、とくによく来てくださる常連のお客様、十数名に絞って、手書きの一言を添えたお便りを作り、自ら自転車でお届けすることにしたのです。
郵送費をかけられないなら、自分の足で届ければいい。
そう考えたのだそうです。
最初は、正直なところ恥ずかしさもあり、「こんなことをして迷惑ではないか」という不安もあったそうです。
お客様の自宅を訪ねるというのは、勇気のいることでもあります。
ですが、実際に届けてみると、お客様から「わざわざ持ってきてくれたんですか」と驚かれ、玄関先で少し立ち話をするような場面も生まれました。
次にお店を訪れたときには、以前よりも会話が弾むようになり、お客様のほうから「今度、友人も連れてきますね」と言っていただけることも増えていったといいます。
数ヶ月続けるうちに、田村さんは大切なことに気づきます。
お便りの見た目の立派さや、内容の完成度が重要なのではなく、「あなたのことを気にかけていますよ」という気持ちが伝わることこそが、いちばんの価値なのだ、ということです。
効率だけを考えれば、遠回りに見えるかもしれません。
ですが、この遠回りこそが、お客様との間に、他では得がたい信頼を育てていったのではないでしょうか。
どんな業種にも応用できる考え方
この物語から見えてくる考え方は、和菓子店に限らず、飲食店や美容室、工務店など、業種を問わず応用できるのではないかと思います。
ポイントを整理すると、次の三つに集約されるように思います。
一つ目は、すべてのお客様に平等に力を注ごうとしないことです。
限られた時間や費用を、無理に広く薄く使うのではなく、まずは一部のお客様に集中してみる。
それだけで、実行できることの幅がぐっと広がります。
たとえば美容室であれば、月に一度は必ず来てくださる方だけに絞って、季節の一言を添えたお便りを渡してみる。
工務店であれば、過去に工事を依頼してくださった方の中で、とくに親しくしてくださっている方にだけ、近況の報告をお送りしてみる。
そうした形で構わないのです。
二つ目は、お店を支えてくださっている一部のお客様に、まず目を向けることです。
売上の記録を振り返ってみると、とくによく来てくださる方が、案外少人数であることに気づかれる経営者も多いのではないでしょうか。
日々の忙しさの中では見落としがちですが、あらためて数字を眺めてみると、新しい発見があるものです。
飲食店であれば、月に何度も足を運んでくださる常連の方。
整体院や治療院であれば、定期的に通ってくださっている方。
業種によって形は違っても、考え方は同じです。
三つ目は、完璧を目指さないことです。
立派な印刷物でなくても、手書きの一言や、簡単な近況報告のようなもので十分に気持ちは伝わります。
むしろ、飾らない言葉のほうが、お客様の心に届きやすいのかもしれません。
凝った文章を考えようとして手が止まってしまうよりも、素直な言葉を、まずは一度届けてみることのほうが、ずっと価値があるように思います。
今日からできる、小さな一歩
こうしたお話をすると、「うちの会社でも、何かできそうだ」と感じてくださる経営者の方が少なくありません。
もしそう思っていただけたなら、まずは次のようなところから始めてみるのも一つです。
まず、よく来てくださるお客様を、十名ほど思い浮かべてみてください。
名簿や記録があれば、それを見返してみるのもよいでしょう。
次に、その方々に向けて、簡単な一言を考えてみます。
近況のご報告でも、季節のご挨拶でも構いません。
難しく考える必要はなく、日頃思っていることを、そのまま言葉にするくらいで十分です。
そして、可能であれば、郵送ではなく手渡しや、直接お届けするという形をとってみる。
もちろん、状況によっては郵送でも十分ですし、大切なのは形式よりも、無理なく続けられるやり方を選ぶことです。
一度きりで終わらせず、少しずつでも続けていくことで、お客様との関係は少しずつ、しかし確実に深まっていくのではないでしょうか。
最初から大がかりに始める必要はありません。
まずはお一人に対して、試してみる。
そこから少しずつ広げていく、というくらいの気持ちで十分ではないかと思います。

おわりに
大きな費用をかけなくても、お客様に気持ちを伝える方法はあります。
お客様が店にいない、目に見えない時間にこそ、「気にかけている」という思いを届けること。
それが、長く続く関係の土台になっていくのではないでしょうか。
効率や規模だけを追いかけていると、こうした小さな一歩は、つい後回しにされがちです。
ですが、経営を長く続けていく上で本当に支えとなるのは、こうした地道な積み重ねなのかもしれません。
派手さはなくとも、一人ひとりのお客様と丁寧に向き合う姿勢は、長い時間をかけて、お店の何よりの財産になっていくのではないでしょうか。
完璧な仕組みができてから始めよう、と考える必要はありません。
まずは思い浮かんだお一人に、今週中に一言届けてみる。
それくらいの軽やかさで、始めていただければと思います。
今日ご紹介したお話が、皆様のお店やお客様との関係を、あらためて見つめ直すきっかけになれば嬉しく思います。
まずは小さな一歩から、始めてみませんか。
