利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「なるほど」で終わらせない―お客様の背中をそっと押す工夫について

「なるほど」で終わらせない―お客様の背中をそっと押す工夫について

お客様が最後の一歩を踏み出せないのは、なぜか

お客様が「なるほど、これなら安心」と思う瞬間はどこにあるのか

多くの経営者の方が、日々、商品やサービスの質を高めることに力を注いでいらっしゃいます。
良いものを作れば、いずれお客様に伝わるはずだ。
そう信じて、まじめに仕事と向き合っておられる方も多いのではないでしょうか。

けれども実際には、どれほど良いものであっても、それだけでお客様が「よし、買おう」と決断してくださるとは限りません。
良さが伝わることと、行動に移してもらうことの間には、思いのほか大きな距離があるものです。

この距離を埋めるために、世の中の多くの企業が意識的に行っていることがあります。
ひとつは「安心してもらうための材料」を用意すること。
もうひとつは「最初の一歩を踏み出しやすくする工夫」を添えることです。
今日は、この二つの視点について、身近な例を交えながら考えてみたいと思います。

私自身、税理士としてさまざまな経営者の方とお話をする中で、「良いものを作っているのに、なぜかお客様が増えない」というご相談をよくいただきます。
話を伺っていくと、商品やサービスの質そのものに問題があることはむしろ少なく、お客様に安心して一歩を踏み出していただくための仕組みが、まだ言葉や形になっていないだけ、ということが多いように感じます。

こうした話は、大きな会社だけのものだと思われるかもしれません。
けれども、実際には、従業員数名から十名前後の会社や、個人で商売をされている方こそ、日々のお客様との距離が近い分、こうした工夫を取り入れやすい面もあるのではないかと感じています。
難しい理論というよりも、明日からの接客や案内文の一言に活かせるような、身近な視点として読んでいただければと思います。

「安心の材料」にはいくつかの種類がある

お客様が初めて出会う商品やサービスに対して抱く気持ちは、たとえて言うなら、知らない土地で初めて入るお店に対する気持ちに近いのではないでしょうか。
看板は立派でも、実際に入ってみないと味も接客もわかりません。
そんなとき、多くの人は入り口に貼られた「お客様の声」や、行列の様子、あるいは知人の評判を頼りにするのではないでしょうか。

これと同じように、ビジネスの世界でも、お客様に安心していただくための材料には、いくつかの型があると考えられます。

一つ目は、実際に使った方の感想です。

作り手がどれほど「良いものです」と語っても、それは半分は身びいきに聞こえてしまいます。
ところが、利害関係のない第三者が「使ってみて良かった」と語る言葉には、不思議な説得力が宿ります。

二つ目は、他と比べたときの違いがわかる情報です。

同じような商品が並んでいるとき、何がどう違うのかが一目でわかると、お客様は選びやすくなります。
逆に違いがわからないままだと、結局いちばん安いものが選ばれてしまう、ということも起こりがちです。

三つ目は、なぜこの商品が生まれたのか、という背景の物語です。

作り手がどんな課題に向き合い、どんな思いでこの商品にたどり着いたのか。
その道のりを知ると、お客様はその商品を単なる「もの」としてではなく、「誰かの想いが込められたもの」として受け取ってくださるようになります。

四つ目は、その分野に詳しい人からの評価です。

専門的な知識を持つ人が太鼓判を押してくれると、詳しくないお客様も安心して判断を委ねることができます。

五つ目は、すでに多くの方に選ばれているという実績です。

「これだけの方が選んでいる」という事実は、それ自体がひとつの安心材料になります。
人は、自分ひとりで判断するよりも、周りの選択を参考にしたい生き物なのかもしれません。

これらの材料は、どれか一つだけを完璧に揃える必要はないと考えられます。
むしろ、自社にすでにあるものを組み合わせて、無理のない形でお客様にお伝えしていくことのほうが、長く続けやすいのではないでしょうか。

安心しただけでは、人はなかなか動かない

ところが、ここで一つの壁にぶつかります。
お客様が「良さそうだ」「安心できそうだ」と感じてくださったとしても、それがそのまま購入や契約につながるとは限らないのです。

これは、私たちの日常を振り返ってみると、よくわかることではないでしょうか。
良さそうなお店を見つけても、「今度行ってみよう」と思ったまま、結局行かずじまいになることは少なくありません。
良いと思うことと、実際に行動することの間には、もうひと押しが必要なのだと考えられます。

このもうひと押しとして使われるのが、価格の優遇や、無料もしくは低価格でのお試し提供といった、行動のきっかけとなる工夫です。

たとえば、化粧品売り場で見本を試せると、買うかどうか迷っていた人の背中がふっと押されることがあります。
ジムの体験利用や、学習塾の無料体験授業なども同じ仕組みです。
「まずは試してみてください」という提案は、お客様にとって「失敗したときのリスクが小さい」という安心感を生み、最初の一歩を軽くしてくれます。

「最初は赤字でもいい」という考え方の裏側にあるもの

ここで、多くの経営者の方が引っかかるのではないかと思う点があります。無料や割引でお試しいただくと、少なくともそのお客様一人については、赤字になってしまうのではないか、という疑問です。

実際、私がお話を伺う経営者の方の中にも、この一点でずっと足が止まってしまっている方が少なくありません。
「値引きをすると、安売りだけを狙ったお客様しか来ないのではないか」「一度きりで終わってしまったら、ただの持ち出しになってしまう」という不安は、決して的外れなものではなく、むしろ商売を大切にしているからこそ生まれる、自然な警戒心だと思います。

判断が止まってしまう理由の多くは、実は「損か得か」を、いつも一回の取引という短い単位でしか測っていないことにあるのではないでしょうか。
一回だけを見れば損に見えることでも、半年、一年という単位で眺めると、まったく違う景色が見えてくることがあります。
足が止まっているときほど、一度立ち止まって、時間の物差しそのものを変えてみることが、次の一歩につながるように思います。

たしかに、一人のお客様との最初のやり取りだけを見れば、赤字になることは十分にあり得ます。
広告にかけた費用や、無料で提供した試供品の原価を考えれば、その場だけでは元が取れていない、ということも珍しくありません。

けれども、ここで大切なのは、見る範囲を少し広げてみることではないでしょうか。
一回限りの取引で元を取ろうとするのではなく、そのお客様が今後どれくらいの期間、どれくらいの金額を、自分の会社に使ってくださるのか、という長い目で考えてみるのです。
この、お客様が生涯にわたって自社にもたらしてくださる価値のことを、顧客生涯価値と呼ぶことがあります。

たとえば、最初のお試しでは赤字だったとしても、そのお客様が半年後、一年後にも継続してお付き合いくださるなら、その間に積み重なる利益で、最初の赤字は十分に取り返せることになります。
つまり、最初の出会いの場面での赤字は、失敗ではなく、その先の関係を築くための種まきであり、ひとつの投資だと捉えることができるのではないでしょうか。

もう少し具体的にイメージしていただくために、簡単な考え方を挙げてみます。
仮に、新しいお客様を一人お迎えするために、五千円分の値引きや試供品の費用がかかったとします。
それだけを見れば五千円の持ち出しです。
けれども、そのお客様が今後一年の間に、平均して三万円分のご購入を継続してくださるとしたら、最初の五千円は決して大きな負担ではなく、むしろ十分に見合う先行投資だったということになります。
もちろん、これはあくまで一つの考え方であり、実際の数字は業種やお客様によって大きく異なりますが、「最初の一回」だけで判断しないという視点は、多くの商売に共通して当てはまるのではないでしょうか。

ある整体院の例から考えてみる

少し具体的な場面で考えてみたいと思います。
ある整体院の例です。

この整体院を営む院長は、開業から数年、新しいお客様がなかなか定着しないことに悩んでいました。
チラシを配っても、一度来店されて終わってしまう方が多く、広告費だけがかさんでいく状態が続いていたそうです。
「このままでは広告費を増やすほど赤字が膨らむだけではないか」と、しばらくは新しい手を打つこと自体をためらっていたといいます。

あるとき院長は、思い切って「初回限定・通常料金の半額」という案内を出すことにしました。
半額にすれば、その回だけを見れば利益はほとんど残りません。
正直なところ、最初は「これでは赤字が増えるだけではないか」という不安もあったそうです。

けれども院長が同時に始めたのは、初回にいらしたお客様の体の状態や悩みをできる限り丁寧に聞き取り、次にどうすればもっと楽になれるかを、具体的にお伝えすることでした。半額の案内は、あくまで「まず体を知ってもらうための入り口」と位置づけ、そこから先の関係づくりに力を注いだのです。
施術の合間には、日常生活でできる簡単な体操を紙にまとめてお渡しするなど、次も来たいと思っていただけるような工夫も重ねていったそうです。

結果として、初回にいらしたお客様のうち、一定数の方が二回目、三回目と通ってくださるようになりました。
一回あたりの利益は小さくても、数か月単位でお付き合いいただくことで、初回の値引き分は自然と回収され、それを上回る利益が積み重なっていったといいます。
院長は後に、「最初の半額は、お客様との関係を始めるための入場料のようなものだったのかもしれない」と振り返っていました。

自社に置き換えて考えてみるとしたら

このような話を聞くと、「うちのような小さな会社でも同じように考えられるのだろうか」と感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
難しく考える必要はなく、まずは次のようなことから考えてみるのも一つではないでしょうか。

まず、自社にはすでにどのような「安心材料」があるかを、改めて棚卸ししてみることです。
お客様からいただいた感想の言葉、長くお付き合いいただいている取引先、これまでの実績。すでに手元にあるのに、うまく伝えられていないだけ、ということも意外と多いものです。

次に、お客様が最初の一歩を踏み出しやすくなるような、小さなきっかけを用意できないか考えてみることです。
必ずしも大幅な値引きである必要はなく、少量のお試し提供や、初回だけの特別な条件など、自社の商売に合った形を探ってみるとよいのではないかと思います。

そしてもうひとつ、これが一番大切なところかもしれませんが、目の前の一回の取引の損得だけで判断しないことです。
あるお客様が平均してどれくらいの期間、どれくらいの頻度で自社を利用してくださっているのか。
まずはそこを大まかにでも把握してみることから始めてみるのも一つです。
数字が見えてくると、「この程度の投資であれば、十分に見合う」という判断がしやすくなるはずです。

もし、こうした数字をご自身で把握するのが難しいと感じられる場合は、日頃お付き合いのある身近な専門家に相談してみるのも一つの方法です。
売上の記録を少し整理するだけでも、お客様との本当のお付き合いの長さが見えてくることがあります。

おわりに

信頼を積み重ねる工夫も、最初の一歩を後押しする工夫も、どちらも一朝一夕にできあがるものではありません。
けれども、どちらも決して難しいものではなく、日々の商売の中で少しずつ形にしていけるものだと考えられます。

大切なのは、目先の一回だけの結果に一喜一憂するのではなく、お客様との関係を長い時間軸で見つめることではないでしょうか。
最初のお付き合いで多少の持ち出しがあったとしても、それがその先の信頼関係につながっていくのであれば、それは決して無駄な出費ではなく、未来への種まきだと言えるはずです。

まずは自社の商売を振り返り、「うちのお客様は、どれくらいの期間お付き合いくださっているだろうか」と考えてみることから、始めてみてはいかがでしょうか。
その視点を持つだけでも、これからの一手の見え方が、少し変わってくるのではないかと思います。

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