多様性の時代に、なぜリーダーシップが必要なのか
はじめに:なぜ、いま「リーダーシップ」がこれほど問われているのか
最近、経営者の方々とお話をしていると、「うちの会社にも、もっとリーダーシップが必要だと感じている」という声を耳にすることが増えてきました。
従業員がそれぞれ違う価値観を持ち、働き方や人生観も多様になった今だからこそ、経営者の舵取りが試されているのだと感じます。
背景には、いくつかの変化があるように思います。
人手不足を背景に、年齢も国籍も働き方の希望も異なる人たちを、これまで以上に幅広く採用せざるを得なくなった会社も多いでしょう。
子育てや介護と両立しながら働く方、副業を持ちながら働く方も珍しくなくなりました。
かつてのように「みんな同じ時間に出社し、同じように働く」という前提そのものが、少しずつ崩れてきているのです。
一見すると、少し不思議に思われるかもしれません。
「一人ひとりの違いを認めましょう」という時代に、なぜ一人の経営者が強く方向性を示す必要があるのでしょうか。
多様性を大切にするのであれば、みんなの意見をそのまま受け止めればよいのではないか、と考える方もいらっしゃるでしょう。
けれど実際には、逆のことが起きます。
違いを認め合う職場をつくろうとすればするほど、誰かが舵(かじ:船の進む方向を決める道具)を取らなければ、会社という船は前に進めなくなってしまうのです。今日は、そのことについて、身近な例を交えながらご一緒に考えてみたいと思います。
「みんなの意見を大事にする」だけでは、物事が決まらない理由
たとえば、ある小さな会社で、社員旅行の行き先を決めることになったとします。
若い社員は都会でショッピングを楽しみたいと考え、ベテラン社員は温泉でゆっくり過ごしたいと願う。
子育て中の社員は、なるべく近場で日帰りにしてほしいと思っている。
こうした希望は、どれも間違っているわけではありません。
むしろ、一人ひとりが自分らしい過ごし方を大切にしている証拠とも言えるでしょう。
しかし、全員の希望をそのまま並べただけでは、行き先はいつまでも決まりません。
誰かが「今回はここにしましょう」と決めなければ、旅行そのものが実現しなくなってしまいます。
これは旅行という小さな出来事に限った話ではありません。
会社の働き方のルールを決めるときも、評価の基準を決めるときも、新しい取り組みを始めるかどうかを判断するときも、同じことが起こります。
多様な考えを持つ人が集まれば集まるほど、意見の数は増え、まとまりにくくなっていく。
まるで、それぞれが違う方向を指すコンパスを持っているようなものです。
だからこそ、その中で「私たちはこちらに進みましょう」と方向を示す存在が、どうしても必要になるのです。
この点は、オーケストラに例えると分かりやすいかもしれません。
バイオリンもピアノもトランペットも、それぞれ違う音を持っています。
その違いこそが豊かな演奏を生み出すのですが、指揮者がいなければ、音はただの雑音になってしまいます。
指揮者は、演奏者一人ひとりの個性を消すのではなく、全体としてひとつの曲になるようにまとめる役割を担っています。
会社における経営者の役割も、これによく似ているのではないでしょうか。
同じことは、値段の決め方や、新しい設備を導入するかどうかの判断にも当てはまります。
「値上げをすると常連のお客様に申し訳ない」「新しい機械を入れると、慣れているベテランが困るかもしれない」。
そうした個々の事情に配慮しようとするあまり、いつまでも決められずにいる、という経営者の方は少なくありません。
もちろん、周囲への配慮は大切です。けれど、配慮と、決めないこととは、本来別のものではないでしょうか。
経営者が「決める」ことをためらってしまうとき
とはいえ、頭では分かっていても、実際に方向性をはっきり示すことに、ためらいを感じる経営者の方も少なくありません。
「自分の考えを押しつけたら、独りよがりだと思われるのではないか」「若い社員に古い考えだと反発されるのではないか」という不安を、心のどこかに抱えている方も多いのではないでしょうか。
とくに、社員一人ひとりの事情や希望をよく知っている経営者ほど、その傾向が強いように感じます。
相手の顔が見えているからこそ、誰かの希望をかなえられないことに、心苦しさを覚えてしまうのです。
これは、社員思いの経営者であるからこそ生まれる迷いであり、決して悪いことではありません。
ただ、そこで判断を先延ばしにしてしまうと、結果として、声の大きい人の意見だけが通ってしまったり、逆に誰の意見も通らないまま時間だけが過ぎてしまったりすることがあります。
迷いを抱えながらも、最後にはどこかで線を引き、方向を示す。
そのひと踏ん張りこそが、経営者にしかできない役割なのだと思います。
もちろん、最初から完璧な決断をする必要はありません。
むしろ、多くの経営者は、迷いながら、時には迷いを引きずったまま、それでも一歩を踏み出しています。
大切なのは、迷わないことではなく、迷いながらも最後は自分で決める、という姿勢を持ち続けることではないでしょうか。
事例:世代の違いに悩んだ、ある食品加工会社の経営者
ここで、ある食品加工会社の話をご紹介したいと思います(仮に佐藤さんとしておきましょう)。
従業員は10名ほどの、地域に根差した会社です。
長年、地元のスーパーや飲食店に総菜を卸してきました。
佐藤さんの会社では、ここ数年で従業員の顔ぶれが大きく変わりました。
長年勤めてきたベテラン社員は、朝早くから黙々と作業をこなし、休憩時間も惜しんで仕事を覚えることを美徳としてきました。
「見て覚えろ」「体で覚えるものだ」というのが、彼らにとっての当たり前だったのです。
一方で、新しく入った若手社員たちは違いました。
決められた時間内でしっかり成果を出し、終業後や休日はプライベートの時間を大切にしたいと考えていました。
マニュアルや手順書があれば効率よく仕事を覚えられるのに、と感じている人も少なくありませんでした。
さらに、パートで働く主婦の方々は、子どもの学校行事や急な体調不良に合わせて、シフトを柔軟に調整したいという希望を持っていました。
最初のうち、佐藤さんは「みんなの希望をできるだけ聞いてあげたい」という思いから、個別の要望にひとつひとつ応じていました。
誰かに我慢を強いるのは経営者として避けたい、という気持ちもあったのでしょう。
ところが、それぞれの事情に合わせているうちに、シフトは複雑になり、誰がいつ何をするのか分かりにくくなっていきました。
ベテラン社員からは「若い子ばかり優遇されている」という不満が漏れ、若手社員からは「昔のやり方を押しつけられている気がする」という声が上がるようになったのです。
パートの方々も、次第に肩身の狭さを感じるようになっていました。
このままでは、会社の雰囲気そのものが悪くなってしまう。
そう感じた佐藤さんは、あるとき思い切って、全員を集めてこう伝えました。
「うちの会社が大切にしたいのは、お客様に安心して食べていただける商品を、責任を持って届けることです。働き方は人それぞれ違っていい。年齢も、家庭の事情も違って当然です。でも、この目的に向かって力を合わせることだけは、譲れません」。
このひとことは、決して立派な演説ではありませんでした。
むしろ、佐藤さんが率直な気持ちをそのまま口にしただけだったそうです。
けれど、その場にいた社員たちの表情が少しずつ変わっていったといいます。
そのうえで、佐藤さんはシフトの組み方や休憩の取り方、仕事の教え方について、社員たちの意見を聞きながらも、最終的には自分が責任を持って新しいルールを決めました。
全員の希望を100%叶えることはできませんでしたが、「何のために働いているのか」という軸がはっきりしたことで、社員同士の不満は少しずつ和らいでいったそうです。
半年ほど経った頃には、ベテラン社員が若手に自分から仕事のコツを教える場面も見られるようになり、パートの方々も「相談しやすくなった」と話してくれるようになったといいます。
リーダーシップとは、全員を従わせることではない
この事例からも分かるように、リーダーシップというのは、経営者が自分の考えを一方的に押しつけることではありません。
むしろ、多様な意見や事情を受け止めながらも、「私たちは何のために、どこに向かっているのか」という軸を示すことだと考えられます。
もう少し分解して考えてみましょう。
リーダーシップには、大きく分けて二つの働きがあるように思います。
ひとつは「決める」こと。
もうひとつは、その決定を「伝える」ことです。
決めるだけで伝える努力を怠れば、社員には「一方的に押しつけられた」という印象しか残りません。
逆に、丁寧に伝えることさえできれば、決定そのものが多少厳しい内容であっても、受け止めてもらいやすくなるのではないでしょうか。
軸がないままに、それぞれの希望をバラバラに聞き入れていくと、かえって不公平感が広がってしまうことがあります。
佐藤さんの会社で最初に起きていたのは、まさにこの状態でした。
逆に、明確な軸があれば、多少の希望がかなわなかったとしても、社員は「なぜこの決定になったのか」を納得しやすくなるのではないでしょうか。
決定の中身そのものよりも、決定に至る理由が伝わっているかどうかが、社員の納得感を大きく左右するように思います。
つまり、多様性を活かす職場をつくるためにこそ、経営者の軸、つまりリーダーシップが欠かせないのです。
多様性と統率(とうそつ:全体をひとつの方向にまとめること)は、対立するものではなく、車の両輪のような関係にあると言えるでしょう。
片方だけでは、会社はまっすぐ進むことができません。
まずは何から始めればいいか
とはいえ、「うちの会社にも軸を示さなければ」と思っても、何から手をつければよいのか、迷われる経営者の方も多いはずです。
そんなときは、まず「自分の会社は、誰のために、何を大切にして仕事をしているのか」を、あらためて言葉にしてみることから始めてみるのも一つです。
難しく考える必要はありません。
佐藤さんのように、「お客様に安心して届けたい」という一言でも十分です。
かしこまった経営理念のようなものでなくても構いません。
その一言があるだけで、日々の細かい判断に迷ったとき、立ち返る場所ができます。
言葉にできたら、次はそれを社員に伝える機会をつくってみましょう。
朝礼でも、面談でも、社内報のようなものでも構いません。
大切なのは、一度伝えて終わりにするのではなく、判断に迷う場面が出てくるたびに、繰り返し立ち返って伝えることではないでしょうか。
そのうえで、社員の希望や事情には日頃からよく耳を傾けながらも、最終的な判断は経営者自身が引き受ける、という姿勢を持つことも大切だと考えられます。すべての希望を叶えることはできなくても、「なぜこの判断をしたのか」を丁寧に伝えることで、社員の納得感は大きく変わってくるはずです。
もし、今の職場で意見がまとまらずに困っていることがあれば、それは会社の軸を見直す良いきっかけなのかもしれません。
具体的には、次のようなことを、一度静かに振り返ってみるのも良いかもしれません。
今、社内で意見がまとまらずに困っていることは何か。
その背景には、誰と誰の、どんな価値観の違いがあるのか。
そして、自分自身は、その違いの間で、どちらの方向に進みたいと思っているのか。
こうした問いに、完璧な答えを出す必要はありません。
むしろ、答えを探しながら考え続けること自体が、経営者としての軸を育てていく過程なのだと思います。

おわりに
働き方も価値観も、これまで以上に多様になった今だからこそ、経営者の存在意義は薄れるどころか、むしろ大きくなっていると感じます。
全員の意見を平等に扱おうとするあまり、会社の進む方向が見えなくなってしまっては、本末転倒(ほんまつてんとう:物事の大切な部分と、そうでない部分を取り違えてしまうこと)です。
大切なのは、違いを認め合いながらも、「私たちはここを目指す」という軸をぶれずに示し続けることではないでしょうか。
それは決して難しいことではなく、日々の小さな判断の積み重ねから始められます。
まずは、自分の会社が大切にしたいことを、一度言葉にしてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
その一歩が、社員一人ひとりが安心して力を発揮できる、あたたかな職場づくりへとつながっていくはずです。
