業界の常識を逆にしてみたら、何が見えるか
商売柄、多くの経営者の方とお話をしていると、こんな言葉をよく耳にします。
「うちも、他の会社がやっていることを真似してみたのですが、なかなかうまくいかなくて」。
真面目に、誠実に、同業他社のやり方を学び、良いと思うものを取り入れる。
それ自体はとても大切な姿勢だと思います。
ですが、真似をすればするほど、かえって他社との違いが見えにくくなり、お客様から見ても「どこも同じに見える」状態になってしまうことがあります。
せっかく自分の会社を経営しているのですから、その会社にしかない強みを見つけたいと思うのは、自然なことではないでしょうか。
そんなとき、あえて「みんなと同じことをする」のではなく、「みんなと逆のことをしてみる」ことで、思いがけない道が開けることもあるのではないでしょうか。
今日は、そんな「逆転の発想」について、ある有名な出来事を手がかりに、一緒に考えてみたいと思います。
銀行の「当たり前」をすべてひっくり返した人
世界には、貧しい人たちにお金を貸す仕組みを作り、多くの人を助けた人物がいます。
その人は、あるとき「どうやってこの仕組みを思いついたのですか」と尋ねられ、こう答えたそうです。
要約すると、「普通の銀行のやり方をよく観察して、それを一つひとつ、逆にしてみただけなんです」という趣旨のことを語ったといいます。
実際にその内容を見てみると、驚くほど徹底しています。
・普通の銀行が豊かな人を相手にするなら、その仕組みは貧しい人を相手にする。
・普通の銀行が大きな金額の取引を好むなら、その仕組みはごく小さな金額を扱う。
・普通の銀行が都市に店を構えるなら、その仕組みは農村に出向く。
・普通の銀行が担保を求めるなら、その仕組みは担保を求めない。
・普通の銀行が男性を主な顧客とするなら、その仕組みは女性を大切にする。
・普通の銀行が「来店してください」と客を待つなら、その仕組みは自分から客のもとへ足を運ぶ。
そして、普通の銀行が過去の返済履歴を厳しく調べるのに対し、その仕組みが気にかけるのは、その人がこれからどう生きていくかという「未来」だけだったそうです。
これだけ並べると、これまでのやり方を一つひとつ、丁寧に裏返していったことがわかります。
しかも、そのすべてが、思いつきではなくきちんとつながりを持った一つの考え方から生まれている点に、驚かされます。
なぜ「逆」が正解になり得るのか
ここで大切なのは、ただ奇をてらって逆のことをしたわけではない、という点です。
この方が本当に力を注いだのは、貧しい暮らしをしている人たちが、普段どんなことを考え、どう行動し、何を必要としているかを、とことん理解しようとすることでした。
その理解があったからこそ、「今のやり方では、この人たちを助けられていない」という現実を、単なる失敗としてではなく、次への手がかりとして受け止めることができたのだと考えられます。
言い換えれば、逆転の発想というのは、目立つための奇抜なアイデアではなく、「今の仕組みが応えられていない誰かのニーズ」を丁寧に見つめた結果として、自然に導き出されるものなのだと思います。
これは、経営の世界にも通じる話ではないでしょうか。
私たちはつい、「業界の常識」や「これまでのやり方」を疑わずに受け入れてしまいがちです。
長年その業界にいればいるほど、それが当たり前すぎて、疑うという発想自体が浮かびにくくなるものです。
ですが、その常識は、本当に今の、目の前のお客様に合っているでしょうか。
もしかすると、その常識こそが、新しいお客様との出会いを妨げている壁になっているかもしれません。
「うまくいかない」という状況は、裏を返せば、「今の仕組みが、誰かの本当のニーズに応えられていない」という合図とも言えます。
そう捉え直すことができれば、失敗は恥ずかしいものではなく、次の一手を考えるための貴重な材料に変わっていきます。
実際、私がお付き合いしてきた経営者の方々の中にも、うまくいかない時期を「何かを変えるべきタイミングが来た」というサインとして受け止め、そこから業績を伸ばしていった方が、何人もいらっしゃいます。
ある美容室経営者の気づき
ここで、一つの事例をご紹介したいと思います。
ある地方都市で美容室を営む経営者の方がいました。仮に、山本さんとしておきましょう。
山本さんの店は、駅前の商店街にある、こぢんまりとした美容室でした。
周りの美容室は、どこも「若くて流行に敏感な女性」を主な客層としていて、山本さんの店も、開業当初はそれに倣い、雑誌に載っているような最新のスタイルを前面に打ち出していました。
しかし、なかなかお客様が定着せず、悩む日々が続いていたそうです。
あるとき山本さんは、ふと「本当にこの町に住んでいる人たちが求めているのは何だろう」と考え直してみました。
周りを見渡すと、その商店街は、実は高齢の方が多く歩いている通りでした。
近くには大きな病院もあり、通りを歩く人の年齢層は、雑誌のモデルとはずいぶんかけ離れていたのです。
そこで、思い切って方針を変えることにしました。
流行の先端を追うのではなく、あえて「年配の方のための、無理のない、通いやすい美容室」を掲げました。
段差をなくして車椅子でも入りやすくし、施術にかかる時間を短くして体への負担を減らし、さらに「送り迎えが難しい方のために」と、近隣であれば送迎も行うようにしました。
周りの美容室が「若さ」や「流行」を打ち出すなら、山本さんの店は「安心」や「通いやすさ」を打ち出したのです。
結果として、山本さんの店には、他の美容室では居心地の悪さを感じていた年配のお客様が、少しずつ集まるようになりました。
口コミも広がり、今では予約が取りにくいほどの人気店になっているそうです。
山本さんがやったことは、決して奇抜な発想ではありません。
ただ、「周りと同じことをする」という当たり前を一度疑い、「本当に目の前のお客様が何を求めているか」を丁寧に見つめ直しただけなのです。
逆をやろうとしたのではなく、お客様を見つめ直した結果が、たまたま周囲と逆の方向を向いていた、と言った方が正確かもしれません。
顧客を深く知ることが、逆転の出発点になる
もう一つ、忘れてはならない大切なことがあります。
それは、逆のことをする前提として、お客様のことを深く知る努力が欠かせない、という点です。
先ほどの山本さんも、ただ思いつきで方針を変えたわけではありません。
自分の店の周りにどんな人が暮らしているのか、その人たちが日々どんなことに困っているのかを、じっくり観察したうえで、方針を決めています。
逆転の発想というのは、突飛なひらめきというより、お客様をよく見た結果として、自然とたどり着くものなのかもしれません。
反対に、お客様を見つめずに「他社と違うことをする」ことだけを目的にしてしまうと、単なる奇をてらった施策になり、かえってお客様が離れてしまうこともあります。
逆転の発想は、あくまで「お客様の本当のニーズ」という軸があってこそ、意味のあるものになるのだと考えられます。
自社の業界の「当たり前」を、書き出してみる
こうした話を聞くと、「自分の会社でも、何か逆のことができないだろうか」と考えたくなりますが、いきなり大きな変化を起こす必要はありません。
まずは小さな一歩から始めてみるのも一つです。
はじめに、自社の業界で「当たり前」とされていることを、紙に書き出してみるのはいかがでしょうか。
営業時間、価格の決め方、サービスの提供の仕方、お客様との接し方、商品の並べ方など、普段は意識すらしていない習慣が、実はたくさんあるはずです。
次に、その一つひとつについて、「もしこれを逆にしたら、誰が喜んでくれるだろうか」と考えてみます。
すべてを逆にする必要はありません。
一つでも二つでも十分です。
「みんなが平日中心の営業なら、あえて休日を大切にしてみたらどうか」「みんなが店に来てもらうことにこだわるなら、こちらから出向く形を増やしてみたらどうか」「みんなが品揃えの豊富さを競うなら、あえて数を絞り込んでみたらどうか」といった具合に、身近なところから発想を広げていくとよいと思います。
そして最後に、その発想の先に、本当に困っている誰かの顔が思い浮かぶかどうかを確かめてみてください。
ただ他社との違いを出すために逆をやるのではなく、「その先に、助けを必要としている人がいるかどうか」という視点を忘れずにいたいものです。
数字の見方を、少し変えてみる
日頃、数字を扱う仕事をしている立場から、もう一つだけ付け加えさせてください。
お金の流れについても、同じように「当たり前」を疑ってみる価値があると感じています。
たとえば、多くの会社が「たくさん売って、たくさん稼ぐ」ことを目指しますが、あえて「取り扱う商品やお客様の数を絞り込み、一件あたりの関わりを深くする」という方向に舵を切ることで、利益率が改善したという会社を、私は何社も見てきました。
また、多くの会社が「値下げをしてお客様を増やす」ことを考えますが、逆に「価格を上げる代わりに、サービスの質と説明を丁寧にする」ことで、かえってお客様との信頼関係が深まったという例もあります。
売上や利益の数字は、日々の判断の積み重ねの結果です。
だからこそ、当たり前とされているお金の使い方や稼ぎ方についても、一度立ち止まって見直してみることには、大きな意味があるのではないかと思います。
それでも一歩を踏み出せない理由
ここまで読んで、「理屈はわかるけれど、実際に自分の会社で試すのは怖い」と感じる方も、少なくないと思います。
それは、決しておかしなことではありません。長年続けてきたやり方を変えるというのは、これまで積み上げてきたものを一度手放すような感覚があり、勇気のいることだからです。
私が経営者の方々とお話をしていて感じるのは、多くの方が「変えた方がいいことはわかっているけれど、失敗したときに取り返しがつかないのが怖い」という不安を抱えている、ということです。
この気持ちは、とてもよくわかります。
だからこそ、いきなり会社の仕組み全体をひっくり返す必要はない、ということを、あらためてお伝えしたいのです。
まずは、影響の小さい範囲で、試しにやってみる。
たとえば、営業時間を変えるなら、まずは一日だけ、あるいは一週間だけ試してみる。
新しいサービスを始めるなら、まずは一部のお客様にだけご案内してみる。
そうした小さな実験を重ねることで、「もし合わなければ、また元に戻せばよい」という安心感を持ちながら、少しずつ前に進むことができるのではないでしょうか。
小さな会社だからこそ、できることがある
大きな会社であればあるほど、一度決めた仕組みを変えるのは簡単ではありません。
多くの部署や、多くの人が関わっているために、方針転換には時間もお金もかかります。
その点、従業員十名前後の会社であれば、経営者の判断ひとつで、比較的すぐに動き出すことができます。
これは、決して不利な条件ではなく、むしろ大きな強みだと考えられます。
大企業が簡単には真似できない小回りの良さを活かして、業界の当たり前を少しだけ疑ってみる。
そうした身軽さこそが、これからの時代における、小さな会社の武器になるのではないでしょうか。

おわりに
長年、多くの経営者の方とお付き合いをさせていただく中で感じるのは、行き詰まりを感じているときほど、答えは「もっと頑張ること」の先ではなく、「一度立ち止まって、当たり前を疑ってみること」の先にあることが多い、ということです。
今の仕組みがうまくいっていないのだとしたら、それは経営者としての力不足ではなく、今のやり方が、目の前のお客様に合っていないだけなのかもしれません。そう考えると、少し肩の力が抜けるのではないでしょうか。
ぜひ一度、自社の「当たり前」を書き出すところから、始めてみてください。
そこに、次の一歩へのヒントが隠れているかもしれません。
