「いつもの毎日」から抜け出せない社長へ
朝、いつもと同じ時間に事務所や店を開け、いつもと同じお客様と挨拶を交わし、いつもと同じ数字が並ぶ帳簿を眺めながら一日が終わっていく。
忙しい毎日の中で、新しいことを試す余裕なんて、正直なかなか見つからないのではないでしょうか。
私は税理士として、長年たくさんの中小企業の経営者の方とお付き合いをさせていただいてきました。
その中で感じるのは、多くの社長さんが「もっと自社らしい強みを出したい」「他社と同じような会社で終わりたくない」と思いながらも、日々の忙しさに追われて、結局いつもと同じ景色の中で一年が過ぎてしまう、ということです。
今日は、そんな「いつもの毎日」から少しだけ外に出てみることが、なぜ会社にとって大切なのか、というお話をしたいと思います。
難しい理屈というよりも、身近な例を交えながら、一緒に考えていければと思います。
なぜ、同じ景色ばかり見ていると、同じ答えしか出ないのか
たとえば文章を書く仕事をしている人を思い浮かべてみてください。
毎日、家と職場を往復し、休みの日は涼しい部屋でテレビを見て過ごす。
そういう人が書く文章は、悪くはなくても、誰が書いても同じような、当たり前の内容になりがちです。
ところが、同じ書き手でも、あえて人が避けるような暑い場所に足を運んでみたり、普段はしないような雨の日の外出を経験してみたりすると、そこでしか気づけないこと、感じられないことが出てきます。
その「自分だけが知っていること」が、文章に厚みを与えてくれるのです。
これは経営でも、まったく同じことが言えるのではないでしょうか。
同業他社と同じお客様層だけを相手にし、同業者が集まる会合にだけ顔を出し、業界の常識だと言われていることをそのまま守っている。
それだけでは、どうしても「業界の中でよくある会社」の域を出にくいものです。
もちろん、業界の基本を大切にすることはとても大事です。
ですが、それだけでは、自社にしかない強み、つまり他社と同じことをしていては決して生まれない独自の価値は、なかなか見えてこないのではないかと思います。
強みというものは、会議室で腕組みをして考え出すものというより、いつもと違う場所に自分の足で立ってみたときに、ふと見えてくるものなのかもしれません。
事例:引っ越し屋の社長が、荷造りする側に回ってみた話
ここで、一つの架空のお話をご紹介させてください。
ある地方都市で、小さな引っ越し会社を営む吉田さん(仮名、40代、ドライバーや事務スタッフを合わせて従業員9名)という社長がいました。
会社は、荷物を丁寧に運ぶことにはとても自信を持っていました。
お客様アンケートでも「作業が丁寧」「時間に正確」という評価はいつも高く、吉田さんもそれを誇りにしていました。
けれども、ここ数年、値段の安さを前面に出す大手業者との競争が激しくなり、じわじわと受注が減っていました。
吉田さんは「もっと安くするしかないのだろうか」と、価格を下げることばかりを考えるようになっていたそうです。
そんなある年、吉田さんは、実家で一人暮らしをしていた高齢のお母様の引っ越しを手伝うことになりました。
仕事として運ぶのではなく、家族として、自分自身が荷造りをする側になったのです。
そこで吉田さんは、初めて気づいたことがありました。
荷物を運ぶこと自体よりも、何十年分もの思い出が詰まった品物を「捨てるか、残すか」を一つずつ決めていく作業のほうが、はるかに時間もかかり、精神的にもつらい、ということでした。
運送業者として何百件も現場を見てきたはずなのに、いざ自分が当事者になってみると、まったく違う景色が見えてきたのです。
吉田さんは、この経験をきっかけに、単に荷物を運ぶだけのサービスから一歩踏み込み、不要な品の整理や思い出の品の扱い方について、事前にゆっくり相談に乗る時間を設けるサービスを始めました。
値段では大手にかなわなくても、「荷造りの前の不安な気持ちに、一緒に向き合ってくれる引っ越し屋」として、口コミで少しずつ評判が広がっていったそうです。
吉田さんがもし、いつも通り事務所で見積もりを立て、いつも通り現場で荷物を運ぶだけの毎日を続けていたら、この視点にはおそらく出会えなかったのではないかと思います。
自分が「運ぶ側」から「運んでもらう側」に立ってみた、そのわずかな経験の違いが、他社にはまねのできない強みにつながったのです。
数字は少し遅れて、社長の行動を映し出す
税理士という仕事柄、私は毎年、何十社もの決算書を拝見します。
長くお付き合いのある会社ですと、十年以上の数字の推移を見ることもあります。
そうして数字だけを何年分も見比べていると、面白いことに気づくことがあります。
売上や利益の増減という数字そのものからは、その年に社長が何をしていたのかまでは、直接には分かりません。
ですが、社長がいつもと違う場所に足を運んだり、いつもと違う経験をしたりした年の翌年の決算書には、それまでになかった新しい取引先の名前や、新しい商品・サービスの科目が、ぽつりと増えていることが少なくないのです。
数字は、その年の行動をすぐには映してくれません。
けれども、少し遅れて、確かに姿を現すものだと感じています。
今年、いつもと違う一歩を踏み出してみることは、来年の決算書に静かに表れてくる種まきなのかもしれません。
大きな挑戦でなくていい。小さな「いつもと違う一歩」から
ここまで読んで、「そうは言っても、うちには吉田さんのような大きなきっかけはない」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
それは、まったく自然なことだと思います。
誰もが都合よく、人生を変えるような出来事に出会えるわけではありません。
ですが、いつもと違う一歩は、何も劇的なものである必要はないのではないでしょうか。
たとえば、普段は行かない時間帯に、あえて競合店の様子を見に行ってみる。いつもはスタッフに任せている作業を、社長自身が一日だけやってみる。
お客様として、自社と同じような業種の別の店を利用してみる。
そうした小さな体験一つでも、そこから「なるほど、こういうことか」という気づきが生まれることは、決して珍しくありません。
まずは、月に一度だけでも、いつもの仕事の流れから外れて、現場や顧客の立場を体験してみる時間をつくってみる。
そんなところから始めてみるのも一つの方法ではないかと思います。
大切なのは、規模の大きさよりも、「いつもとは違う視点に、自分の身を置いてみる」ということそのものではないでしょうか。

おわりに
忙しい毎日の中で、いつもと同じことを続けているだけでも、会社は回っていきます。
それ自体は、決して悪いことではありません。
日々の仕事を丁寧に積み重ねることは、経営の土台そのものだからです。
ただ、その土台の上に、自社だけの強みという柱を一本立てたいと思ったときには、いつもとは少しだけ違う景色を、自分の目で見てみることが、意外なきっかけになることがあります。
それは、遠くの特別な場所に行くことでなくても構いません。
すぐ近くにある、まだ足を運んだことのない場所かもしれませんし、いつもは人に任せている作業かもしれません。
社長ご自身が積み重ねてきた「いつもの経験」は、それだけでも十分に価値のあるものです。
そこに、ほんの少しだけ「いつもと違う経験」を重ねてみることで、自社にしか語れない物語が、また一つ増えていくのではないかと思います。
その積み重ねを、これからも近くで応援させていただければと思っております。

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