利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

帳簿に映らない「逃したお客様」の中に、次の一手が隠れている

帳簿に映らない「逃したお客様」の中に、次の一手が隠れている

みんなが同じ方向へ走るとき、あえて「空いている場所」を探してみませんか

頑張っているのに、手応えが薄いと感じるとき

「もっとお客様を増やさなければ」
「もっと商品を揃えなければ」
「もっと安くしなければ」

社長のみなさんは、こんな言葉を、毎日のように心の中で唱えているのではないでしょうか。

従業員10名前後の会社やお店では、社長が営業も、現場も、お金の管理も、ほとんど一人で背負っています。
頑張らない日など、一日もありません。それなのに、手応えが薄い。
忙しいわりに、手元にお金が残らない。
そんな感覚をお持ちの方は、少なくないと思います。

私は税理士として、長年、そうした社長さんのお話を聞いてきました。
その中で感じるのは、モヤモヤの正体が「頑張りが足りないこと」であることは、ほとんどない、ということです。

むしろ、こう言えるかもしれません。
頑張っている方向が、まわりのお店や会社と同じになっているのです。
同じ方向へ全力で走れば、競争は自然と激しくなります。
苦しくなるのは、当たり前のことです。

今回は、「みんなが向かう方向とは反対側にある、空いた場所を探す」という考え方を、身近な例でお話しします。
難しい理論ではありません。手帳とペンが一本あれば、明日から始められる話です。

「もっと大きく」だけが、正解ではありません

経営の本の中に、こんな紹介があります。
フランス語には、商売の立ち位置を決めることを「まだ空いている場所を見つけて、そこに入ること」と言い表す言い回しがあるそうです。

一方で、アメリカ流の考え方は、「もっと大きく、もっと良いものを」と目指すことが多いといわれます。
どちらが優れているという話ではありません。
ただ、進む方向が正反対なのです。

たとえ話で考えてみましょう。

町に、大きな食べ放題のお店ができたとします。
連日、行列です。
そこで「うちも負けられない」と、隣にもっと大きな食べ放題のお店を建てる。
これが「もっと大きく、もっと良く」の考え方です。

一方で、こう考える人もいます。
「あの行列を見て、並ぶのが苦手な人は、どこへ行くのだろう」。
静かに、ゆっくり、一人で食べたい。
そんな人が入れる小さな食堂が、近くにない。それに気づいて、その空席にお店を出す。
これが「空いた場所を見つける」考え方です。

前者は、体力の勝負です。
資金も人手も、大きいほうが有利になります。
後者は、観察の勝負です。体は小さくても、目が良ければ戦えます。

従業員10名前後の会社やお店にとって、どちらが合っているか。
答えは、もう見えているのではないでしょうか。

前向きに頑張るほど、空いた場所は見えにくくなる

ここで、少し意外な話をします。

私たちは、子どもの頃から「前向きに」「あきらめずに」「もっと頑張ろう」と教えられてきました。
これは、とても大切な力です。
経営者のみなさんの粘り強さには、私もいつも頭が下がります。

ただ、前へ進むことに全力を使うと、ほかの方向を眺める余裕がなくなります。
みんなが東へ走っているとき、自分も東へ走る。
すると、西側にぽっかり空いている場所は、視界に入らないのです。

大航海の時代、アジアを目指す船がこぞって東回りの航路をとるなか、あえて西回りを選んだ船乗りがいた、という有名な話があります。
みんなと反対を向くことは、昔から、道を切り開く一つの方法だったのかもしれません。

とはいえ、社長が空いた場所を見つけにくいのには、ちゃんと理由があります。

経営の作戦を立てる時間は、たいてい、片づけをしながらか、帰りの車の中です。

まず、忙しすぎて、立ち止まる時間がありません。
次に、同業者が値下げをしたり、新しい設備を入れたりすると、「うちも何かしないと」と不安になります。
これは、ごく自然な気持ちです。

さらに、毎日見ている景色は「当たり前」になってしまいます。
開店時間、料金の決め方、商品の並べ方。何年も同じだと、疑う場面がなくなるのです。
そして最後に、人と違う道は、うまくいかなかったときに言い訳がききません。だから怖いのです。

どれも、責任感の強い経営者ほど当てはまることばかりです。
空いた場所が見つけにくいのは、能力の問題ではなく、立っている場所の問題だと考えられます。

事例:町の自転車店が「朝7時」に気づくまで

ここからは、架空のお話です。
実在のお店ではありませんが、似たお悩みをお持ちの方は、きっと多いと思います。

地方都市の住宅街で、自転車店を営む三浦さん(仮名・40代半ば)。
整備士、販売スタッフ、事務の方を含めて、9名の小さなお店です。

三年ほど前、車で5分ほどのところに、大型の自転車量販店ができました。
品数は豊富で、値段も安い。
三浦さんのお店の売上は、じわじわと下がっていきました。

そこで三浦さんが考えたのは、「もっと大きく、もっと良く」でした。

・電動アシスト付き自転車の品揃えを増やす
・大型店に合わせて、値引きをする
・新しい車種を、早めに仕入れる

一生懸命に取り組みました。
ところが、値引きで利益は薄くなり、在庫は増える一方です。
倉庫は自転車でいっぱいになり、手元のお金のやりくり(資金繰り)も苦しくなってきました。

「これ以上、何を頑張ればいいのか分からない」。
三浦さんは、そう言って相談に来られたとします。

私が最初にお願いしたのは、大きな戦略を考えることではありません。
とても小さなことでした。

「これから一か月、お断りしたことを、カウンターのメモ帳に書いてみませんか」

売れたことではなく、できなかったこと、お断りしたこと、お客様が肩を落として帰られたこと。
それを、一行ずつ書いてもらったのです。

三浦さんは、少し不思議そうな顔をしながらも、続けてくれました。
一か月後、メモ帳には二十数件の記録が並びました。

・「出勤前にパンクを直したかったが、まだ開いていなかった」
・「通学の前に、ブレーキを見てほしかった」
・「電話をしたが、作業中で出られなかった」

一つひとつは、ささいな出来事です。
けれど並べてみると、いちばん多かったのは「朝」の困りごとでした。
お客様の生活の時間と、お店の時間が、ずれていたのです。

三浦さんのお店も大型店も、開店は朝10時。
ということは、通勤や通学の前に自転車のトラブルを解決したい人は、どこにも行けずに困っているのではないか。
ここに、誰も埋めていない空席があるかもしれない。三浦さんは、そう考えました。

それでも、すぐには動けませんでした。
「朝7時に来る人なんて、いなかったらどうしよう」「スタッフに早起きを頼むのは、申し訳ない」。
迷いの中身は、こうした不安だったそうです。
経営者の判断が止まるのは、たいていこういうときではないでしょうか。

そこで、決めたことは次の三つです。

・平日の朝7時から9時だけ、「パンク修理・空気入れ・ブレーキとライトの調整」に絞って受け付ける
・作業は30分以内で終わるものだけにする
・最初は、平日のうち2日間だけ、試しにやってみる

朝番はスタッフの交代制にして、早く来た日は夕方に早く上がれるようにしました。
整備士の近藤さん(仮名・30代)は、最初こう言ったそうです。
「朝7時に来るお客様なんて、本当にいるんですか」。
三浦さん自身も、正直なところ、半信半疑でした。

最初の週の来店は、数件だけ。それでも、その方たちは「助かった」と喜んでくださいました。
その話が近所の勤め人のあいだに少しずつ広がり、三週間ほどたつと、朝の2時間に5〜6件の来店が続くようになりました。
数か月後には、朝の2時間だけで、店全体の修理売上の2割ほどを占めるまでになりました。

うれしい変化は、売上だけではありません。
朝の常連さんが、「そういえば、子どもの自転車を買い替えたい」「親の自転車も見てもらえる?」と、別の相談も持ち込んでくださるようになったのです。
値引きをしなくても、です。

三浦さんは、電動アシスト車の仕入れを絞り、在庫を減らしていきました。
手元のお金にも、少しずつ余裕が戻ってきました。

三浦さんは、こう振り返ります。「大型店に勝とうとしていたつもりが、ただ同じ土俵に上がっていただけでした」

帳簿には映らない、「もう一人のお客様」

税理士として、毎月の試算表(お店の成績表のようなものです)や決算書を見ていると、いつも思うことがあります。

帳簿に映るのは、「買ってくださった方」だけだ、ということです。

営業時間に間に合わず、帰った方。電話がつながらず、あきらめた方。
「うちでは、そこまでやっていません」と言われて、別のお店へ向かった方。
その方たちは、どの数字の中にも登場しません。

決算のご相談のとき、私はときどき、社長にお尋ねします。
「今年、お断りした仕事は、何件くらいありましたか」。
ほとんどの方は、首をかしげます。
「そういえば、数えたことがなかった」と。

反対に、「サービスで無料にした作業」や「頼まれて何度も足を運んだ手間」も、帳簿には残りません。
どちらも、社長の頭と手の中にだけ、しまわれています。

空いた場所のヒントは、試算表の数字の中よりも、この「映らない部分」に眠っているのではないでしょうか。
三浦さんの「お断りメモ」は、映らない部分を目に見えるようにするための、小さな道具だったといえます。

明日から始められる、空いた場所の見つけ方

大がかりな市場調査は、必要ありません。
まずは、次の四つの小さな一歩から始めてみるのも一つです。

「お断りメモ」を一か月つけてみる

できなかったこと、お断りしたこと、お客様が残念そうにされた場面を、メモ帳に一行ずつ書きます。
「売れたこと」ではなく「逃したこと」に目を向けるのがコツです。

近くの同業者の「みんな同じ」を三つ書き出す

看板、ホームページ、チラシを見て、どこも同じにしていることを書き出してみます。
開店時間、料金の決め方、宣伝の言葉などです。
みんなが同じことをしている部分の裏側には、空席が残っている可能性があります。

「うちの当たり前」に、一日一つ「なぜ」をつける

なぜこの時間に開けているのか。なぜこの単位で売っているのか。
すぐに理由を答えられないものは、思い込みかもしれません。

社員やパートさんに、「お客様が困っていた場面」を聞く

社長には見えにくい景色を、現場の方々は毎日見ています。
「最近、お客様が困っていた場面はあった?」と、気軽に聞いてみてください。
意外な答えが返ってくることがあります。

全部を逆にしなくていい。
小さく試して、合わなければ戻す

「みんなと反対へ行く」と聞くと、大きな賭けのように感じるかもしれません。
けれど、三浦さんは、看板を替えたわけでも、商売の中身を変えたわけでもありません。
朝の2時間、週に2日。それだけです。

空いた場所を見つけたら、まずは小さく試す。
手応えがあれば少しずつ広げ、なければ元に戻す。
これなら、うまくいかなくても、傷は浅くて済みます。
「試してみること」と「賭けること」は、別のものです。

また、空いた場所が見つかったからといって、今のお客様を手放す必要はありません。
今のお客様を大切にしながら、新しい入口を一つ足す。
それくらいの気持ちで、十分ではないでしょうか。

まとめ:頑張る力の向け先を、もう一度選び直す

みんなが東へ向かうとき、少しだけ足を止めて、西の空を眺めてみる。
それは、頑張ることをやめる、ということではありません。
頑張る力の向け先を、もう一度選び直す、ということです。

ここまでの話を、あらためて整理します。

・苦しいのは、頑張りが足りないからではなく、まわりと同じ方向へ走っているからかもしれません。
・「もっと大きく」は体力の勝負です。小さな会社は、「よく観察すること」で戦うことができます。
・空いた場所のヒントは、帳簿に映らない「逃したお客様」の中に隠れていることが多いと考えられます。
・見つけたら、賭けずに、小さく試してみましょう。

社長のみなさんが積み重ねてこられた粘り強さは、それだけで大きな財産です。
その力が、まわりと同じ方向ではなく、まだ誰も立っていない場所へ向かったとき、どれほど大きな力になるか。
三浦さんの朝の2時間は、その小さな一例です。

今日、できることは一つだけです。手元のメモ帳の最初のページに、こう書いてみてください。
「今日、お断りしたこと」
きっと、その一行から、次の一手が見えてきます。

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