立派な目的を掲げても現場が変わらない理由:本気は「何を手放せるか」で分かる
「何のためにやっているのか」を決めたのに、なぜか何も変わらない
「うちの会社は、何のためにあるのか」。
経営者の方とお話ししていると、この問いに一度は向き合ったことがある、という声をよく耳にします。
研修の場で考えた方もいれば、事業計画を書くときに頭をひねった方もいらっしゃるでしょう。
朝礼で従業員に語ったことがある、という方もいるかもしれません。
ところが、せっかく言葉にした目的が、日々の仕事の中でいつの間にか薄れていく。
半年もすると、誰も口にしなくなっている。
そんな経験をお持ちの方も、少なくないのではないでしょうか。
これは、目的の言葉が悪かったからとは限りません。
多くの場合、目的を「決める」ことと、その目的に「本気で身をあずける」ことの間に、見えにくい段差があるのだと考えられます。
今回は、その段差について考えてみたいと思います。
結論を少し先にお伝えすると、目的が本物かどうかは、その目的のために何かを手放せるかどうかで分かる、ということです。
目的が試されるのは「決めるとき」ではなく「削るとき」
目的を話し合う場面は、たいてい前向きな空気に包まれています。
「地域に愛される会社に」「お客様の毎日を支える」。
こうした言葉に、反対する人はまずいません。
反対する理由がないからです。
本当の試験は、そのあとにやってきます。
目的に沿って何かを変えようとしたとき、今あるものを少し削らなければならない場面です。
たとえば、健康のために体を整えよう、と決めるのは簡単です。
本当の分かれ道は、毎晩の楽しみにしている晩酌を一本減らせるかどうか、にあります。
「健康が大事」という気持ちに嘘はなくても、晩酌を手放す場面で手が止まる。
そこで初めて、自分が本当は何を大切にしているのかが見えてくるわけです。
会社の目的も、これとよく似ていると考えられます。
ある町の「手づくり市」で見えた、隠れた本音
ここで、一つ架空のお話をご紹介します。
ある地方の町で、毎年秋に開かれている「手づくり市」があります。
焼き物や木工、布の小物などを作る人たちが、商店街の通りに店を並べる催しです。
始まりは、雑貨店を営んでいた一人の店主の思いつきでした。
「作る人と使う人が、顔を合わせて買える場をつくりたい」。
最初の数年は出店者を集めるのにも苦労し、来年も開けるかどうかが毎年の心配ごとだったそうです。
十数年がたち、市は一日で数千人が訪れるまでに育ちました。
続けることを心配する時期は、もう過ぎています。
そこで実行委員会のメンバーは、改めて考え始めます。
「この市は、これから何のために開くのだろう」。
話し合いの中で出てきたのが、「この市を、町に住む人同士が知り合うきっかけにしたい」という考えでした。
閉じたままの店が目立ち始めた商店街に、もう一度、人のつながりを取り戻せないか。
委員は全員、この考えに賛成しました。
では試しに、この目的に沿って当日の流れを見直してみよう、ということになります。
若手の委員が出した案は、とても小さなものでした。
開会のとき、来賓のあいさつを少し短くして、その分、三分ほど集まった人同士が言葉を交わす時間をつくる。
司会者が、この町にまつわる問いをいくつか投げかけます。
この町に住んで何年になりますか。
子どもの頃、この通りでよく行ったお店はどこですか。
この商店街に、あったらうれしいものは何ですか。
そのうちの一つについて、近くに立っている知らない人と話してもらうのです。
そうすれば、会場に「同じ町で暮らす者同士」という空気が生まれるかもしれません。
買い物の途中で、さっき話した人とまた顔を合わせ、会釈を交わすかもしれません。
ところが、この案が出たとたん、年長の委員がこう口にしました。
「町長さんや商工会の方に、あいさつを短くしてくださいとは、お願いしにくいなあ」。
この一言で、隠れていた本音が表に出ました。
全員が賛成したはずの「人をつなぐ」という目的は、ほんの三分でも何かを削ることになると、後回しでよいものになったのです。
委員たちが心の奥で大切にしていたのは、町の関係者の顔を立て、市を立派な行事として続けていくことでした。
長年お世話になってきた方々への礼儀を重んじる、誠実な思いです。
ただ、委員たち自身は、そのことに気づいていませんでした。
新しい目的を引き受ける心の準備が、まだ整っていなかったのだと考えられます。
目的を決めることと、その目的に本気で身をあずけることは違います。
本気で身をあずけた目的があれば、何を選び、何をやめるかは、おのずと決まってきます。
そして、その最初の手がかりになるのが、「誰に来てもらうか」と「どこで開くか」という二つの問いではないでしょうか。
市で言えば、来賓に来てほしいのか、それとも町に住む人同士に出会ってほしいのか。
通りのどこに、どんな場をつくるのか。
ここが決まれば、開会の三分をどう使うかも、迷わずに決められるはずです。
小さな会社で判断が止まる、三つの理由
この話は、どこかの町の催しだけの出来事ではありません。
中小企業の現場でも、まったく同じことが起きているように感じます。
新しい目的を掲げても、いざ何かを変えようとすると手が止まる。
その理由は、大きく三つあるのではないでしょうか。
一つ目は、これまでの成功を否定するように感じてしまうことです。
今のやり方で、会社はここまで続いてきました。
それを削ることは、過去の自分や先代の努力を軽んじるように思えてしまいます。
二つ目は、人の顔が浮かぶことです。
長く通ってくださるお客様、昔からの取引先、何年も一緒に働いてきた従業員。
「あの人をがっかりさせたくない」という気持ちは、経営者として自然なものです。
三つ目は、社長自身の誇りです。
手づくり市の委員たちが来賓への礼儀を大切にしたように、社長にも手放しにくい「自分らしさ」があります。
そして、小さな会社ならではの事情もあります。
小さな会社では、社長の「いいね」がそのまま決定になり、社長のためらいがそのまま「保留」になります。
大きな会社なら、会議で誰かが反対意見を出してくれるかもしれません。
けれど10人前後の会社では、従業員は社長の表情を見て、黙ってうなずくことが多いものです。
ここで大切なのは、胸の奥にある目的を悪者にしないことだと考えられます。
それは、これまで会社を支えてきた大事な思いです。
困るのは、表に掲げた目的と胸の奥の目的がぶつかったとき、どちらを先にするかを決めていないことです。
地図に目的地を二つ入れたまま走り出すと、分かれ道のたびに迷ってしまいます。
経営の迷いの多くは、実はこの「目的地が二つある状態」から生まれているのかもしれません。
住宅街の眼鏡店が「棚を半分にした」話
お店に来る人が、静かに変わっていた
ここからは、もう一つ、会社の架空の事例をご紹介します。
地方都市の住宅街で眼鏡店を営む、二代目の菊地さん(仮名・40代後半)。
従業員は、視力を測る担当、販売担当、事務をあわせて9名です。
先代の父親の時代、このお店は「街で一番新しい眼鏡がそろう店」として評判でした。
入口近くには、流行の眼鏡の枠がずらりと並ぶ大きな棚があります。
それがお店の顔であり、先代の誇りでもありました。
ところが数年前、駅前に大型の眼鏡チェーン店ができます。
若いお客様は、安さと手軽さに引かれてそちらへ流れていきました。
一方で、菊地さんのお店に来るお客様は、70代以上の方が目立って増えていきます。
「新聞の字がかすむ」「遠くと近くを見分ける眼鏡が合わない」。
そんな相談で、何度も調整に来られる方が多くなりました。
宣言したのに、半年間なにも変わらなかった
菊地さんは、会議でこう宣言します。
「この街の年配の方が、最後まで自分の目で暮らしを楽しめるように支える店になろう」。
従業員は拍手で賛成しました。
ところが半年たっても、お店は何も変わりませんでした。
仕入れの中心は相変わらず新作の枠で、チラシも若い人向けのままです。
ある日、視力を測る担当のベテラン、原田さん(仮名・50代)がこう打ち明けました。
「お客様が、座ってゆっくり話せる場所がないんです。立ったままで、後ろに次の方が待っていると、本当に困っていることを言い出せないようで」。
菊地さんは、入口近くの新作の棚を半分に減らし、座って話せる机を二つ置く案を出しました。
すると、販売担当の柴田さん(仮名・40代)が顔を曇らせます。
「あの棚は、店で一番売れる場所です。減らして売上が落ちたら、どうしますか」。
そして正直に言えば、菊地さん自身の胸にも痛みがありました。
父が大切に守ってきた棚を、自分の代で小さくしていいのか。
そのとき菊地さんは気づきます。
自分の中の本当の目的は、まだ「新しい眼鏡がそろう店」のままだったのだ、と。
年配のお客様か、それ以外のお客様か:菊地さんの迷い
気づいたからといって、すぐに決められたわけではありません。
菊地さんの頭の中では、いくつもの心配がぐるぐると回っていました。
一つ目は、30代から50代の常連のお客様のことです。
柴田さんが長年担当してきた、おしゃれな眼鏡が好きなお客様たちがいます。
年配の方を中心にすると、この人たちが「もう自分の店ではない」と感じて離れてしまうのではないか。
二つ目は、もうけのことです。
年配のお客様は、調整や相談で何度も来てくださいます。
けれど、調整の多くは無料です。
手間の割にもうからないのではないか、という不安がありました。
三つ目は、お店の先行きのことです。
「お年寄りの店」に見えたら、若い人はますます来なくなる。
そうなれば、十年後、二十年後にお店は先細りになるのではないか。
どの心配も、もっともなものです。
経営者が迷うのは、考えが足りないからではなく、それぞれの心配の向こうに、具体的な誰かの顔が見えているからではないでしょうか。
菊地さんの頭には、三つの道が浮かんでいました。
一つは、年配の方だけに思い切って絞る道です。
二つ目は、これまで通り、年配の方にも若い人にも同じように向き合う道です。
三つ目は、その間のどこかに線を引く道です。
二つ目の道は、一見いちばん安全に見えます。
けれど、それはこの半年間、まさに自分たちがやってきたことでした。
両方を大事にしようとして、結局どちらにも何もしてこなかったのです。
かといって、一つ目の道に踏み切る勇気も、まだありませんでした。
一か月、お店に来た人を書き留めてみた
迷った菊地さんは、決める前に、まず確かめることにしました。
一か月の間、お店に来た人を書き留めてみたのです。
難しいことはしていません。
原田さんと柴田さんに協力してもらい、来店ごとに小さな紙に三つだけ書きます。
どんな用件で来たか。
誰と一緒に来たか。
何を買ったか、あるいは買わずに帰ったか。
一か月で集まった紙は、二百枚を少し超えました。
並べてみると、思い込みとは違う姿が見えてきます。
まず、駅前の店と比べに来た若い人は、来店の三割ほどを占めていました。
けれど、そのうち実際に買って帰った人は、ほんの一握りでした。
多くは値段を確かめて、静かに帰っていたのです。
次に、新作の棚の売上をよく見ると、その半分以上は、名前の分かる三十人ほどの常連のお客様によるものでした。
柴田さんが長年大切にしてきた方々です。
そして年配のお客様です。
来店のおよそ四割を占め、その多くは調整や相談でした。
確かに、一回ごとの来店では、お金はほとんど動いていません。
けれど、眼鏡を作るときは遠くと近くを見分けるレンズを選ぶことが多く、一本あたりの金額は新作の枠だけを買うお客様の一・五倍ほどになっていました。
しかも、数年ごとに必ず作り替えに来てくださいます。
もう一つ、菊地さんの目に留まったことがありました。
年配のお客様の紙には、「娘さんと」「息子さんと」と書かれたものが、二割ほどあったのです。
付き添いで来ている家族の多くは、30代から50代でした。
「誰を外すか」ではなく「誰を真ん中に置くか」
この紙の束を前に、菊地さんの考え方が少し変わります。
それまで菊地さんは、「年配の方を選ぶか、それ以外の方を選ぶか」という二択で悩んでいました。
けれど、紙を眺めているうちに、こう思えてきたのです。
問題は、誰を外すかではない。
誰を店の真ん中に置くか、なのではないか、と。
年配のお客様に付き添ってくる家族は、ちょうど柴田さんの常連と同じ年代です。
そして、その人たちも、あと十年もすれば、遠くと近くの見え方に悩み始めます。
年配の方とその家族を真ん中に置くことは、30代から50代のお客様を捨てることにはなりません。
むしろ、親の目を一緒に心配する人として、別の入口から迎え直すことになるのではないか。
そう考えると、三つの道のうちの三つ目が、はっきりした形になってきました。
店の真ん中には「年配の方とそのご家族」を置く。
柴田さんの常連の方々は、外さずに、大切に残す。
そして、駅前の店と値段で比べに来る若い人には、無理に合わせない。
最後の一つを決めるのが、菊地さんにとっては一番つらいことでした。
若い人向けの値引きのチラシは、先代のころから続けてきたものだったからです。
けれど、紙の束が教えてくれたのは、そのチラシで来た人のほとんどが、何も買わずに帰っていたという事実でした。
経営の判断で一番むずかしいのは、何かを選ぶことよりも、選ばなかったものを静かに見送ることなのかもしれません。
柴田さんの本音
方向が見えてきたところで、菊地さんは柴田さんと二人で話す時間をとりました。
会議の場ではなく、閉店後のお店で、お茶を飲みながらです。
しばらく黙っていた柴田さんは、やがてこう言いました。
「私は、お客様に似合う眼鏡を一緒に選ぶのが好きで、この仕事をしてきたんです。年配の方の店になったら、私の居場所はあるのかなって」。
棚を減らすことへの反対は、売上の心配だけではありませんでした。
自分の持ち味が要らなくなるのではないか、という不安だったのです。
菊地さんは、紙の束から一枚を取り出しました。
そこには、原田さんの字でこう書かれていました。
「どうせ年寄りだから、地味なのでいい、とおっしゃる」。
「年配の方こそ、似合う眼鏡を選ぶ楽しみを、あきらめてしまっているのかもしれない。それを取り戻せるのは、柴田さんしかいないと思うんです」。
柴田さんは、すぐには返事をしませんでした。
けれど翌朝、「三か月だけなら、やってみます」と言ってくれたそうです。
三か月だけ試す、と決めた
菊地さんは、全部を一度に変えるのではなく、期間を区切って試すことにしました。
入口近くの新作の棚は半分に減らし、座って話せる机を二つ置きます。
調整や相談は予約制にして、一人あたり30分をしっかり取ります。
新作の枠もゼロにはしません。
年配の方がかけやすい、軽くて鼻に跡がつきにくいものを中心に、柴田さんが選び抜いて並べることにしました。
さらに、月に一度、地域の公民館で「見え方の相談会」を開きます。
若い人向けの値引きのチラシは、この三か月はやめることにしました。
準備は整った、と菊地さんは思っていました。
ところが、最初の一か月は、思うようにはいきませんでした。
最初の一か月は、思うようにいかなかった
一つ目のつまずきは、予約制でした。
始めて二週間ほどたったころ、ある電話がかかってきます。
長年通ってくださっている80代の岩田さん(仮名)の娘さんからでした。
「父が、もう気軽にお店に行けなくなったと言っているんです」。
岩田さんは、いつものように散歩の途中でお店に立ち寄りました。
そのとき、入口の「ご予約のお客様を優先しております」という貼り紙を見て、そのまま帰ってしまったのだそうです。
電話で予約をするのは、耳が遠くなった岩田さんには気の重いことでした。
ゆっくり話を聞くための予約制が、ふらりと立ち寄るのを楽しみにしていた方を遠ざけていたのです。
菊地さんは、頭を殴られたような気持ちになったといいます。
二つ目のつまずきは、柴田さんの常連のお客様でした。
棚を半分にしてしばらくたったころ、常連の一人、美容師の山崎さん(仮名・40代)が来店します。
店内を見回した山崎さんは、少し寂しそうにこう言いました。
「お店の雰囲気、変わったのね。もう私向けじゃないのかな」。
その後、三十人ほどの常連のうち、五人ほどの足が遠のいていることが分かりました。
棚を減らすことを、大切なお客様に何も伝えていなかったのです。
三つ目のつまずきは、公民館の相談会でした。
一回目に来てくださったのは、わずか三人でした。
あとで振り返ると、理由はいくつもありました。
お知らせの紙は字が小さく、年配の方には読みにくいものでした。
開催は平日の午後で、付き添いの家族が仕事で来られない時間でした。
そして、最初の月の売上は、前の年の同じ月より一割ほど落ちていました。
柴田さんの心配が、そのまま当たったように見えました。
帳簿にまだ表れない手応え
月末に試算表(毎月の成績表のような資料)を見た菊地さんは、正直に言って、元に戻そうかと考えたそうです。
棚を元に戻し、予約制もやめて、チラシも再開する。
そうすれば、少なくとも売上の落ち込みは止まるかもしれません。
それを思いとどまらせたのは、例の小さな紙の束でした。
試した一か月の間も、三人は来店の記録をつけ続けていました。
机で座って話した方のうち、「今度、娘と一緒に来ます」と言って帰った方が何人もいました。
次に作る眼鏡の相談を、半年先の予定として話していかれる方もいました。
原田さんのところには、「話を聞いてもらえて安心した」という言葉が、いくつも書き残されていました。
どれも、まだ売上にはなっていない動きです。
けれど、眼鏡は相談した日に買うものではありません。
年配の方の場合、家族と相談して、気持ちが固まってから作りに来られることがほとんどです。
種をまいてから芽が出るまでには、少し時間がかかります。
経営の現場で何かを変えたとき、その手応えが帳簿の数字に表れるのは、たいてい何か月か遅れてからです。
その間に見る物差しを決めていないと、せっかくまいた種を、芽が出る前に掘り返してしまうことになりかねません。
菊地さんは、売上とは別に「座って相談した人の数」と「家族と一緒に来た人の数」を、毎週見ることに決めました。
一つずつ、直していった
菊地さんは、三つのつまずきを一つずつ直していきました。
予約制は、やめるのではなく、形を変えました。
午前中は予約なしで、調整や立ち寄りを気軽に受ける時間にしました。
午後は、ゆっくり相談したい方のための予約の時間です。
予約は電話だけでなく、来店したときに、次に来る日を一緒に決めるようにしました。
入口の貼り紙も、「ご予約優先」から「お気軽にお立ち寄りください。ゆっくりご相談したい方は、ご予約もできます」に書き換えました。
菊地さんは、岩田さんのお宅にも足を運びました。
貼り紙の言葉が配慮に欠けていたことをお詫びし、いつでも寄ってくださいと伝えました。
翌週、岩田さんは散歩の途中で、何事もなかったように立ち寄ってくださったそうです。
常連のお客様には、柴田さんが一人ひとりに手書きの手紙を書きました。
お店が何を大事にしようとしているのか。
それでも、柴田さんが選ぶ眼鏡を楽しみにしてくださる方を、これからも大切にしたいこと。
そして、年に二回、閉店後の夕方に、柴田さんが選び抜いた新作を見ていただく小さな会を開くことを知らせました。
一回目の会には、十二人の常連のお客様が来てくださいました。
山崎さんも、その一人でした。
ただ、すべての方が戻ってきたわけではありません。
離れたままの方もいました。
菊地さんは、それも受け止めることにしたそうです。
誰にでも好かれようとする店は、結局、誰にとっても「自分の店」ではなくなってしまう。
そう考えるようになったからです。
公民館の相談会は、二回目から土曜日の午前中に移しました。
お知らせの紙は字を大きくし、地域の老人会の回覧板にも入れてもらいました。
そして、「親御さんの見え方が気になるご家族の方も、どうぞ」と一言を添えました。
二回目には八人、三回目には十五人の方が集まりました。
その半分近くは、親を連れてきた30代から50代の家族でした。
三か月後に見えてきたもの
三か月後、お店には少しずつ変化が表れます。
付き添いで来た娘さんや息子さんが、「ついでに自分のも」と眼鏡を作っていくようになりました。
相談会で知り合った方からの紹介も増えていきます。
新作の棚の売上は確かに減りましたが、遠くと近くを見分ける眼鏡が中心になったことで一本あたりの金額が上がり、店全体のもうけは前年並みを保ちました。
半年後には、わずかに上回るようになったそうです。
心配していた柴田さんも、今では相談会で「似合う枠を一緒に選ぶ係」として張り切っています。
「地味なのでいい」とおっしゃっていた年配の女性が、柴田さんのすすめた明るい色の枠をかけて、鏡の前で照れくさそうに笑う。
そんな場面が、お店の中で何度も見られるようになりました。
年配の方に似合う色や形を提案するのは、若い人に流行を売るのとはまた違う面白さがある、と柴田さんは話しているそうです。
失敗から学んだ四つのこと
この三か月を振り返って、菊地さんが学んだことは、大きく四つあったように思います。
一つ目は、目的を決めても、仕組みはお客様の側から見直さないと、目的に逆らってしまうということです。
予約制は、店の側から見れば、年配の方の話をゆっくり聞くための仕組みでした。
けれど、岩田さんの側から見れば、気軽に立ち寄れる場所を失うことでした。
新しいやり方を考えるときは、そのお客様の一日を思い浮かべて、どこで困るかを想像してみる。
そのひと手間が欠かせないのではないでしょうか。
二つ目は、何かを手放すときは、その影響を受ける人にこそ、先に伝えるということです。
棚を減らすこと自体よりも、何も知らされなかったことが、常連のお客様を寂しくさせていました。
手放す相手への説明は、後回しにしがちです。
けれど、そこを丁寧にすることが、手放したあとの関係を守ってくれるのだと考えられます。
三つ目は、「誰に来てもらうか」には、決める人も含まれるということです。
眼鏡をかけるのは年配の方でも、作るかどうかを一緒に決めるのは、家族であることが多い。
相談会を土曜日の午前に移したのは、この気づきからでした。
お客様を考えるときは、使う人だけでなく、一緒に悩み、背中を押す人の姿まで思い浮かべてみるとよいかもしれません。
四つ目は、変化はまず現場に表れ、帳簿には遅れて表れるということです。
最初の月の売上だけを見ていたら、菊地さんはきっと元に戻していたでしょう。
試すときには、売上とは別に、途中の手応えを測る物差しを先に決めておく。
それが、迷いの中で踏みとどまる支えになったのです。
学びを、次の一手に生かす
翌年、菊地さんはもう一つ新しいことを考え始めます。
足腰が弱って、お店まで来られなくなった方のお宅や、近くの高齢者向けの施設へ、調整に出向くことです。
今度の菊地さんは、前回の学びをそのまま使いました。
まず、原田さんと柴田さんと一緒に、出向く先のお客様の一日を思い浮かべました。
何時ごろなら家族がいるか。
施設の職員さんは、どの時間なら手が空くか。
決める前に、お客様の側から仕組みを見直したのです。
次に、常連のお客様や相談会の参加者に、先に知らせました。
「こういうことを始めようと思っています。ご家族で困っている方がいたら、教えてください」。
すると、思いがけず何件もの相談が寄せられました。
そして、いきなり広げるのではなく、月に二軒から始めることにしました。
物差しは、売上ではなく「出向いたあとに、ご家族から連絡をいただいた数」です。
この出張の調整がきっかけで、離れて暮らす子ども世代が、自分の眼鏡を作りにお店へ来るようになりました。
前の年に足が遠のいていた常連のお客様の一人も、「母が施設でお世話になったと聞いて」と、久しぶりに顔を見せてくださったそうです。
菊地さんは、今でも月に一度、閉店後の十五分だけ、原田さんと柴田さんと三人で振り返りの時間を持っています。
うまくいかなかったことを、一つだけ持ち寄る時間です。
失敗しないように慎重になるのではなく、小さく試して、小さくつまずき、そこから学ぶ。
菊地さんのお店が変わったのは、棚を半分にしたからというよりも、つまずいたあとに、目的に立ち返って直し続けたからなのかもしれません。
本音は、お金の使い道に正直に表れる
この事例で、菊地さんが自分の本音に気づくきっかけになったことが、もう一つあります。
新しい目的を掲げてからの半年間、仕入れや広告の明細を見返してみたことです。
そこには、前の年とほとんど同じ支出が並んでいました。
長く帳簿を拝見していると、同じような場面にたびたび出会います。
新しい目的を掲げた年でも、お金の使い道が前の年とほとんど変わっていない。
仕入れ先も、広告の出し先も、備品の買い方も同じ。
言葉は変わっても、支出の明細は正直に「いつものやり方」を映し出します。
反対に、本当に向きを変えた会社の帳簿には、金額は小さくても「見慣れない一行」が現れます。
公民館の使用料。
お客様が長く座っても疲れない椅子の購入費。
常連のお客様に送った手紙の切手代。
こうした小さな一行こそが、目的が本気になった証しなのだと感じます。
時間についても同じことが言えるでしょう。
社長の一週間の予定を振り返ってみて、新しい目的のために使った時間がどれだけあるか。
それを眺めるだけでも、自分の本当の優先順位が見えてくるかもしれません。
最初に決めたいのは「誰に来てもらうか」と「どこで向き合うか」
目的は、どうしても大きな言葉になりがちです。
「地域のために」「お客様の笑顔のために」。
大きな言葉は、心を動かす力がある一方で、日々の判断の物差しにはなりにくいものです。
そこで役に立つのが、手づくり市の話でも触れた二つの問いです。
会社に置きかえるなら、「誰に来てもらうか」と「どこで向き合うか」と言えるでしょう。
自宅にお客様を招くときのことを思い浮かべてみてください。
呼ぶのが親しい友人なのか、目上の方なのか、小さな子ども連れの家族なのか。
それによって、用意する料理も、部屋の片づけ方も、座る場所も変わります。
誰を招くかが決まれば、何を準備し、何を省くかが自然と決まってくるわけです。
会社も同じです。
誰に来てほしいかを決めると、誰には無理に合わせなくてもよいかが見えてきます。
どこで向き合うかを決めると、時間や場所、人の配置の使い方が決まってきます。
菊地さんのお店で言えば、「年配の方とご家族」「座れる机と公民館」と決めたことで、棚を半分にする判断に筋が通りました。
このとき大切なのは、「誰を外すか」から考えないことかもしれません。
菊地さんがそうだったように、「誰を真ん中に置くか」から考えると、外さずに済む人が意外と多いことに気づきます。
そして、無理に合わせなくてよい人が、静かに見えてきます。
経営の世界では「何をやらないかを決めることが大切だ」とよく言われます。
ただ、いきなり「やらないこと」を決めようとすると、つらい気持ちばかりが先に立ちます。
先に「誰に」「どこで」を決めておくと、やらないことは後から自然に見えてくる。
そう考えると、少し気持ちが楽になるのではないでしょうか。
明日からできる、小さな一歩
では、何から始めればよいのでしょうか。
まずは、自社の目的を一行で書いてみることから始めてみるのも一つです。
立派な言葉でなくてかまいません。
普段、社長が心の中で思っている言葉で十分です。
次に、その目的のために「やめてもいいこと」を一つだけ書き出してみてください。
すぐに書けたなら、その目的は本物に近いのかもしれません。
どうしても書けないなら、胸の奥に別の目的があるのかもしれません。
それは責めることではなく、大切な発見だと考えられます。
迷って決められないときは、菊地さんのように、一か月だけお客様を書き留めてみるのもよい方法です。
どんな用件で来たか、誰と来たか、何を買ったか。
三つだけ書く小さな紙が、思い込みをほどいてくれることがあります。
そのうえで、去年一年のお金の使い道を、大きい順に五つほど眺めてみてください。
通帳でも、税理士から届く毎月の資料でもかまいません。
その使い道は、書き出した目的の方を向いているでしょうか。
従業員に聞いてみるのも良い方法です。
「この目的のために、やめてもいいと思うことはある?」。
原田さんのように、現場の人ほど答えを持っていることは少なくありません。
柴田さんのように、反対の奥に「自分の居場所」への不安を抱えている人もいます。
その声にも、ゆっくり耳を傾けてみてください。
そして、何かを変えるときは、全部をひっくり返す必要はありません。
手づくり市で出された案は、たった三分でした。
菊地さんが変えたのも、棚の半分です。
期間を区切って、小さく試す。
始める前に、手放すことで影響を受ける人に先に伝えておく。
売上とは別に、途中の手応えを測る物差しを一つ決めておく。
それだけで、目的は壁に貼られた言葉から、日々の判断を支える道しるべへと変わり始めます。

まとめ:迷うのは、大切にしてきたものがあるから
目的を掲げたのに手が止まる。
それは、社長の覚悟が足りないからではありません。
これまで大切に守ってきたものがあるからこそ、迷うのだと思います。
その迷いは、誠実さの裏返しと言えるのではないでしょうか。
大切なのは、その迷いに気づき、言葉にしてみることです。
自分は本当は何を大事にしているのか。
表の目的と胸の奥の目的、どちらを先にするのか。
そこに向き合えたとき、迷いは「選ぶ力」に変わっていきます。
そして、選んだあとにつまずくことも、決して失敗ではありません。
菊地さんのお店がそうだったように、つまずくたびに目的に立ち返り、やり方を直していく。
その積み重ねの中で、目的は少しずつ、会社の本当の背骨になっていくのだと考えられます。
目的を決めることは、ゴールではなく出発点です。
その目的のために何を手放すかを決めたとき、会社は静かに、けれど確かに動き始めます。
まずは三分、棚の半分くらいの小さな一歩から。
その一歩が、次の一手につながっていくと信じています。

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