社員が動きたくなる頼み方、動きたくなくなる頼み方
同じ内容の話でも、伝え方次第で、相手の受け取り方はまったく違うものになります。
私はこれまで、税理士として数多くの中小企業の経営者の方々とお話をしてきましたが、「言ったつもりなのに、なぜか伝わっていない」「頼んだはずなのに、思うように動いてもらえない」というお悩みは、驚くほどよく耳にします。
こうしたお悩みの背景には、実はとてもシンプルな理由が隠れていることが多いように感じます。
それは、伝える側の「言いたいこと」ばかりに意識が向いてしまい、受け取る側が「どう感じるか」への配慮が、少しだけ足りていない、ということではないでしょうか。
話す内容そのものよりも、実は「頼み方」が結果を左右していることは、案外気づかれにくいものです。
今回は、この「頼み方」と「伝わり方」の関係について、身近な例を交えながら考えてみたいと思います。
難しい理論の話ではなく、明日からすぐに試せる、小さな工夫の話です。
「頼み方」で、相手の受け止め方はこんなに変わる
たとえば、ある製造業の会社を思い浮かべてみてください。
繁忙期を迎え、社長がベテラン社員に、急ぎの案件を追加でお願いしなければならなくなったとします。
このとき、「これ、急ぎだから今日中にやっておいて」とだけ伝えるのと、「いつも助かっているよ。実は急な案件が入ってしまって、あなたに任せたいんだけど、頼めるだろうか」と伝えるのとでは、聞いた社員の気持ちはまったく違うものになるはずです。
指示された内容そのものは同じでも、前者は「命令された」という感覚が残りやすく、後者は「頼りにされている」という感覚につながりやすいのではないでしょうか。
人は、自分が大切にされている、認められていると感じたときに、はじめて前向きな気持ちで行動しやすくなるものです。
つまり、伝えたいことをそのまま口にするだけでは、思うようには伝わらないということです。
相手がその頼みごとをどう感じるか、そこに少しだけ想像力を働かせることが、伝わり方を大きく変えるカギになると考えられます。
なぜ「相手の嬉しさ」が伝わり方のカギになるのか
ここで少し、その理由を掘り下げてみたいと思います。
人は誰しも、自分の気持ちや立場を尊重してもらえたと感じたとき、相手の期待に応えたいという気持ちが自然と湧いてくるものです。
心理学の世界では、これを「返報性(へんぽうせい)」と呼ぶことがあります。
これは簡単に言えば、「何かをしてもらったら、こちらも何か返したくなる」という、人間が本来持っている性質のことです。
「いつも助かっている」「頼りにしている」という一言は、それ自体が相手への小さな贈り物のようなものです。
この贈り物を受け取った相手は、無意識のうちに「では、自分もできる限り応えよう」という気持ちになりやすいのではないでしょうか。
反対に、こちらの都合や事情だけを一方的に伝えてしまうと、相手は「やらされている」という感覚を持ちやすくなります。
同じ仕事をお願いするのであっても、受け止め方が違えば、取り組む姿勢や仕上がりの質にも、少なからず違いが出てくるものです。
大切なのは、自分が伝えたいことをそのまま言葉にするのではなく、「この頼み方で、相手はどう感じるだろうか」と、いったん立ち止まって考えてみることではないでしょうか。
「お世辞のようで抵抗がある」と感じる方へ
ここまでお読みになって、「そうは言っても、なんだかご機嫌をとっているようで、気が引ける」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。
私自身、最初にこの考え方に触れたときは、少し似たような戸惑いを覚えました。
ただ、よく考えてみますと、お世辞と、相手への配慮とは、似ているようでいて、実はまったく別のものではないかと思います。
お世辞は、内容の伴わない言葉を並べることですが、ここでお伝えしたいのは、相手が実際にしてくれていること、支えてくれていることに対して、素直に感謝や信頼を言葉にするということです。
中身のある事実を、きちんと言葉にして伝える。それだけのことです。
日頃から感じている感謝の気持ちを、少しだけ言葉にする勇気を持つこと。
それだけで、頼みごとの伝わり方は、大きく変わっていくのではないでしょうか。
事例:仕事の割り振り方を変えた、ある印刷会社の話
以前、ご相談をお受けしたある印刷会社の社長様のお話をご紹介したいと思います。
この会社では、繁忙期になるたびに、社長が社員一人ひとりに仕事を割り振っていました。
ところが、繁忙期が終わるたびに、何人かの社員が退職を申し出るということが続いていたそうです。
社長ご自身は、「みんな忙しいのは同じはずなのに、なぜ辞めてしまうのだろう」と、長らく頭を悩ませていらっしゃいました。
そこで社長は、思い切って自分の仕事の頼み方を見直してみることにされました。
それまでは「これ、明日までにお願い」と用件だけを伝えていたところを、「今回の案件、あなたの丁寧な仕事ぶりを見込んで頼みたいんだけど、力を貸してもらえないか」というように、相手を頼りにしている気持ちを、必ず一言添えるようにされたのです。
はじめのうちは、社長ご自身も、少し照れくささを感じていらっしゃったそうです。
それでも根気強く続けていくうちに、半年ほど経った頃から、社員の方々の表情や仕事への取り組み方に、少しずつ変化が見え始めたといいます。
以前は指示を待つだけだった社員が、自分から「この部分、もう少し工夫できそうです」と提案してくれるようになったそうです。
翌年の繁忙期には、退職を申し出る社員がいなかったとも話してくださいました。
社長は「同じことを頼んでいるはずなのに、伝え方を変えただけで、こんなに反応が違うとは思わなかった」と、驚きを込めて話してくださいました。
結果が変わるのは、相手の「気持ちの入り口」が変わるからではないでしょうか
なぜ、このような違いが生まれるのでしょうか。
それは、頼み方によって、相手が仕事を受け取る「気持ちの入り口」そのものが変わるからではないかと、私は考えています。
「やらされている」という入り口から入った仕事は、どうしても義務としてこなすだけになりがちです。
一方で、「頼りにされている」という入り口から入った仕事は、自分の力を発揮する機会として受け止めやすくなります。
同じ作業量、同じ締め切りであっても、そこに向かう気持ちの向きが違えば、工夫や改善の余地に気づきやすくなったり、多少の困難があっても踏ん張れたりするものです。
経営者にとって、社員一人ひとりのこうした小さな気持ちの違いは、長い目で見れば、会社全体の雰囲気や生産性にも、じわじわと影響していくのではないでしょうか。
言葉だけでは足りない、日頃の関わり方の大切さ
ここで一つ、付け加えておきたいことがございます。
それは、頼み方の一言だけを変えれば、すべてがうまくいくというわけではない、ということです。
「いつも助かっている」という言葉も、普段からその社員のことをよく見ていて、実際に助けられていると感じているからこそ、相手の心に届くのだと思います。もし、日頃はまったく関心を向けていないのに、頼みごとをするときだけ急に優しい言葉をかけたとしたら、相手はかえって違和感を覚えてしまうかもしれません。
つまり、頼み方の工夫は、日頃の関わり方という土台があって、はじめて効果を発揮するものではないかと考えられます。
普段から社員の仕事ぶりに目を向け、お客様の声に耳を傾け、取引先とのやり取りを大切にする。
そうした積み重ねがあってこそ、いざという時の一言が、相手の心に自然に届くのではないでしょうか。
逆に言えば、日頃からそうした関わり方を意識しておられる経営者の方であれば、今回お伝えした「頼み方」の工夫は、きっとすぐに、無理なく取り入れていただけるはずです。
事例:常連のお客様への案内文を見直した、ある雑貨店の話
この考え方は、社内の人間関係だけでなく、お客様との関係においても同じように当てはまります。
もう一つ、ある雑貨店の店主様の事例をご紹介いたします(こちらも内容の本質を保ちながら、一部変更しております)。
この店主様は、新しく仕入れた商品を、長年通ってくださっている常連のお客様にも案内したいと考えていらっしゃいました。
当初は、「新商品が入荷しました。ぜひご覧ください」という、ごく一般的な案内を店頭に貼り出していたそうですが、反応は今ひとつだったといいます。
そこで店主様は、案内の言葉を「いつもお店を支えてくださっている皆様だからこそ、真っ先にお見せしたいと思い、この商品を選びました」という一文に変えてみることにされました。
すると、それまでほとんど反応のなかった常連のお客様が、次々と足を止めて商品を手に取ってくださるようになったそうです。
中には、「そんな風に思ってもらえていたなんて、嬉しい」と、わざわざ声をかけてくださったお客様もいらっしゃったそうです。
このお客様たちは、商品の中身が急に変わったわけではありません。
変わったのは、「自分たちが大切にされている」と感じられる言葉が添えられたことだけです。
それだけで、商品を手に取る気持ちのハードルが、ぐっと下がったのではないでしょうか。
社外の相手との関係でも、考え方は変わりません
ここまで、社員の方やお客様との関係を例にお話ししてきましたが、この考え方は、取引先や仕入れ先といった、社外の相手との関係においても、変わらず大切になってくると考えられます。
たとえば、取引先に無理なお願いをしなければならない場面もあるかと思います。
そのようなときも、こちらの都合だけを伝えるのではなく、「いつもご無理を聞いていただき助かっております。
実は今回も、力を貸していただきたい案件がありまして」というように、日頃の感謝と相手への敬意を一言添えるだけで、相手の受け止め方は大きく変わってくるはずです。
実は、私自身の仕事の中でも、同じことを感じる場面がございます。
決算の時期になりますと、お客様に領収書や通帳の写しなど、さまざまな書類のご準備をお願いすることになるのですが、ただ「至急ご提出ください」とお伝えするのと、「毎年ご協力いただき本当に助かっております。
今回もお忙しいところ恐縮ですが」と一言添えてお伝えするのとでは、書類が届くまでの早さや、丁寧さが、明らかに違うように感じております。
頼む立場であっても、相手への気遣いを忘れないことの大切さを、日々の実務を通じて実感しております。
経営という営みは、突き詰めていくと、社員、お客様、取引先といった、さまざまな相手との「頼み合い」の積み重ねでできているとも言えます。
だからこそ、頼み方一つを見直すことは、会社全体の人間関係を少しずつ良くしていく、地道ではありますが、確かな一歩になるのではないでしょうか。
今日からできる、小さな一歩
とはいえ、いきなりすべての伝え方を変えようとする必要はありません。
まずは、明日誰かに何かをお願いするときに、要件を伝える前に、一言だけ相手への感謝や信頼の言葉を添えてみる。
そんな小さなところから始めてみるのも一つではないでしょうか。
「いつもありがとう」「頼りにしているよ」「あなたにお願いしたいと思って」。
こうした一言は、決して難しいものではありません。
けれども、その一言があるかないかで、相手の気持ちの入り口は大きく変わってきます。
メールや文書でのやり取りであっても、同じことが言えます。
用件だけを書き並べるのではなく、書き出しに短い一文を添えるだけで、受け取った相手の印象は変わるものです。
そして、この習慣を続けていくうちに、社員の方々の表情が少しずつ変わってきたり、お客様からの反応が変わってきたりすることに、きっと気づかれるはずです。最初は照れくさく感じられるかもしれませんが、続けるうちに、それが自然な口癖になっていくのではないでしょうか。

おわりに
言葉を変えることは、コストのかからない、けれども効果の大きい経営改善の一つではないかと、私は感じています。
伝えたい内容を変える必要はありません。
ただ、その内容を、相手がどう受け取るかに、少しだけ想像力を働かせてみる。
それだけで、社内の雰囲気も、お客様との関係も、少しずつ良い方向に変わっていく可能性があります。
明日からの頼みごとの一言に、ほんの少しだけ、相手への気遣いを添えてみてはいかがでしょうか。
その小さな変化が、会社全体の空気を変えていく、大きな一歩になるかもしれません。
