利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

真っ赤なトラクターが教えてくれた、お客さまの本当のうれしさ

真っ赤なトラクターが教えてくれた、お客さまの本当のうれしさ

「いいものなのに選ばれない」とき、見直したいこと ― お客さまが本当に喜ぶ理由は、作り手の想像の少し外にある

「品質には自信がある。値段も頑張っている。それなのに、思ったほど選ばれない」

経営者の方とお話ししていると、こうした言葉をよく耳にします。
私は税理士として、長年たくさんの社長さんと向き合ってきました。
その中で感じるのは、こうした悩みを抱える方ほど、とても真面目で、商品やお客さまに誠実だということです。

もっと良くしよう。
もっと便利にしよう。
そう考えて、機能を足し、品数を増やし、サービスを広げていく。
その努力そのものは、決して間違いではありません。

ただ、ときどき、努力の向きと、お客さまのうれしさの向きが、少しずれてしまうことがあります。

今回は、誰もが知る大きな会社の成功と失敗を手がかりに、そのずれがどこで生まれ、どうすれば直せるのかを、一緒に考えてみたいと思います。

真っ赤なトラクターが売れた、意外な理由

2015年ごろ、農業機械をつくるヤンマーのトラクターが、大きな話題になりました。

目を引いたのは、その見た目です。
燃えるような赤い車体に、角の立ったシャープな形。
まるで高級スポーツカーのようでした。
手がけたのは、イタリアで世界的な高級車の設計に携わった工業デザイナー、奥山清行さんです。

農業機械といえば、丈夫で、よく働けばそれでいい。
多くの人がそう考えていたのではないでしょうか。

けれど、当時の国内の農業の担い手は、平均年齢が60代後半でした。
長年、田畑に立ち続けてきた方たちです。
その方たちが本当にうれしいことは、何だったのでしょうか。

もちろん、作業が楽になることは大切です。
ただ、それと同じくらい、あるいはそれ以上に心に響いたのが、見た目の誇らしさでした。

赤いトラクターに乗って田んぼに出る姿を見て、お孫さんが「おじいちゃんのトラクター、すごい!」と目を輝かせる。
家を継ぐかもしれない若い世代が、「農業って、ちょっといいかも」と感じてくれる。

少し値段が安いことや、少し性能が上がることよりも、その一言のほうが、ずっと大きな価値を持っていたのです。

これは、作り手の側からはなかなか見えにくいことです。
作り手はつい、「もっと力強く」「もっと安く」と考えます。
しかし、お客さまの心の中にあるうれしさは、商品案内に並ぶ数字の外側にあることが少なくありません。

「これ一台で何でもできる」は、なぜ期待を裏切りやすいのか

反対に、お客さまのうれしさとずれてしまった例も見てみましょう。

よく見かけるのが、「一台であれもこれもできます」という商品です。

たとえば、台所で使う調理家電。
大根おろしも、みじん切りも、薄切りも、ジュースづくりも、全部これ一台で。
置き場所の少ない一人暮らしの方や、毎日が忙しい共働きの家庭に向けて、よく売られています。

ところが、実際に使ってみると、どうでしょう。

用途ごとに付け替える部品がいくつもあり、引き出しの中はその部品でいっぱいになる。
使うたびに分解して、洗って、乾かして、また組み立てる。

場所と時間を節約したくて買ったはずなのに、かえって場所も時間も取られてしまう。
そんな経験に、心当たりのある方もいらっしゃるかもしれません。

十徳ナイフを思い浮かべていただくと、わかりやすいかもしれません。
ナイフも、はさみも、栓抜きもついていて、とても便利そうに見えます。
でも、毎日の料理で手に取るのは、やはり一本の包丁ではないでしょうか。

家のテレビのリモコンも同じです。
ボタンはたくさん並んでいても、実際に押すのは、電源と音量とチャンネルくらい。
そういう方が多いと思います。

「いろいろできる」ことは、作り手にとっては安心材料です。
けれど、お客さまにとっては、「結局、何をしてくれるのかがわからない」「使いこなせない」という負担に変わってしまうことがあるのです。

大成功の次に待っていた落とし穴

もうひとつ、とても有名な例があります。
ソニーの家庭用ゲーム機、プレイステーションです。

初代は世界で約1億台、二代目は約1億5,000万台という、歴史に残る大成功をおさめました。
二代目はすでに、映画の円盤(DVD)を再生でき、インターネットにつないで遊べる機能も持っていました。
十分すぎるほど高性能だったと言えます。

そして三代目で、ソニーはさらに大きな夢を描きます。
ゲーム機にとどまらず、家庭の中心となる「未来の家庭用コンピューター」を目指したのです。
最先端の電子技術や通信の仕組みを詰め込み、暮らしを支える土台そのものになる。
そんな壮大な構想でした。

しかし、その夢はお客さまに届きませんでした。
販売台数は前の世代を大きく下回る8,000万台あまり。
高い性能を実現するための開発費や部品代もかさみ、事業としては大きな赤字を抱えることになりました。

ちょうど同じころに登場した任天堂のWiiは、性能の高さでは及ばなかったものの、「家族みんなで体を動かして遊べる」という、わかりやすい楽しさで多くの家庭に広がっていきました。
性能が高いことと、選ばれることは、必ずしも同じではない。
そのことをよく表している出来事ではないでしょうか。

近所のスーパーへ買い物に行くのに、飛行機の操縦席のような車は必要ありません。
どれほど優れた機能でも、お客さまが使う場面がなければ、それは「重たい荷物」になってしまいます。

立て直しの鍵は「誰に」と「何を」を小さく絞ったこと

興味深いのは、その後です。

2013年の終わりに発売された四代目で、ソニーは見事に立ち直りました。

今度は、目指すものを思い切って絞り込みました。
届けたい相手は、「欧米で、インターネットを通じて仲間とゲームを楽しむ人たち」。
その人たちに差し出す価値は、「画面の動きが重たい戦闘もののゲームを、手ごろな値段で、引っかかりなく楽しめること」。

あれもこれもではなく、この人たちの、このうれしさに応える。
そう決めたのです。

結果として、四代目は発売から5年で9,000万台を超え、遊ぶためのソフトも9億本近くが売れました。
会社を支える大切な稼ぎ頭へと育っていったのです。

同じ会社で、同じ技術力を持ちながら、結果がこれほど違った。
その差を分けたのは、技術の差ではなく、「誰の、どんなうれしさに応えるのか」がはっきりしていたかどうかだと考えられます。

届けたい相手をはっきりさせるだけでは、まだ半分です。
その相手が心から喜ぶものを差し出せて、はじめて商売は長く続いていく。
大きな会社の浮き沈みは、そのことを私たちに教えてくれているように思います。

小さな会社ほど「足し算」をしてしまう理由

では、なぜ私たちは、つい機能やメニューを足してしまうのでしょうか。

これは、大きな会社だけの話ではありません。
むしろ、小さな会社や個人のお店のほうが、足し算に向かいやすいと感じています。

理由のひとつは、社長の真面目さです。
お客さまに「こういうのはないの?」と聞かれると、なんとか応えたくなる。
応えられないことが、申し訳なく感じてしまう。

もうひとつは、不安です。

小さな会社の社長は、断ることがとても苦手です。
一度「うちではやっていないんです」と言ったら、もう二度と声がかからないのではないか。
その小さな不安が積み重なって、品数やサービスは、少しずつ、しかし確実に増えていきます。

そして、足すことは簡単でも、やめることはとても難しいものです。
新しいものを加えるのは前向きな決断に見えますが、何かをやめるのは、後ろ向きで、損をするような気がしてしまうからです。
社長の判断が止まりやすいのは、まさにこの「やめる」の手前ではないでしょうか。

税理士として毎月の資料をお預かりしていると、ひとつ気づくことがあります。
品数やサービスを広げた会社では、売上の数字が伸びるより先に、仕入れ先からの請求書の束が厚くなっていくことが多いのです。

材料の種類が増え、包むものが増え、使い切れずに捨てるものも少しずつ増える。
一枚一枚の請求書は小さな金額なので、誰も気に留めません。
けれど一年分を並べてみると、売上は横ばいなのに、手元に残るお金だけがじわりと減っている。
そして、そのしわ寄せは、帳面には載らない社長や従業員の残業という形で、現場に表れていることが少なくありません。

足し算の努力は、目に見えにくいところで、会社の体力を少しずつ使っているのかもしれません。

事例:和菓子店の三代目が見つけた「本当の売りもの」

ここで、ひとつの架空のお話をご紹介します。

地方の城下町で60年続く和菓子店を、三代目として継いだ石川さん(仮名・40代)。
お店は、職人が3人、販売のパートさんが5人、それに石川さん夫婦を加えた10人ほどの所帯です。

継いでからの数年、石川さんは客足が減っていくことに焦っていました。
若いお客さまにも来てほしい。
そう考えて、洋菓子の要素を取り入れた新作を次々と考え出しました。
果物を使った大福の種類を増やし、抹茶のロールケーキを加え、季節ごとの限定品も出す。
気づけば、ガラスの陳列棚に並ぶ品は60種類を超えていました。

ところが、売上はほとんど変わりません。
職人たちは毎朝、多すぎる種類の仕込みに追われ、夕方には売れ残りが目立つ。
石川さん自身も、夜遅くまで新作づくりに追われる日々でした。

転機は、ベテランのパートさんが何気なく口にした一言でした。

「うちで一番よく出るのは、結局、手土産の箱詰めですよね」

石川さんは、はっとしました。
そこで一か月間、お会計のときに「どなたかへのお使いものですか」と、ひと声かけてみることにしたのです。

すると、お客さまの七割近くが、自分で食べるためではなく、誰かに渡すために買っていることがわかりました。
法事のお供え、取引先へのごあいさつ、久しぶりに会う親戚へのお土産。

さらに話を聞いていくと、お客さまが大切にしていたのは、味の新しさではありませんでした。
「日持ちがするか」「一つずつ包まれていて配りやすいか」「急な用事でもすぐに用意してもらえるか」。
そして何より、「渡した相手に、いいお店を知っているね、と思ってもらえるか」だったのです。

これは、あの赤いトラクターの話とよく似ています。
お客さまのうれしさは、お菓子そのものよりも、渡した瞬間の相手の笑顔や、「さすがだね」という一言の中にあったのです。

石川さんは、思い切って品数を25種類ほどに絞ることにしました。

正直に言えば、この決断にはとても迷ったそうです。
自分が考えた新作をやめるのは、これまでの努力を否定するようで寂しい。
先代から続く品を減らすのも、申し訳ない。
売上が落ちたらどうしよう、という不安もありました。

それでも、「うちは、贈り物で喜ばれるお店になろう」と決めてからは、やるべきことが自然と見えてきました。

詰め合わせは、選びやすいように三つの値段に整理しました。
前日までに電話をもらえれば、当日は待たずに受け取れるようにしました。
そして、それぞれのお菓子の由来や季節の話を短く書いた小さな紙を、箱に添えるようにしました。
渡すときに、ちょっとした会話のきっかけになるからです。

新作のうち、お客さまに好評だった二品は残しました。
すべてを捨てたわけではなく、「贈り物にふさわしいかどうか」という物差しで、選び直したのです。

一年ほどたって、売上そのものは少し増えた程度でした。
けれど、売れ残りは目に見えて減り、手元に残るお金ははっきりと増えました。
職人たちは仕込みの種類が減った分、一つひとつの仕上がりに集中できるようになりました。
パートさんたちも、「どんな方に贈られるんですか」と、お客さまとの会話を楽しめるようになったといいます。

いちばん変わったのは、石川さん自身の気持ちかもしれません。
「次は何を足せばいいか」と夜中まで悩むことが減り、「お客さまの贈り物を、もっと誇らしいものにするには」と考える時間が増えたそうです。

明日から始められる、小さな一歩

では、自分の会社やお店では、どこから手をつければよいのでしょうか。
大がかりな計画は必要ありません。
まずは、次のような小さなことから始めてみるのも一つです。

最初は、お客さまに「何のために買ったのか」を聞いてみることです。
「なぜうちを選んでくださったんですか」と正面から聞くのは、少し照れくさいかもしれません。
そんなときは、「今日はどんなご用事で?」「何にお使いになるんですか?」と、会話の延長で尋ねてみる。
それだけで、作り手が思いもしなかった答えが返ってくることがあります。

次に、自分の商品やサービスをすべて紙に書き出してみることです。
そのうえで、この一年でほとんど声がかからなかったものに、印をつけてみる。
いきなりやめる必要はありません。
「なぜこれを続けているのだろう」と、自分に問いかけてみるだけでも十分です。

そして、「うちは、誰の、どんなうれしさのためにあるのか」を、一文で言えるか試してみることです。
うまく言えなくても大丈夫です。
言葉にしようとするだけで、自分が本当に大切にしたいものが、少しずつ形を持ちはじめます。

もし一人で考えるのが難しければ、従業員の方に聞いてみるのもよいと思います。
石川さんのお店のように、毎日お客さまと接している人ほど、社長にはまだ見えていない「本当の売りもの」に気づいていることがあるからです。

まとめ:迷うのは、お客さまに真剣だからこそ

赤いトラクターも、ゲーム機の立て直しも、そして和菓子店のお話も、伝えていることは同じではないでしょうか。

お客さまが本当に喜ぶ理由は、作り手が「こうだろう」と考えているものの、少し外側にあることが多い。
そして、それを見つけるための近道は、機能や品数を足すことではなく、目の前のお客さまの声に耳を澄ませることです。

絞ることは、お客さまを切り捨てることではありません。
むしろ、「このお店なら、これ」と覚えてもらいやすくなり、選ぶ側の迷いを減らしてあげることでもあります。
何でも並んでいるお店より、「ここに行けば間違いない」と言えるお店のほうが、人は安心して足を運ぶものです。

あれもこれもと迷ってしまうのは、社長がお客さまに対して真剣だからこそです。
その真剣さを、ほんの少しだけ「足す」から「選ぶ」へ向けてみる。
それだけで、会社の景色は静かに、でも確かに変わっていくと考えられます。

モヤモヤしているときこそ、次の一手の手がかりは、すぐそばにあります。
まずは明日、お客さまに一つだけ質問をしてみることから、始めてみてはいかがでしょうか。

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