利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「うちの当たり前」が、お客様の探していたものだった 割引をやめた整備工場が、言葉を見つけるまで

「うちの当たり前」が、お客様の探していたものだった 割引をやめた整備工場が、言葉を見つけるまで

「安さ」ではなく「こだわり」で選ばれる 長く通ってくれるお客様が集まるお店の伝え方

チラシを作るとき、つい「安い・早い」と書いてしまうのはなぜでしょう

お店のチラシや看板、ホームページの文面を考えるとき。
気づけば「お手頃価格」「スピード対応」「今なら〇%オフ」といった言葉が並んでいる。
そんな経験はないでしょうか。

これは決して、考えが浅いからではありません。
値段や速さは、誰にでも伝わりやすい言葉です。
比べやすく、すぐに反応がありそうに感じます。
何を書けばいいか迷ったとき、手が自然とそちらへ伸びるのは、ごく当たり前のことだと思います。

しかも、チラシの文面を考えるのは、たいてい閉店後の事務所で、社長が一人で、です。
日中は現場に立ち、電話に出て、夕方からは帳簿や段取りの確認。
疲れた頭で「お客様に響く言葉」をひねり出すのは、なかなか骨の折れる作業です。

ただ、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
その「安い・早い」の言葉で来てくださったお客様は、来年も、再来年も、通い続けてくださっているでしょうか。

今回は、「値段」ではなく「お店が大切にしている考え方」を伝えることで、なぜ長く通ってくださるお客様が集まるのか。
そのしくみを、身近な例を使いながら一緒に考えていきたいと思います。
後半では、ある整備工場の社長が、自分たちの「当たり前」を言葉にするまでに、どこで迷い、どう判断したのかを、じっくりたどってみます。

お店を乗り換えようとする人は、何に困っているのか

まず、お客様の側に立って考えてみましょう。

いつも利用しているお店を変えようと思うとき、人の心の中では何が起きているでしょうか。
答えはシンプルで、「今のお店に、何か引っかかることがある」ときです。
満足していれば、わざわざ新しいお店を探す手間はかけません。

では、その「引っかかり」とは、どんなものでしょうか。

クリーニング店を例にすると分かりやすいかもしれません。
「お気に入りのセーターが、少し縮んで戻ってきた」
「シャツの襟の形が、なんだか崩れている」
「前は落ちていた小さな汚れが、最近残っている気がする」

こうした小さなモヤモヤが積み重なって、「別のお店にしようかな」と思うわけです。

ここで大切なのは、この方たちが困っているのは「値段」ではない、ということです。
仕上がりの質に、不安を感じているのです。
つまり、探しているのは「安いお店」ではなく、「安心して任せられる、腕のいいお店」だと考えられます。

ところが、多くのお店の看板やチラシに書いてあるのは「安い」「早い」「きれい」。
仕上がりに不安を感じている人が、この言葉を見て「ここなら大丈夫」と思えるでしょうか。
むしろ「安いということは、手間を省いているのでは」と、かえって不安になることさえあるかもしれません。

だからこそ、伝えるべきは「うちはどんなふうに仕事をしているか」だと思うのです。
クリーニング店なら、素材ごとの洗い分け方。
仕上げで気をつけていること。
お返しする前に、どこをどう確認しているか。
そうした、お店なりのこだわりや、ちょっとした知識です。

それを読んで「このお店の考え方、いいな」と感じた人は、困りごとが解決されたとき、そのまま長く通ってくださる可能性が高いのではないでしょうか。
最初から「考え方が合う人」が来てくださるのですから、自然なことだと考えられます。

値段で来たお客様は、値段で離れていく

もちろん、「今のお店は高いから」という理由で、お店を探している方もいらっしゃいます。
それ自体は、まったく悪いことではありません。
家計を大切にする、真っ当な選び方です。

ただ、ここで一つ考えておきたいことがあります。
値段を一番の基準にしている方は、あなたのお店に来てくださったあとも、きっと値段を基準に選び続けます。
もっと安いお店が見つかれば、そちらへ移っていくのは、ごく自然な流れです。

例えるなら、値段で集めたお客様は「風で集まった落ち葉」のようなものかもしれません。
風向きが変われば、また別の場所へ飛んでいきます。
一方、考え方に共感して来てくださったお客様は「根を張った草木」に近いと思います。
少々の風では、簡単には動きません。

値下げを続けて、それでも利益が残る体力があるなら、その道もありえます。
しかし、従業員10名前後のお店が、仕入れの量も広告費もけた違いの大手と値段で競い合うのは、正直なところ分が悪い勝負です。
体力勝負のマラソンに、短距離の装備で出場するようなものかもしれません。

小さなお店が目指したいのは、「少し高いけれど、やっぱりあそこがいい」と、何年も思っていただける関係ではないでしょうか。

それでも、こだわりを語るのをためらってしまう理由

ここまで読んで、「理屈は分かる。でも、なかなかできないんだよな」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
その感覚は、とても自然だと思います。
経営者の方とお話ししていると、判断が止まるポイントはだいたい三つあるように感じます。

一つ目は、「自分たちのこだわりが、当たり前すぎて見えない」ことです。
毎日していることは、自分ではごく普通のことに思えます。
「こんなの、どこのお店でもやっているでしょう」と思ってしまうのです。
けれど、お客様から見ると、それは他では受けられない丁寧さだったりします。

二つ目は、「自慢しているように聞こえないか」という照れや遠慮です。
職人気質の方ほど、「腕は仕事で見せるもの。口で言うものではない」と考えがちです。
その姿勢は本当に尊いものです。
ただ、残念ながら、お客様は仕事の裏側を見ることができません。

三つ目は、「値段のほうが、すぐに効果が出そう」という焦りです。
売上が落ちているときほど、即効性のありそうな割引に手が伸びます。
こだわりを伝えるのは時間がかかりそうで、不安になるのです。

どれも、真剣に経営に向き合っているからこその迷いです。
次の事例は、まさにこの三つの迷いと向き合いながら、一歩ずつ前に進んだお話です。

事例:「割引チラシ」をやめた町の整備工場

※以下は、考え方を分かりやすくするための架空の事例です。

割引で増えたお客様が、翌年には戻ってこなかった

郊外の国道沿いで自動車整備工場を営む、桜井さん(仮名・40代後半)。
整備士6名、受付と事務が2名、それに社長夫婦を合わせて10名ほどの会社です。
父親の代から続く工場で、近所の常連さんに支えられてきました。

ある年、車で5分ほどの場所に、大手の車検専門店ができました。
看板には「最短45分」「基本料金〇〇円から」の大きな文字。
桜井さんは焦りました。
すぐに「車検基本料金3,000円引き」のチラシを作り、新聞に折り込みました。

チラシの効果はありました。
新しいお客様が、目に見えて増えたのです。
ところが、一年たって次の点検の時期になると、そのお客様の多くは戻ってきませんでした。
顧客台帳をめくりながら数えてみると、割引チラシで来た方のうち、翌年も来てくださったのは4割に届きませんでした。

さらに気になることもありました。
長年の常連さんから「安くなったのはありがたいけど、手を抜いていないよね?」と、冗談まじりに言われたのです。
桜井さんは、胸のあたりがちくりと痛んだといいます。

ある日の夕方、桜井さんは受付の菅野さん(仮名)に何気なく聞いてみました。
「新しいお客さんで、続けて来てくれる人って、どんなことを言ってる?」

菅野さんの答えは、意外なものでした。
「前のところは、何を交換したのか説明がなかったって、よく聞きますよ」
「見積もりより、あとで高くなったって言う方も多いです」
「うちで、外した部品を袋に入れてお返しすると、びっくりされますね」

桜井さんは、はっとしました。
乗り換えてきたお客様が困っていたのは、値段の高さではありませんでした。
「何をされているのか分からない」という不安だったのです。
そして、その不安に応える仕事を、自分たちはずっと前からしていた。
ただ、それを一度も言葉にしてこなかったのです。

ここから、桜井さんの「言葉にする」挑戦が始まります。
結果だけを見れば、すんなり進んだように見えるかもしれません。
けれど実際には、その途中で何度も手が止まり、迷い、引き返しかけています。

書き出そうとしても、どこかで見た言葉しか出てこない

菅野さんの話を聞いた日の夜。
桜井さんは事務所に残り、ノートを開きました。
「うちが大事にしていること」を書き出してみようと思ったのです。

ところが、ペンが進みません。
ようやく書けたのは、「丁寧な整備」「確かな技術」「安心の対応」の三つでした。

書いた文字を眺めて、桜井さんは苦笑いしたそうです。
例の車検専門店のチラシにも、ほとんど同じ言葉が並んでいたからです。
「これじゃあ、どこのお店とも見分けがつかないな」

ここに、一つ目の壁があります。
毎日当たり前にやっていることは、体に染みつきすぎて、自分では見えなくなるのです。
自分の家のにおいは、自分では分からない。
それと少し似ているかもしれません。

だから、ノートに向かって「うちの強みは何だろう」と考えても、出てくるのはどこかで見たような、ぼんやりした言葉になりがちです。
真剣に考えていないからではありません。
近すぎて、見えないだけなのだと思います。

整備士に聞いても「普通にやってるだけですよ」

一人で考えても出てこないなら、現場に聞いてみよう。
桜井さんは翌朝、朝礼で整備士たちに尋ねました。
「うちが他の工場と違うところって、何だと思う?」

返ってきたのは、沈黙でした。
しばらくして、最年長の大塚さん(仮名・50代後半)が口を開きます。
「別に、特別なことはしてませんよ。普通にやってるだけです」

桜井さんは、少しがっかりしたそうです。
でも、あとから考えると、これは当然の答えでした。
大塚さんにとって、毎日の仕事は文字どおり「普通」なのです。
「特別なことは?」と聞かれても、答えようがありません。

ここで桜井さんは、聞き方を変えることにしました。
「何が強みか」という大きな質問ではなく、もっと答えやすい、具体的な質問に変えてみたのです。

手がかり① 入って二年目の若手に「前の職場と違って驚いたこと」を聞く

最初に話を聞いたのは、別の整備工場から移ってきて二年目の上田さん(仮名・20代後半)でした。
質問はこうです。
「前の職場と比べて、うちに来て驚いたことってある?」

上田さんは、少し考えてから話し始めました。

「前の店は、一日に何台こなすかが一番大事でした。だから、ここに来て最初は正直、面倒だなと思ったんです」
「タイヤのボルトを最後に二人で確認するとか。外した部品をいちいち袋に入れるとか。ブレーキの写真を撮るとか」
「でも、お客様が袋の部品を見て『ああ、こんなに減ってたのね。助かったわ』って言うのを何度も見て。それで、理由が分かった気がします」

桜井さんは、書き留める手が止まらなかったといいます。
自分たちが「普通」だと思っていたことが、外から来た人には「驚き」だったのです。

外から来た人の目は、鏡のようなものかもしれません。
自分の背中は自分では見えませんが、鏡があれば見えます。
中途で入った社員、パートさん、取引先の人。
そうした「外の目」を持つ人に、「驚いたこと」を聞いてみる。
これは、どの会社でも試しやすい方法ではないでしょうか。

手がかり② 「なぜ、そうしているのか」を先代に聞く

上田さんの話を聞いて、桜井さんの中に一つの疑問が浮かびました。
「そもそも、部品をお返しするのは、いつから、なぜ始めたんだろう」

桜井さんが入社したときには、もう当たり前の習慣でした。
理由を考えたことは、一度もなかったのです。

そこで、すでに引退している父親に電話をかけました。
父親は、少し照れくさそうに、昔の話をしてくれたそうです。

三十年以上前のこと。
あるお客様に、請求書を見ながらこう言われたのだといいます。
「本当に部品を替えたの? 請求だけ高くしてるんじゃないの?」

父親は、ちゃんと仕事をしていました。
それだけに、悔しくてたまらなかった。
その日から、交換した部品は全部お客様に見せて、お返しすることに決めたそうです。

電話の最後に、父親はこう付け加えました。
「疑われないためにやってるんじゃないぞ。お客さんに、安心して車に乗ってほしいからだ」

この一言で、桜井さんの中で何かが変わりました。
それまで「習慣」だったものが、「考え方」になったのです。

何をしているか、だけでは、言葉はまだ薄いままです。
なぜそうしているのか、が分かったとき、言葉に芯が通ります。
自分たちの習慣の「始まり」を知っている人に聞いてみる。
それは先代かもしれませんし、古株の社員かもしれません。
案外、思いがけない物語が眠っているものです。

手がかり③ 受付で聞こえたお客様の言葉を書き留める

もう一つ、桜井さんがお願いしたことがあります。
受付の菅野さんに、二週間だけ、お客様が口にした言葉をノートに書き留めてもらったのです。
ほめ言葉でも、不満でも、何気ない一言でも構わない、と伝えました。

二週間後、ノートには三十近い言葉が並んでいました。
その中で、桜井さんが一番驚いたのは、こんな言葉でした。

「『今すぐじゃなくていい』って言ってもらえたのが、うれしかった」

修理が必要な箇所を、「今すぐ直したほうがいい」「半年以内に考えましょう」「次の車検までは大丈夫」の三つに分けて説明する。
これも、桜井さんの工場ではいつものやり方でした。

実は桜井さん自身、このやり方に少し迷いを持っていたそうです。
「次の車検まで大丈夫」と伝えれば、その分の売上はその場では立ちません。
商売としては損をしているのではないか、と思うこともあったのです。

ところが、お客様にとっては、そこが一番の安心だった。
「全部やらされる」のではなく、「必要なものだけ教えてもらえる」。
だからこそ、また来ようと思ってもらえていたのです。

自分たちの言葉だけで考えていると、お店の良さは「自分が誇りに思うこと」に偏りがちです。
お客様の言葉を拾うと、「お客様が本当にありがたいと思っていること」が見えてきます。
この二つは、似ているようで、ときに大きくずれているものです。

こうして、上田さんの驚き、父親の物語、お客様の言葉。
三つの方向から集めた「当たり前」は、二十項目ほどになりました。

一番伝えたかったことを、外すかどうか

ここで、桜井さんは二つ目の壁にぶつかります。
二十項目を全部チラシに載せることはできません。
何を選び、何を外すか。

実は桜井さんには、一番伝えたいことがありました。
二年前に思い切って導入した、新しい診断機です。
決して安い買い物ではありませんでした。
今もその支払いは続いています。
だからこそ、チラシの一番上に大きく書きたかったのです。

ところが、菅野さんのノートを何度読み返しても、診断機のことは一度も出てきません。
お客様が口にしていたのは、「説明が分かりやすい」「部品を見せてくれる」「今やらなくていいと言ってくれる」といった言葉ばかりでした。

桜井さんは、しばらく悩んだそうです。
自分が誇りに思っていることと、お客様が知りたいことが、違っている。
それを認めるのは、少しさみしいことでもあります。

最後に桜井さんが頼りにしたのは、一つの問いでした。
「お店を乗り換えようとしている人が抱えている不安に、まっすぐ答えているか」

乗り換えてくるお客様が困っていたのは、「何をされているのか分からない」という不安でした。
新しい機械があるかどうかではありません。
それに、診断機なら大手の車検専門店も持っています。
比べられたら、むしろ見劣りするかもしれません。

桜井さんは、診断機をチラシから外しました。
そのとき、自分にこう言い聞かせたそうです。
「外したのであって、捨てたわけじゃない」

診断機は、点検のときにお客様に画面を見せながら説明する道具として、しっかり活躍しています。
主役ではなく、説明を支える脇役として。
こう位置づけ直したことで、桜井さんの中でも気持ちの整理がついたといいます。

経営者が一番語りたいことと、お客様が一番聞きたいこと。
この二つが重ならないときは、お客様の側に寄せてみる。
それは、自分のこだわりを否定することではないと思います。
見せる順番を入れ替えるだけ、と考えてみてはいかがでしょうか。

割引をやめて、お客様は来てくれるのか

伝える中身が決まっても、まだ大きな迷いが残っていました。
割引を、本当にやめていいのか。

経理を担当している奥様は、はっきりと心配を口にしました。
「新しいお客さんが減ったら、どうするの? 支払いだってあるのに」

もっともな心配です。
桜井さん自身も、同じ不安を抱えていました。

この迷いを前に進めたのは、気持ちではなく、一つの数字でした。
桜井さんは、前の年に割引した金額を、顧客台帳から数えてみたのです。

割引チラシで来たお客様は、およそ百八十台。
一台三千円の割引で、合計は約五十四万円でした。
そのうち、翌年来てくださらなかった方への割引は、三十万円を超えていました。

桜井さんは、つぶやいたそうです。
「三十万円で、一度きりのお客様を買っていたんだな」

この数字は、奥様の心配にも答える材料になりました。
割引をやめるのは、ただ売上を手放すことではない。
戻ってこないお客様のために使っていたお金を、別の形に置き換えることなのだ、と。

それでも、桜井さんは一度、折衷案を考えています。
「割引は小さく残して、こだわりを大きく書く」という案です。
全部やめるのは、やはり怖かったのです。

この案に待ったをかけたのは、菅野さんでした。
「割引が載っていると、皆さんそこしか見ないと思います。去年も、予約の電話で最初に言われるのは『三千円引きのチラシを見たんですけど』でした」

毎日電話を受けている人の言葉には、重みがありました。
桜井さんは、割引をチラシから完全に外すことを決めました。

ただし、決め方に一つ工夫をしています。
「半年間は続ける。その間は、新しいお客様の数で一喜一憂しない」と、期限を区切ったのです。

そして、数の代わりに見る物差しも決めました。
予約の電話で、お客様が「何を見て、なぜうちを選んだか」を、菅野さんに書き留めてもらうことです。

大きな決断は、「ずっとこれでいく」と思うと怖くなります。
「まず半年」と期限を区切り、見るものを先に決めておく。
そうすると、途中で不安になったときにも、判断がぶれにくくなるのではないでしょうか。

書いた以上、毎回守れるか

チラシの中心に据える言葉は、「交換した部品は、すべてお見せしてお返しします」に決まりつつありました。
お客様の不安に一番まっすぐ答え、しかも来店すれば実際に確かめられる言葉だったからです。

ところが、整備士たちに相談すると、大塚さんがこう言いました。
「エンジンオイルとか、リサイクルに回す部品はどうするんですか。返せないものもありますよ」

もっともな指摘でした。
チラシに書いた言葉は、お客様との約束になります。
一度でも守れなければ、かえって信頼を失ってしまいます。

桜井さんは、一つの決まりをつくりました。
「守れないことは、書かない」

みんなで話し合い、お返しできないものは写真でお見せすることにしました。
チラシの大きな一文の下には、小さく「オイルなど、お返しできないものは写真でお見せします」と添えています。
受付でも、菅野さんがひと言説明するようにしました。

もう一つの心配は、忙しい時期のことでした。
車検が集中する春先は、整備士の手が回りません。
写真を撮る余裕がなくなるかもしれない。

そこで、写真撮影は受付の菅野さんも手伝う段取りにしました。
作業の区切りで整備士が声をかけ、菅野さんが撮りに行く。
小さな工夫ですが、これで約束を守れる見通しが立ちました。

面白いのは、「約束を言葉にしたこと」が、仕事の段取りまで見直すきっかけになったことです。
言葉にするということは、外に向けて宣言するだけではありません。
自分たちの仕事を、もう一度確かめ直すことでもあるのだと思います。

「自慢」に聞こえない書き方を探す

いよいよ文章を書く段階になって、桜井さんの手はまた止まりました。
最初に書いた下書きは、こんな一文から始まっていました。
「お客様第一の、誠実な整備をお約束します」

菅野さんに見せると、困ったような顔で言われたそうです。
「どこのお店のチラシにも、書いてありますね」

桜井さんは、ここで大事なことに気づきます。
「誠実」かどうかは、お客様が決めることなのです。
自分で「誠実です」と書くと、どうしても自慢に聞こえてしまう。
しかも、誰にでも書けるので、信じてもらえません。

そこで桜井さんは、ほめ言葉で書くのをやめました。
代わりに、「実際にしていること」をそのまま書くことにしたのです。

「誠実な整備」ではなく、「交換した部品は、すべてお見せしてお返しします」。
「分かりやすい説明」ではなく、「修理が必要な箇所は、今すぐ・半年以内・次の車検まで大丈夫、の三つに分けてお伝えします」。

していることを書くだけなら、自慢にはなりません。
ただの事実だからです。
そして、その事実を読んだお客様が、自分で「誠実なお店だな」と感じてくださる。
そのほうが、ずっと心に残るのではないでしょうか。

待合スペースの掲示も、同じ考え方でつくりました。
すり減ったブレーキの部品と、新品を並べた写真です。
添えた言葉は、「ここまで減ったら交換どきです」のひと言だけ。
長い説明を書くより、見れば分かる形にしたのです。

伝わる言葉は、立派な言葉ではなく、目に浮かぶ言葉なのかもしれません。

整備士の一言を、書きたくない人もいる

整備士一人ひとりに「この仕事で気をつけていること」を書いてもらい、顔写真と一緒に貼り出す。
この案を出したとき、真っ先に首を横に振ったのは、大塚さんでした。
「こんなの書いてどうするんですか。職人は、口で言うもんじゃないですよ」

桜井さんは、ここで無理強いしないと決めました。
命令して書かせた言葉は、きっとお客様にも伝わらない。
そう考えたからです。

その代わり、桜井さんはまず自分が書きました。
「分からないことは、分かるまでご説明します」
顔写真と一緒に、受付の横に貼り出しました。
続いて上田さんが「雨の日に困らないよう、ワイパーのゴムも見ています」と書き、ほかの若手も少しずつ続きました。

一か月ほどたったある日の夕方。
大塚さんが、無言で一枚の紙を桜井さんの机に置いていったそうです。
そこには、少し角ばった字でこう書かれていました。
「タイヤのボルトは、最後に必ず二人で確認します」

結果的に、この大塚さんの一言が、一番お客様から声をかけられることになりました。
「あなたが、ボルトの人ね」
そう言われた大塚さんは、照れくさそうに頭をかいていたそうです。

社員に言葉を求めるとき、社長が先にやってみせる。
そして、待つ。
遠回りに見えて、これが一番の近道だったのかもしれません。

最初の二か月、新しいお客様が減った

新しいチラシを出して、最初の二か月。
新しいお客様の数は、割引をしていた前の年の半分ほどにとどまりました。

奥様の表情が曇り、桜井さん自身も夜なかなか寝つけない日が続いたそうです。
「やっぱり、割引に戻したほうがいいんじゃないか」
何度もそう思ったといいます。

それでも踏みとどまれたのは、菅野さんのノートがあったからでした。
予約の電話で書き留めた言葉は、前の年とまったく違っていたのです。

「部品を見せてくれるって書いてあったので」
「前の店で、知らないうちに色々交換されていて」
「今やらなくていいものは教えてくれるって聞いて」

数は少なくても、一人ひとりの来店に、はっきりした理由がありました。
値段ではなく、桜井さんの工場の考え方を見て、選んでくれていたのです。

もう一つ、思いがけない反応もありました。
長年の常連さんが、待合の掲示を見てこう言ったのです。
「これ、前からやってくれてたよね。言われてみれば、だから私、ここに来てるんだわ」

常連さん自身も、この工場の良さを、言葉にしたことがなかったのです。
言葉ができたことで、常連さんがそれを家族や知人に話してくれるようになりました。
紹介のお客様が増えたのは、このころからです。

半年後、新しいお客様の数は、割引をしていたころの八割ほどまで戻りました。
そして一年後、翌年も来てくださる方の割合は、およそ七割になりました。
割引をしていたころの、倍近い数字です。

値段だけを比べて離れていった方も、もちろんいます。
でも桜井さんは、もうあまり気にしていません。
「全員に選ばれなくていい。うちのやり方を分かってくれる人に、長く来てもらえれば」
今は、そう考えているそうです。

振り返って、桜井さんが思うこと

今、桜井さんはこの一年をこう振り返っているそうです。

「言葉にするって、書く作業だと思っていたんです。でも実際は、聞く作業でした」

若手の驚きを聞く。
父親の昔話を聞く。
お客様の何気ない一言を聞く。
自分の頭の中から絞り出そうとしていたときは、何も出てこなかった。
周りの人の言葉を集めたとき、初めて自分たちの姿が見えてきた、と。

迷ったときに頼りにした物差しは、結局二つだけだったといいます。
「乗り換えようとしているお客様の不安に、まっすぐ答えているか」
「毎回、全員で守れるか」

この二つに当てはまらないものは、どんなに自分が誇りに思っていても外す。
それが一番つらく、一番大事な判断だった、と桜井さんは話しています。

帳簿には「どなたが、また来てくださったか」は書かれていない

ここで少し、お金の面からもお話しさせてください。

決算書や帳簿を長く見てきて、感じていることがあります。
割引チラシの印刷代や折り込み代は、「広告宣伝費」として毎年きちんと帳簿に残ります。
ところが、そのチラシで来てくださったお客様が、翌年もまた来てくださったのかどうか。
それは、帳簿のどこにも書かれていません。

割引した金額も同じです。
値引きした分は、売上が少し小さくなるだけで、「誰に、いくら割り引いたか」は帳簿の上では見えにくくなります。
桜井さんが顧客台帳を手でめくって数えるまで、三十万円という数字に気づかなかったのも、そのためです。

売上も、初めてのお客様の分と、十年通ってくださっている方の分が、帳簿の上では同じ一行にまとまってしまいます。
数字だけを眺めていると、「チラシを出した月は売上が伸びた。だから効果があった」と見えてしまうのです。

本当に知りたいのは、「そのお客様が、残ってくださったかどうか」ではないでしょうか。
もし手元に顧客名簿や予約の記録があれば、一度だけでも「去年初めて来た方のうち、今年も来てくださった方は何人いるか」を数えてみることをおすすめします。
その数字は、どんな売上の表よりも、お店の実力を正直に教えてくれるように思います。

伝わっていないことは、お客様にとって「ない」のと同じ

桜井さんの工場は、もともと丁寧な仕事をしていました。
部品をお返しすることも、三つに分けて説明することも、ずっと前からやっていたのです。
それでも、チラシを見ただけの人には、その丁寧さは届いていませんでした。

少し厳しい言い方になりますが、お客様に伝わっていないこだわりは、お客様から見れば「ない」のと同じです。
どんなにおいしい料理も、メニューに載っていなければ注文されません。
それと同じことかもしれません。

逆に言えば、すでにある丁寧さを「言葉にするだけ」で、お店の見え方は大きく変わる可能性があります。
新しい設備を入れたり、大きな投資をしたりしなくても、です。
これは、小さなお店にとって、とても心強いことではないでしょうか。

そして、伝えることは一度きりでは終わりません。
品質やサービスを磨き続けることと、それを言葉にして届け続けること。
この二つは、車の両輪のようなものだと考えられます。
どちらか片方だけでは、まっすぐには進めないのです。

明日からできる、小さな三つの一歩

最後に、「自分のお店でもやってみよう」と思ったときの、具体的な始め方をご紹介します。
桜井さんがたどった道のりを、小さく真似できる形にしてみました。
どれも、特別な準備はいりません。

一歩目:「うちに来て、驚いたこと」を聞いてみる

まずは、中途で入った社員さんや、比較的新しいパートさんに聞いてみてください。
「前の職場と比べて、うちで驚いたことってある?」
「強みは何か」と聞くより、ずっと答えやすい質問です。
あわせて、先代や古株の方に「これ、なぜ始めたんですか」と聞いてみるのも良い方法です。
習慣の始まりを知ると、言葉に芯が通ります。

二歩目:お客様の言葉を、そのまま書き留めてみる

二週間だけでも、お客様が口にした言葉をノートに書き留めてみてください。
長く通ってくださっている方に「どうして、うちを選んでくださっているんですか」と聞いてみるのもおすすめです。
自分が誇りに思っていることと、お客様がありがたいと思っていること。
そのずれに気づくだけでも、伝える言葉は大きく変わるはずです。

三歩目:「していること」で一つだけ書き、期限を決めて試す

集めた中から、お客様の不安に一番まっすぐ答えていて、毎回守れることを一つだけ選びます。
「丁寧」「安心」といったほめ言葉ではなく、実際にしていることをそのまま書いてみてください。
レジ横の小さな掲示、お渡しする袋に添える一枚のメモ、店先の手書きの黒板。
まずは一か所から始め、「まず半年」と期限を区切って、お客様の反応を見守る。
それくらいの小さな始め方で、十分だと思います。

まとめ あなたのお店の「当たり前」は、誰かにとっての「探していたもの」

お店を変えようとしているお客様の多くは、値段ではなく、仕事の質に困っています。
その人たちが探しているのは、「安いお店」ではなく、「安心して任せられるお店」です。

だからこそ、小さなお店が伝えたいのは、値段よりも「どんな考え方で、どんなふうに仕事をしているか」ではないでしょうか。
その考え方に共感して来てくださった方は、困りごとが解決されたとき、長く通ってくださる存在になってくれます。

値段で集まったお客様は、値段で離れていきます。
けれど、考え方で結ばれたお客様は、そう簡単には離れません。
大手と同じ土俵で値下げ合戦をしなくても、小さなお店には小さなお店の戦い方があるのです。

桜井さんの工場がしたことは、新しいことではありませんでした。
三十年以上前から続けてきたことに、言葉を与えただけです。
けれど、その言葉を見つけるまでの迷いの一つひとつが、結果的に、工場の仕事そのものを見つめ直す時間になっていました。

日々、現場に立ち、スタッフとお客様の両方に心を配りながらお店を守ってこられた皆さんのこだわりは、きっと誰かが探しているものです。
それを言葉にして届けることは、自慢ではありません。
困っているお客様への、やさしい道しるべなのだと思います。

まずは身近な誰かに、「うちに来て、驚いたことってある?」と聞いてみることから始めてみてはいかがでしょうか。
その答えが、次の一手の始まりになるかもしれません。

この記事をシェアする

記事一覧へ戻る

コメント Comments

コメント一覧

コメントはありません。

トラックバックURL

https://wakaruto.jp/%e3%80%8c%e3%81%86%e3%81%a1%e3%81%ae%e5%bd%93%e3%81%9f%e3%82%8a%e5%89%8d%e3%80%8d%e3%81%8c%e3%80%81%e3%81%8a%e5%ae%a2%e6%a7%98%e3%81%ae%e6%8e%a2%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%9f%e3%82%82%e3%81%ae/trackback/

関連記事 Relation Entry