利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

「相手の立場に立つ」という、いちばん難しいシンプルなこと

「相手の立場に立つ」という、いちばん難しいシンプルなこと

良かれと思って、実は的外れ?小さな会社が今日からできること

マーケティングという言葉に、身構えなくていい

「マーケティング」と聞くと、なんだか難しそうな理論や、専門的な分析が必要なものだと感じる方は多いのではないでしょうか。
実際、書店に並ぶ本を開けば、聞き慣れないカタカナ用語がずらりと並んでいますし、大きな会社が行う大がかりな市場調査を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

従業員10名前後で日々の仕事に追われている経営者の方にとっては、「うちには関係のない話だ」と感じてしまうのも無理はないことです。

けれども、マーケティングの本質はとてもシンプルです。
それは、「相手の立場に立って考える」ということに尽きます。
難しい分析手法や、専門的な知識がなくても、今日からでも意識できることなのです。

お客様が何を求めているのか。
何に困っていて、何が手に入れば嬉しいのか。
それを想像し、届けること。
これだけと言ってしまえば拍子抜けするかもしれませんが、実はこのシンプルなことこそが、いちばん難しいのです。

なぜなら、人は誰しも、自分の「当たり前」から離れることが苦手だからです。
長年その仕事を続けてきた経営者ほど、「良いものとはこういうものだ」という信念が強くなっていきます。
それは決して悪いことではありませんが、時にお客様の本音を見えにくくしてしまうこともあるのです。

これは、いわば「作り手のメガネ」をかけたまま、お客様を見ているようなものかもしれません。
作り手のメガネは、細部のこだわりや技術の良し悪しをよく見せてくれます。
しかし、お客様が本当に見ているもの、感じているものまでは、そのメガネ越しには映らないことがあるのです。
一度そのメガネを外して、お客様の側から自分の商品やサービスを眺めてみる。それだけでも、新しい発見があるかもしれません。

良かれと思ってやったことが、的外れになる理由

こんな話があります。
ある地方で、写真館を営む栗田さん(仮名)という方がいました。
栗田さんは腕のいいカメラマンで、七五三や成人式の記念撮影では、豪華な背景セットや、時間をかけた入念なポーズ作りにこだわっていました。
「せっかくの記念日だから、特別な一枚を残してほしい」という思いからです。
技術には自信がありましたし、実際に仕上がりを褒められることも多かったそうです。

ところが、ある時期からお客様の反応が鈍くなってきました。
予約は減り、口コミでも「時間がかかりすぎる」という声がちらほら聞こえてくるようになったのです。
栗田さんは最初、「もっと丁寧に、もっと特別なものを」と、さらに演出に力を入れようとしました。
しかし、状況は良くなりませんでした。

悩んだ末に、思い切って常連のお客様に直接話を聞いてみることにしました。
すると見えてきたのは、意外な事実でした。
小さなお子さんを連れた親御さんたちが本当に求めていたのは、豪華な演出ではなく、「子どもがぐずる前に、短時間で自然な笑顔を撮ってほしい」ということだったのです。
豪華さよりも、スピードと気軽さ。
栗田さんにとっては驚きでしたが、言われてみれば当然のことでもありました。

栗田さんが良かれと思って提供していた「特別な体験」は、実はお客様にとって負担になっていたわけです。
これは決して珍しい話ではなく、多くの経営者が一度は経験することではないかと思います。
自分が良いと信じているものと、相手が本当に求めているものは、必ずしも一致しません。
作り手のこだわりが強ければ強いほど、この食い違いに気づきにくくなる、という側面もあるのかもしれません。

似たような例で、以前は「贈る側が良かれと思うものを、確認せずに送り届ける」という支援活動が話題になったことがありました。
善意そのものは尊いものですが、受け取る側に本当に必要なものかどうかを確かめる一手間があれば、もっと喜ばれる形になったのではないか、とも言われています。
良かれと思う気持ちと、相手にとっての価値は、別のものとして考える必要があるのかもしれません。
この二つを同じものだと思い込んでしまうところに、落とし穴があるのではないでしょうか。

「なりきる」という発想

では、どうすれば相手の立場に立てるのでしょうか。

ひとつのヒントとして、「相手になりきって考える」という方法があります。

広告や文章づくりの世界では、こんな考え方があります。
もし主な顧客が忙しい主婦の方であれば、書き手は「専門家」としてではなく、その主婦の方に「なりきって」文章を書いてみる、というものです。
想像の中でその人になり、「これを言われたら、自分は嬉しいだろうか」「これは響くだろうか」と自問しながら言葉を選んでいくのです。
役者が役になりきるのと、少し似ているかもしれません。

これは決して特別な才能がなければできないことではありません。
実際に取り入れて成果を出した方もいます。

美容室を営む中村さん(仮名)は、SNSでの発信に悩んでいました。
技術やこだわりを一生懸命に伝えても、なかなか反応が得られなかったそうです。
振り返ってみると、その投稿はどれも「美容師としての腕前」を伝えるためのものでした。
ある日、発想を変えて、「小さな子どもを育てながら働く母親」になりきって投稿文を書いてみることにしました。
「美容師としてすごいと思ってもらう」のではなく、「時間のないお母さんが、これなら行けそうだと思う」文章を意識したのです。
予約の空き時間や、子ども連れでも通いやすい雰囲気を、専門用語を使わずに素直な言葉で伝えました。

すると、少しずつですが予約の問い合わせが増えていきました。
伝える中身を大きく変えたわけではありません。
誰の目線で言葉を選ぶか、という視点を変えただけです。
技術力を落としたわけでも、価格を下げたわけでもないのに、届き方が変わったのです。

自分の枠から出てみることの大切さ

相手の立場に立つためには、普段から自分とは違う世界の人と関わっておくことも大切ではないかと考えられます。

同じ業種の人たちとばかり付き合っていると、どうしても考え方や価値観が似通ってしまいます。
それ自体は悪いことではありませんし、同業者だからこそ分かり合える悩みもあるでしょう。
ただ、そればかりになってしまうと、視野が狭くなりやすいという側面もあります。
「業界の常識」が、必ずしも「お客様の常識」とは限らないからです。

地域の行事に関わったり、異業種の集まりに顔を出したりすることで、それまで見えていなかったお客様の顔が見えてくることがあります。
「こんなことで困っている人がいるのか」「こんな考え方をする人もいるのか」という発見は、机の上で理論を学ぶだけでは得られないものです。

従業員10名前後の会社には、実は大きな強みがあります。
それは、お客様との距離が近いということです。
大きな会社であれば、アンケートや調査を通してしかお客様の声を拾えないこともありますが、小さな会社であれば、店頭や電話で直接お客様と言葉を交わすことができます。
この距離の近さを生かさない手はないのではないでしょうか。

まずは、身近なところから始めてみるのも一つです。
例えば、いつも顔を合わせるお客様に、「最近、何か困っていることはありませんか」と一言尋ねてみる。
それだけでも、自分では気づけなかった相手の本音に触れられることがあります。
難しいアンケート用紙を用意する必要はありません。
雑談の延長で構わないのです。

まとめにかえて ― 完璧でなくても、一歩ずつ

「相手の立場に立つ」というのは、口で言うほど簡単なことではありません。
長年その仕事に携わっていればいるほど、自分の「良いもの」への思い込みは強くなりがちです。
それは決して悪いことではなく、むしろ真剣に仕事と向き合ってきた証でもあります。

ただ、時には立ち止まって、「これは本当に相手が求めているものだろうか」と問い直してみる。
それだけで、見える景色が変わることがあります。

栗田さんも、中村さんも、最初から正解にたどり着いたわけではありません。
悩みながら、お客様に尋ねながら、少しずつ軌道を修正していきました。
経営とは、そうした小さな修正の積み重ねなのではないでしょうか。

完璧な答えを最初から出そうとする必要はありません。
まずは、目の前のお客様の顔を思い浮かべながら、「この人だったら、どう感じるだろうか」と考えてみる。
あるいは、一人のお客様に「最近どうですか」と声をかけてみる。
その小さな一歩が、きっと次の景色につながっていくはずです。

大きな設備投資も、専門的な分析も必要ありません。
必要なのは、少しだけ立ち止まって相手の側から自分を眺め直す時間と、それを恐れずに聞いてみる勇気だけです。
今日出会うお客様の一人に、いつもより少しだけ丁寧に耳を傾けてみることから、始めてみてはいかがでしょうか。

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