利益も、チームも、整える。  浜松市の税理士 小林徹が、次の一手まで一緒に考えます。

なぜあの会社は迷わないのか〜経営における「軸」の話〜

なぜあの会社は迷わないのか〜経営における「軸」の話〜

その商品、なぜお客様に選ばれているのでしょうか〜「軸」から考える経営〜

迷いは、悪いことではありません

新しい商品を考えるとき、チラシのデザインを決めるとき、スタッフの接客の仕方を相談するとき。経営者の毎日は、実はこうした小さな決断の連続でできているのではないでしょうか。

一つひとつは些細なことのように見えても、その積み重ねが、会社やお店の「らしさ」をつくっていきます。
だからこそ、迷うこと自体は決して悪いことではありません。
むしろ、真剣に向き合っている証拠だと言えるでしょう。

ただ、その迷いをそのままにしておくと、決めるたびに時間もエネルギーも使ってしまいますし、決めた内容もどこか場当たり的になりがちです。
そこで頼りになるのが、「何のために、誰のために、これをやっているのか」という、いわば会社の「軸」です。
この軸のことを、ここでは「コンセプト」と呼びたいと思います。

コンセプトという言葉は、少し硬い印象があるかもしれません。
ですが、難しく考える必要はないのではないでしょうか。
旅行に出かける前に「今回は、のんびり温泉でゆっくりする旅にしよう」と決めておくようなものです。
その一言があるだけで、行き先も、持ち物も、スケジュールも、自然と決まりやすくなります。
経営における軸も、これと似たような働きをしてくれると考えられます。

興味深いのは、軸がない会社が「悪い会社」というわけではない、という点です。
多くの場合、経営者は真面目に、誠実に商売に向き合っています。
それでも、日々の忙しさの中で、軸について立ち止まって考える時間はなかなか取れないものです。
目の前の注文をこなし、スタッフのシフトを調整し、資金繰りを気にかける。
そうした毎日を送っているうちに、いつの間にか「なぜこの仕事をしているのか」という出発点が、少しずつ見えにくくなっていく。
これは、決して珍しいことではないのではないでしょうか。

この軸には、大きく3つの働きがあると私は考えています。
順番に見ていきましょう。

1つ目の働き:決めるときの「ものさし」になる

会社を運営していると、毎日のように「どちらにするか」を選ぶ場面が訪れます。
新しいメニューを出すか出さないか、値段をどう設定するか、広告の文面をどうするか。
こうした判断を一つひとつ、その場の思いつきや、単純な値段の安さだけで決めてしまうと、どうなるでしょうか。

おそらく、無難で当たり障りのないものばかりが選ばれていくのではないでしょうか。
安さや前例といった、誰にでも分かりやすい基準に頼ってしまうのは、ある意味自然なことです。
しかし、それでは他のお店や会社と同じような、代わり映えのしない選択が積み重なっていきます。

一方で、「私たちは、忙しい毎日を送る人に、ほっと一息つける時間を届ける」といった軸がはっきりしていれば、判断はぐっと楽になります。
メニューを選ぶときも、「これは、その一息につながるだろうか」と考えるだけで、答えが見えてくるからです。
軸は、いわば迷ったときに立ち返る「ものさし」の役割を果たしてくれるのです。

さらに、この「ものさし」があることは、経営者一人の頭の中だけでなく、スタッフの方々にとっても大きな助けになります。
お客様から急な相談を受けたとき、経営者がその場にいなくても、「うちの軸なら、こう答えるはずだ」とスタッフが判断できるようになるからです。
毎回「社長に確認してから」となってしまう状態から、少しずつ抜け出していく。
これも、軸がもたらしてくれる助けの一つだと言えるでしょう。

2つ目の働き:全体に「まとまり」を生む

2つ目は、会社やお店の見え方に「まとまり」を与えてくれるという働きです。

お店の外観はおしゃれなのに、店内の雰囲気はどこか事務的。接客はとても丁寧なのに、パンフレットの言葉づかいは硬くて冷たい。
こうした「ちぐはぐさ」を感じたことは、どなたにも一度はあるのではないでしょうか。

一つひとつは決して悪いものではないのに、全体として見たときに、なんとなく落ち着かない印象を受ける。
それは、細部を貫く軸が定まっていないために起こることが多いようです。
逆に、軸がしっかりしていれば、外観も、接客の言葉も、案内文の書き方も、自然と同じ方向を向いていきます。
お客様の側からすると、「この会社は、ぶれていない」という安心感につながっていくのではないでしょうか。

3つ目の働き:「なぜここで買うのか」の答えになる

3つ目は、少し不思議に聞こえるかもしれませんが、お客様がお金を払う「理由」そのものになるという働きです。

私たちは、商品そのものだけを買っているわけではないことが多いものです。
たとえば、同じような焼き菓子でも、ある人は「材料や作り方」に安心感を求めて買いますし、別の人は「特別な日を演出してくれる包装や物語」に惹かれて買います。
値段だけを見れば、もっと安い選択肢があるかもしれません。
それでも、そのお店を選ぶのは、価格には表れない「意味」に価値を感じているからではないでしょうか。

軸がはっきりしている会社やお店は、この「意味」をお客様に伝えることができます。
だからこそ、値段の勝負だけに巻き込まれず、「ここで買いたい」と思ってもらえる関係を築きやすくなるのだと考えられます。

これは、値段を高くすることを勧めているわけではありません。
むしろ、値段以外のところで、お客様との間に納得感を作れるかどうか、という話です。
似たような商品やサービスがあふれている今の時代だからこそ、「なぜ、うちを選んでもらえるのか」を、経営者自身が説明できるようにしておくことは、これからますます大切になっていくのではないでしょうか。

ある洋菓子店の物語

ここで、一つの架空の物語をご紹介したいと思います。

地方都市で小さな洋菓子店を営む店主がいました。
腕は確かで、修業先の技術をそのまま活かした本格的なケーキを作っていましたが、なぜか近所の商店街にある別の店の方が、いつも賑わっているように見えていました。

あるとき、店主は自分の店を振り返ってみました。
ケーキは美しく、味も申し分ない。
しかし、誰のために、何のために作っているのかを、あらためて言葉にしたことがなかったことに気づいたのです。
修業時代に学んだ技術をそのまま形にすることに一生懸命で、目の前のお客様がどんな気持ちでケーキを求めているのかまでは、深く考えたことがなかったのかもしれません。

店主は、思い切って何日か店を休み、これまで来てくれたお客様の顔を一人ずつ思い出してみました。
すると、平日にふらりと立ち寄る人よりも、月末や誕生日の少し前に、少し照れたような様子で来店する常連の方が多いことに気づきます。
その人たちは、日々の忙しさをねぎらうように、自分のためだけにケーキを選んでいたのです。

そこで店主は、「毎日は頑張れないけれど、月に一度だけ、自分にご褒美をあげたい人のための店」という軸を定めてみました。
すると、驚くほど多くのことが変わっていきました。
ケーキの種類を絞り込み、その分一つひとつの物語を丁寧に説明するようになりました。
包装も、特別感が伝わるよう見直しました。
値段も、日常のおやつではなく「ご褒美」にふさわしい設定へと調整しました。

もちろん、すべての人に選ばれる店ではなくなったかもしれません。
しかし、「月に一度の自分へのご褒美」を求める人にとっては、他に代わりのない店になっていきました。
売上の数字だけでなく、常連のお客様からの感謝の声が増えていったのも、大きな変化だったといいます。

この物語が示しているのは、軸を定めることは、何かを大きく変えることではなく、すでにある良さに「意味」を与えることなのではないか、ということです。技術やこだわりは、もともとその店主の中にありました。
足りていなかったのは、それを誰のために、どんな気持ちに応えるために使うのか、という言葉だけだったのかもしれません。

まずは、小さな問いから始めてみませんか

ここまで、軸という考え方について見てきました。
とはいえ、「うちの会社の軸は何だろう」と、いきなり立派な言葉を考えようとすると、なかなか筆が進まないものです。

まずは、身近な問いから始めてみるのも一つです。
「もし、うちの会社がなくなったら、誰が一番困るだろうか」「お客様は、うちの何を気に入って、通ってくれているのだろうか」。
こうした問いを、スタッフの方々と話し合ってみるだけでも、思いがけない言葉が出てくることがあります。

その言葉を、すぐに立派なスローガンにまとめる必要はありません。
まずは手帳の片隅にメモしておく、朝礼で少し話してみる。
そのくらいの小さな一歩で十分ではないでしょうか。

会社の軸は、一度決めたら変えてはいけないものではありません。
お客様や時代の変化とともに、少しずつ育てていくものだと捉えていただければと思います。
むしろ、最初から完璧な言葉を用意しようとしないことが、案外うまく続けるための近道なのかもしれません。

大切なのは、立派な言葉を作ることそのものではなく、日々の判断に迷ったときに立ち返る場所を、一つでも持っておくことです。
それがあるだけで、決断のたびに感じていた重さが、少しずつ軽くなっていくのではないでしょうか。
そしてその軽さは、経営者自身だけでなく、一緒に働くスタッフの方々にも、きっと伝わっていくはずです。

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