「変えられる」と信じることから、会社の未来は動き出す
変わるはずがない、と思ってしまった瞬間に、変化はそこで止まってしまうのかもしれません。
反対に、「ここは自分たちの手で変えられる」と信じることができたときにこそ、会社は少しずつ動き始めるのではないでしょうか。
見えない壁の前で、経営者の手が止まる理由
人手不足、原材料や仕入れ価格の上昇、若い世代の価値観の変化、そしてAIをはじめとした新しい技術。
中小企業の経営者の方々とお話しする中で、こうした言葉を口にされる方に、数多くお会いしてきました。
従業員十名前後の会社を経営されている方の多くは、日々の仕事に真剣に向き合いながらも、こうした大きな変化を前にすると、ふと手が止まってしまうことがあるようです。
「これは、うちのような小さな会社にはどうにもできない問題だ」。
そう感じてしまうのも、無理のないことだと思います。
テレビや新聞では、国全体や世界全体の話として語られることが多く、自分たちの日々の仕事とは、遠い場所にある出来事のように感じられるからです。
まるで、深い霧の中に立たされて、進むべき方向が分からなくなってしまうような感覚に近いのかもしれません。
しかし、少し視点を変えてみると、大きな課題も、実は小さな行動の積み重ねからできているのではないでしょうか。
今回は「リーダーシップ」という考え方を手がかりに、経営者お一人おひとりが、自分の会社の未来を、自分の手で変えていけるという感覚を、一緒に確かめていきたいと思います。
なぜ、経営者は一人で立ち止まってしまうのか
長く税理士として経営者の方々と向き合ってきた中で感じるのは、判断が止まってしまう背景には、いくつかの共通した理由があるように思います。
一つは、最終的な判断を、経営者ご自身が一人で背負っている、という立場です。
従業員の生活や取引先との関係を考えると、迷いが生じたときに、なかなか思い切った一歩を踏み出せなくなってしまうのも当然のことだと思います。
もう一つは、情報が多すぎて、何から手をつければよいのか分からなくなってしまうことです。
新しい技術や制度の話を耳にするたびに、覚えることが増えていくように感じられ、気持ちだけが焦ってしまう、という方も少なくありません。
そして、もし取り組んでみて失敗したら、という不安も、判断を慎重にさせる大きな要因だと考えられます。
慎重であること自体は、決して悪いことではありません。
ただ、慎重になりすぎることで、動き出す前に立ち止まったままになってしまうことも、実際には多いのではないでしょうか。
「リーダーシップ」は、答えを与えるものではなく、見え方を変えるもの
「リーダーシップ」という言葉を聞くと、特別な才能を持ったカリスマ的な人がもつ力、というイメージを持たれる方も多いかもしれません。
しかし、ここでお伝えしたいリーダーシップは、そうした特別な資質のことではありません。
たとえるなら、視界がぼやけているときにかける眼鏡のようなものです。
眼鏡そのものは、風景を新しく作り出しているわけではありません。
ただ、かけてみることで、それまでかすんで見えなかった輪郭が、ふっとはっきり見えるようになることがあります。
リーダーシップも、これと似た働きをするのではないでしょうか。
会社が抱える課題を、そのまま眺めていても、どこから手をつければよいのか分からないことがあります。
そこに「この中で、自分たちの手で変えられる部分はどこだろうか」という見方を、そっと重ねてみる。
すると、それまで大きすぎて動けなかった課題の中に、自分たちにも取り組める部分が、少しずつ見えてくるのではないでしょうか。
大きな課題も、もとは小さな行動の集まりである
環境問題や高齢化、人口減少といった社会全体の課題は、たしかに一つの会社だけで解決できるものではありません。
ですが、こうした大きな課題に取り組んでいるのも、結局は一人ひとりの人間です。
国全体の方針や大きな仕組みも、最初は誰かの小さな気づきや、身近な行動から始まっているケースが少なくありません。
会社の中で起きている課題も、同じように考えることができるのではないでしょうか。
人手不足や技術の変化といった悩みは、会社全体として見るととても大きく感じられますが、その内側には、もう少し小さな、自分たちの手が届く課題がいくつも含まれているはずです。
まずは、その小さな部分を見つけてみることから始めてみるのも一つの方法だと考えられます。
事例:金属加工会社の二代目社長が見つけた小さな一歩
ある金属加工会社の話をご紹介します。
従業員十二名ほどのこの会社では、二代目の社長が、先代から会社を引き継いで数年が経っていました。
長年会社を支えてきた熟練の職人たちの高齢化が進み、一方で若い人材はなかなか採用できない。そんな悩みを抱えていました。
社長は最初、「人手不足は日本全体の問題だから、自分の会社だけではどうにもならない」と感じ、しばらく手をつけられずにいたそうです。
しかし、あるとき、熟練の職人が持つ細やかな技術が、誰にも伝えられないまま失われてしまうかもしれない、ということに気づきます。
そこで社長が取り組んだのは、日本全体の人手不足を解決することではありませんでした。
まず、熟練職人の作業の様子を、写真付きの簡単な手順書としてまとめてもらうことから始めたのです。
次に、高齢の職人が無理なく働き続けられるよう、勤務時間の組み方を見直しました。
そして、近隣の工業高校に声をかけ、生徒が仕事を体験できる機会をつくりました。
一つひとつは、決して大きな取り組みではありません。
ですが、この小さな行動の積み重ねによって、会社の中の技術は少しずつ引き継がれ、若い人材との接点も生まれていきました。
社長は「大きな問題を解決したわけではないけれど、自分たちの会社の中でできることは、思っていたよりも多かった」と話しています。
事例:洋菓子店の店主が向き合った「デジタル化」への戸惑い
もう一つ、地方の商店街で洋菓子店を営む店主の話をご紹介します。
従業員八名ほどのこのお店では、近隣に大型のスーパーやネット通販が増える中で、来店するお客様が少しずつ減っていました。
「デジタル化」という言葉を耳にするたびに、店主は「それは大きな会社がやることで、自分たちには関係のない話だ」と感じていたそうです。
専門的な知識もなく、大きな投資をする余裕もない中で、何から始めればよいのか、見当もつかなかったといいます。
そこで店主が最初にしたのは、特別なシステムを導入することではありませんでした。
まず、毎日のケーキの写真を、簡単な言葉を添えてSNS(インターネット上で気軽に写真や近況を発信できる仕組みのことです)に載せることから始めました。
次に、常連のお客様に直接話を聞き、「こんな味があったら嬉しい」という声を集め、季節限定の商品づくりに活かしていきました。
大きな仕組みを整えたわけではありません。
それでも、少しずつお店の様子が伝わるようになり、以前より遠くから足を運んでくれるお客様も増えていったそうです。
店主は「デジタル化という言葉に構えすぎていたけれど、結局は、お客様との距離を近づける工夫だったのだと気づきました」と振り返っています。
一歩を踏み出すために、大切にしたい三つの視点
ここまでご紹介した二つの事例には、共通する点があるように思います。
それは、大きな課題をそのまま解決しようとするのではなく、自分たちの手が届く大きさに分けてみたということです。
まず、目の前の課題を、少し小さな単位に分けてみることから始めてみるのも一つです。
人手不足や技術の変化といった大きな言葉のままでは、何から手をつければよいか分かりません。
自分たちの会社の、どの部分に一番影響が出ているのかを、具体的に考えてみることが助けになるのではないでしょうか。
次に、その中から、まず一つだけ、小さな行動を選んでみることも大切だと考えられます。
すべてを一度に変えようとすると、負担が大きくなり、動き出すこと自体が難しくなってしまいます。
一つの小さな行動からでも、会社の中に変化は生まれていくものではないでしょうか。
そして、その行動を、経営者お一人で抱え込まず、従業員の方々と一緒に考える場をつくってみることも、大きな意味を持つのではないでしょうか。
現場で働く方々は、経営者よりも先に、変化の芽に気づいていることが少なくありません。
小さな会議室でも、休憩時間の立ち話でも構わないと思います。
まずは、誰かと一緒に、目の前の課題を言葉にしてみることから始めてみるのも一つです。

まとめ:小さな会社にも、未来を変えていく力がある
国全体で取り組む環境問題や高齢化のような大きな課題を前にすると、私たちは、自分たちの力の小ささを感じてしまうことがあります。
しかし、そうした大きな課題に本気で向き合っている人たちも、はじめは、目の前の小さな出来事に気づき、動き出した一人ひとりの人間だったのではないでしょうか。
従業員十名前後の会社を経営されている皆様も、同じ力を持たれていると思います。
会社の未来は、遠くの誰かが決めるものではなく、経営者お一人おひとりの、日々の小さな判断と行動の積み重ねによって、少しずつ形づくられていくものだと考えられます。
「リーダーシップ」という眼鏡を、そっと自分の会社にかけてみることから、まずは始めてみるのも一つです。
そこにきっと、これまで見えていなかった、自分たちにもできることが見えてくるのではないでしょうか。
変化は、能力の大きさによって生まれるものではなく、「変えられる」と信じられるかどうかによって始まるのではないかと思います。
その意味では、変化を起こす力は、すでに経営者お一人おひとりの中にあるのではないでしょうか。
