「大手には勝てない」と思っている社長へ
「大手企業のような給料は出せない。だから、うちには良い人材が来てくれないし、いつか辞めていってしまうのではないか」。
従業員10名前後の会社を経営されている方から、こうした不安をよく耳にします。
たしかに、給料は大切です。
生活の基盤ですから、軽く扱ってよいものではありません。
ただ、少し立ち止まって考えてみると、「給料の高さ」だけが、人が力を発揮する理由なのだろうか、という疑問も浮かんできます。
命を預かる役目でも、報酬はごく少ない
たとえば、地域の消防団の団長という役目を思い浮かべてみてください。
火事や災害の現場に真っ先に駆けつけ、住民の命を守るという、とても重い責任を負っています。
しかし、その報酬は決して高いものではなく、多くの場合はほとんど無報酬に近いのが実情です。
それでも、消防団長という役目を志願し、訓練を重ね、いざというときには自分の危険を顧みずに現場へ向かう人は、今も絶えません。
むしろ、地域の中でも人望があり、頼りにされている人ほど、こうした役目を引き受ける傾向があるようにも見えます。
一方で、企業の役員会などでは「一流の経営者を招くには、それに見合う高額な報酬を用意しなければならない」という話がよく出てきます。
もちろん、優れた人に相応の対価を払うことは自然なことです。
しかし、もし金銭的な見返りこそが人を動かす一番の力なのだとすれば、なぜ、ほとんど報酬のない消防団や、地域のボランティア活動、あるいは教育や福祉の現場に、あれほど熱意のある人材が集まるのでしょうか。
この問いは、経営を考えるうえで、ひとつの大切なヒントを含んでいるように思います。
人が力を尽くす理由は、お金だけではなく、「自分の仕事にどれほどの意味があるか」「どれだけ信頼して任されているか」といった、目に見えにくい部分にも大きく関わっているのではないでしょうか。
ある町工場で起きた、小さな出来事
私がお付き合いしているお客様の中に、こんな話をしてくださった社長がいます。
従業員8名ほどの金属加工業を営む会社での出来事です。
その会社には、入社20年になるベテランの職人がいました。
ある日、その職人のもとに、大手メーカーからの転職の誘いが届きます。
提示された給料は、今の会社の1.5倍ほどだったそうです。
社長は「ああ、辞められてしまうかもしれない」と、正直なところ覚悟をしたといいます。
ところが、その職人は結局、会社に残ることを選びました。
理由を尋ねると、こう答えたそうです。
「給料は魅力的でした。でも、うちの社長は、新しい機械を入れるかどうかとか、新規のお客様の見積もりをどう組むかとか、大事な判断をいつも自分に相談してくれる。大手に行ったら、自分はきっと歯車の一つになる。ここでは、自分が会社そのものを動かしている実感がある。それを手放すのは、もったいないと思ったんです」。
この社長は、特別なことをしていたわけではありません。
日々の中で、職人に判断を任せ、意見を求め、感謝を言葉にしていた。
それだけのことです。
ただ、その積み重ねが、給料以上の重みを持っていたのだと考えられます。
中小企業だからこそ、できることがある
大企業と同じ土俵で給料の額を競うのは、正直なところ難しいものです。
しかし、中小企業には、大企業にはなかなか真似のできない強みがあります。
それは、「一人ひとりの顔が見える」ということです。
この強みを活かすために、まずは次のようなことから始めてみるのも一つではないでしょうか。
一つ目は、仕事の意味を言葉にして伝えることです。
「この仕事のおかげで、お客様がどれだけ助かっているか」「この作業が会社全体にどうつながっているか」を、折に触れて話してみる。
人は、自分の仕事が誰かの役に立っていると実感できたとき、大きな力を発揮するものです。
二つ目は、小さな裁量を渡すことです。
すべてを社長が決めるのではなく、たとえば「この件は、あなたの判断で進めてみてください」と任せてみる。
任されることは、信頼されているという証でもあります。
三つ目は、感謝や承認を、きちんと言葉にすることです。
「ありがとう」「助かったよ」「よくやってくれたね」。
当たり前のようですが、忙しい日々の中では、案外伝えられていないことが多いものです。
四つ目は、会社の将来を、一緒に考える機会をつくることです。
「これから、うちの会社はこうなっていきたい」という話を共有することで、従業員は自分がその一部を担っているという実感を持てるようになります。
いずれも、大きな予算を必要としません。
今日からでも、始められることばかりです。

まとめ:お金だけが、すべてではない
給料を上げる努力は、これからも続けていくべきものだと思います。
従業員の生活を守ることは、経営者の大切な責任のひとつです。
ただ、それと同時に、「お金では買えない何か」を会社の中に育てていくことも、同じくらい大切なのではないでしょうか。
信頼して任せること、仕事の意味を伝えること、感謝を言葉にすること。
これらは、規模の小さな会社だからこそ、丁寧に積み重ねていけるものです。
消防団長の話や、町工場の職人の話は、私たちに一つのことを教えてくれます。
人は、報酬の大きさだけで動くわけではない、ということです。
むしろ、自分の役割に意味を感じ、信頼されていると実感できたときに、人は最も力を発揮するのかもしれません。
もし今、「うちは給料で大手に勝てないから」と感じておられるなら、まずは、日々の会話の中で、従業員の仕事の意味を語ることから始めてみてはいかがでしょうか。
それは、決して難しいことではなく、今日からできる、小さな一歩のはずです。
